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ARCHIVE - 2018年10月

2018
10/31

教育調査の車窓から


昨日は町内志津川地区の1中学校と3小学校の4校の、教員の多忙化・コミニティースクール・いじめ・教育問題などの調査を行った。

初めに志津川中学校から、志小・戸小・入小と回った。志津川地区の高台にある志津川中学校も、平成元年の建設で築30年を迎えた。遠くから見ると何もないように見えて、近くから見ると壁の劣化が見られた。建物はまだまだ立派で、生活に問題のない限りはこのままで良いとも思われる。

3小学校の先生方も子供達の指導・教育に熱心にあたっていた。地域との交流は元より、地元の芸能や文化・自然に、児童と共に係わり、子供達の生き生きと活動する姿が見られた。学校の校庭に設置された仮設は、入谷小では解体撤去が終わり、児童がグランドいっぱいに活動する姿が見られた。志中は年度内に解体され学校へ引き渡される。志小は春の運動会にはまだ残っていた仮設ながら、県は総ての仮設を今年度内に解体を進める。

子供達の伸び伸びと活動し、問題なく学業に励める為に何が必要かを学び、先生方の勤務時間の延長の回避に、最善の策を町は講じていたが、現状は学校の状況によって違っていた。地域が見守り、健全な子供の育成に共同で学校生活を見つめる事が、コミニティースクール(学校運営協議会)の制度の根本と感じた。

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2018
10/30

歌津地区の復興が新たなステップへ


多くの被災地支援の方を「歌津平成の森」にご案内した。
東大阪ロータリークラブ・飯島町マジック倶楽部など、集会所を使い被災地の現状や、被災者に笑顔と物資の支援など、何度も自治会長の畠山さんに御世話になった。また、「マイタウン情報」の配布を、知人の仮設生活者の方にお願いした。震災から1年半に、一年余りを配布した。
震災から1か月後には、平森の施設に生活の状況を確認にも訪れた。狭い場所で互いに助けあい生活していた。「トイレが大変だ」が被災者の声だった。
しおかぜ球場へ楽天イーグルスの試合に2度3度と行った。今は「楽天しおかぜ球場」となり、球場の土は甲子園と同じ物を使用し、高校野球宮城県予選も開催されている。町長の肝いりの施設となった。しかし、仙南の町から仙北の南三陸町への移動、一泊しての移動の経費など、ここで試合をする学校にとっては、経皮的にも時間的にも新たな負担と私は思う。

平森グランドは、仮設の解体も終わり、サッカー場の整備に移る。ここはサッカー試合の施設の基準に適合し、大きな大会にも今後利用される。歌津地区に中心部の山を削り、「平成の森」として前歌津牧野町長が整備した。広大な事業として整備され、有効に活用で町の負担だけの「箱物」にならないよう、行政の取り組みに託されている。

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歌津漁港が管の浜の入口にある。現在も防潮堤と防潮水門? が整備工事が盛んに進められている。この高さの防潮堤で、この周辺地区が守られるかと言うと疑問だ。新築された大きな水産工場は、浸水域の場所にそのままで1~2mの嵩上げで整備され、事業が再開されている。
あの津波の脅威を知り、再度の被害を覚悟してこの場所に立てたのか。早期再建を求めたのか。今後にまた襲来する可能性は低いが、大津波は必ず来る。その上で又ここで再建する事を視野に入れ、この場所でとの覚悟があった方が良いと思う。

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2018
10/29

しばらくぶりの父の笑顔


昨日は晴天の元で、南三陸町産業フェアが開催された。
毎日のように自宅の前のイスに座り、「人通らない」とぼやく父。そんな父をフェアの会場に連れて行った。初めての人ごみで、駐車場から200mも歩き、会場前で「疲れた」と立ち止まった。
会場では古川から高校の吹奏楽部が元気に演奏とパフォーマンス、それを町民が楽しそうに見つめる姿に、日曜の気分をいっぱいに感じた。時間は12時で、父に「ホタテ飯」「アサリ飯」を買った。「タコは硬いからいらない」と言う。休憩所は満席に縁石に座らせ、青空の元で少し早い昼食とした。「御汁が欲しい」と言うので、店を歩くと「無料けんちん汁」があり、「どうぞ!」とおばさん。美味いうまいと食べてくれた。父は会場内で出逢った人達と話す、「知っている人いない」と言う、そんな中で高橋元県会議長さん夫婦が、父に「懐かしい」と声を掛けてくれた。父も満足げだった。
私は会場の餅まきイベントを撮影に行き、会場を歩くと無料コーナーのおばさんと楽しそうに話す95歳の父を見つけた。来て良かったと実感した。

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子ども達がストーブの燃料「ペレット」で遊んでいた。写真を撮る私に女の子が「ペレットだよ!」と教えてくれた。地元の廃材の木片で遊ぶ姿は、その意味を将来はきっと知るだろう。「なぜ木材をペレットとして利用するのか。」を。

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山形県庄内町のコーナーには大行列ができていた。山形県の焼き肉を格安で販売していた。もう一つの行列はステージから、餅まき舞台への移動だった。私は取れなかったが、父はあの混雑の中で、「一つ拾った」と笑顔で話す。本当に二人で来て良かったと思った。

会場となりの消防署の駐車場に待たせ、戻って来ると歩いて来た女性達に父が囲まれていた。助手席に乗せ「誰?」と聞くと、我が家の前を毎日のように通勤する、中国の女性達だと言う。父は楽しそうにその事を話していた。

今国会の一つには外国人雇用が、5年から10年に変わる法案も一つある。労働力の減少の日本、法案改正に与野党が本気で議論する事が必要です。数で押し切る政治はあってはいけない。

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2018
10/28

南三陸町志津川字細浦地区の復興はいつ?


昔の面影など何処にもない「細浦地区」が広がっていた。防潮堤は無くなり、その代わりに黒の「トン袋」が海岸の浸食を守っていた。
水門は撤去され、圃場整備は終わったものの、水田・畑は「セイダカアワダチソウ」が前面を埋め尽くしていた。

復興は何処へ、気仙沼線の残ったトンネルと架橋は、BRTの整備へと進んでいた。

南三陸町産業祭りは大盛況。
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古川学園高等学校の吹奏楽部の演奏と、音楽に合わせ部員が可愛い格好で踊る姿に、南三陸町の町民は「うっとり」と魅了されていた。
餅まきは午前9時と12時の2階に分けて振る舞われ、餅まき当選者発表は午後2時と、会場の正面と後方に来場者を誘導し、南三陸町の山海の恵みを楽しんでもらった。商魂たくましい演出ながら、町内の商店の出店が少なく感じた。

後は年末の「おすばで祭り」です。是非ご来町下さい。


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2018
10/27

華の都「大東京」


2日間の東京陳情から帰り、志津川の我が家が一番「ほっと」する。

東京駅は凄すぎる。人々が溢れ、ここを起点に全国から人が集まり散らばる。長渕剛が言う「華の都」と実感する。訪日観光客で駅の買い物では、普通に外国語が溢れていた。キャリーバックがゴロゴロと、あちらこちらで響いていた。「私には似あわない場所」を実感する。

右も左も判らないままで東京駅、今の立場で居る事で東京へは3回は来ただろうか。私には場違いの所と思っている。まだまだ東京駅を把握できない。今回は八重洲南口で駅の出入りだった。東北新幹線の乗り場を少しは判った気がする。昔で言う「御上りさん」的な感が強い。随行者の後ろ姿を追い、団体行動で迷惑掛けない事に徹した。

ひさびさの東京と思いきや、一昨年に広島の団体の招待で東京駅に来た事を思い出す。私の位置感覚は何度も歩いて、失敗して把握する事がこれまでの実態です。今回で少しはなれてきた気がする。

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ホテルは有名な「アパホテル」で、ホテルのシステムが利用する度に違っている。私には住みにくい、来にくい大東京と感じる。食事は事務局の準備した「飲み放題」の店だ。中国人の経営する店で、スタッフも同じで味は最高に美味かった。「大当たり」といった感じだ。
朝8時10分に役場を出て、国会陳情を終えたのは夕方5時半で、外は真っ暗となっていた。駆け足ながら議会の充実した厚みのある行動だった。宮城の和田正宗参議院議員の先生が、内閣府を始め震災復興の関係機関を廻った。霞が関に集中していて、議員会館も4年前の建築から、完成し衆参並ぶ施設は地下で繋がっていた。県選出の議員を2班に別れ、13人を訪問した。随分多くの国会議員がいる事を知る。

次の日の帰路では偶然な出会いがあった。ドバイのラムサール授賞式に出席した、役場職員とホームで会った。私たちのひとつ前の特急の新幹線での帰路途中だった。先週の土曜日に同行した課長と、小学校の学芸会で会い「今から向かいます」と会話した。そして昨日の帰りだった。ごくろう様でした。偶然もここまで来ると郷土愛? が作り出した仕業だろうか。

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2018
10/26

神対応


昨日の国会陳情はこりまでにない成果を得た気がする。

宮城県選出のNHK出身の和田正宗代議士の段取りで、内閣府まで陳情ができた。これまでの国会陳情ではあり得ない対応を頂いた。
三浦議長をはじめ15議員と事務局2名で、1.震災復興予算の確保・運用 2.防潮堤整備を含む海岸保全の事業・整備 3.海岸線の山腹崩落対策事業 4.復旧・復興事業に寄る大型トラックによる道路損傷の補修 5.被災者の生活・健康支援などの心のケア 等を陳情に盛り込んだ。

初めに「国交省」を廻り、その後で「復興庁」、そして復興予算確保の「財務省」を廻った。財務省では麻生大臣とすれ違い、その他にもなかなか会えない副大臣、政務次官に陳情書を渡した。内閣府では菅官房長官がじきじきに対応してくれた。全員で記念写真は元より、一人ひとりの祈念写真にも応えてくれ、これこそ「神対応」と思う。和田氏が無所属から、菅氏に近いとの事から、あり得ない面会が実現した。まさか? と成果はどうかを別として、私の反自民党の根底が崩れたかもしれない。

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最後に宮城県選出の議員を、衆議院参議院会館を2班に別れ要望書を渡した。私の1班は、安住氏、岡本氏、西村氏、伊藤氏、高階氏、中野氏、桜井氏を急いで廻った。先生方は3日前から国会が召集され多忙のようだった。
人脈と以前からの支援が、今回の陳情活動の成功に繋がった。

明日からまた頑張ります。

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2018
10/25

余裕をこかしていると


来年の10月から消費税「10%」となる。その準備期間に1年間の期間を設け、安倍総理が「消費税アップ」をテレビで明言した。民主党の野田前総理が、民主・自民・公明の「三党合意」で、消費税の10%を決定し、自民党の安倍政権となり、2度の延長した中で、今回の決定となった。しかし、株価の世界的な暴落が在れば、また再度の消費税を据え置きとするとの発表会見だった。
現在の借金は1000兆円を超えているものの、政府の国債などの内部留保分を引くと、財政の健全化となっていると言う。財源の減少は年々の世界情勢により、大きく変化する事を忘れてはいけない。

今回の2%アップで。「5.6兆」の税収増となる。使い道として、国の借金返済に「2.8兆円」、少子化対策や子育て世帯への支援に「1.7兆円」、残りは社会保障に「1.1兆円」と計画する。団塊の世代が2025年には、年金制度が枯渇する事や、団塊世代が75歳となり、その子供達の親を支える負担が、膨大な物となる。今から借金を減らし、将来に備えないと国の財源が破たんする。予定どおり6年前に増税して置けば、将来への不安を少し払拭でたはずなのに! 政治家の考えの甘さがここにある。

政権安定への現政権の確保ばかりに始終している。

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2018
10/24

自分らしく

シリウでイスラム国に誘拐されて3年間、安田さんが解放されたと報告が、菅官房長官からあった。
安田さんの妻は「嬉しいです」と言い、母は「迷惑かけてすみません」と話す。本人のしたい事をしているは、この問題の原点がある。報道と言う仕事は世界であり、それは危険な場所への渡航もあり、家族は覚悟しての事だった。私もながら「既に死んでいる!」との思いが強かった。

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昨日も友達がカキ剥き場で剥きたてのカキを持ってきてくれた。今年初物のカキは大きく、初物と言う事で父に「牡蠣鍋」を作って食べさせた。季節の初物は家の長へというのが、我が家の習わしです。
私は「牡蠣酢」で、ビールで一杯! 今年の牡蠣は大きく、勿論おいしく頂いた。残った三分の一は「牡蠣フライ」をしようと思う。
鮭の水揚げは昨年も少なかったが、いくらかは昨年より今年は良いと聴く。マダコは昨年の豊漁から一変、平年並みに戻ったと言う。
タコは南三陸町の復興のシンボル、年末のイベントの目玉として来町者の買い物の一番の人気と思っている。もう少し安いと皆が喜んでくれるのだが、今年は浜値が昨年より高いと言う。消費は県内に留まらず、遠くは「明石のタコ」の代わりに需要が多いと聴く。浜値の高さは庶民へも連動している。

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友だちの米生産者が、私の友だちにも「米の大盤振る舞い」を、私が配達を依頼された。東団地西工区の公園には、クランドゴルフの愛好者がたくさん集まっていた。高齢となって、健康維持と友達つくりに、そしてボケ防止にと、スポーツを楽しんでいた。私も60歳を過ぎたが、70歳80歳の人達との交流は、少し抵抗を感じる。年なりに素直に交わる事ができない。これが私の最大の短所です。

今日は気仙沼に用事で出掛ける。昨日は仕事の2つの心配をクリアし、新たな仕事に臨め、また会社を空ける準備が整った。

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2018
10/23

みんながいるから繋ぐ

私の海の博士は、ふるさとの海を心配する。
南三陸町歌津の「泊崎神社」は、海の安全を大漁を祈願する場所であり、そこに行く駐車場とトイレの環境を、「何とか綺麗にして欲しい」と願う。ラムサール条約の締結でも、漁民に弊害とはならないか、これまでの漁業の足かせとはならないか等、地域の漁業の将来を、そして今を心配し警鐘を鳴らす。
この問題を議題した時に、町から、漁協から、非難が発生するかも知れないが、いま問題点を指摘しないと、あとでツケが回ってくる気がする。調査を重ね議会で町に町民に問いかけたい。
議員の発言は自分の考えの発言の場ではなく、町民の代弁者であり、選ばれた代表だと言う事を忘れてはいけない。昨日の研修だった。


女子マラソンのランナーの気迫に涙した。あの辛さからどうして前に向かうのかと考える。「繋ぐ」事の一点であり、次のランが涙し、「タスキ」を受け取った瞬間、私も目に熱い物感じた。
250mのゴール前でよろけて動けなくなり、そこから残りの区間の200mを四つんばいになり、道路のライン沿いに一身に前に進んだ。チーム監督はテレビを控室で見ていたと言う。「途中棄権」を大会事務局に伝えたが、コース上の審判員には伝わらず、ゴール20mでその事をセンナーに伝えた。目の前に次の走者が居て「やめる」だろうか。マラソンに関わった人たちは「棄権させるべき」と言うが、彼女は残りの距離を把握し、途中棄権はしにかっただろう。よろけた時に「脛の骨折」をしていた。チームの事を第一に考え、「私でタスキを止める」と言った事は眼中にはなかっただろう。
その他にも「脱水症状・熱中症」でフラフラとなり、前も後も解らない状態で走ったランナーがいた。マラソンをするには過酷だったのだろうか。この選手はタスキをつなぐ事はできなかった。箱根で4連勝している青山大の選手は、同じ立場なら「はってでも次のランナーへ」と話す。
高校駅伝もこの日に開催され、男女共に「仙台育英」が優勝した。花園ラグビーの全国大会へも育英が決勝で仙台三校をゼロ封し大差で勝ち、出場を決めた。

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昨日は議員新人研修で宮城自治会館へ、今週の木・金は東京へ国会陳情に行く。仕事は多忙で二人のアルバイトを頼んだ。来週の月・火曜は町内の小中学校を調査で7校を廻る。忙しいが充実した日々を過ごさせてもらっている。

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2018
10/22

中え学校の発表に学習の指導に考えにぶる

ラムサール条約認定に向け、20日土曜に南三陸町を町長・農水課長と他1名の3人が、仙台空港から成田経由で、アフリカのドバイに向かった。

多くの国際認証を取得し、そのための役場職員の業務が、派遣を始め全職員の仕事以外で発生する事で、精神的な苦痛や機関に間に合わせる為の残業が、各課で発生している。他の被災地に於いても「震災復興事業」が中心で、10年間の震災復興期間の工事・事業の完了を目指している。職員の力量には限界がある事を首長は理解し、その業務を過度とはならないよう、幹部が協議して、職員の身体・心の管理をしないといけない。業務以上にできる人間ばかりではない事を課長や、その上の首長も理解したうえでないと、第二・第三の震災被害がでる。我が町では数人の同様の事事件をこれまで耳にしている。

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家にばかりいる父を30分のドライブに連れ出した。歌津まで高速を走り、伊里前地区の河川堤防の現場と、国道45号の現工事を見せ、内陸の伊里前団地を通過し、本吉へ続く高速道の進捗状況を見せた。歌津中学校裏団地内には「障害者施設・のぞみ作業所」が工事を始めていた。歌津の建設業者がまた受注していた。
歌津からは小泉までの「クリーン道路」を走った。父は「昔、自転車であるいたなー。こんなにも立派になって、キツネが良くでた。」と話す。小泉団地から公民館へ、小泉の何も無くなった市街地を見せた。「真ん中の道路は何処?」と言う。今は赤土の大地に雑草と、工事現場の仮設が並ぶだけだった。
二一浜から蔵内・港と海岸線を廻った。昔と道路は変わってないと話す。津波の到達地域は無残な物となっていた。帰りは歌津の「ハマーレうたつ」に回り、魚屋に寄りホヤ・栗ごはん・うにイカおかず・ホタテを買った。ぐるりと30分、普段は会話が少ないが、そのぶん父と最近の話をした。

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8時50分からの志津川中学校文化祭のクラス・学年・全校生の合唱コンクールは、2年2組が最優秀となり、指揮者・伴奏者も2年2組からでた。クラスの努力と頑張りが他のクラスより、少し勝っていたのだろう。
英吾暗証・国語弁論・少年の主張と、学校の代表となった生徒が、壇上で発表した。ノーベル平和賞の「マララ…」の受賞発表を、英語で話したり、小説「蜘蛛も糸」もあった。英語に堪能ならもっと素晴らしさが判ったに違いない。最後の中国から南三陸町に来て、日本語に苦労している学校生活の話では、同級生に支えられ学校生活に慣れて行く姿を語った。中学生は被災地の不便な環境で、しっかりと活動していた。この子供達に何を言えるだろう。

2日間の子供達の発表に触れ、子供達が学習する生活する環境を、大人が整備する事で、現在、学力低下が囁かれている「宮城県」「南三陸町」が、一歩ずつ学力の向上に向かう事を願うしかない。

今日は8時45分に役場出発で、仙台の自治会館で新人研修会がある。「義員必携」を忘れないようと、念入りに事務局から話された。

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2018
10/21

佐藤殿、頑張って下さいと 水戸黄門さま

北海道の奥尻島の人口減少は2000人台までなっていた。

今から9年前に議会の調査で奥尻島の、大津波を調査した。西南海大津波から25年が経つと言う。一人の女性は母のお腹の中に居た。津波で母の車は海の100M沖まで流され、イカ漁の漁師に助けられた。夜の海からは「助けてー!」との言葉が、周辺の海から聞こえたと言う。漁師により助けられた妊婦は無事に子供を生んだ。その子供は北海道の大学を卒業し、島に戻りたったひとりの保健師として活躍していた。
島の行事には「ムーンライトマラソン」があり、彼女も島の人達に元気を与えようと、助けてくれた漁師さんのためにもと、ハーフマラソンに参加した。1時間10分で6位ながら、彼女の走りに元気が出たと島民は話す。
日本で発生する自然災害から、多くの人達が立ち上がり、また故郷での再建を諦める事も多い。そんな中で彼女は故郷へ戻って、「島の為に生きよう」と誓った、母は静かに寄り添い、蔭ながら娘を応援していた。父は津波で亡くなった。

人間は過去の災害の検証で、被災地から人が流失する現実を「しかたない。」と思い、政府も何の対策を取らない。交付金を支出すれば、町の再生はするが、復興した町には以前のような賑わいはない。震災からの再生はお金だけでは何ともならない。

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志津川小学校の「全校合唱」は感動した。自分達で歌詞を考えたと言う。曲は「ふるさと」で多くの南三陸町を想像させる言葉があった。あの「ふるさと」の童謡とは違う。母校の子供達よ頑張れ!

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昨日は志津川小学校の学芸会が開催された。昨年までは「震災復興学習発表会」と言う名前で、学芸会を開催していたと言う。
4年ぶりの志津川小学芸会の学習発表会は、一年から六年生まで素晴らしい演技に、元気を頂いた。「ライオンハート」は劇団「四季」の、多くの動物が出てくるダンスシーンしか覚えていない。ライオンの王様の息子が父の教えを破り、「行ってはいけない!」と言われた隣りの国に、悪い動物にそそのかされ仕打ちにあった。死にかけていた王子は、動物達に助けられたが、父の命令に背き国には戻れないと言う。皆は「何とかなるさー!」と王子を励ます。他の動物達に支えられ悪者を懲らしめて、国の王子となると言う内容を初めて知った

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6年生の劇は「水戸黄門 南三陸町へ行く」で、偽の「志津川ダコ」を使い、ぼろ儲けをする悪者を懲らしめると言う内容で、最後は悪者を助さん角さんが懲らしめると、筋書き通りの内容だった。六年生の水戸黄門役の子は、「佐藤「殿(どの)」に南三陸町の為に頑張ってもらいましょう。」と最後を締めた。笑い話にもならない、「PTAのご父兄の集まる場に、政治を持ち込んでいる」と感じた。教育と政治は分離して考えるべきと、配慮に欠けると感じたのは私だけではない。何か笑ってしまった。

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2018
10/20

ラムサール認定「志津川湾」


志津川湾を私は半分わ、見てきて遊んだ場所である。
小学校の遠足では(今から50年前)、志津川荒砥地区の海岸への遠足があった。自由に岩場を歩き、ツブ・アワビ・小魚を探し追った。岩場の干潟には普通に多くの生物がいた。何か判らないままで岩に張り付くアワビに興味を持った。とにかく貝類がいっぱいあり、そこには自然に海藻が生息していた。
写真は昔の姿が消えた八幡川河口です。この場所ではアサリが面白いように獲れた。川には山からの土砂が河口の中州に溜まり、干潮時には浅瀬となり、スコップやカゴでたくさんのアサリ獲りに、多くの地区民が集まった。工夫を凝らした道具を作り、他の人より多くのアサリを獲っていた。
八幡川の水門には多くのガが集まり、その下には多くの魚が居た。水門の灯りが魚を集め、下に落ちた虫を食べたのだろうか。子供の頃は、ガを餌に「おおげ」と言う魚を釣った。
ウナギも夜に活動し、そのウナギを狙いに釣り人が寄った。海水と真水が混じりあう「気水域」で、いろんな種類の魚が集まった。牡蠣剥き場があり、剥いた殻に、水揚げの牡蠣にゴミに着いていて、その虫を食べに、タナゴが群れを作り岸壁に寄りつき、それをジェンテケッコ(ムール貝)の身を付け、タナゴを沢山釣った事を思い出す。狭い牡蠣剥き場で山高く積んだ牡蠣殻に、自転車で転び、右手を突っ込み血だらけとなった事もあった。
多くの思い出が志津川湾にはあった。語りつくせぬ思い出がある。今はと言うとその自然だけでなく、その姿は志津川湾にはもう無くなった。再生は人間が何もしない事だが、もう既に遅い。温暖化が大きな要因として在り、今から改善策は無く、今の状況を維持する事ながら、人間の「欲」の方が上まっている。

漁民は「ラムサール認定」を、これまでの漁業に影響は無いかを心配する。細々と自然の恩恵を受け、この地区で恵みに預かり、生きて来た。誰の為の認定かと言えば「観光振興」「交流人口拡大」で、取って付けたように「自然の保護」を言う。将来の子供達に自然多き志津川湾を残す事が必要だ。登米市の長沼は認定後にできた公園も、今は錆びれていると言う。町民の生活再生に残りの「2年半」を余計な事はせず、集中すべきと私は思う。

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昨日も菩提寺「大雄寺」に、剣道の後輩であり、スポ少で指導した子供達の、父祖の死に参列した。孫の弔辞では、おじいさんに感謝し涙を浮かべていた。小学生の時は荒削りな子が、しっかりとした大人に成長していた。私も長生きする事で、我が子は居ないが、剣道で子供達と交流していた事で、こんな日が来る。楽しい我が人生を送っている。

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2018
10/19

町の無駄な支出と問題


気仙沼市でも焼却場の老朽化の建て替えが計画されているが、場所の選定が難航している。新焼却場を互いの自治体の中央部に、人口割で焼却場の建設費負担で、経費を浮かせる事の必要性と思う。双方の自治体も人口減少の中にあり、将来を見据えた経費の削減がある。焼却場の建設費は国が半分の補助があり、残りが関係自治体の分となり、経費も50億だったら、町から10億の支出でできる気がする。

町の放射能牧草もその処分の先が見えない。酪農・肥育牛の農家の放射能稲わらは、今も農家の納屋に積まれていると言う。他の地域では「焼却処理」にと始まっている。一日1トンの処理で進み、今後は間違いなく無くなる。
多くの問題を棚上げしている南三陸町。病院経営の健全化、高野会館の今後、人口減少・少子化など、将来のツケとして益々増加する。問題の後回しは20年後の人口「6千人の町」に、現町政は何を残そうと言うのか。

震災の傷跡として「松原の海に倒れた防潮堤」や、南三陸産材の国立競技場の北門の活用は、南三陸町の町民にとって、何が財産なのかも判らなく、自分の栄光を残す事でしかない。町民にどれだけの恩恵があるのか解らない。

行政の政策批判は幾らでもある。議論する場で言いたいことは表面に出して行く。影ではなく今は発言の場を持っている。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:28 】

2018
10/18

もう既に佐藤町長の政治のツケが町民へ


現町政となり今年で17年目を迎えた。焼却場の建て替えはもう10年前にもなるが、こんな計画があった。現在の戸倉団地にあった「ゴルフ場跡地」で、当時50億の焼却場事業費があり、地域の自然環境への配慮で、銀ザケ・イヌワシ来年10月から国の消費税が「10%」となる。それと同時に南三陸町のゴミ袋が30円から「10円値上げ」される。現在町では「焼却炉」が無く、町のゴミの運搬費・償却費・焼却灰処理など、毎年数億の町の財源が使われている。ごみ収集やクリーンセンター管理も、管理委託制度で業者に委託し、町の財源を使っている。

現在は福島原発の放射能牧草が、大盤平地区(戸倉)への、土に埋め込む事業が戸倉水源地の影響を考え、町は事業の中止を決めた。事業の計画中止は今に始まった事ではなく、震災後の事業も二転・三転としての事業もあり、震災は初めての事業ばかりで、しょうがないとしても、これまでの政治の決断で多くの無駄を損失を招いている。八幡川の護岸周辺整備は、当初の約100億から1~2年の工事延長で、40億も多く国民の血税を要し、この中には町民の税金も使われている。
の養殖と生息地であり中止となった反面。「5千万円の金が流れた」との怪文書(チラシ)が回った。ダイオキシン問題も地域では不安から中止となった。
建設会社の土地の活用も裏があのそうで、反対の声が高まった。現在の黒崎の場所を使い建設を考えても良かったのではないだろうか。
(つづく)

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:27 】

2018
10/17

朝からプレゼント


南三陸町志津川地区の「牡蠣剥き」が始まった。
朝7時前に友だちが「ムール貝(ジェンテケッコ)」をバケツ一杯に持って来た。町のゴミ袋(大)に三分の一で、その処理を8時から始め。一時間かかった。茹で・剥きと一時間、貝には「ひげ」があり、これが牡蠣に張り付く。このひげが厄介者で一つひとつ取らないと、美味しさが半減する。
総てを剥いて丼いっぱいに剥き終えた。

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牡蠣剥きも始まり志津川湾にも冬が到来となり、その付属としてムール貝が上がる。作業が大変なので、牡蠣生産者は海へ捨てていると聞く。煮物・混ぜご飯など、他の食材の美味しさが増す。

ラムサール決定の志津川湾の、豊潤な海の恵みの一つです。


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2018
10/16

目標の達成への努力

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今月は行事が少ないと思っていたが、学校や議会の行事や出張が沢山入って来た。議会の広報の仕事も予定通りとは行かず、心配の種がふえている。

今週末の土曜は志津川小学校の「学芸会」があり、日曜日には志津川中学校の「文化祭」が予定され、案内が届いている。22日は仙台で新人議員の研修会があり、25~26日は東京に「国会陳情」で出掛ける。
今月は議会の行事と会議が10日と、自宅での原稿作成が6日間、個人の用事も5日があった。個人の行動は「地区のゴミ分別説明会」が地区であり、環境対策課の職員が説明した。高齢化が4割に近づく町で、こんなきめ細やかな分ゴミ別ができるか私は疑問だ。仙台への出張は多くの情報を得る事ができた。
現在は町のゴミは気仙沼市の焼却場へ持ち込み焼却をしている。市では「ゴミ分別」はしていない。最低限での分別で、我が町が進めろ。「生ごみの分別」は無い。震災復興の途上で被災住民に手を煩わす事を回避している。町の過剰なまでの街の事業の拡大と、町民への活動の要求は、「酷」と思うが、今度は「ゴミ袋値上げ」へと町は踏み切る。

しょうがの枝も台風で倒れ、今年の役目を終えた。日曜日にも花芽を結んでいた。楽しい夏の野菜の栽培が終わり、これからは「ほうれん草」を植えようがと考える。

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2018
10/15

初まつたけ


立派なマツタケをいただいた。大島産で初めての大ぶりの物だった。。マツタケは焼きでビールと共に食した。太い物で香りと食感が最高だった。

昨日は我が菜園の後片付けと、日課のパソコンの向かい、南三陸町からの4つの発信をした。10時から開催された、「入谷ひころの里」の収穫祭があったものの、億劫さと人ごみに行く事が、その気になれずに午後を迎えた。この部分は後悔をしている。南三陸町入谷地区の農産品の紹介ができたのに、そのチャンスを自分の無精さが出てしまった。

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年末の「箱根学生駅伝」の残り10チームの予選会があった。10人の大学のチームタイム戦で、一人1秒・10秒と一人の頑張りが、最後までチームワークの醸成で箱根に出られる。名門の明治大学は昨年の予選に届かず、連続出場の機会を失った。チームのキャプテンはその時の無念の気持ちを、一年間の練習にぶつけ、死にもの狂い、自分の人生を賭けて取り組み、箱根の出場を勝ち取った。明治大学・山梨大など強行の予選からの本線出場の、本戦の結果が楽しみだ。
巨人のクライマックスの二戦目、菅野がノーヒットノーランでヤクルトに勝ち、広島との決戦へと進んだ。「高橋監督と一日でも長く試合がしたい!」と選手は言う。今年の巨人の敗戦の理由はと言うと、監督の選手起用もあるが、選手個々に熱気と闘争心に欠けていた気がする。9回に抑え投手の救援の失敗は、ファンに怒りを幾度となく植え付けた。しかし、根強いファンが多い。私もその一人であり、総ての昨日の菅野のピッチングと、長野・亀井・マギーのホームランを見届けた。パリーグは日ハムが勝ち、今日のソフクバンクとの最終戦となった。
ゴルフの男子は独走で日本人が勝利した。女子は成田が解説の樋口が「アンちゃん」と呼ぶ、韓国のアンソンジュの追撃をかわした。彼女の堅実な強靭な精神力も、やはり普通の人間でプレッシャーに敗れた。ゴルフを見ていると「やりたい!」との気持ちが高まるから不思議だ。ドライバーで150ヤードも飛ばないのに、テレビだと200ヤードは飛ばした気持ちになるから不思議だ。

震災から走り続け、午後の半日だけど、「こんなにのびりと時を過ごせる日」が来ることを予想はしていなかった。工場の再建、終の棲家と、営業所に町の震災からの復興の伝承の場整備、そして議員と私が考えた事を、着実に達成し邁進している。「何でも生きていれば、努力すれば実になるし、目標を持てば何なんとかなるものだ」、こんな気持ちを持ち生きている。



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2018
10/14

自分なりの震災風化防止と慰霊


週一回の父の食材調達に、登米市のイオンに行った。
コーヒータイムはイオンのコーヒー店で、カップには「2011.3.11」の日付が印字されていた。こんな小さな所にも「東日本大震災を忘れないで!」とのメッセージがあった。私的には「チョット感動でした。」、時々日々に追われ忘れて、ふっと、あの風景とあの再建の歩みを思い出す。

「百均」で親戚への回忌法要の最後の親戚記念写真を撮った、それを入れる額縁を買った。あとは年末年始の会社の仕事の段取りで、喪中・年賀のデザイン集を買った。最後に父の食糧の買い出しだ。父の好きな物を始め、柿・ミカンなど、身体の維持と健康の食材を3500円程買った。父の冷蔵庫はこれでまた満杯になり、一週間の食事の心配を回避した。現在まで新米は3軒から頂いた。今年の新米は美味しいと感じる。父の役目のごはん炊きは、新米は水を少なくと指示し、最高の炊き上がりの米を食べている。おかずは何でも美味しい。

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今日は沼田地区の一斉清掃が6時半から開催され、商工団地の会では50名以上が参加した。部落にたいした事はできないが、参加は最低限役の目と思っている。道端にはビールの空き缶が2本捨てられてあった。高速から町役場に繋がる道路で、こんな行動のできる人間が居るなんてあり得ない。
帰ってからは今年の我が菜園の片付けをした。「一年間御苦労様!」の感謝を込め、来年は何を育てようか考える。

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先週の多忙は「半端なく!」。会議・研修会・仙台出張があり、原稿の提出の時間を作り、5時起きの朝仕事で何とか終わらせた。
従業員に助けられ、心のコントロールに気を配り、体調の管理に気を付けている。土曜日の月一回の病院へ。血糖値「140」とヘモグロビン「7.5」と、0.1ずつ毎月上昇を主治医に注意された。体重も一年前より3K増えている事を指摘された。肺のレントゲンも気になる所があると、次回にもう一回撮影わ指示された。先生への感謝の気持ちとして受け入れる。
病院は「6500円」と薬は「4000円」で、医療費は月に1万円かかり、身体を維持して行くにはしょうがない。国民健康保険料は年間50万円もしかたがない。我が家では日本の皆保険の制度に助けられている。

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2018
10/13

農地は宝


イントの女性が宮城の地で農業に取り組んでいる。父の仕事で日本の生活をしていて、将来は何をするかの考え、「土が好き」と言う彼女は、農業高校そして大学へと進んだ。
卒業をして「いざ農業」と思った時に、農地法の壁にぶつかったと言う。個人で土地の使用は叶わず、農家の伝承で土地は引き継がれていた。遊休農地が日本にこんなにも多くあるのに、農地法の緩和とは「族議員」もいて、改革は土地が疲弊しているのに進んでいない。

彼女は「美里町」の農家の女性から土地を借りる事ができた。土地は大切で守らないといけないと言う。農家事態に色々な事情があるのだろうが、インド出身の彼女に土地を貸す事を決めた。「親しみやすく」「優しい」からが理由だった。大切な事は農地の維持が在りそうだ。続けられない農家が沢山ある中で、新たな道を選択したのかもしれない。

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彼女は色々な野菜の生産に取り組み、「野菜直売所」を始めファンも多く出来た。「彼女の作る小さなタマネキはサラダにすると美味しい」と、リピーターも増えて来た。地域に溶け込み農業を続けて行くと話す。美里町の農家の母は「農地は宝」とポツリ、ぜひ地域の農業を守って欲しい。
地方の人口減少で疲弊が増して行く中で、彼女が地域の青年と結婚し、未来の子供達に農業を繋げてくれたら嬉しい。楽しく農業ができれば良いのだが、生きる上では農業は厳しい。農業の進化に農家が日々努力する事で、農業が成り立つような気もする。とにかく「楽しく」「喜び」をもってすることが必要と思う。そしてそれが長続きする。
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私も今日の収穫を楽しんだ。もう終わりと思っていたイタリアトマトが真っ赤に実を熟成させ、今年初収穫の「みょうが」も最後の3個の収穫となった。もう来年何を植えようか思案する。農業の師匠の従業員が、プランターに「ネキの種」を撒き、いまは赤ちゃんが伸び始めていた。

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2018
10/12

昨日は悲しい事が二つあった


昨日はたまたま南三陸町の本庁舎にいた。午後1時半に庁内の警報機が鳴った。庁舎内の火災避難訓練だった。

庁舎のマチドマ付近からの火災発生で、電気が停電した事を想定し、エレベーターと自動ドアを使わず、非常時用のドアを利用し避難、一か所に集められ課ごとに点呼を取り、副町長に連絡する段取りを確認した。ピンクのゼッケンを付けた職員が10数名いて、来庁者を想定していた。最後に避難に際して消防署の職員が、注意の中で「来町者を町職員が優先的に誘導できていなかった。」と啓発した。
突然の避難訓練でピンクのゼッケンが来庁者とは知らなかった。消防署員が避難の姿を見守った。雨が降る中での訓練、何時おこるか判らない災害は、こうした訓練の繰り返しが効果を発揮する。

昨日はお通夜に友達と行った。突然の後輩の死は、町に残って復興を頑張っている仲間にも衝撃となって伝わっていた。身内として移転先の石巻から同級生の奥さんも通夜に参列していた。何処でも顔をジロジロと見ない私は、周囲の事を気にする事はしない、弟も同級生とあり来ていた。

今日は仙台へ「印刷組合理事会」で仙台に行く、2か月ぶりの会議に出席で、理事から参与となり責任の軽減から、一歩引き県役員からの身の引き方へ向かっている。

議事録のまとめで9月の議会定例会を振り返っている。発言の幼稚さを感じるが、自分の考えに間違いは無いと自負する。あと三年間徹底的に職を全うしたい。

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2018
10/11

素晴らしい南三陸ホテル観洋の風景


忙しい一日となった昨日は、することが沢山の楽しい充実した活動・仕事となりました。

広報の原稿のまとめは、さすがに完成とはいかなかった。80Pにもなる原稿を2Pにまとめる事に苦悩し努力はしたが、今日の会議には間に合わないようだ。
父の石巻日赤へのペースメーカーの定期検診は、従業員に送って貰った。来客が午前中に二人があり、登米市周辺の情報誌発行を考え、営業が来社した。「楽しく」「好きな事を」と現在の仕事に就き、日々充実した生活をしていると話す。私と同じような考えで、毎日が楽しいと共に語り合った。1時間30分の共にこれまでの人生を隠す事無く話す。こんな人間が私の町の周囲には少ないと思っていたので、色々な生きる上での経験が人間を大きくしていた。この後で歌津に配達に行った。

午後からは県北町議員研修会がホテルであった。会場には130人以上が集まり、政治の流れと世界情勢について、2時間近くの講演は「睡魔」に勝てなく大変だった。何故ならば、この日の朝は午前3時に目覚め、4時半から原稿のまとめに係っていたので、公演中は昼寝時間と重なった。4時15分からは交流会で、南三陸町の「戸倉獅子踊」に会場の目は釘付けとなった。

夜8時には既に爆睡し、今朝も4時に目覚め仕事をしている。今日も会議は4時を過ぎるだろう。夕方は前社協事務長の猪又氏の急逝のお通夜に友達と行く。まだ60歳の早い死だった。皆さんも日々の健康診断や自己管理に十分に気を付けて欲しい。これから寒暖の差は健康に最大の敵です。

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2018
10/10

誰かの為に


高校時代の同級生ながら当時に話しをした記憶はない。そんな彼が母校の校長になり、被災地の高校生の為に様々な活動をしてきた。人口減の街の学生の確保や、海外からの高校生との交流、そして学力の向上に全力で当たった。2年の在学で定年ながら1年の延長もこなし、現在は子供達の英語力の拡大に取り組んでいた。昨日も活動のチラシを受け取りに来た。町の政治の状況を少しずつ理解してきている。私は「反町長だから!」と言い情報交換が始まる。
昨日は登米市に移転した病気がちの仲間の話になり、「今年は忘年会を皆でしよう。」と言う話になった。すると夜に電話が入った。登米市の同級生からだ、これが「以心伝心」なのだろうと感じる。
校長を退職した同級生は、故郷の中高生の学力低下を嘆く。自分ができる事として、小学生に英語をボランティアで指導をする活動を初め、今回イベントとして「ハロウィング」で、NHKの英会話のスチュアートさんを迎え、パーティーと題して、南三陸町の子供達に英語を親しんでもらう。行動力の長けた彼に脱帽する。
「あいつ死んだって!」と衝撃の連絡だった。まだはっきりはしていないが、人生って何なんだろう?と知らされた。生き様が人生に現れると言う事が、真実と思わせた。

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巨人の高橋監督が辞任を表明し、昨夜の最終戦でリライマックス戦への出場をきめた。若い選手を育成し起用した。4番の岡本が2本のホームランで勝利し、監督への恩返しとなった。3割・30本・100打点と、巨人の4番が誕生した。阿部も菅野・長野・陽などの活躍で、高橋監督の監督業を伸ばしてくれた。

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2018
10/09

日々の生活から

タヒチで別な地震により津波が発生し、数10名が亡くなった。M5位だったのに津波が発生した。M6でも津波の心配をしないといけないと感じた。我が町は入り江の町なので、津波増幅を考え行動しないといけない。
インドネシアの「パル」は当初3mと言っていた物が、津波はパルの入り江で6m・11mとなり、今日現在で1900人の死者で、別の地区では「液状化」が発生して5千人が行方不明と言う。リアス式海岸の特性は、綺麗な海岸線ながら、津波被害の拡大に発展する事を忘れてはいけない。

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「輝き劇団の演技に会場からの拍手と笑い」
認知症の会話と対策
我が家は耳の遠くなった父との会話に苦慮している。まだ認知症とはなっていないが、通常の会話がままならない。
「病院の日」や「家庭の用事」など、聞こえなかったり忘れたりする親に、ついつい強い口調で言ってしまい、会話も少なくなっている現状で、劇団の寸劇に通じるものがあった。
寸劇では、年をとった母が何度も「デイサービス何時」と聞く、嫁は「明後日」と答える。10分するとまた「いずっしゃ。」と母はまた聴きに来る。嫁は「何回言ったわがっぺ。」「ほんとうにやんたぐなっこだ。」と言うと、みさこばあちゃんは落ち込んでしまった。
こんな時は、輝きサポーターの認知者への対応例として、嫁は「明後日の火曜日だよね。」また母が聴きに来た時に「明後日ですよと」と、カレンダーでデイサービスの日を説明した。母は「これだと解りやすいなー。」と母は言ってくれた。
この問題点として、「もの忘れに対して何度も同じ事を言う」「母は毎回初めて聞いている」「本人は混乱している」。こうした混乱や心配を聴いてやることで、「目で見て確認してもらう。穏やかな気持ちで生活できる。」と、この一部の寸劇は言っている。
私も反省し、今日から実践してみようと感じた。

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女川の商店街から生の「穴子」を1000円の格安で買い、昨夜から今日にかけ「穴子丼」を作った。「白焼き」として、朝に醤油・酒・味醂・砂糖・水の1対1で煮込む、隠し味は「梅干し」です。千葉家特製穴子丼です。

今日も忙しくなりそう。

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2018
10/08

女川の復興に学べ


女川の被災交番が、あの時のままで残っていた。私の理想とする「東日本大震災の遺構」の姿がここにありました。雲仙普賢岳の火砕流に呑まれた自宅がそうであり、兵庫の大震災のジオラマは人工で、自然の力による現生活が一変する事実を伝える事は難しい。
観光地に綺麗な防災庁舎の形では、亡くなられた町民と、最後まで町民を救おうした職員の思いが伝えられるだろうか。観光に特化した。町の財源の確保にのみ政策を取る南三陸町の形はこれで良いのだろうかと、将来への心配ばかりが日々募っている。
自分の「天国の楽園」は旧志津川町なのに、町長が今に至っては怒りしかない。テレビで見る自然いっぱいの町に、天国の楽園と終の棲家に思いを馳せている。

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女川町の駅前に被災した交番が新しく再建されていた。

昨日も筋ジストロフィーになった息子を、73歳の母が介護に疲れで絞殺した。これに目を伏せていては何も現状の打開はできない。登米市の事件は余りにも衝撃的だった。親戚から聞いたが、「徘徊の妻と体の弱った夫」の行方不明は、最悪の状態で5月に発見されていた。互いの身体にロープを巻いて自殺だった。決して他人事ではない。
高齢化で誰にも頼ろうとしない人間の末路と思っている。私もそんな性格で、寝たきりとなった時の父を、そのままで置く事を「自分の恥じ」と考え、最終末はどうしたらと考えると、この方法はあり得ると思う。地域に心の通じる人達や、親族と常日頃から深く付き合っている事で、高齢化の色々な問題が解決でき、そんな環境こそが「天国の楽園」でもある。

何かに追われている事で余計な事かを考えないで済む。今日は原稿のまとめで一日を費やそうと思っている。

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2018
10/07

共に震災で亡くなられた人たちに想いを寄せて


昨日は午後から女川の新築された庁舎と慰霊碑を見に行った。
曇り空で海岸にはガスが掛り、薄暗い町に商店街ながら、商店主と来場者の活気を見せていた。「酒とサンマ」のイベントで多くの観光客が来ていた。高台の女川町庁舎には一階部分に電灯が灯り、玄関には図書館が整備され、子供達が貸し出し口に集まっていた。海を見ながら読書を楽しんでいる大人など、町民の為の役場庁舎を建設の姿がここにあった。
千名の死者を出し、その中には800名と不明の方が200名で、外国時が9名と慰霊碑に刻まれていた。この日も町民を初め、観光客が知人の名前を探す人たちを見た。慰霊碑の前には花束が置かれていた。慰霊碑には800名余りの亡くなられた町民の名前があった。

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2018
10/06

税金の無駄づかいも甚だしい


未来に誇れる「南三陸町」の未来予想図。

震災祈念公園の「名簿安置の碑」の
築山の20mの塔にはメッセージが刻まれる。

62歳の男性のメッセージは
「いま、碧き海に祈る 愛するあなた安らかなれと」

復興記念のテラスのメッセヘジは
「小学1年生だったあの日、この目で見たものは、まだ私の中で鮮明に生き続けている。どうかこの町が大好きだったあの日のように、活気と人々の笑顔であふれる町に なりますように」

志津川中学校3年生の女性徒(13歳)メッセージです。

応募件数「149点」の中から、この二つが選ばれた。

こんな将来への明るい話題の蔭で、「八幡川」の周辺の整備に、1~2年の工事の遅れから42億の、国民の税金が予定以上に係っている事を忘れてはいけない。

隈研吾氏の設計の「国立競技場」も750億円の建設費が余計に係るという。待機児童問題や人口減少・生活保障費・生活困窮者への支援など、使うべき国費が余計に使われている。
日本の借金は「1100兆」もある中で、自民党は国の内部留保は借金以上に在ると言う。政府のジャブジャブの税金の世界貢献や、ゼネコンへの人件費・資材高騰は、建設計画のミスと社会情勢を把握の欠如が、引き起こした現実です。

本庶氏は、ノーベル医学生理学匠の数億の賞金を、将来の若い医学研究者へと寄付し、氏の研究成果の「オプデーボ」の特許費も、同様に寄付をしていると言う。日本人優しさはこんなところにあるのに、一強の元に自民政権には、優しさに大分欠けているようだ。

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2018
10/05

たいしたエコタウン


昨夜は7時から沼田地区の集会所で、「環境対策課」による、ゴミ袋値上げとゴミ出しのルールについて、町が説明会を行った。今回で町内の8カ所に説明がされている。ゴミ分別のヘットボトル・布団などの複雑さや、生ごみの違いなど、高齢者家庭には対応できるか疑問だ。町内での生ごみの普及率は4分の1との結果は、生活の現状の現れと思う。

気になる内容の一部は、現在のゴミ袋の値上げが「平成31年10月1日」の一年後に始まる。人口が減少しているのにゴミの量が増加している。30リットルが17.2円から30円になり、45リットルが30円から40円になる。一家庭で一年間に「107枚」のゴミ袋を使うと言う。30リットルで年間1840円掛かっている物が、値上げされると3210円で、1370円の値上げとなる。町の世帯数は4500として、「616万5千円」の町の増収となる。無駄をなくせば町民負担はなくても良い気がする。生活困窮者にはゴミ袋の支給が必要と思う。試算の1350円では収まらず、家庭の支出は小さいようで、以外と多い事に気付く人は少ない。

なんだかんだと行政は不安を突きつけ、住民に負担を求めている気がする。だが、分別による収入も多い。資ゴミは年間800トンで1350万円の収入となっている。しかし、焼却は気仙沼市で処理し、焼却灰はまた別な所で処分する。その総てが町の財源が支払われている。

エコタウンを目標にした町づくり、もっと工夫をしないと、住みにくい町と見えないような政策が必要だろう。

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2018
10/04

ラムサール決定へ


ラムサール条約の認定の授与がドバイで行われる。誰が受け取りに行くのか。随行員を含め町の財源が使われ、「誰が行くのか」「予算はどのくらいかかるのか」が、今後機会で議論される。
「日本の南三陸町が世界の三陸町になる。」と言った人間がいる。「研究家が町を訪れる」とも話す。ラムサールは湿地や海岸線の藻場の管理や、それを食べにくる希少動物の保護がある。私は人々が環境を守り、その自然の恵みに育まれている事を、後世にこの豊かな自然を繋げる事に意味がある。

秋サケの刺し網による今年初めての水揚げは「80匹」で、昨年の20匹の四倍となった。昨年の四倍は、私は大きいと思っている。今後の川への遡上や、定置網の水揚げも大きな期待を持つ。自然は確実に戻っているが、震災復興の人間のつくりだす環境に、生物が順応するかは別である。
南三陸町の「牡蠣の国際認証」での付加価値を、町は主張するが、石巻なども認証を取得し、以前と同じ生産地の販路拡大の活動が、今後の海の繁栄に繋がるが、後継問題は最大の障害として目の前にあると思う。

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また、ひとりの知人が「透析」をしていると聞く。私も予備軍である事は自覚しているが、「身体に何も無い事でその危機感がない」がある。糖尿病の合併症に「目」がある。「網膜剥離で失明」、そんな生きて行く事の危機を経験して、初めて糖尿病の怖さを知った。それ以降は真面目にインスリン・薬や、生活習慣に気を付けている。予備軍の「その内に」は、病気の悪化となり、「あの時に」と振り返っても遅い。
予防に三度の食事がある。こないだは百均の「マーボ豆腐の元」を買い作った。三滝でゴウヤを買い、スーパーでばら肉と半丁の豆腐を買い、食材費は400円とリーズナブルな初挑戦の料理だったが、上手に大変美味しく、一揆にビールと共に食べた。炭水化物のご飯は抜いた。

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た翌日には「ナスの煮びたし」を今年最後と思い作った。ナス一本半あれば食事の一品になる。今年は我が菜園での収穫のナスで終わりと思ったが、初めて150円のナスを道の駅で買った。材料は麺つゆとしょうが、自然に伸び収穫した「シソの葉」がつけ汁で、フライパンで焼き色が付くまで焼いた物を、だし汁に付けるだけの料理で、カロリーは「0」に近い。こんな男料理で生活習慣病と共生している。
一日おきの朝の「空腹血糖測定」ながら、130から150を維持し、ヘモグロビンACは「71」とまずまずで、最悪時は「13」を記録している。

父と二人の生活で、私が先なら家庭は直ぐにでも終わる。父の為にも病気と闘う必要性を感じている。糖尿病は多くの合併症の温床である事を忘れてはいけない。腎臓病・血行障害・網膜剥離は、「壊疽」と言う身体の一部切断と言う、最悪の結果となる。指を切り・足を切り、腕をきる。こんな現実を踏まえ今の生活を考えて欲しいです。


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2018
10/03

「全員野球内閣」「在庫一掃内閣」?


京大・本庶教授が「ノーベル医学生理学賞」を受賞した。貴乃花の年寄引退や、大坂の警察署から脱走者発見、台風被害の中で、薄れもしない教授の大発見があった・
若い時に同級生をガンで亡くした事で、医学の道に進んだと言う。頑固なまでの信念を貫いた。人間の身体の「抗体」を変化させ、ガン細胞を撃退する「免疫治療」のメカニズムを解明した。既に新薬として「オブデーボ」があり、高額薬価で国会でも取り上げられた。大分価格は下がったがまだまだ高額である。教授は「好奇心を持ち続ける」「簡単に信じない」「「自分の目でたしかめる」「諦めない」の気持ちが、研究の継続に繋がった。「多くの基礎研究で、応用研究がある」と、無駄と言われる事の積み重ねが、大発見に繋がった。
ゴルフも最高スコアが「78」とその数字にも、何事にも一生懸命にする成果がある。78歳でこのスコアは凄い。研究もゴルフも中途半端でない事を意味する。

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女川町本庁舎の海が見えるテラスに、慰霊碑に震災で亡くなられた墓碑銘を刻んだ。名前刻んでも良いかを聞き、被災者に配慮し完成した。母と祖母を津波で亡くした学生は、墓碑銘に恥じない復興と生き方をすると、慰霊碑の前で誓った。将来は女川に帰り、母と祖母がしていた「焼肉店」をやりたいと言う。
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南三陸町には亡くなられた方の名前を刻む墓碑銘は無い。何故とこれまでも考えて来た。町長の決断する事ながら、自分の防災の不備を認めたくない。亡くなられた方々の事を、目の前で見たくないと言う、自分の独自の判断が、慰霊を建立しない理由と私は見ている。町長は否定をするだろうが、これを住民投票すべきと思っている。

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台風25号がまた日本を南北に横断しそうだ。静岡県では70万世帯が一時期停電となり、中部電力の7割にあたると言う。現在4日目になるが、今だに12世帯が停電だと言う。電気の大切疎と、災害時の電気・水のライフラインの確保は、近々の問題である。

色々な出来事に一喜一憂している自分が居る。ひとりの力では何もできないが、本庶教授の生き方に学びたい。

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2018
10/02

生涯学習センターの上棟式


南三陸町の志津川地区の中央団地の下で、「南三陸町生涯学習センター」の上棟式が10月1日午前11時から開催された。
建設関係者を初めとして、町の関係者・地区民や子供達が200人余り集まった。建設会社の上棟式に度肝を抜かれた。祝詞を歌津地区の山庄建設の社長が務め、社員が6名呼び出され、柱打ちや槌音を発てての建設の儀式で、その力強さが伝わって来た。

餅まきは三回に分け、幼稚園児から、70歳以上の男性と女性が2回目で、その後が全ての人とした。私はと言うと、多くの皆さんの勢いで「2個」しか取れなかった。
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居場所が悪かったのだろう。子供達と餅を取り合う子も何か嫌だった。厳粛な式と、多くの子供達と地区民の笑顔に満足した。

これが震災からの公的施設の、南三陸町の最後の箱物となる。公民館・図書館が生涯学習センターとして、志津川地区に整備される。


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