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ARCHIVE - 2018年09月

2018
09/30

命が守られる順番 自助・共助・公助


震災4年後にサケの稚魚の本格放流し、4年前の稚魚が故郷の海に、間違いなく戻って来ている。嬉しいなー! 初日は80匹が刺し網に掛かりました。昨年の20匹から比べたら4倍も、今期は期待できるかも!

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広島を襲った2度・3度の自然災害の姿に「何かしないと」と思っていた。やっと今週になり南三陸町の稲刈りが始まり、地元産の「ひとめぼれ米」5K袋15個を郵便局から発送した。「こんな支援もあるのですね。」とお褒めと御礼の電話だった。広島の被災した人たちに分配しますと話す。知人から地元の産品を、広島の知人に送る、正に支援の地産地消と思っている。

登米市の30K1袋の米が「7800円」と、三滝堂で販売され、多くは無いが少しずつ消費されていた。昨日は仙台の「杜の市場」での宮城米が、「8300円」で山積みされていた。南三陸町の米生産農家に「農協出しは?」と聞くと、「6800円位でない!」と言う。個人で直接消費者に販売した方が、割高で買ってもらえると感じる。道の駅・商店だしだと「中間にマージン」が発生する。これは消費者への「負担」と、農漁業が懸念している。第一次産業者の所得の拡大は、こんな所から厳しい問題と考える。

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2018
09/29

8年目の復旧途上の町は危険がいっぱい


以前に写真の中学校下の「津波被災高台横断道路」を通過した時に、夜間に自転車で買い物の帰りに、完成までの応急道路の坂道を、自転車を押し歩く人が居た。曲がりくねり道路も狭く暗くて、突然に通行を確認し、何とか回避ができた。この道路は398号の入谷地区などの町民が、役場などの商工団地に向かうのには便利な道路で、時々は高速であおられる感じがし、通行は注意を払っている。また、児童や中高生の登下校があり、仮設の歩道もあるが「狭い砂利道」は危険が多く、入口にはロープがあり、雨の日は歩道に夏草が茂り、歩道の通行は限りなく不便である。そんな道路は志津川東団地から御前下の398号までが、今年中にT字路となり復旧すると町は言う。志津川西団地まではまだ一年はかかりそうだ。

昨日は広島の「愛の福袋活動」の代表から御礼の電話が来た。広島を襲った2度・3度の自然災害の姿に「何かしないと」と思っていた。やっと今週になり南三陸町の稲刈りが始まり、地元産の「米」5K袋15個を郵便局から発送した。「こんな支援もあるのですね。」とお褒めと御礼の電話だった。広島の被災した人たちに分配しますと話す。知人から地元の産品を、広島の知人に送る、正に支援の地産地消と思っている。原村へはトウモロコシの恩返しは、タコとサンマだった。

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先週の原村の人達との交流会では、信州の名産の「セルリー」を頂いた。セロリとは違い、筋も無く臭みも無い野菜です。一株を大きく3つに分けて従弟にあげた。従妹は「セロリ大好き」と喜んでくれた。お客さんには「食べますか」と一株を頂いてもらった。
私は「セルリーの炒め物」に初めて挑戦した。ウインナー・エリンギとで炒め物とした。臭み苦みも少なく、身体に良いのだろうと料理した。最後に卵を入れ炒め、うどんに載せて食べたが絶品だった。昨夜は黄色になった葉っぱを、ゴマ油で鰹節とゴマに調味料で炒め、「ふりかけ」を作った。残った茎は冷蔵庫に入れ、今度はカレーの具に入れたい。料理は楽しい。

今日は仙台へ印刷組合の展示会「ソォフテック2018」行く。その前に我が菜園の収穫から始めたい。


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2018
09/28

志津川地区の「敬老会」と「換地」


昨日は南三陸町ホテル観洋で志津川地区の「敬老会」が、一日中降った雨の中で開催された。役場・社協の職員の御世話で、76歳以上の高齢者にはしばらくぶりの再開で、多くの笑顔が会場に満ち溢れていた。
対象は1037人のうちで、319名が出席した。今年から敬老となったのは、男32名・女37名が志津川地区の仲間入りとなった。祝いの「祝詞」は佐藤こうとくさんが代表して受け取った。
町長のお祝いの挨拶で、日本の平均寿命は男性が「81歳」で、女性は「87歳」と話す。南三陸町の百歳以上は8名で、最高齢は「103歳」だと言う。幸せな町が再建できるよう、復興にご教示頂きたい。障害学習センターが公共事業の最後となる。共助の精神で今後も宜しくお願いしたい。「食べて、運動して、良く眠る事が長寿の秘訣」と語った。議長は、「激動の中を生きて来た皆さまのような、挑戦して進んで行く。」と会場に集まった皆さんに習い、全力で町の再生を図っていきたいと祝辞を述べた。

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2018
09/27

占拠は勝てばいい、冷や飯を食う、麻生語録


550票対石破氏の250票は大差ながら、石破氏には清々しい笑顔があった。
地方の創生と中小企業の支援、そして低所得者の所得アップを唱える石破氏だが、地方の党員票には受けがいいが、勝利するのは難しいが、あえてこの部分を訴えた。宮城県の自民党党員票は「43%」と、日本の地方の自民党員の「安倍総理継続」に警鐘を鳴らしたのだろう。
そんな中で来月から国会議員の月額報酬が、「103万円から129万円」となる。何なの?と国民は首をかしげるだろう。年収は3600万円にも及ぶ。安倍政権が7年目となり、「定数削減」「消費税」「社会保障」「健忘再建」と、自分のしたいような形で国政に没頭する。
「安倍の三本の矢」「異次元の財政緩和」など、国債をむやみに発行し、「株価」「円高」は当然で、株の上昇で企業が潤い、投資家は益々利益となった。一般国民は金利が下がり、給料が減少するなかで、サラリーマンは昼食を「500円」と、生活を切り詰め生きているのに、国会議員の定数も減らさず、報酬を上げる事の政策は、自分達だけの為と思う。日本の借金は膨大な美馬になった。これを全国民が返済する。なんて変な「政治」なのだろう。
また、3年間の一強の政治が続く。来年の10月の参院選で安倍自民党への「お灸」をすえないといけないと私は思う。
しかし、野党には目ぼしい人間が見えてこない。自民には萩生田・茂木・世耕など、若き次の時代の人間がいる。小泉進次郎は今回の行動は、両方のご機嫌を取った事で政治評論家の人気が下がった。政治ってなんなのだろう? 国会は地方にお金の分配の機関として、強大な力を持っている。地方の首長には何の力も無い。
村井知事も気仙沼の防潮堤問題は、強権の一端を覗かせた。あと3年の任期がある。これで終わるから? 政治家は判らない。

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昨晩は料理で憂さを晴らした。枝豆・おくらとミョウガ漬物になすの煮びたしと一缶のビールとした。それに「アミタケの醤油汁」を、仕上げに作り食べた。朝の血糖は「126」と、野菜に特化した料理のお蔭だろう。
今日は志津川地区の敬老会がホテル観洋である。6年ふりの参加である。

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2018
09/26

新年を通した我が生き方


日本人の大横綱・貴乃花が部屋を辞閉め引退した。
相撲協会に辞表を出したが、協会は受理しないという。

内閣府に提出した今回の問題の内容を「事実無根」との言う教会
貴乃花は自分に嘘は無いと応じない。
正に協会に敗れたかも知れないが、大団体と横綱相撲をとった。
巨大な協会に一人で立ち向かう姿は、正に武士道を貫いた。
弟子の事を一番に考え、他の部屋に行っても最後まで面倒を見たい、
今後は小さな子供達を育てたいと言う。

信念を貫いた「貴乃花の勝」と私は思っています。
国政も県政も、そして町政も、多くのスポーツ団体も、多くの問題に目をつぶる姿勢は、総ての事に於いて、何の改革もない。

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≪9月定例会の一般質問の総括1≫
「高齢者環境」
千葉伸孝議員
・高齢者の老人ホーム入居の対策は万全か
・町長…認知症・病気などの予防に取り組んでいる
問 生活困窮者の町の対策は。
答 医療・介護における低所得者対策として、自己負担金の上限や、所得の段階に応じた保険料の設定が制度化されている。年金の手持ち金が減少しての生活困窮者には、セーフティーネットの生活保護がある。
問 地域包括支援センターの役割は。
答 介護支援や保健師・生活福祉などの専門員を配置し、住民からの相談や介護予防を担っている。
問 実績は。
答 29年度は、介護申請や認知症相談の対応が389件。介護予防普及啓発事業として、述べ461件などの事業を実施している。
問 老人ホームの入所状況は。
答 7月1日現在で合計定員337人に対し、316人の入所で待機が164人となっている。
問 町内の老人ホーム6施設との共働と連携は。
答 規模や役割により県・町が指定権限を有し、町としては県町の権限に関わらず、職員確保や介護人材の確保など連携している。
問 老人ホームの介護職員は充足しているのか。
答 各法人にとって喫緊の課題である。
問 対策は。
答 圏域を挙げて介護人材確保協議会を通じて、人員の確保を図っている。
問 支援は。
答 在宅介護職員確保対策事業補助金を交付し、就労支援及び起業支援をおこなっている。入所職員の確保については職員講習会を開催している。

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2018
09/25

秋彼岸の三連休


土曜日・日曜・昨日の午前中は、父への孝行の為に「ずーと」家にいた。私が居ると安心だと話す。会話はと言うと耳が遠く会話とならない。私も遺伝か耳が年々遠くなっている。老老介護状態に知らないなっていた。

時代の流れの「回転寿司」「百均」「道の駅」などが街に欲しい。自由にスーパーで物を選び、商品を見て徒きたいが、人の目が気になるし、恥ずかしさを消せない。なので混雑する町内の大型スーパーへは行かず、隣町に行く。

午後から町を離れ、お昼に「浜ずし」に行ってお昼を食べた。次に「青山」でワイシャツ3枚とネクタイ4本、「セットだとお安いですよ」の店員の戦略に乗りベルトまで購入した。次に「百均」で額縁6枚と料理の元を4点買った。その後は「三滝堂」へ、何も買わなかったが行くたびに駐車場と店内は大混雑だった。帰って「さんさん商店街の「マルセン」さんで、笹かまのセットを5箱買い求めた。
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写真の「えびづくし三カン」は150円と、格安鮨に多くの来客でいっぱいだった。
たまにこうした衝動買いでストレスを、知らず知らずの内に発散しているのかも知れない。仕事ばかり、……、父と二人だけの生活では、気分の転換が必要だ。衝動買いといっても青山は別として、3千円余りと、笹かまセットは町への支援の原村の皆さんへのお土産です。

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こんな連休最後の一日でした。夜は原村の前村長・前職員・議員さん達との、交流会を志津川の下道荘さんで開催した。これまでの南三陸町民との「フレッシュ事業」を通した交流で、昨夜も歌津の民宿で12名の皆さんとの再会の場だったと聞く。
道の駅・三滝堂では登米市の新米30Kが8千円余りで飛ぶように売れていた。南三陸町にもこんな道の駅ができたら、農家も大助かりと思いませんか。

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2018
09/24

秋の交通安全町民総ぐるみ運動


朝7時15分から30分、南三陸海岸インター出口から、アリーナに向かう交差点にプラカードを持って、街頭に立った。沼田地区からは3人が今秋は立つ事となった。初めての地区に来た方もあり、「恥ずかしい」と話す。私は7年前の震災後に沼田地区に来て、今年で5回目? となった。今日は秋分の日の振り替え休日で、平日よりは車は少ない物の、三陸道の建設の大型トラックや、建設会社の看板を付けた車が多かった。震災復興は日曜以外は出社しての工事が進んでいる。

南三陸町は水産業の町で、その朝の多忙の普通トラックが、海・市場・製氷工場から交差点のカーブで、「氷」を荷台から巻ながら通行していた。後続の車両もさぞかしビックリしただろう。初めは砂利と思ったが、その後で通過する車は、「バリバリ」と平気で通行して所を見ると、氷で間違いないようだ。

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振り替え休日の朝の風景があった。

今日は、祝日を利用して議会原稿を一つ仕上げたい。昨日は長野県原村の小林さんが突然電話をくれた。ユウパックで送った「サンマ」があり、「美味しく頂きました」と連絡をくれた。偶然は偶然を呼び、一昨日に南三陸町に来ていて、一日目は歌津に宿泊し、翌日は気仙沼を訪れ、今日は志津川の民宿に泊まると言う。なんて不思議な巡り合わせに驚いている。
今夜はそういう事で、民宿で一緒に情報交換をすることとなった。南三陸町の海の幸を堪能したい。今夜の宿泊地は「志津川でも料理の美味しい民宿」と私は思っている。震災後から本浜行政区の解散式で利用した。また、親戚のご法事や議員の親睦会でも利用した。震災から4回目の「下道荘」、どんな料理が出るか楽しみだ。原村の職員だった小林さん、そして前原村村長の清水さん?との再会が楽しみです。
私の提案がありその相談もしたい。農産物の交流だ。名産の「生トウモロコシ」「セロリ」などを、紹介し販売したいと思っている。とにかく美味しい農産物で、震災で交流が生まれた「長野県原村」との出会いを、更なる交流を深めたいと思っている。

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2018
09/23

「何処にいても南三陸町民」

福島県波江長の前町長の言葉です。波江を南三陸町に当てはめました。被災地においては町のトップは同等の想いで、町の再建と古里の復旧に取り組んで欲しい。心が町から欠けて行く中で、前波江町長の言葉は思い。原発の事故はまた別なながら。
波江町は「2万人」が町から離れた。南三陸町は800人が震災死して、3200人が町からやむなく離れて行った。一早く自分たちの生活の確保の為である。これは誰らも責められない実情だった。

南三陸町でこれからも生きて行くためには、パートナー探しと自然の触れ合いのドライブから。
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加美町の「やくらいガーデン」に行って来た
若いカップルや子供連れの家族が
広々とした花畑を歩き
公園内にある腰かけで一休みしながら
夏の終わりを満喫していた

花の園内には教会があった
結婚式があったようで
玄関には色とりどりの花びらの祝福の跡が広がる
教会の玄関の小窓から協会内を望む

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私はバツイチながら神前の結婚式
教会は新婚の婚前旅行で
オーストラリアのメルボルンで教会を見ただけだった

一度しかない人生
是非 結婚して欲しい
多くの独身者の積極的な活動を期待したい

「何処にいても南三陸町民」

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2018
09/22

:気仙沼市大谷の「道の駅」


国道45号沿いにあり。気仙沼屈指の「大谷海水浴場」の大谷地区は、大震災の津波で多くの家々が流失した。浸水域となり住宅建設はできなく、以前の町並の再建再構はできなかった地区民である。私たちの「大谷海水浴場を守ろう!」と、海岸線を生かした地域づりくの活動があり、6年間の地区民の思いが、国県の防潮堤計画を覆えした。住民活動の力がここにある。
我が町はと言うと住民は、町の薦める計画におとなしく従い、一部の地区地区で自分の思いを貫きたいと、頑張っている人がチラホラいるぐらいだ。

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気仙沼の帰りの途中に「道の駅・大谷物産販売センター」に寄った。水産物や農産品があり、気仙沼のお土産品も揃っていて、トイレが旧本吉町の町の花・魚が描かれていて、便器も多く、それ綺麗な状況に感激する。買い物は「枝豆」が200円ながら綺麗で漁も多かった。枝豆はここが一番安かった。
気仙沼線の大谷駅には一つの思い出がある。あの頃も良かった。生きているって瞬間がここにありました。

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我が町の計画する「道の駅は」は、国の定める道の駅の規定に合致はしていない。地域の発信や農水産物の発信と、交通環境が渋滞を誘発し、来町者の安全の確保がされず、トイレ環境は他から比べても、デザインと施設に大きな欠陥を感じる。外観からいくら南三陸産材活用と言っても、南三陸町の道の駅の良さを私は感じられない。一番は販売の水産物(タコ)が高いと言う声がある。最大の欠陥はここにある。大量に獲れても、産品の安価での販売などが、掛けている。漁師の心意気が感じられない。それは商人に水産物の販売が全てだからに他ならない。

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2018
09/21

私の昨日の食事でーす


16日の期間で実質11日間の議会も終わり、気仙沼の配達で一日のスタートをした。

朝食は定時の7時40分に、NHKの働く人たちの「朝ごはん」のテレビを見て、宮城のニュースを見る。仙台の大学生の異常行動で、32歳の警察官が亡くなった。家族の思いは複雑だし、理不尽な死に気持ちの整理が付かないだろう。また、県内の老人ホームで「職員の入所者への性的暴力」があり、県内初めての事件で職員が逮捕された。若者たちの異常行動は、社会の「ゆがみ」が現点にありそうだ。普通に大学に通い、普通に結婚し家庭を持ち、普通の給料で少しの贅沢があればイイが、そのバランスが崩れ、予想だにしない事件が発生している気がする。

私は朝7時40分、昼は12時、晩御飯は18時30分の定時に食事をしている。意外とこの時間で、規則正しい食生活をする努力をしている。
朝食は、いただき物のサンマと、ミョウガとキュウリの漬物、昨夜の残り物のタコの頭の刺身の3品にお茶だった。健康料理そのものです。

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昼は気仙沼の途中の35年来の行きつけのラーメン店で、「旭川味噌チャーシューメン」を注文し、トッピングはバターコーンで、私が一番大好きなラーメンです。大震災で国道沿いの店は流出したものの、近くの国道沿いにオープンし、震災から1年目には食べに行った。震災の事を話したと記憶する。美味かった。

帰りの途中に「道の駅・大谷物産センター」に寄った。水産物や農産品があり、気仙沼のお土産品も揃っていて、トイレが旧本吉町の町の花・魚が描かれていて、便器も多く、それ綺麗な状況に感激する。買い物は「枝豆」が200円ながら綺麗で多かった。枝豆はここが一番安かった。
行きは大谷から気仙沼まで、さくらボール近くまで、南三陸町から45分で到着した。混雑は気仙沼市立病院が、前方の信号まで5回は止まる事となったが、この辺はしょうがない。帰りはラーメンを食べたので国道となったが、三陸道の開通となり通行は滑らかだった。

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晩御飯はイモ焼酎のお湯割りを、昨日の残りと枝豆で一杯飲み、食事は一昨日前のカレーを、もう一杯の焼酎と共に頂いた。

昨日も我が社に事件が発生した。テレビ報道の郵便配達員の腑配布で、担当局から謝罪に来る。どんなものが郵便物かは判らないが、これも若い配達員の不祥事だった。自民党の総裁選挙も、私の勧めたい石破氏が笑顔で、敗れたものの党員の「安倍一強」への反発票があった。長期独裁の政治は国民・町民にとって、決して良くないと国民も解っている。来年の参院選が楽しみである。

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2018
09/20

議会が終わり交流会は楽しかったです

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平成29年度決算に対し「反対」の立場で討論致します。

南三陸町の佐藤町政は、志津川地区と歌津地区の不均衡な、29年度における震災復興事業があります。
志津川地区に於いては国道45号の再建も終わり、被災市街地の再生も新たな姿が現れつつあります。
歌津地区はと言うと、メインとなる国道45号については、まだその先は見えなく、総合支所は規模の縮小や職員の削減により、地域の住民サービスの低下となり、世界に誇れる「歌津ギョリュウ化石」の保存に関しても、何の取り組みもありません。また、「歌津老人福祉センター」の老朽化対策も現在まで怠り、両地区に於いて住民の生活環境の格差を生んでいます。

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佐藤町政の震災からの再生は、当然行うべき復旧復興事業は進んでいる中で、さんさん商店街の財政・環境整備支援があり、今度は「道の駅」まで志津川地区に整備と、志津川地区の一部の商業者や観光団体に、有利な国の事業活用の展開が見え、町民全体の為の復興事業の税金と利益が、活用されているように思います。
このままでは町民の不均衡な町政への反発が増し、町一丸・町民の将来への希望への思いが、南三陸町の「早期復興」を停滞させると感じます。警鐘を鳴ら意味を込め、平成29年度決算の提案に反対します。

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2018
09/19

天変地異に人間はたくましく その陰には多くの犠牲が


昨日も二日続きの関東地区で局地的な豪雨があった。世界的な天変地異は、各地で大きな被害や影響をもたらしている。

昨日の東京でも、マンホールから雨水が下水を満杯にし、凄い勢いで吹き上げる威力は凄まじい。鉄道のホームは雨漏りで、傘を差し屋根の下を歩く乗客の姿があり、地下鉄の階段は滝のように雨水が流れていた。コンクリートジャングルの関東圏域は、100ミリの局地的豪雨で大混乱していた。
道路は冠水し住民の足に大きな影響となり、道路の冠水は車の走行で歩道まで波となり、歩行者の足の障害となった。気圧配置や気温上昇とは解っていながら、人間の対応にも限界がある。住民からのスマホの動画撮影が、テレビ局の生の放送として流されていた。時代の流れを感じる。

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今年のサンマの水揚げも関係者は、不安定な状況が続いている。豊漁の兆しが見られた今年の初めから、突然魚群が姿をけした。時期初めだったのでサンマの確保ができ、目黒のサンマは1時間で整理券が終了した。5000匹のサンマはさぞかし美味しかっただろう。しかし、サンマの地方発送は現状混乱していた。

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ツールド東北に参加された全国の皆さんご苦労様でした。晴天に恵まれ南三陸町の自然と人を感じ取った事と思います。今年で6年目、来年も是非御来町下さい。お待ちしています。(志津川市街地のさんさん商店街前の交差点にて)




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2018
09/18

自分の生き様を考えた人生


樹木希林さんの凄すぎる人生。晩年はきっと悔いなき人生だっただろう。
「私の毒を消してくれる」という旦那への愛を貫き。
「全身ガン」「乳がん摘出」と、病気と共に生きる事とを決めた。
「朝日のあたる家」が聴きたいと言う。
75歳まで自分の生き方を、考えを貫いた。
言い尽くせない「死に方」と向き合い、日常は死と隣り合わせと言う。
素晴らしい75歳の生きざまに乾杯したい。

そんな中で「左日失明」は、人生で大きなショックだったと言う。
メスは入れる事を何故しなかったのだろうか、こんな強すぎる人間なのに。

私も網膜剥離で右目の視力が「0」となった時のショックを今も覚えている。その時に我が人生を悟った。
「人に迷惑を掛けず、人の為に生きたい」と、新築となった六畳間の部屋で、左目が「ぼんやり」と見える世界を味わおうと感じた。
私も今は「終活」に入っている。それは自分のできる事をしたい。年老いた父の為、親戚の為、そして弱い人の為に、強きを挫きたい。

70歳以上が1000万人?を越え、高齢人口の28%となった。100歳以上は6万9千人となり、一年間で2千人が増え、超高齢化日本となり、2065年まで世界一の高齢の国だと言う。これからどうなって行くのだろうか。

昨夜はNHKのヒストリーで「デビ婦人」の人生をやっていた。78歳までは母を助け、弟の為に若い時を過ごし、最後はインドネシアのスカルトの為に生きた。あまり好きでないタレントながら、人生を見て自分の為でなく、家族の為に自分の身を捧げた人生に感激した。

この75歳過ぎの女性の生き方に、結婚しない女性に「自分の人生を大切にして」と言いたい。人を愛する事素晴らしさを、知らないままで「死ぬの?」と、生きている事の意味と、無駄にしないで言いたい。「事実婚」「恋愛」でもイイから挑戦して。しかし、「不倫」は駄目です。相手の家庭を破壊するからです。2号としてだったら、相手の生活を優先に、静かに生きて下さい。女を利用する、セックスの道具としての不倫を、私は容認はできない。

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2018
09/17

きらびやかな伝統行事


昨日は入谷地区の八幡様のお祭り、志津川地区の稚児行列、本吉の南部法印神楽があり、写真撮影を予定しているが、入谷へは行く事をやめた。私一人の日曜の過ごし方には限界がある。天気は「曇りのち雨」が、今の所、青空も見える。神様が天気を良くしてくれた。
震災前の志津川町内の「八幡様の稚児行列」は、五日町を中心にした行列は長く、家々から祝福の声があり、来年の小学校入学の子供達は、もつと元気に笑顔で歩いていた気がする。
大震災は子供達の「らしさ」も奪った気がする。商店街を出発にも観光客の、晴れやかな門出の煌びやかな姿に、祝福の声は少ない。復興した住宅街や、公営住宅での高齢者への披露なんてできたら、もっと楽しい行列になりそうだ。
神社は志津川被災地の中心地にあり、その周辺には住む人たちは少ない。

入谷地区でも「打ちばやし」と共に、稚児行列が昨日開催された。地区民がその晴れ姿を見つめていただろう。

南三陸町志津川の上の山八幡宮の7年ぶりの「稚児行列」が開催された。

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2018
09/16

夏の終わりに


会社を従業員一人に任せ、私が「自分の好きな事」をしてる事へのお詫びに、2018年の夏の終わりの「ビアガーンデン」へ行く。
先週は北海道大地震や台風21号で、天気が荒れた一週間だった。仙台へビアガーデンと言う天候でも無かった。しかし、その感謝の気持ちが天に通じた。こんな感じと、ビールで浮かれている自分の顔も写メしたが、とても見せられる写真でないので、ブログに載せるのをやめた。
デパートは「最後の夏」をと、40人近くが美味しくビールを飲んでいた。カップルもいねが、女性同士・仲間が多かった。ビール・ワイン、そして酎ハイ・ビールと去りゆく「バイキング」の料理と一緒に、夏を飲みほしているようだ。何がこの夏に会ったのかは知る良しも無い。

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今年で2年連続のビアガーデン、沖縄のオリオンビールが限定で飲めた。飲み口が良かった。また今年も生の樽が無くなり、ビールの泡を浴びる事となった。北の空からは飛行機の飛行機雲が二つ、北海道の千歳空港からの仙台便だろう。北海道の生活インフラも復旧が進んでいた。関西空港や千歳空港は、日本のインバウンドの拠点、二つの災害で多くの観光客が減少し、大坂の黒門市場や、大坂のすすきのなど、観光客が1~2割と減少していた。今年の経済の低下は大きいと言う。現在の所の地震被害が「250億円」と試算された。今後も増加をする。安室奈美恵の最後のコンサートが沖縄で開催された。今日の引退となる。

仙台の一番町は夜7時過ぎながら、多くの若者が週末の夜を、仲間と楽しんでいた。たまには夜の仙台もイイ。もう一つの目的は、登米市の義理ながら95歳の伯母に、お返しものを買いにデパ地下に行った。商品を物色して三周、目星を付けたのが、梨の和菓子?洋菓子?、一個1500円近くの物を二つ買った。これぐらいでもこれまでの支援の恩返しの足元にも寄らない。5千円のお返しは最低限の額と思っている。

今日は入谷地区の八幡様のお祭り、志津川地区の稚児行列、本吉の南部法印神楽があり、写真撮影を予定しているが、入谷へは行く事をやめた。私一人の日曜の過ごし方には限界がある。天気は「曇りのち雨」が、今の所、青空も見える。神様の為に天気も変わった。

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2018
09/15

この海に抱かれて


南三陸町の若い漁師の不安を町に問い正した。

海水温の異常から、海の状況が一変している。獲れていた物が獲れなかったり、異常なまでの水族の水揚げがある。水産業は「水物?」で、自然と大きく関わっている。

南三陸町歌津地区に於いての話に、ホヤの原発の風評被害で、韓国への大量出荷が止まった。これに対して昨年までの「東電」からの補償金期間が終了した。しかし、今年はまだ別な生産者の支援があると言う。だが来年度はどうなるか判らないと言う。
他に「ホタテ」のマヒ性貝毒がある。毒素を含んだプランクトンの発生で、それを吸収していた内臓部分に蓄積し、貝毒の規制値までの低下が見られない。しかし、昨日の報道やfbで、雄勝地区ホタテの出荷が始まったと言う。待ちに待ったホタテが食べられる。地区に寄ってだが私の地区はまだのようだ。その他にもホタテの養殖での落下や、死滅など取り巻く環境は厳しいと言う。
ワカメも年々品質の低下があると言う。それには答えは無かった。

私の「厳しい、厳しい。」に、町長は「厳しいばかりと言っていては、何も解決しない。」と返事がきた。この不安要素を解決しないと若い漁師が減少する。また、高齢化する漁業者事情もある。「南三陸町の水産業は大変だ!」が現実だ。

サケの孵化場が4年前に再建され、放流から4年目が経ち、今年のサケの回帰に町は期待をしていると言う。しかし、川の河川堤防建設で、環境が大きく変わった。この環境でサケは今年、以前に近い形で帰ってくるだろうかと心配する。町は「川は以前と特段変わっていない」と言う。私は鮭が一番それを知っている。今年の結果が楽しみだ。震災前の半分まで回帰が増加したら、謝罪するつもりだ。

私は、自分の思いと「町民の声」を町に伝えるのが役目であり、先輩の一部に駄目出しあっても継続する。「だって海が好きだし、魚も大好きだもの。」


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:59 】

2018
09/14

出逢いと出来事に生きている実感


大きな災害と更なる問題発生にも
「笑って楽しく生きられればイイ!」
と話す同級生。
俺なんかよりも凄い奴、そして頑張りやである。

同級生の父がまた死んだと言う。
昔、遊んだ同級生は
今を登米市で奥さんと一緒に暮らしていた。
もう生まれ住んだ家と思い出は震災にない。

歌津の老人福祉センターの
「デイサービスの閉鎖問題」
これはフェイクニュース?
地域の心配・不安の拡大?
冷静な対応を「自己判断で」。
自分で確かめるのが一番です。行動あるのみ!
この立場だからできるのかも。

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何か、町の職員の応対・姿勢が変わった。
町の顔です。
努力が報われた気がする。

私にある一つの活動がある。
石巻市の「田代島・しま起こし隊」
今月の26・27日に3周年の祈念イベントの
案内が届いた。

町の事が今は大切なのでとお断りした。

飯島町から「梨」が届いた。
人との出会いと交流は楽しい。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:29 】

2018
09/13

多くの町民を救った高野会館を震災遺構に2


住民と町への、国からの配分の一番は「交付税」で、貴重な町の財源であり住民サービスの基礎となっている。国勢調査での人数により国から配分される。普通交付税は一般的に自治体に交付されるもので、我が町にはその他に「特別交付税」「震災復興特別交付税」がある。

普通交付税は約32億5千万で、特別は3億2千万、震災復興は30億4千万となり、平成の合併による交付金があり、震災復興は大震災で生活が元どおりになるまでの、被災自治体への特別交付金である。

交付金合計は「76.1億円」となり、現在の人口が「1万3千人」として、町民一人当たり「58万5300円」となる。震災からの復興が終了し、生活の安定となれば「普通交付金」だけとなる。交付税を有効に適切に使わないと、町の財政は破綻しかねない。


この町の議案に反対の討論をした。(続き)
今後進められる国道からの海への取り付け道路は、志津川市街地の親水性を考えた回遊性、そして町民・観光客の「避難道路の確保」に、言葉とは裏腹な、町長の政策・計画と感じます。

総務常任委員会で以前和歌山に行った折、低地部から高台への「避難道」は、市街地では50mおきに高台まで繋がっていました。南海トラフ地震が今後発生との予想から、既に観光客や築住民を守るために、自治体の整備が在る中で、高野会館は「かってに整備してください」は、余りにも無責任な町トップの発言としか思えません。

こうした事を考慮しても、今回の108号の町の議案には、反対を致します。議員の皆さんには、今ここで足踏みしても、将来の南三陸町の在り方を考える上でも、構想の再検討を促す意味でも、よろしく賛同をお願いします。
(終わり)

(工事の内容に)
私の反対討論から、賛成、反対、賛成と、4人の議員が討論を重ねた。結果は判かっていた(賛成多数)が、何でもかでも首長の政策がまかり通る南三陸町・そして議会となっている。当初は港橋の建設に設計の公募を、若い建築家を募集し「150万」の賞金を送り、その橋の建設も中止とした。現在は残土置き場があり、トラックの土の移し替えの道路として使っている。
国からの予算のみをあてに、震災復興で良いのだろうか。将来の町の規模を考えても、「身の丈に合った町づくり」と町長は言ってはいるが、国の考えも「どんぶり」的に見えてくるのは私だけだろうか。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:38 】

2018
09/12

42億の増額 


北海道の地震に政府は、緊急支出で5億円を出すと決定した。政府の財源は大丈夫だろうか。台風21号の全国的な被害が発生し、今後の北海道の地震は「激甚災害指定」を受け、国の救済で再建が進められる。
こんな状況の中で南三陸町の災害復旧工事で、1~2年の工事延長で「約42億円」が追加補正となった。町長は「震災復旧費は全て国の予算で再建される」と言う。人件費の高騰や工事の延長に伴う増額だと、執行部は説明をした。
UR都市再生機構が工事の元受となり、ゼネコンと地元事業所の共同体もあり、工事が進められ、いろいろな事情はあるだろうが、工事費の3割近くの工事費の増額となった。

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この町の議案に反対の討論をした。
(内容)
「一事業所に町が支援する事はできない」との発言が町長からありまた。さんさん商店街も一事業所の集まりなら、ホテルの「てんてんマップ」にある協力店も同じと考えます。被災地となり互いに助け合い町づくりをするのは当然と思います。

港橋・ネイチャーセンター再建計画の当初の地区民の願いや、港橋の再建には公募をでもしたのに、中止となり無駄に限られた財源を使いました。八幡川の整備は9つの事業が一年延びる事で、42億9千万円の増額での、町長提出の議案の提出は、余りにも自分かってな、先を見とおす事の出来ない、町長の甘さがあると思います。「これもまた想定外」というのですか。

新井田側には5つもの橋を架け、小さい物を含めれば6つの橋の整備が在あります。少しは整備を減らし、八幡川の港橋の「避難機能」「親水性」に考慮した、志津川市街地の整備をお願いしたいと思い。バランスを欠いた志津川市街地の整備が、町と国やUR都市機構の計画のままに、工事が進んでいる。大震災での交通渋滞で多くの悲劇があった事をお忘れですか。

≪つづく≫


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:22 】

2018
09/11

天災は忘れたときにやってくる


今朝の5時に北海道で余震「震度4」が発生した。必ずこれまでの大震災の後には同等の地震が発生しています。東日本大震災でも、2度目の震度6の地震は、親子で抱き合い地震の恐怖を回避しました。更なる悲劇が発生しない事を願うばかりです。

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同時多発テロから16年と言う。新婚10か月で夫を失った妻は、今も夫と会えないと言う。遺体の損傷が酷く、破片でもDNA鑑定が難しい中で、新たに検査機器が発明された。グランド「ゼロ」の慰霊の碑の、夫の墓碑名にハートを朝露で書いていた。48歳となり、今も夫の幻影を追っていた。

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議案106号の祈念公園の北側道路災害復旧工事に反対の立場から討論いたします。
現在、志津川市街地においては交通渋滞と、地区内は「う回路の付け替え」に、町民のみならず観光客の交通安全が確保されていません。
台風21号や北海道の大地震が発生している中で、天変地異の非常時の渋滞発生の危険性の対策もとらないままの、今後の志津川市街地の道路の整備に、反対いたします。
大震災の時の市街地の大渋滞で、多くの町民が巻き込まれ亡くなった教訓を、忘れているかのような、町当局の「渋滞はしょうがない」的に発言に、避難道路・迂回路の計画無しの、志津川市街地の道路整備計画に反対します。よろしく今後を考察した議員の皆さんの賛同をお願い致します。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:07 】

2018
09/10

先人の優しさに学ぶ


昨日は知人の母の葬儀に本吉の葬祭場に行った。懐かしい顔がそこにはありました。101歳で天寿を全うしたお母さんは、和裁で家族の生活を支えた。晩年は病気との闘いと息子は言う。震災の時も「透析」をしていたので、何軒もの病院を廻った」と話す。
孫は歌津伊里前の中心にあった「おみな茶屋」に、ラーメンを食べに連れていってくれた事を話す。「人に優しくする事を教えてくれた」と言う。「ありがとうございました、愛しています。」と、孫代表の弔辞を結んだ。イイ話を聞いた。

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「大坂なおみ選手おめでとう!」。自分の憧れのセリーナ・ウイリウム選手との戦いで、最後まで冷静に自分の心をコントロールして、日本人初の4大大会の「全米テニス」で優勝した。日本人初の偉業ながら、20歳の女の子は、涙なから対戦相手のウイリアム選手に、感謝の言葉「ありがとう。」とインタビューで話した。お母さんが日本人のハーフで、北海道の祖父は嬉しいと家の前でメディアに応えた。素晴らしい両親と祖父母の関係と、多くの人達に恵まれ、今この場に立てる事を忘れてはいけない。これから「大阪なおみ」の時代が築かれて行く。錦織は決勝で敗れたものの、日本人の男女が揃って決勝進出は、錦織は「ナオミちゃんに刺激を受けました」と話す。互いに切磋琢磨する事で、自分が磨かれ強くなる。
稀勢の里も一年ぶりに昨日勝利した。

帰ってからは少しの仕事と、今日の議会の「反対討論」の内容を考えた。

夕方先輩から「歌津のデイサービス」の事を、ある人に教えてと電話を頂いた。5時前に電話して、人生の先輩から最後に頂いた言葉は、「もっと議論が必要ですね」との話しだった。
私は直ぐに結果を求めてしまうのが悪い癖である。しかし、時間が私にはない。今出来る事や、しなければならない事を、結果を求め次々に事を起こす事で、これまで生きて来た経緯がある。性格は変われない。

今日からまた一週間5日の議会が始まる。自分がしなければいけない事をするだけです。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:51 】

2018
09/09

花は心の癒し


南三陸町からの脱出の場所に加美町の「やくらいガーデン」を選択した。昨年は「やくらい温泉」と「らくらい物産センター」を訪れ、「わさび定食」と「温泉」と「大型産直センター(道の駅)」と、植物生産所とパークゴルフ場を見に行った。自然を生かした観光地として、観光客と地域民に親しまれていた。この広大な場所を観光と物産販売の施設として成功をおさめていた。この場所から3分余りで、「やくらいガーデン」の素晴らしい光景が広がっていた。

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入場料が大人700円で、お花畑と教会や「幸せ鐘」の高台から、やくらい山と空と花畑が楽しめた。多くのカップルが来場していた。家族連れや子供を連れた若い家族も、雨の少しの公園の中でも、丘の向こうまで色々な花を求めて歩いていた。私も知らず知らずの内に「5千歩」も歩ける。そんな魅力が多くの花の公園にはあった。

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この日はレストランの隣りの二階では結婚披露宴があり、教会の玄関には多くの花びらが広がっていた。レストランのバイキングは1600円で、料理も限られた数だが、総てが美味しかった。カレーライスとローストビーフや、サラダ・デザートも充実していた。店員の女性に「最近のバイキング料理では一番美味しかったです」と話すと、「ありがとうございます。シェフに伝えておきます」と、その対応の素敵さにも満足の2時過ぎのランチだった。結婚式場のシェフ付のレストラン、まずい訳がない。

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我が町の理不尽な政策に対する、怒りと疲れを癒すのには最適の場所だった。明日からまた、町長の考えが優先する、仲間たちの「忖度」での政治行動による、南三陸町の「まつりごと(政治)」が、今後も続けられるのかと思うと納得などできない。私一人でも最後まで町民側でがんばって行きたい。

帰りに「南方道の駅」に寄ると、歌津の畠山さんが南三陸町の水産品を販売していた。震災から店頭販売はこの日が初日ですと言う。こんな偶然の人の出逢いは、私は必然と思っている。「南方のお客さんは、歌津のほやが大好きだと言う」、今年からは東電水産物の補助金も終わり、「自分達で販路を拡張して行く」と力強く話してくれた。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:11 】

2018
09/08

渋滞は当然


議会が始まり、石巻へ終了後に仕事で石巻に配達に、行った時に撮影した写真です。(5日) 台風21号が日本を縦断し、日本海を通過しつつある夕方の「綺麗な夕日」をしばらくぶりで見た。

1週間以上も雨と曇りで洗濯物が増え続け、6日に汗の染みたタヤルケットと毛布を干す事ができた。このチャンスを逃すまいと洗濯機も回し、下着のシャツだけで数えると10枚もあった。翌日7日金曜から、また週間予報では晴れマークが無い。これが海水浴シーズンで無かった事を良かったと思う。

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昨日の議会の議案に、旧志津川駅前の道路の復旧工事があった。1億も超す工事費で、やっと7年半掛りここまできた。志津川市街地が一定程度整備の進む中で、「祈念公園」の外構の整備の一環と思われる。
現在、志津川商店街は週末には「大渋滞」が発生している。来場客でにぎわう事は良い事ながら、最近の自然災害の2日間の予想もできない連続発生が在る中で、町長の「渋滞はしょうがない」や、建設課長の「渋滞容認」の発言に私は怒りを隠せない。
大震災時には町内の渋滞により、町民や町外の人が避難時に渋滞に巻き込まれ、多くの人が亡くなった事を忘れてしまっている。また、道路整備の中でも、観光・商工の優先があり、市街地低地部の「避難道路」や「う回路の整備」に欠けている気がする。「災害は忘れた時に……」があり、観光客の回遊や親水性を口にしながら、町民が議員が指摘する「市街地の道路整備」に取り組む事の遅く無い姿や、町の考えに多くの疑問と疑惑を持たずにはいられない。

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ある銀行の不正な貸付は、会社のワンマンが作りだした危機感のない結果だった。幹部・上層部の全退陣となった。我が町の行政もそんな傲慢な、独裁的な行政運営と感じる。

北海道の地震被害での、全道の停電は国上げて取り組みにより、昨日までに「99%」が通常送電となった。まだ一部で停電はあるものの、この迅速な世耕大臣の対策に、国民の為に全勢力を費やす事、政府として当然だろう。

≪今回の一般質問から≫
1件-① 災害公営住宅の独居生活の現状と見守り対策はです。
・独居老人、高齢者夫婦世帯の多くが、町内の災害公営住宅で生活していますが、安心して生活環境の充実をお願いしたいと質問します。
(質問)・独居の高齢者世帯は372世帯ですが、この数でとなった理は何だと町長派思いますか。「人口の減少」私、「個々の生活」「社会の流れ」との判断。
◎震災の復興の遅延により、若者が町外に出て、両親だけが町に残った為。
(質問)・大震災から仮設生活と復興住宅でとなり、そんな状況で自殺者が6人居ます。その他に災害公営住宅などでの病気での孤独死の数を教えて下さい。「4人と」の答え
◎被災者の町の対応が十分でなかった為。
(質問)・震災から高齢者に対する、見守りとしての町長の対策は万全だったでしょうか。「生活支援員など、できる限りの町民に対する活動は尽くした」当然。
(質問)・復興住宅の独居の病死防止の対策を教えて下さい。「支援員が見回る事を主体に、多くの気を払い住民を見守る」
(質問)・町営住宅・住宅再建の高齢者世帯の、事故死の防止対策もあれば教えて下さい。「災害公営住宅にはセンサーがあり、反応が無い時は保障会社が監視している」

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:37 】

2018
09/07

一変した生活


北海道地震の現況が判って来た。「液状化」による北海道の札幌でも住宅地がグチャグチャとなり、全土の285万世帯で停電が発生した。北海道電力会社の大震災の対応によるもので、「ブラックアウト」という状況だと言う。電気の周波数の維持と、不安定のままで電気を送ると、電気製品やIT危機が支障を起こすなど、大きな問題が発生すると言う理由だ。現在は80世帯の電気が回復させた。世耕大臣の所轄の電気は、1週間元に戻るのに時間を要すると言う。私はテレビの家庭生活の状況を見て、2011.3.11の生活を思い出した。
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震度7の地震と数字が訂正された。平穏の生活が写真のように変わり、震源地の山々が全てで崖区刷れとなった。日本で3度目の「震度7」だと言う。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:10 】

2018
09/06

日本列島は自然災害列島


昨夜もいつもの3時15分に目覚めた。テレビを付けると、「北海道で震度6強」の地震発生の特別放送をしていた。発生は午前3時8分でM6.7だった。地震による停電が発生し、札幌も暗闇の中となった。震源の道南の胆振・安平などの町は、地震被害が少しずつ報道される。起きてから6時30分までテレビを見ていたが、夜明けでまだ現況が見えてこなかった。「M6.7」で大きな被害は?と思っていた。

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7時過ぎに目覚めると多くの崖崩れと家の倒壊の光景が目に杯ってきた。昨日の台風の被害から、その翌日の朝、悪夢のような大地震が北海道を襲った。ブログ書き込みの今も電気の復旧はなっていない。現在、土砂崩れは、「宮城・岩手地震」のように、山の半分が崩れ家が埋まり、15人の安否が判らないと言う。交通網や日々の生活が全てマヒをしている。

昨日も観光客に多くの被害が出て、北海道への観光客も多く、調査が進むにつれて、その混乱が見えてくる。

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大坂周辺の台風被害があったが、同僚議員の京都の家も屋根が飛ばされ、昨日は議会を欠席し京都へ戻った。
今は南三陸町にも平穏な生活があるが、「明日は我が身」を肝に命じておきたい。少しでも被害が少なくなる事を願うばかりです。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:07 】

2018
09/05

関西空港水没・孤立


台風21号は大阪を中心とした隣接県に、大きな爪痕を残した。
関空には5mの高潮・高波が襲った。第一・第二ターミナル機能を失い、連絡道路への流されたタンカーの衝突により、道路はズレ、2つの鉄道も安全の確認が必要で止まったままだ。ターミナルでは3千人が孤立し、今日に船舶で救出するという。
府内の駐車場では風速50mを越える風が、多くの車を吹き飛ばした。死者は9人と怪我人が300人を越え、調査が進むと被害と怪我人は今後増加するだろう。

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南三陸町には大きな被害はないようだ。今朝5時過ぎに茨城県沖で地震があり、南三陸町は「震度3」で、少し長い地震だった。

昨日から9定例議会が始まった。静かな議会となり、町長の余裕さえ感じた。議員からも「佐藤町長じゃないとできない」との、エールもあった。

これが南三陸町議会の一日目の状況でした。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:09 】

2018
09/04

志津川地区の「中央団地」、昔の新井田。


我が社の発行の「南三陸マイタウン情報」(73号)」を、昨日、中央区に新築された佐武商店さんが今は経営する、河北新報販売所に折り込みをお願いした。震災の年に泡町に会社の仮再建が完了した頃に、「復興第一号」を発行し、震災から変わりゆく町の姿を伝え、再建した事業所を紹介した。あれから7年7か月目を迎え、84か月の経過月の中で73号まで、総てを流失してのタウン誌復活で、町民に些細な情報でも伝えられた事に、「自分を褒めてあげたい!」。ただではない、情報誌作成は被災者支援と私は思っている。

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中央区には家の建てられない土地がまだあり、資金面とか、建設と至らない個々の事情がある。空き地には「萩の木」が何本も成長し、その月日の長さを感じる。ちょうどこの日に建設中の家を見つけた。あと2か月は完成までかかるだろうが、震災から再建できる喜びの中で、住宅ローンもある。一緒にこの町で頑張っていきましょう。

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志津川地区の中央区団地には4か月ぶりで、写真の風景が望める場所に立った。大震災の翌日に大森の「東山公園」にアリーナから抜け、高藤さん・トヨタ自工さん・みつわ食堂さんの裏を徒歩で歩いた。国道45号は瓦礫で道路が埋まっている為です。この高台は志津川地区の「新井田遺跡」があった場所、歴史を調査し、ここまでの整地で住宅を建設した。調査期間には一年以上もかかり、5年近く係っての「終の棲家」の土地が整備となった。

震災からの歩みを私は忘れない。父の知人・私の同級生そして恩人が、この場所で亡くなった。この上で暮らす事は「なんか……」。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:35 】

2018
09/03

旋風

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南三陸町志津川中学校の運動会は、昨日前の一週間の雨により、グランドコンデションが悪く、体育館での運動会となった。

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今年の運動会を自分たちの記憶に残る運動会にしようと、生徒達は全力で、一生懸命に、クラス・赤青緑の団体対抗戦に臨んでいた。

テーマを
旋風 ~巻き起こせ志中の風~
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9.1の当初の運動会の日程から、やむなく翌日の体育館での運動会開催は、生徒・教員・PTAの努力があり、残念ながら屋内での開催となったものの、まるで校庭と一緒に屋内の予行練習をしたかのような、生き生きとした笑顔と声援が合い舞った運動会だった。

生徒の一生懸命さと、先生方の盛り上げと、沢山の観客が声援を送る楽しい運動会だった。
私の先輩も「孫の応援に来ました!」と、多くの地区民が応援する、恒例の志中の一大イベントとなりました。

種目は6種と半減以下となりましたが、三年生の生徒のパフォーマンスに、会場からは多くの笑顔が見られた、1.2年生は先輩たちの姿に刺激を受け、記憶に残る運動会になったようだ。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:20 】

2018
09/02

旭が浦祭と志中運動会


今日から始まる宮城県立志津川高校の文化祭告知の「仮想行列」が、雨天により商店街を告知で練り歩いた。母校の生徒達が小雨の中、「来て下さい!」と来客の皆さんに元気に声を掛けていた。懐かしき「旭が浦祭」。

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何年かぶりで「志高の仮装行列」を見に行って来た。母校から生徒がクラスごとの仮装行列で文化祭の前日の恒例で、昔から続く学校行事です。
震災前は眼下の志津川市街地を、ウジエスーパーから五日町、国道45号を廻り、人通りの多い場所を、50m以上も連なり、警察や安全指導隊が同行した。道路の両側では家族がビデオやカメラで、我が子の姿を追っていた。志津川地区の秋恒例の行事で、これが終わると「稲刈り」が始まる。

震災後はさんさん商店街までのコースを歩く。午後1時35分から志高を出発し商店街までのコースながら、2時を過ぎても行列は見えず、学校に「仮想行列は?」と連絡を入れる。雨が時々降っているので「中止」としましたと言われ、存念だった。
商店街のフードコートに行くと、何やら賑やかな場所があり、向かうと仮装した生徒が20人位、行列を作っていた。小雨ながら「志高魂」が発揮されていた。

時間がある方は志津川高校での「生徒発表」に行って欲しい。高校生議会の報告会など、母校の生徒の活動を聴いてほしい。今日は志津川中学校の「運動会」が開催? たぶん順延と思われる。昨日の朝9時までの雨、今は道路も濡れていなく今日は大丈夫だろう。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:08 】

2018
09/01

秋雨前線の台風の湿った風が

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また日本全域が大洪水となっている。
昨日は山形県の最上川の支流が、1時間に104ミリの集中豪雨で氾濫した。稲の刈取りの時期でもあり、冠水で収穫の減少は避けられない。川に架かった吊り橋が残骸の姿を露わにしていた。県境の村も今月二回の家への冠水で住民は頭を痛めていた。石川県の洪水もまた凄まじい川の氾濫となっていた。津波を思わせる水の勢いは恐怖感さえ感じる。1時間「122ミリ」は過去最高の雨量と言う。勿論、市街地の洪水で通行止めや、冠水の道路で動けない車があった、まさか、「ここまでの雨が降るなんて?」との、通常の想定は当てはまらないようだ。
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関東の一部の地域では落雷による火災が、少なくても4件以上は発生したと言う。雷のあの多さでは落雷も発生するのは当然だろう。一昨日前は南三陸町でも、これまでにない雷の音で驚いたと数名から聞いた。
今後もおかしい停滞前線と、低気圧と高気圧のぶつかり合いで、いまも線上降水帯が九州北部から茨城まで伸びていて、その地域の皆さんには十分な注意をお願いしたい。独居老人や生活弱者には、地域の共助が欠かせない事から、見守りの体制を災害前から確認も必要と思う。

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昨日は気仙沼の「初サンマ」を晩酌の友とした。
今回は焼き方と新鮮なサンマは、中骨以外は全てが食べられる事が解った。サンマの内臓の油で、こまい骨が柔く、内臓も邪魔には成らず、美味しく食べられる事を知った。
フライパンでも、焦げ目が付くまで焼き、中火にして焦がし過ぎないよう、サンマを返しながら焼く。勿論、油はサンマから出るので必要ない。今度は炭火焼を外でやりたい。今日の朝まで「サンマの匂い」が台所に残っていた。私も父も気にはならないが、来客は「何の匂い」と言うだろう。
北海道のサンマの産地ではスーパーで「振る舞いサンマ」が今年はすでに来客に出た。とにかく今年は昨年の不良からみても、数倍の水揚げになり、気仙沼市の「目黒のさんま」も今年は復活という。
昨日は郵便パックで、県内と長野の知人に送った。初サンマをご賞味頂きたい。

今日は中学校の運動会ながら、深夜から午前9時近くまで雨が降り、自己判断で中止とした。午後1時過ぎから高校の仮装行列があり、文化祭の告知をする。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 11:44 】


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