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ARCHIVE - 2018年04月

2018
04/30

今日は野良仕事


じゃがいもの芽が出ました。何か「生きてる。」って感じです。今日は畑の雑草取りです。日焼けしないようにします。頭が焼けると大変?

一昨日前でブログ更新回数が「4300回」となった。
これからも私のライフワークとして続けて行きたい。日記的な形になるかもしれないが、日々の生活を忘れがちの我が知能、あんな事があった、あんな苦しい日々も何とか乗り越えた事や、「2010.1.1は何を考えていただろう?」と、我が人生の軌跡をブログを通して確認できる。なんてすばらしい「SNS機能」、家に保存する訳でも無く、時々振り返って見られる。70歳に成ったらゆっくり見たいものだ。

我が家の家庭菜園は私が楽しむには丁度良い広さです。今年は「みょうが」を昨年根付いた物が出てくる。ジャガイモは9株を植え、その他に3種と青シソが種を散らばしたので、そろそろ自然と栄えてくるだろう。「ナスの煮びたし」には欠かせない、ただで食材が手に生える。
昔の物置を倉庫から工場に模様替えし、工場の周辺を、定期的に草取りをして、環境の荒れるのを防いでいる。これを2から3年放置しておくと、その片付けが大変だが、現在は春先と秋ごろに草取りをしている。

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2時間余り適度な運動でもある草取り、始めた頃は次の日の身体の痛みに苦しんだ。血糖値の合併症も運動と食事療法を実施し、体調の異変を今は見られない。自分で育てた物は、少し形が悪くても食卓に載せる。食べ物は絶対無駄にしない。など日々の生活を、将来の年金生活に備えている。毎日の変わりない生活こそが、私の健康の秘訣だ。

昨日は父のトイレが詰まり、1日に衛生会社を呼ぼうとしていたが、トイレを父がいじっていたら改善した。また、午後に「結くん」の親戚筋の友人が電話の返信をくれた。「元気なうちに会いたいね!」と約束した。あの有名人の叔父の孫にあたるのが結くんで、何か嬉しい。母の実家が登米市浅水で、親近感に浸った。洗濯も終わり午後はホームセンター「おてんとさん」に、菜園の資材と苗を買いに行く。

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2018
04/29

9連休初日


長年の願いが叶った。
「定義山参り」に昨日、思い切って出掛けた。ナビだけが頼りのドライブで、定義山までナビの到着時間は「3時間」だと言う。9時30分に家を出た。
南三陸海岸ICから大郷ICで下り、そこから東北道の大和ICで乗り、宮城ICで下り、作並温泉方向に向かった。見たことのない道路沿い風景に、ドキドキしながらの走行だった。2時間ちょっとで少しの渋滞だったが到着した。
大きな湖とぶつかり遠くの山には雪が残っていた。湖畔の探索をしていたが、この水瓶は「大倉ダム」で、仙台市の水道水の元だと言う事が解った。
ダムと新緑とおおう山脈の残雪の風景に癒されました。

定義山の門前には商店が並び、もちろん「油揚げ」も食べたし、神社もお参りをした。ロウソクと線香は100円と、参拝者に配慮した価格で、おみくじは100円・200円があり、思い切って200円を引き、結果は「末吉」と私の人生そのものだった。「きのこ蕎麦」を食べ、「あげ饅頭」も購入し、帰って母の仏壇に供えた。登米市の伯母には「健康長寿」のお守りと鈴を買い求めた。
これが定義さん詣の理由でもあった。

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門前町構想が私の所属していた団体にあった。
私は震災からの復活に八幡様から、両脇の商店整備で観光客の拡大を考えていた。町は「商店街構想」で大きな商店の拡大と、多くのイベントでの集客を迎える考えでいた。経費を掛けイベントと祈念公園の整備で客を呼ぶと言う考えだった。毎年資金を掛け、出店者も資金を出しての継続は、軽有為の大きな負担となる。
神社は神様への感謝を主体とし、地道な商店街の経営体制が、今後の町の将来に繋がる。そんな姿が「定義山」にはあった。若者から子供まで老若男女が信仰に訪れ、当山の歴史に触れる。こんな町づくりが私の構想である。
当然ながら、町はこんな静かな消極的な構想を受け入れるはずも無いが、町内の神社仏閣は昔のままの営みで、地元の住民との係わりで、ここまで暮らしてきたに他ならない。

初日はこんな一日だった。今後は畑にナスとピーマンとミニトマトを植える。4日は石巻の「田代島」に渡り「猫神社」など、多くの猫たちに会いに行く。
今日は父との生活を楽しもうと思っている。

昨日はしばらくぶりで教員仲間と「大笑」いした。あまり仲間との笑えない現在の環境があり、昨夜は別角でビールも飲み過ぎた。二日酔い(―_―)!!

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2018
04/28

好天の中を


昨日は朝のフェイスブックのチェックで、友だちの「福祉施設落成」を知った。10時の式典に9時45分には会場へ行った。天気も良く「地域ささえあいモール」として、「デイサービス」など地域福祉活動の拠点となると、ジオ・プランディングの塩路さんは話す。

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26日の開通となった「高台横断道路」を初めて通行した。急こう配でスーパーへの近道とは言っても、歩いても自転車でも高齢者は大変だろう。沼田2期仮設の脇を通り、新設した新井田橋、中央団地裏から国道398号に抜ける。我が社からだと国道45号を廻る方が早い。中学校の橋はまだで西団地への開通はまだ時間が掛かりそうだ。沼田1期の仮設は70世帯?はあっただろうか、昨日には仮設・集会所は既に更地となっていた。

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一昨日の晩の主食は写真の物で、ホウレン草・チクワと中心は18円の「もやし」で、これが私の身体には低カロリーで良く、4日食べる事としているが、総額160円で最高の一品料理になる。
昨晩はもらい物のビールも切れ、黒霧焼酎も切れ、半分残っていた日高見の日本酒を「おちょこ」で二杯、8か月ぶりに呑んだ。やっぱり「ビールが大好き」でした。
今日は気仙沼から「酒のみの友」が歌津に来る。ビールで宴会となる予定で、昨夜の酒は抑え気味にしていた。
その前に今日は予定していた「定義如来・西方寺」に行く。宮城の有名なお寺らしいが、私は初めて行く。「油揚げ豆腐」が有名で、春の新緑を愛でに行く。春をいっぱい楽しんできたい。5月24日で「63歳」を迎え、震災を乗り越えたご褒美で、残った我が人生を楽しんで生きる。帰ってからは「宴会」となる。

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2018
04/27

「シロウオ」食べたい!


トキオの山口氏、「強制ワイセツ」で書類送検となった。ワイドショーの賑わいで政治の混乱が陰に隠れた。
アルコール依存症と有名芸能人の独身生活がある。一か月間も肝機能の悪化の治療で入院し、退院の日に家で焼酎を一本飲んで、高校生への誘いの電話での不祥事、これをアルコール依存で無いと誰が言えるだろうか。自分への甘さと、自分の周囲への気使いのなさは、まさに病気と言う事である。
そんな人が芸能界に多くなった気がする。ゆとり世代が社会の甘さの中でそのままに大人になっているようだ。

私も「アルコールは怖い!」「二日酔いは苦しい!」との思いが酒にはあり、酒の飲み過ぎで死にかけたし、大問題になり自分の一生を終わりにする。一歩手前まで行った事もあった。たまたま大事に至らなかった。我が人生、もっと大切に生きて欲しい。高校生といっても行動に気を付け、親の厳しい監視も必要と思っている。

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志津川地区の東団地西工区の一角に、高齢者生活支援施設が落成し、午前10時から式典が開催され、周辺の災害公営住宅に暮らす、高齢者が自分達の活動する場、また、志津川デイサービスセンター施設の利用者として、施設の開設にあたり、そのお祝いを見守った。

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国交省とUR都市機構、南三陸町と社会福祉協会との協議の委託団体の代表は、「地域支え合いモール」とこの施設の名称を言う。「南三陸町のカラーにしていく。」、高齢者支援活動だけではなく、住民の「婚活パーティーの場」としての活用もしていくと話す。

「地域の誰もに愛される場所となるように!」と最後を締めくくった。




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2018
04/26

食は健康の元、決まった時間に3回とる!

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一昨日お昼の特製「カルボナーラ」で、100円のレトルトソースで、メインは三浦半島の春キャベツを入れた。その他にウインナー3本100円、コーン30円、パスタは50円で、私のお気に入りの一品です。今日はこれでも予算を使い過ぎの合計金額です。

「三浦半島の旅」をテレビで放送していた。そこには「キャベツ畑」が広がり、この地区は「半農半漁」の住民が多いと言う。ここにも「海の駅」のマリーナがあり、海の幸の宝庫で、遊漁船や自分の釣りの為のクルーザも多いと聴く。南三陸町の歌津にも「海の駅構想」で、歌津地区に新たな賑わいを作れないかと考える
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昨日は気仙沼市の老舗のホテル「望洋」が、破産申請をしたと言う。震災時には復興工事で来た社員の塾舎として、観光支援のボランティアの一時宿泊の場として、多くの人達に利用され、津波の被害を逃れ営業を続けていた。
震災から8年目を迎え、来町者の減少の陰りを見せていた。昨年の3月には営業休止し今後の準備をしていたが、昨日に破産を決めた報道となった。
売り上げがピーク時の10分の1となり、1億円の売り上げにまで減少し、7億円」の負債で破産の手続きに入った。気仙沼市にはまだ多くのホテルがあり、来客の宿泊に支障はないが、これが震災を受けた自治体の今後の姿に見えてくる。
南三陸町には「南三陸ホテル観洋」があるが、今のままでは将来の継続に不安を持つ。町と大型ホテルが助け合う事が望ましいが、町の対応は少し違うようだ。町の商店も町の支援もさることながら、大型ホテルがある事で、町に多くの観光客を迎えられることの、恩恵を受けている事を忘れてはいないだろうか。
町はインバウンドと言い、外国観光客受け入れを声高にいうが、ホテルの英語・中国語・ブランス語など観光客の対応できる、ホテルの来客対応の体制無くして、町の「観光立町」はならない気がする。

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2018
04/25

一部の政治家よ「鉄人衣笠」に学べ


クローバーの群生に「こんな花が?」。たしか「白」の花だったと思いますが。30kの精米に行ったご褒美かな?

そんな被災地の生活の中で、また悲しい出来事が突如やってきた。
一週間前、広島・衣笠さんの解説の野球をテレビで見ていて、解説の衣笠さんの言葉が聴き取れず、その時に「変だな?」と思った。あれから昨日の「広島・衣笠突然の訃報」を知った。鉄人も結腸ガンに倒れた。やっぱり広島・衣笠さんは、鉄人でその解説も説得力があった。
そんな人が居る中で、国会議員の不祥事はいつまで続くのか。子供達の将来は、いじめ問題や低所得の子育て世代の問題に、救済への取り組みもないまま、これからの日本は本当に大丈夫だろうか。 

「最後まで前向きに。」、こんな彼の姿に「こう生きたい!」と感じる。まだ、71歳の彼は私と9歳違いだった。
現在起こっている一部の政治家・官僚の不祥事がある。今度は林文部科学大臣が、世間で言う「キャバクラヨガ」に通う所を、週刊誌のキャッチされていた。1時間1万1千円で定期的に、身体の維持の為に来ていると言う。あの納得のいくシュベリ方に、この政治家は悪い所が見当たらなかったが、こんな影の部分があった。あの体形がありヨガはたしかにいいだろうが、AV女優・グラビアアイドルの「キャバクラヨガ」は、今の行動としてはあり得ない。
こんな国政の異常事態に「危機管理(コンプライアンス)」の欠如が、今の国会議員の一部にある気がする。


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2018
04/24

伊里前市街地の変貌


南三陸町の歌津地区で、5月13日に「シロウオ祭り」が開催され、シロウオの「踊り食い」が無料だと言う。昨日の「オーばんです」でサンオーレから紹介されていた。マルエー社長さん御夫婦・中野電気の奥さんが、美味しいシロウオ料理を紹介していた。
一番は「シラウオのお吸い物」で、踊り食い・天ぷら・卵とじと、行きたくなるような料理だった。今も既にシラウオが大量に獲れている。今度、歌津に行ったらサンオーレ歌津に寄ってみたい。
津波で被災した「歌津大橋」、残った部分を利用し伊里前川を渡り45号に接続する。こんな工事が今進んでいる。国道45号の道路の嵩上げ工事の下準備「う回路」の整備だろう。ここも以前の伊里前地区の風景は何処にもなく、高台に歌津湾を見下ろす「伊里前小学校」と、天皇陛下が海に向かい御頭を下げた場所の記念碑が、歌津地区の商店街を見おろす。

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津波に消えた伯父さん、「僕の名前」を残してくれた

津波は多くの家族と思い出を消し去った。娘夫婦と孫二人を無くした御爺さんを「オーばんです」のムネさんが話しを聴きに行った。大川小学校の保存の活動に参加した事は無いと言う。「何か孫たちにできないか。」と、今は学校の周辺に「桜」を植えていると言う。70代の祖父は孫たちと暮らした「大川地区」のジオラマで、楽しかった事を思いだしていた。
私の地区志津川市街地は、何も昔の景色を再現しようとはしていなく、学生の活動支援は「町の復興」と「行政支援」で、町民の心の穴を埋める活動は、私の周辺には見られない。寂しい限りです。

今日のツイッターに、「私の名前はおじいちゃんが付けてくれた」とのつぶやきに、何か温かい物を感じた。この子には「海は怖いもの」との気持ちが少しでも無くなる事を願っている。

5月27日に歌津で「第4回カレイ釣り大会」が開催される。震災前に友達だった小野篤実に誘われ参加した事を思い出す。豊潤の海な抱かれた「歌津の海」、多くの人達にこの海と親しんでいただきたい。

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2018
04/23

私の来し方


私の一人よがりなのか? 町は何も変わろうとしない、復興と言う名の推進力で、7年で町は大きく様変わりを続けている。

土曜日に千葉家の菩提寺「大雄寺」に行く。母の三回忌と、叔母の十三回忌・祖母の二十七回忌・千葉家代々供養を、7月16日(海の日)にしたいとお願いしてきた。海の近くの小さな家から始まった我が人生、千葉家の家督の役目としては、最良の日取りで供養をできる。
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父と二人の生活の中で、父には事を起こす時に関して、必ず伝え報告をしている。最大の理解者である。来年は二人の「あんみょう」をなんても考えている。生きている内に「やりたい」「やるべきことを」をしたい。
結婚の失敗と子供を持てなかった事が、その最大の理由だ。独身を貫く男女の末路がここにある事を、婚活する事無く一人で暮らす人たちに解って欲しい。

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昨日も父とのボケ防止の「将棋会」、第8・9局を。午後の3時から30分、会話と二人の時間を持った。30連勝は確実と思っていた。
父には「こうだと詰まりだよ!」と教えながら進めているが、9局目は1手違いで負けた。こんな指し手まで先を読めなかった。気の緩みから「悔しい!」。父はまだまだ知能もしっかりして、リハビリに将棋は適しているようだ。
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そうは言いつつも20日の病院予約日を一日間違えていた。金曜の午後4時過ぎに父の様子を、「明日病院だから」と言う。今日は金曜だよと伝える。「薬が無くなる!」と話すので、病院に電話して、今からでもイイですか、と聴いてみたらと話す。午後4時過ぎに「病院に直ぐに来て下さい」と言われ、送って行き6時過ぎに帰った。こんな事件は日々あるものの、年は隠せない老化による痴呆と理解している。

こんな日々が毎日のように我が家には起こっている。困惑もするが日々の生活を私は楽しんでいる。高校から家業を支え今に至っている。もう良いだろう。



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2018
04/22

南三陸町で今が旬の問題と食べ物


つづき
(東日本大震災対策特別委員会)の請願審査にあたり署名議員の一人として、請願採択への意見発表

高野会館の震災遺構の(請願)提案に、

震災後の観光協会の臨時職員の「使い込み」があり、その責任をとり、ホテルの副社長は会長を退任しましたと聴きました。それまでホテル内の朝市で開催され、町内の水産加工会社が出店していましたが、その後、石巻の水産会社が水産品を販売する等、ホテルと町の繋がりは希薄となり、この現在の相互関係が、ホテルの要望・請願への消極的な町の体制があると思っています。
外国人客の誘致でも、町は民泊を推進し、「観光立町」と言いながらホテルとの協力関係が、外国観光客の数も把握できなく、ホテルとの観光拡大への意見の交流も無いとき聴きます。
防災庁舎の遺構を町は「県有化」とし、県への丸投げで町の財産ながら、復興祈念公園の目玉として観光交流人口拡大を描いています。
大津波で被災した防災庁舎は、海水による塩害もあり、半永久的に残る事も無く、「町に一つの震災遺構」として、危惧しています。その価値として喪失を思い、もう一つの「震災遺構」として、高野会館を確保して置くべきと思います。
これから何年か最低限度の「高野会館維持費」の町からの支援と、環境の整備が観光客の事故発生を防ぐ事ができます。自治体に一つとの「震災遺構」の枠組みから、時間と共に基準が緩和され、自治体に「二つの震災遺構」との発信となれば、多くの観光客の呼び水ともなる気がします。
長期的な観点から高野会館の維持を考え、議会で請願の内容を精査し、「請願の採択」を希望し、同僚の議員みな様にも賛成して、採択して貰えますよう、私なりの提案をいたします。
長い目で高野会館を見守って欲しいと願います。 終わります。

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夏に向かいホヤが厚みを増し、「南三陸町の夏ホヤ」の旬がやって来た。
南三陸のホヤは震災後に、放射能の関係で「韓国輸出」が今も停止となっている。その為に過剰生産された物は、東電の風評被害で国が昨年まで買い上げていたが、今年からは買取を辞める事となったと聞く。
そんな事はよそに、ホヤのファンが年々増加している。被災地の問題解決の為に、多くの人達がホヤの販路拡大に頑張っている。
ホヤの刺身・蒸しホヤ・焼きホヤ・燻製ホヤがあり、女川のホヤ卵は絶品の風味があると感じ、女川に行くときはお土産として買い求める。
写真は町内の魚店で買った「蒸しホヤ」で、1パック350円と、この時期には格安で販売していた。
そのままでも美味しく、私は酢醤油にワサビを加え、ビールのツマミに今の最適の海の幸です。

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2018
04/21

気仙沼市と南三陸町


昨日は午前7時15分に気仙沼市に向かう。通常は大谷から裏街道を通り、50分以内で目的地に着く。この日は大谷から気仙沼市内までの、一部区間の「三陸道」の開通で、時間が「15分短縮む」との話ながら、余裕を持って出発した。

少しのラッシュの始まりながら、順調に本吉町の北まで来たが、そこから渋滞が始まっていた。ラッシュ時の為とは思うが、ここから大谷の三陸道入口まで、長―い「25分」の渋滞だった。普段なら7分ぐらいで通過する道路だが、この時間帯は避けた方が良い。結果的には「1時間」でね帰りは「47分」掛かった。三陸道と言いながら海の見えない高速道路、現在進む本吉地区と気仙沼の終点からは、海岸線の雄大な太平洋が見渡せる。あと2年待って頂きたい。
大谷「海洋館」から気仙沼市の「ルートイン」の手前までの区間だった。大谷道の駅・岩井崎・階上の45号の区間が、三陸道の延伸で今後通過する事は減少する。道路沿いの商店への来客の影響を懸念する。コンビニ、ラーメン店などは閉店する店もでるだろう。
気仙沼市の「大島架橋」の近くに。次のインターができると言う。その場所は「鹿折地区」で、大島観光の拠点となる事ので、現在チェーン店の建設や従業員募集が始まっていると言う。鹿折も海岸線は全てが津波で流失し、この土地での住宅再建は減少し、嵩上げの土地は「企業誘致」に格好の場所してある。「牛角」「餃子の王将」が出店すると聞いた。

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気仙沼市は現在、市長選と市議会議員の選挙中で、明日までの投票で「即日開票」、明日の夜には結果がでる。
市長選は現職と新人の一騎打ちで、二人の政策が「三陸新報」上で発表されている。市議会議員では3人のオーバーで、定数削減・人口減少・観光振興・高速道路対策など、多岐に渡り紙面で自己の政策を発表している。議員辞職勧告を受けた議員も立候補をした。この議員が当選となり、市民の理解・判断が選挙で明らかになる。定数24人に27人が立候補した。女性1人を含む新人6人が立候補した。選挙通は「危ない3人は判断できる。」と言う。45号沿いでは選挙カーでスクイスと候補者が舌戦を繰り広げていた。
我が町は議会議員選は無競争で、選挙による商店の活性化と成らなく、町の住民の政治意識の低迷を感じる。無競争は町の経済に何のプラスとはならない。町の衰退をこんな所からも感じる。

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(東日本大震災対策特別委員会)の請願審査にあたり署名議員の一人として、請願採択への意見発表

高野会館の震災遺構の(請願)提案に、  私なりの考えを述べさせて頂きます。

ホテルの持ち物である「高野会館」ですが350名余りの町民が、この建物の御蔭で助かりました。
南三陸町に於けるホテルの存在があり、ホテル側の建物の維持は優良企業ですが。維持費の大変さと、高野会館の周辺環境の整備は急務です。志津川地区の防潮堤整備の、堤防の基礎となる土利用があり、大きな残土山が幾つも周辺に並んでいます。
この状況の中でホテル側は、大震災の脅威を高野会館の姿を見せ、震災の伝承に務めています。「被災地の風化」の防止活動をホテルが、営業の元で自社の為として在りますが。その活動は全国の観光・政府機関が認めています。
また、ホテルは町民の雇用の場として、国内・海外からの観光客の受け入れの中心ホテルでもあります。震災時の住民の避難場所であり、仮設ができるまでの生活の一時避の場でもありました。
現在の高野会館の現地視察を提案します。

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2018
04/20

町の情報は「三陸新報」から


29年度末の南三陸町の人口は、三陸新報で情報を知り、ブログ・ツイッターなどに書き発信している。地区ごとの先月比の人口移動は、志津川地区が31人の減少となった。町内の銀行や派遣職員の転勤・移動などもある。自然死などで入谷地区13人、歌津地区33人の減少で、戸倉地区が1人増の動きによるものだった。中身は作業現場の作業員の移動や、高校生の就職なども、人口移動に関係していると言う。3月末の南三陸町の人口は「1万3141人」となった。

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しっかり御爺さんになっている。
三陸新報に広島の支援の受け皿で、教育委員会の阿部課長に、教育長室で新入学生への「プレゼント」の目録を渡す写真が掲載された。
68人の小学一年生に、広島・山口の企業や個人からの支援を、「愛の福袋」として、子供達に送った。「子供達はきっと喜んでくれた。」と思っている。今後も広島の団体への支援は続けていきたい。

母の三回忌は7月16日とした。8月の16日が命日で、八月はお盆の月で一か月前の、「海の日」とした。菩提寺の「大雄寺」で法要、引き続き「民宿明神崎荘」で供養会をする。会費生として一人1万円で計画している。これで親戚による千葉家としての我が家の集まりは終わりにする。と心で決めている。

8時15分までに気仙沼に到着するように、これから出かける。大谷から気仙沼の高速道の初乗りです。どんな風景が広がっているか楽しみ。

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2018
04/19

6か月が過ぎて


昨夜は「大盛ホイコーロ」で一杯とした。
給食センターの落成式には2個のキャベツをいただき、先週は知人と叔母が相次いで1個ずつキャベツを持って来た。新鮮採れたてと言う神奈川県の三浦半島の物です。最初の物は一個友達にあげて、後の一個は従業員にあげた。残りは冷蔵庫に半個が2つ入っている。
キャベツは足が速いのか、まだ1週間と言うのに痛み始めていた。外皮を4枚、悪い所をまた4枚と、だんだん小さくなっていった。
半分を全てホイコーロの具に入れた。柔らかくて美味しく、この量ながら「ぺろり」と食べられた。自分で作り食べる事は楽しいが、最近はおっくうになって来た。午後6時過ぎに台所に入ると料理をしたくない。どんどん冷食が溜まって行く。野菜をとらないといけない、乳製品を食べないと等、身体の状況を第一に考え食事をとっている。朝は何を食べようか。

ビールは年末年始のもらい物が今もあり、買わずに済んでいる。エビス・ビンタイプ・プレミアムがあったが、ビールが大好きになった「アサヒスーパードライ」が一番好きです。贈答品にはスーパードライをお願いします。ビールを一本飲めば「飯は食べない」としているが、昨日は食べた。体重「72.8」血糖値「170」、今日もまずまずの体調です。仕事に追われる日々が7日も続いている。気温も日に日に温かくなり、土曜日は好天でドライブ日和だ。南三陸町からの脱出です。

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仕事で志津川低地部にしばらくぶりで行った。慰霊塔に手を合わせ、営業所の中の花を整理した。「広島の千羽鶴」が凛とユニットの中に輝いている。広島の皆さんありがとうです。6月に広島の代表が被災地支援にまだ来てくれます。今度は気仙沼市大谷のサッカー少年たちに、支援をするそうです。

「あくまでもひっそくと! おだやかに!」。永遠にここにあり続けて欲しい。「ここが私の生まれた場所です。」と、最後に帰える場所と思っている。一片の骨でもイイからここの土に帰えれたら、と遺言でも書いておこうか。そんな場所です。

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2018
04/18

春なのに


昨日は仲間が「お花見会」の企画案内をくれた。しかし、今の私は「みんなと笑えない!」、そんな気分に今ある。昨夜の商工会工業部会の総会、町内の名だたる社長が集まっていた。意見を言う環境はそこには無かった。総代に手を上げたのは、「商工会の体制に物言いたい!」との気持ちながら、そんな雰囲気ではない事を肌で感じた。私の打算もあるが、知っている多くの会員が、工業部会からの脱会に、私も今期限りで脱会したい。なぜ? 何のプラスともならないからだ。これも私の中の「削除」に入れて置く。終活は今後も加速させたい。言いたいことは言ってから終わりにしたい。次は「契約会」に踏ん切りをつける。

春の花々が咲き誇っているのに、わたしの心は「小さな保身」へと突き進む。納得いかない事や、おかしい町の動きには自分なりの考えをぶつけたい。高野会館問題の「請願の審査」が20日に特別委員会が開催されるので、私の考えを今日まとめたい。町民が一丸となって言う事は、今の町の政権では無理である。震災後のホテルがあった事で、町民が津波から助かり、一次避難場所として活用され、その後の町への支援者の宿泊場所としての、ホテルの役割の大きさを町は忘れてしまったようだ。高野会館の存在は、他の被災地には無く、時間が経つとその保存の必要性は皆が解ってくる。

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三陸道は南三陸町の交通の玄関口となっている。登米市の東和地区米谷の「三滝堂サービスエリア」の設置建設は大成功だろう。
一年間が経過し、40万人の来客・売上6億円は想定を遥かに超えたものだろう。石巻の元気市場を計画した知人も、その人数・売上額に驚いていた。
道の駅を切り盛りするのは、食堂の3人職員と、食券機が在るだけで、店には2~3人のレジ打ち、品物は出店している事業所が並べる。あとはコンビニがあるので夜も深夜ドライバーが立ち寄る。車社会に即した環境を整えている。
南三陸町の商店街はそれから比べても、高速道路社会・高速車輸送社会の中で、「道の駅」役目を果たせるかと言うと、この面では機能の存続は難しいと考える。一部の人の事を考えた構想には、町民全体の利益と言う観点からもおかしい政策だ。

地元の工務店の建設の粋を結集した、道の駅建設で、地元の農水産品の発信・販路拡大として、町の発信場所となる事は間違いはない。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:37 】

2018
04/17

正義を貫く侍は何処に


数10年前に官僚の不正な接待で「ノーパンしゃぶしゃぶ」が話題となった。今回の福田財務相政務次官のセクハラ疑惑。また、財務省だった。優秀な角礫で女性の対し方を知らない男の、あり得ない発言に、この国は一体どうなっているのだろう。セクハラされた音声テープの女性記者に出てきて欲しいと言う。こんな事が懇請の中心話題となる国は、実に恥ずかしい限りだ。弁護士と相談し「名誉棄損で裁判に」と、出て来られない状況を知っていて、こんな無理な事を財務省・大臣が話す。女性の立場はこの国は、こんな事からも低く守られていない。
前稲田防衛大臣の「公文書はない」の発言があり、1万枚以上の書類が出て来た。安倍総理の秘蔵っ子の若い女性議員(弁護士)の特別登用は、自衛隊組織への大臣就任への反発だったと当時から思っていた。これも安倍総理の政治姿勢への、自衛隊幹部と隊員の反発と思っている。

柳瀬内閣官房の「記憶と記録」の言葉が気になった。「首相案件」の言葉がまるで「印籠」のように、県・自治体職員への影響力を持つ。地方自治体の職員が、県民・市民ために一生懸命に働いているのに、「総理の介入は無い」との事を政論化する為に、嘘が嘘を塗り重ねている。醜い政治の権力の悪行が国民の前で、毎日のようにテレビで報道されている。情けない!

新潟県知事が突然の「辞任発表」は、またしても週刊誌の女性問題の掲載がその理由と言う。新潟の原発稼働反対の立場で、与党の候補者を破り当選した。原発の反対運動も、また大きな岐路を迎える。現政府の原発推進の元、今度の選挙になれば、またの選挙で議論が再燃する。
知事の潔さを私は称賛するが、どんな女性問題と勘ぐる。官僚の責任の所在をはっきりしない問題とは別に、「総理の辞職」が関係する内閣府の問題とは違う。内閣支持率が27%までなった調査もあるが、加計・森友問題が続く限りは、内閣支持率は低迷するが、国会での野党の追及もいつまであるのだろうか。国政はこれで大丈夫なのだろうかと、一国民として不安はある。「のど元過ぎれば熱さ忘れる」、時が経てばまた支持率は上がる、これで本当に良いのだろうか。みんなで考える時がきている。

5つの省庁から幹部が「内閣人事局」に入り、官僚管理の組織を「内閣府」の中に設置した。政治家の官僚管理、影響力の拡大を図る為の安倍総理の政治改革がここにある。だから「安倍一強」は怖い。政治家と官僚は対等の方が良い。以前は反対の立場だったのに、官僚たちが総理の為に「嘘をつく」、こんな国は他にはない。日本の正義と武士道は何処に行ったのだろうか。

小さな国政の状況が我が町にもある気がする。一強独裁の町には正義感が薄れて行く。後継者もなかなか出てこない。自分の思いのままになる人材を次に据え、影響力の継続は町の未来の為にはならない。

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2018
04/16

巨人はなぜ勝てない?

昨日も上原が8回の同点で抑えに登板、2アウトから連打され3点を取られた。9回裏に巨人の2対5で負けたと思い、目をはなしチャンネルを戻すと、まだ攻撃中で、4対5まで追い上げ、1アウト満塁でクリンナップに回る。期待して見ていると「ピッチャーゴロ」「ショウトライナー」と、チームの空回りは、また多くのファンの減少へ。しかし、長嶋監督が言っていたように「我が巨人軍は延久に不滅です。」の、夢を追うファンがいっぱいいる事を忘れないで! 一人一人が自分の役目をしっかりと発揮すれば勝てる。そんな期待を持ち時々、試合を見る。

台湾の大地震に対して、南三陸町から250万円が赤十字を通じ贈られた。町内の学校や商店街・町民から230万円、町から20万円の合計がその額になった。宮城・東北への外国人観光客は台湾からが一番多く、世界からの観光客は東京が一番で、次に大阪となっている。今後東京オリンピックを機会に、4000万人の外国人観光客を期待している。
昨夜の「日テレニュース」で金沢が「ホテル建設ラッシュ」と言う。昨年から現在建設・予定のホテルが、道路沿いに15店以上も建設されていた。北陸新幹線の開通で更なる観光客の誘致に、あの手この手で外国観光客の獲得に、自治体・県が取り組み企業が付いて来ている。隈研吾氏の「つづみ門」をバックに記念写真をとる観光客が多い。我が町の祈念公園の「人道橋」も、多くの観光客を迎えられるくらいの知名度となる事を願いたい。

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父との将棋は6局7局となった。
父の将棋の戦い方は少しずつ上達し、思考力と全体を見る力、先を読む事も3~4手先までと、知能の老化の防止と発達へと繋がっていた。
日々、私の多忙と、我が家を訪れる人の無い事で、会話や行動の限界がある。私と会話し何かをする事が嬉しいようだ。
イイ所まで行き、父の見落としで勝を貰った。まだまだ負ける訳にはいかない。
日曜に恒例となっている親子の将棋対戦は、私にとっても楽しみの一つとなり、聴力のまだ残る左耳側に座り、近くで一週間の出来事を話している。将棋と話しとなると、二つの事をする事はできなくなってきている感じがする。
震災から7年、その前の88歳の以前の10年間は、父と一緒に何かをすることなど無かった、そんな生活環境が我が家の暮らしだった。あと何年、親子でのんびりとした生活ができるか、これから今まで出来なかった事を、大好きな尊敬する父として行きたい。

今日は、これから登米市に行く。帰ってかせはマイペースで、仕事を楽しんでやって行きたい。

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2018
04/15

登米市の夜さくらドライブ


週末なのに朝から夕方いっぱい仕事づくし、62歳となろうとしている今、高校一年から家業に就くし、いつまでこんな生活をしなくてはいけないのかと、ふと! 考える。糖尿病が共生しなから、あと何年生きられるか? と昨日の月一の診察・処方箋の定期検診で、「私は終活に入ってます、」と言ったら先生に笑われた。私の今の身体年齢は「70歳」なのかもしれない。平均寿命までは無理だろう。

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登米市南方の「千本桜まつり」を、震災後に見つけ、あれから4年くらいお花見ドライブをしている。菜の花の黄色と桜の回廊には、多くの車でのお花見に訪れる人達が、写真に収めていた。どこまでも続く桜の回廊は、今が見ごろで終点まで見に言った。今取り巻く自分の問題を忘れさせる風景が広がり、ひと時の安堵感に浸る事ができた。

帰りには登米市の「ココス」で晩ご飯とした。週末の豪華ディナーである。ビール・ポテト・シーザーサラダ・鳥の空揚げを前菜とした。一杯が二杯と会話もつまみも満足がいった。明日、奇数日の朝6時の「空腹時血糖値」を気にしながらの、お花見宴会だった。最後は「ココスハンバーグ」と「和風スバゲティー」で豪華食事とする。

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今日の血糖値は「177」で高い。昨日の定期検診ではヘモグロビン数は「7.5」で、昼前の血糖値は「99」と、朝の薬とインスリンの効果は絶大だった。
朝、広島の山下さんから「感謝!」のメールが届いた。私こそ被災地の子供達への支援の受け皿になれた事への御礼を言いたく、メールを返信した。
昨日は神奈川県からの物資「キャベツ」を、私の知人が持って来てくれた。キャベツ1個ながら、親子二人の生活には十分でありがたい。

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一昨日「東山公園」の桜の登り坂に灯篭が並んだ。是非、町民の皆様には国道45号からでも見られるので、志津川地区の春の震災でも変わらない、志津川の「名所」をご覧いただき、良き南三陸町の町づくりを町民一丸となりしていきたい。
今日は父との第3局の「千葉家将棋大会」をする。父の認知・痴呆は確実に進んでいる。人との会話もできない現環境が、病気を悪化されているようだ。少しでも病気を抑える効果があると、我が家の行事に今後も取り組んで行きたい。

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2018
04/14

震災で破壊されても今もなお


「えん旅」でこないだ八代アキさんが南三陸町に来た。今月8日の放送でビデオの録画は失敗したものの、日曜の御昼どき、途中から見た。私も現場にはいたものの時間が無く、仮本堂での400年の柱から創った「ギター」の、歴史の音にふれる事はできなかった。アリーナの興奮がここまで伝わって来て、八代さんのヒット曲の熱唱に魅了された。その脇には世界に4本しかないギターが、その音色を響かせていた。

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2011.3.11の大震災の津波で400年の歴史を刻んだ、南三陸町細浦の「徳性寺」の本堂が倒壊した。自宅も被災したが、耐震性と強固の材料で修復再建された建物、地震にも津波にも破壊される事は無かった。
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名古屋の方がこの話を聴き、何とか復活させたいと、歴史復活ブロジェクトを計画した。あれから8年目を迎えた。NHKのえん旅に話題を提供し、八代さんのコンサートとなった。これまでも「えん旅」には多くの有名な女性演歌歌手が、南三陸町を訪れ被災者に、笑顔と元気、「一緒に頑張りましょう。」とメッセージを伝えた。自慢じゃないが私は一度も見ていない。多忙と人ごみは嫌いで、今回は初めてテレビで見た。

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住職の辻さんも初めて聞く、本堂の柱から創ったギターの音色に感慨深く聞き入った。プロジェクトの代表が作詞作曲した歌と音色は、400年の地域に根付き檀家を支えた、地域の人との係わりと繋がりを詩にした。
メンバーと初のギターでのコンサートに、集まった檀家・地区民が当時を思い出すかのように、演奏と歌を聴く。今も震災後の支援の活動が黙々と引き継がれていた。

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現在、町の人口減少が加速し、細浦地区も例外ではない。南三陸町のお寺でも檀家が町外への生活を選択している。家系が大震災で絶えた家も少なくない。後継者や地元に残り「墓を守る」という事も、総ての世帯で深刻な問題としてある。人がいない将来の町の姿を想像できない、未来の町の現実が待っている。

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八代さんは膝を突き合わせ、辻和尚地様の震災からこれまで話に、真剣に耳を傾けてくれた。取材と言う垣根を越え、親身にこれまでの和尚様の活動を聴く姿がここにあった。コンサートでも南三陸町の皆さんの笑顔を呼び起こしてくれた。町民の減少があっても、皆さんと共に多くの笑顔のある町に、私自身も活動をしていきたい。また、多くの埋もれそうな話題を皆さんに提供していきたい。
(NHKテレビ映像から写真撮影)

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2018
04/13

入谷地区に分け入って


南三陸町の文化と昔を思い出させる原風景に魅了された。
入谷地区の同級生の母が急逝した。91歳で元気だったのにと言う。道すがら青々とした竹藪と小川のせせらぎ、春の息吹が周辺に広がっていた。庭には今も稲穂のはせ掛けの木組があった。
志津川・入谷から、歌津・払川への「こもれびの道」の入口にある山神平地区、歴史と伝統を現世に繋げている。

途中にも死亡告知の案内看板があり、志津川地区でも同様の看板を見かける。南三陸町は17年度に「500人」の人口が減少している。隣の気仙沼市は「1000人」の減少で、人口を比べても減少率は遥かに我が町が高い。人口1万3141人となった。東日本大震災から4500人が町から消えた。

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街道沿いには水仙の列」が、通行する人々の目を奪う。大きな事故の噂は聴かない南三陸町、春の交通安全の中で児童・生徒の元気な顔が地区で見られる。震災後からの「バス通学」が続くが、文教地区となった中央団地からは、子供達の通学風景が見られるまでに、復興は進んだ地区もある。

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林際地区の昔から延々と続く、農地風景に「ほつと」させられる、山々の間に開けた入谷地区、時代の流れで地元にあった「林際小学校」は閉校となり20年が過ぎただろうか。入谷地区には志津川市街地から多くの住民が移転した。農地や山地は土地転用の整備がされ、新しい住宅が建つ。そんな場所にも時代の流れの「ソーラーバネル」が所々を埋めていた。
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昨日は菩提寺「大雄寺」で大般若会があった。天気は晴天ながら風が強い。午後に一年間の御礼として、志を届けに行く。紅白の餅とお札を頂いて来た。母がしていた季節の風物詩を継続する事で、我が家の「家内安全」「身体堅固」など、家門繁栄を願う。
今年は母の逝去から3年目、「三回忌」法要を予定し、その報告と開催の予約をした。私の考えでは、7月中旬に会場は民宿、会費制で開催したい。

今日は仙台の印刷組合の会議に出席する。理事は若い世代に支部代表を譲り、同等の待遇で組合に参画を今後もする。

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2018
04/12

親子二人の戦いはこれから


昨日は父親を「石巻日赤」に定期検診で行く。40分で行けるので高速は助かり、まして無料はありがたい。

不整脈など心臓の機能低下を補う「ペースメーカー」で、生きる事が維持されている。昨日は若い医師が、耳の遠い父に「体調は良好」と、親指と人差し指で「丸」を作り伝えてくれた。「後4年でペースメーカーの交換です。」と話し、その時には父は99歳を迎える。今は、「もういい。」と言うが、その時期になると「まだ生きたい」との気持ちになっているだろう。

病院観察。循環器の科の待合室前で、取り貯めていた新聞記事を1時間30分見た。独り言を言うお父さん、付添は娘さんだろうか。「うるさいから騒がないで」と父を説得する。認知が進んでいるのだろうか、一行に言う事を聴かない。しかし、車いすの隣りに付き添うと、安心したのか静かに待っていた。会計では一人の老婆が会計を済ませ、受付に「予約票」「領収書」を忘れ、職員が名前を呼ぶ。息子さんらしい人が、列を中を分け入り受付に行こうとする母に、「順番なんだから!」とたしなめる。老婆に悪い所は無いが、家族は「周辺に迷惑を掛けたくない。」との気持ちが常にある。子供さんに付き添われた高齢の方が多く、待合室は「老々介護」らしき人達が多いと感じる。地域の中核病院の「石巻日赤」には周辺の地区から患者が集まる。今年から何件か自治体が提携となり、利用自治体からの出資金はあるが、多くの仙北の県民は大助かりだろう。

所要時間2時間、通院時間1時間30分だった。帰りの高速の「三滝堂IC」はトラックや買い物の住民・観光客の休憩でいっぱいだった。父は何気に話す「こんな場所が町にあったらなー!」と、町は志津川の「さんさん商店街」を道の駅にすると言う。あと二年掛けて整備するらしい。最後まで「反対!」を貫きたい。今の町に人は居なく、道の駅に携わる駅長も見当たらない。だけど、商店街の店主に、農産品・水産品などの販売を全て任せて、「南三陸道の駅」と言えるだろうか。新鮮な野菜・鮮魚を格安に販売できるだろうか。町の経済は商店経営者ばかりで、自分に水を引く事ばかりを考えているように感じるのは、私だけではない事を理解して欲しい。

町外からの人達に任せる事も私は反対ながら、先頭に立つ人が居ない。しょうがないと言えばしょうがないが。議論する事は必要だ。

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2018
04/11

南三陸「桜だより3」 志津川東山


今年もこの場所から志津川市街地を望む。
「東山公園」は志津川地区のお花見の名所です。そして、町の変化を見つめていた場所でもあります。何回かの津波・大火も、この場所から見つめて来ました。東山神社と昔の幼い時は呼び、年を重ね「四宮神社」である事を知った。しかし、こんなにも大きな町の変化を、神様とて予想はしなかっただろう。そびえる志津川市街地を見つめているのは保呂羽の峰、「保呂羽神社」も海の怒りを鎮める事はできなかった。

東山公園は大震災のあの時、「避難場所」としての役割を果たし、多くの地区民を助けた場所でもあります。上り坂の入口の桜は津波で被災し、その後支援の桜が植えられました。まだ小さい若木が一生懸命に花を咲かせています。

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津波は自然災害であり、まだ町の姿はそこにはあった。震災復興と言う名の、人間の手が入り過ぎたように私は思う。自然(神)は、自然に手を加える事への人間に戒めを、数10年後に起こすだろうか。また、人間の知恵で住まいを確保をして行くのだろう。

震災復興は8.7mの河川堤防の建設と、10mの嵩上げによる「職」の場を、住まいのあった場所への形成を試みている。嵩上げは発災後の6年目に整備を終え、1年前に完了したものの、企業誘致は大変厳しい中にある。人口減少と若者の流失により、25年後は65歳以上の高齢化率が「50%」となると言う。これで志津川(南三陸町)が維持されるだろうか。生業を暮らしの確保をするための、政治(まつりごと)は、このままで、「しょうがい?」と言うだけで良いのだろうか。町の為と言いながら、政をする輩は、明るい未来づくりに真剣に向かっているのか。町の打ち立てた復興計画は失敗?

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こんな事を考えながら、私は赤土の大地を見ながら、将来の不安を抱かずにはいられない。

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2018
04/10

南三陸「桜だより2」 志津川高校の回廊


宮城県志津川高等学校の入学式が、今年も無事に開催される。生徒数の減少は大きな問題として継続している。
高校までの通学バス運行、登校坂の命名、志翔学舎など、前山内校長は高校の町の存続の為に尽力された。町からの1200万円・1800万円のふるさと納税で、学力向上を願う父母の為、町の予算を投じ、塾を開講した。今年は町議会議員へも入学式の来賓の案内を出した。

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志津川高校の卒業生は1万人を超えた。47年前に私もまだ小さい桜の並木の坂を歩き、母校「志高」に入学した。普通科3クラスがあり、2年から進学組「4組」を選んだ。この頃は大学進学を夢見たが、家庭の都合で2年の後半には進学をあきらめた。その方が楽だったのかも知れないが、今は後悔している。社会に出て学力は必要ないとの未熟な考えで、多くの苦しみをこれまで体験した。
入学生には、学業と部活で多くの友を作り、自分の持っている知力・体力を発達させて欲しい。自分の取り巻く環境に流されず、将来の自分の醸成の為に、有意義な学校生活を送って欲しい。政治を見つめ、何かこの国に、そして南三陸町に欠けているのかを考えて欲しい。
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陸町に欠けているのかを考えて欲しい。
私達の時代は普通科3クラス120人だったが。今年は2クラスとなった。子供達の減少は深刻である。私の弟時代は5クラスで、町内の中学生の大部分が志高に進学した。そんな時代は夢となってしまった。

大震災の事を避けては通れない。高校下の廻館地区の住民は、中学校跡地の非難場所から高校へと、高い所へ最終的な避難場所とした。校庭に「SOS」の人文字を作り救助を求めた事は記憶に新しい。多くの怪我人を救助し、ここから「ヘリ」にて重症者の搬送を自衛隊がおこなった。体育館には多くの住民が、二次避難の場所が決まるまで生活した。みんなが片寄せダンボウルの仕切りの中で生活した。現在は高校仮設も解体され、生徒がのびのびと運動できる環境が整っている。「青年よ大志をいだけ」「悔いのない生活を」など、今から心に描き、挫折しようになったら友に助けて貰おう。決して一人ではなく、自分の事を理解してくれる親友を作ろう。今日から義務教育が終了し、自分の選ぶ道を進む。

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頑張れ志高生!

朝から大阪の知人が送ってくれた「京都城山の筍」を、作る。

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2018
04/09

南三陸町「桜だより」パート1母校


今日は志津川中学校の入学式です。63名の新入生が学業やスポーツで自分の夢の実現に向かい歩み始めます。

かれこれ44年前の我が母校「志津川中学校」です。跡地は社協と老人ホームとなり「津波避難歯所」としてあった。あの大震災の津波の襲来で、建物は被災し解体され、今は「JA南三陸本所」と、震災復興の「建設会社仮設事務所」が写真の場所に建った。

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44年前の姿は無くなったが、当時の桜は津波に被災しながらも、今も脈々と花を咲かせている。我が母校は今も写真のままで心に宿っている。体育館での毎日の仲間との剣道の練習があり、今は地元に2人しか居なくなった。3人が亡くなり他は町外に散らばった。三年生の時に二階で牛乳をコボし、一階の職員室の赤川教頭先生の机に滴り、呼び出され「げんこつ」を貰った。良き教育で、良き想い出で今も忘れない。勉強は低レベルながら友と争った。初恋もこの頃だった気がする。楽しい想い出がいっぱい。後輩達も中学時代を存分に楽しんで欲しい。

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母校の桜の老木にはツタが絡まり、共生しながら被災地の町で今も蕾を付ける。母校は高台に移り、すばらしい環境で教育を受けている。しかし、環境は違えど我が仲間は60歳を過ぎても、立派に今を生きている。船乗りも多く、教員・公務員・医師・会社員・社長など、自分の居場所を見つけ、今を自分なりに自由に生きている。苦しんでいる人間は少ない。助け合って生きた時代、まして「いじめ」など無かった。多くの環境の変化が、人の心の闇の部分で増幅している。

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旧志中の登校坂は津波で町は消えても、造成整備されずにそのままで残っている。坂の上に立つと昔の思い出が、校門・桜の入学・卒業が走馬灯のように思い出される。今の子供達は新たな想い出を作るだろうが、前東京オリンピックの高度成長期の私たちの時代とは激変し、多くの社会問題と経済環境の厳しさの中で君たちは行かないといけない。だから中学時代にその生きる術を習得して欲しい。
自分の道は自分で切り開くしかない。

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2018
04/08

春の交通安全


モアイさん、そんな所歩いちゃ・飛んじゃ危ないヨ!

65歳は高齢者じゃない? と思っていたら高齢者だと言う。全国の交通事故の7割の高齢者だと言う。私も還暦を過ぎ、歩行者としても運転者としても気を付けて、公道を通行しないと駄目ですね。


今朝7時15分から45分までの30分、沼田商工団地入り口で、地域の交通安全活動で街頭に立った。日曜日と言う事もあり、車の通行量は少なかった。隣の班の方と30分間、震災から仮設暮し、そして住宅再建まで話しを聞く事ができた。指定避難場所へ逃げたものの、津波が来ると言われ裏山から高校へ、高齢の母を連れて助かったと話す。襲来する津波を見る余裕はなかった。「なんとかここまで来ました」と語る。そして、同じ沼田地区の住民になりまたと言う。私は震災後から前と、志津川地区の仕事の繋がりや、これまでの班長や役員をしていたので、「何でも聴いて下さい」と伝え、街灯の交通安全啓蒙活動を終えた。

2045年の南三陸町の人口が「6千400人」の、新聞報道に驚いている。また、気仙沼市の「3万3千人」の数字には、驚愕する。震災後に生まれた小学校一年生は、南三陸町で68人となり、30代の女性も減少している事から、総合的に人口動向を町でも試算している。2020年には団塊の世代が高齢者・国民年金受給者となり、高齢化は一気に進み、2045年には高齢化率は「55.9%」となる。後期高齢者医療が県内最少は「気仙沼市」で、一人当たりの医療費は年間約68万円となっている。

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昨夜は石巻市飯野川の「ダイソー(百均)」に買い物に行く。とにかく安い! 買った物は、クリヤファイル・飴・布団はさみ・一輪刺し花瓶で13点、1350円位で今必要なものを調達した。帰りには食事をし、少しの贅沢の週末とした。
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お昼すぎにはBSテレビのNHKで収録を終えた「えん旅」がある。八代亜紀さんがアリーナでコンサートをした。その時に志津川細浦の「徳性寺」の、本堂の柱で作ったギターがあり、その取材にも来たとあり、ビデオの録画を設定した。ぜひご覧頂きたい。

明日9日は町内の小・中学校の入学式がある。震災後に生まれた68人の小学生一年生に、広島・山口から「入学祝い」の品の受け皿・引き渡しをした。山口からは土曜日着となり、明日8時30分には教育委員会に届けないと、教育委員会・学校に迷惑を掛けまいと行動をする。被災した子育て世代への支援を手伝う事ができた。日本社会・経済の発展に必要なのは「教育」と専門家が語る。人口減少の対策は「人づくり」から始めないと、日本の将来は無いと言う。仕事があっても働く人がいない、この状況に向かいつつある。いくら「AI(人口頭脳)」が進歩しても、人の心の介護まではロボットにはできない。

いまから志津川町内の「桜の名所」を巡って来たい。

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2018
04/07

今からが旬!

昨日は本吉町までクリーニングを取りに行った。途中「ペ―パータイム本吉」に寄りマイタウン情報を、折り込みに行く。途中、本吉バイパスで車が「ピクリ」とも動かない。さすがに15分待ち、バイパスの下の道路に抜け旧道を迂回した。折り込み店の人に聞くと1時間前に下り線で事故が発生したと言う。帰ってフェイスブックで前志津川高校の山内校長が、気仙沼から南三陸町への途中「渋滞・事故」と書きこんでいた。
ここにもまだまだ不便な町の状況があった。昔なら得意のクリーニング店さん「佐藤」「山内」など、親しみのある店主が居た頃が懐かしい。20分以上も掛けてクリーニングは時間の無駄と解っていても、震災後は本吉の「芳賀」に御世話になっている。

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昨日の晩御飯は「銀ザケの刺身」で、とろけるように美味しく頂いた。入谷の及川魚店から買い求めた。人に聞くと水揚げが始まったばかりで、まだ漁体は小さいと言う。
震災前は志津川での養殖銀ザケは、「油濃い」「匂いがダメ」など、余り食卓には並ばなかった。養殖の体制や改善、餌の開発や改善で、「伊達ギン」のブランドで商品開発が進む。「キラキラ丼」も良いが、魚屋さんから刺身用を買って食べて欲しい。刺身16切れで450円と格安で、いっぱい食べられお酒も美味しく頂けます。

また、「シラスの釜揚げ」が今、旬を迎え店頭に並んでいる。1パック500円で、昨日はまた叔母が持って来てくれた。お浸しや豆腐と一緒に食べるのがこの辺の料理法だ。私はお好み焼きとしてキャベツと共に食べる事に今はまっている。この時すすめたい南三陸の味です。ぜひ、ご賞味下さい。

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2018
04/06

生まれてきてくれた子供たちに!

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南三陸町に広島県と山口県から、震災後に生まれ、今年の小学校入学の一年生に、入学祝いのプレゼントが届けられた。「生まれて来てくれて、ありがとう!」

先月には私の会社の慰霊塔にも「千羽鶴」を、仲間達と制作し、わざわざ届けに来てもくれた。若布の収穫時期とあり、袖浜の支援を続けている「明神崎荘」から、広島に「南三陸町の若布は柔くて美味しい。」と、沢山仕入宣伝もしてくれている。奥様が広島出身で、南三陸の被災状況を知り、彼女の支援と、被災地の支援活動を志津川地区の民宿を拠点に今も続けている。
今日は南三陸町の教育総務課に、入学生へのプレゼントを持って行き、学校に配布して貰う。9日の入学式に何とか間に合った。

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フェイスブックの記事に感動の言葉が綴られていた。紹介したい。障害者も健常者も、人を愛し子供を育てる事に違いはない。人は慈愛のものと生かされている。
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誰かを好きになること。愛する人と結婚すること。子どもを産み、育てること。そんな幸せを手にした知的障害のある人たちのドキュメント。
長崎県雲仙市を拠点に活動する和太鼓集団「瑞宝太鼓」。団員全員に知的障害がある。いじめや偏見に苦しんできた者も少なくないが、太鼓と出会って人生が変わった。太鼓と並ぶもう一つの心の支えが、愛する人の存在。結婚し子どもを授かった団員もいる。それを支えてきたのが、所属する社会福祉法人が取り組んできた、恋愛や結婚、子育ての支援事業。優生思想への向き合い方が改めて問われる今、誰かを愛することの意味を見つめる。
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昨日も貰いものづくしの「ワカメのサラダ」。ホウレン草とベイコンを合わせた。今年はワカメが高いと言う。叔母は「大事に使いなさい。」と話す。塩蔵ワカメをレジ袋にいっぱいで、小分けにして冷蔵庫に。「多いから欲しい人に余計ならあげなさい。」と言う。何て優しい6歳違いの叔母です。

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2018
04/05

桜前線もうそこまで


昨日は倉庫のゴミが10個を越え、クリーンセンターに持って行った。「350円」と引き取りは格安だ。地区のゴミ収集日にはゴミ出しをせずに、二週間分を一揆に持って行く。その他にダンボールや缶・雑誌などもあり、分別は現地で分けて集荷位置に収める。いつまで出来るかと言うと、私が車で歩けるうちはと思っている。あと10年ぐらいかな? こないだ新聞で、南三陸町は高齢者の免許書の返上に、一年間の巡回バス無料化だと言う。

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現在、町のゴミはクリーンセンターに集め、気仙沼市に料金を払って焼却している。数千万の焼却料と運搬料を入れると億を越える? 15年前だろうか、戸倉地区のゴルフ場跡地に「焼却施設建設」の話があった。志津川湾は銀ザケ養殖で成功していた頃で、芝の農薬の海への流入や、戸倉地区のダイオキシン問題が議論となった。その他にも「5千万円」が建設に対する謝礼として動いたとの、うら情報が町に流れた。結局は地域民の反対で、建設とはならなかった。
気仙沼市の焼却炉も老朽化により立て替えが計画されている。しかし、建設予定地の住民の反対で、現在も場所の選定が進んでいない。
私は自分たちのゴミは町で処理すべきと考える。50億位は係る建設費だが、「過疎債」「特別交付金」など、国の支援や近隣市の受け皿など、他人任せでは、将来も処理料を町で負担する。経費の掛からない「焼却炉」の整備を考える意義がある気がする。

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「桜プロジェクト」が震災後に町で行われている。入谷地区の「花見山プロジェクト」もその一つだ。津波到達地点に、被災した学校の校庭になどにも桜を植えるもある。「町に3千本の桜を植えよう!」、こんなブロジェクトもあった気がする。フランスのカバン制作会社? だったか、音楽会もアリーナで開催され一回見に行った。クリーンセンターのまだ若い桜も寄贈されたものと記憶する。
ゴミ焼却場だった場所は「ゴミ集積場」となり、老朽化の煙突は解体となった。しかし、今は新緑と桜のつぼみでピンクに彩られ、事務所の小さな花壇には水仙が黄色い花を付け咲き始めていた。
下草も整備され桜の気の下でのピクニックにイイ。ぜひ、黒崎地区の山の上にあるのでドライブの行っても気持ちイイ。いまは、南三陸町は5日間ほど、天候が悪く寒い、今週末から来週初めが桜の見ごろとなる。また紹介をしたい。

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2018
04/04

津波の伝承


嫁ぎ先の叔母の家は、小さな漁村の高台にあった。しかし、入り江の漁村は津波の増幅により、写真の建物の二階にまで達した。しかし、浦山があり津波に家が流されないで済んだ。
私の家は市街地の真ん中にあり、コンクリートと木造建築で、頑丈な建屋のせいで、基礎と一階のコンクリートの壁だけは残ったが、昭和の20年代の工場と増築2階は基礎部分の土台も抉られ、赤い車がその土に埋まっていた。
周辺の家々も基礎部分だけで、津波で家が持ち上がり跡形も無くなっていた。その為か震災後に自宅を見に行く人は少なかった気がする。

震災の津波から1か月頃だろうか、津波の後片付けに親戚・ご近所・ボランティアが集まった。何から手を付けたら良いのか、そんな状況が町の至る所であった。震災直後は家族も被災した建物を眺めるだけだったが、いつまでも何も居ないでいられないと、危険な被災家屋に入り、大切な物・思い出を探し出す姿があった。家が残れば物も残るが、市街地の7割は全てが流失し、自衛隊やボランティアが探し拾った写真など、多くの思い出を集め、入谷地区の中学校に集積し、被災した多くの町民が訪れていた。
私も2度3度と行ったが、何一つも見つからなく、知人が我が家の物らしきものを持って来てくれた。

先月にNHKの方が『「徳性寺」さんの写真ありますか』とメールが頂き、当時の我が社のデータから探した写真の一枚です。
これが2011.3.11の東日本大震災の一部です。南三陸町では約600名の方が死亡し、今だに211人の方が不明です。南三陸警察署では「月命日」に署員の海岸での捜索を続けている。

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2018
04/03

春に向かって


あの日から、また春が来た。
「何かをしないと不安が募る」。

昨日は志津川の低地部の小さな事務所に、「千葉印刷」の看板を新しく設置する為に、登米市から業者が来た。一か月前から依頼していたが、看板屋さんが年度末で忙しく昨日になった。
いろいろな換地の場所の取り組み・利用も、予定どおりいなかい。物資の配布・婚活の出逢いの場・絵画展・慰霊塔設置・広島よりの千羽鶴設置・お盆の黄金郷菊販売など、とにかく活動できる場所として設置した。
だけど自分が一番示したいことは、ここに千葉印刷があり、自分の生きて来た「証」がある。地区の方、町民の皆さん、あの楽しい故郷を忘れてはいないですか。コミニティーの再生はこんな事から始まる気がする。

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会社の入口のプランターいっぱいに、色とりどりのパンジーが咲いていた。毎日のように出入りするけど、昨日は花に気付き「何時植えたの?」と尋ねると、昨年植えた物が、春になりまた花を結んだと言う。生命の力を感じる。季節感を忘れそうな毎日で、昨日は心にそんなゆとりがあったのかも知れない。

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夕方に市街地の営業所に行って見る。JR東日本の「志津川駅」の海側に、こんなユニットに「千葉印刷」と、志津川字本浜町14・32街区2区画地・電話46-3069の看板を設置した。
自由に入れて「東日本大震災慰霊塔」に手を合わせる事ができる。ユニットのブラインドを開けているので、中の千羽鶴や志津川出身の3人の画家たちの絵も見られる。

広大な換地場所には、企業誘致の建設は何一つ見えない。これが被災地「南三陸町」の現実です。国道45号は誰の為? 大手建設会社の為で、今、復興工事の終了にあたり、その弊害が町の経済を揺るがしている。

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2018
04/02

30年4月からも南三陸町・自分を発信します


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南三陸町の「高野会館」の保存について、皆さんはどう思いますか。津波から350人余りの町民が奇跡的に助かった場所。解体すればこの場所の奇跡を、どのように伝えれば良いのでしょうか。色々問題はあるのでしょうが、町と協議してもっと議論をして欲しいものです
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昨日、上記の内容を「ツイッター」と「フェイスブック」に発信し、皆さんに考えを聞いた。今朝の確認で多くの「いいね」を頂いた。防災庁舎が「解体」から「保存」に議会の決定が覆され、現在があるように、「高野会館をどういう形にしたら良いか?」、町の「震災遺構」として町民ともっと議論をすればいい。何でも町(町長)の意見が通る震災復興はおかしいと私は思っている。震災復興事業なら何でも認められる、現在の状況は町民の将来にとって有益かを議論してみたい。観光・交流人口拡大を言うのなら、残して当然の遺構と思うのだが、感情論ばかりが見え隠れする。父は「町外の企業が……」と反対の様で、いろいろあって当然だ。しかし、必要か否かは将来の事を考え議論し決定して欲しい。新水域の建物、土地・被災建物は所有者の同意なしに解体はできない。
残して欲しい企業と、震災の復興事業の障害となる町、ここでの町の判断は被災地のメディアの「的むとなっているようだ。
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河北新報のインターネット版に、志高を卒業した小山さんの記事があった。社会に貢献できる仕事として、「臨床心理士」の道を選び、「心に寄り添う活動を」と目標を持ち大学に進んだ。
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 震災から7年間。友達がストレスで体調不良に苦しむ姿や、祖父を失って悲しみに暮れる祖母の姿を目の当たりにしました。苦しみの中にある人の心を支える仕事がしたい。臨床心理士を目指し、今月から東北福祉大(仙台市青葉区)に進学します。
 優しかった祖父の孫であることは私の誇りです。じいちゃん、見ていてね。傷ついた人たちの心を救えるような大人になるよ。じいちゃんのように人を思いやれる人間になるよ。
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昨日の日曜日は、家庭の事をした。
午前中は菜園の草取りと土作りで汗をかいた。その後で予定通り「種イモ」を植える事ができ、5月の眼が出るのを楽しみにしたい。
午後は、父との互いの「ボケ防止」の将棋を三局。父も先週の将棋初めから、「どうしたら息子に勝てるか!?」と考えたらしい。昨日の対戦で「先を読む知力」と「盤面への視野の低下」を実感した。ボケと認知が進まない為の、予防と現状維持が、二人の趣味でできればと思っている。昨日も私の3勝となったものの、もう一局と3回戦まで楽しんだ。父との会話もあり、こんな「時」が訪れる事に感慨深い物がある。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:41 】

2018
04/01

熱気は何処へ


石巻へドライブ、ほっとする。人への気使いと、人の顔を伺わず人ごみを闊歩する時間がここにある。冷蔵庫、ストラップ、ズボン、バンド等を物色、結局3120オンのバンドを買った。休憩には夕日を見ながらアイスコーヒー。こんな土曜日もイイだろう。

今日は猫の額のような菜園を春に向けた準備をする。今年は「じゃがいも」「ピーマン」「なす」を植える予定だ。雑草の「はこべ」が一面を覆っている。これもまた綺麗に感じる。従妹の敷いてくれた黒幕も、一年の強風で捲れ、その手入れもしないといけない。

今日は予定していた父との二回目「将棋対戦」は予定通りしたい。あと何をしたら良いか見当たらない。仕事? 今日は日曜、できれば明日に回したい。大した仕事も無い。しかし、一つだけ用事をしないと!

くだらないブログ、今日は皆さん見ないでください。では畑に。

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朝ごはんの今日の主役は「バッケ味噌」です。先輩がわざわざ持て来てくれました。入谷地区の山里の恵みの加工品です。
お浸しは今年の採れたてを荒砥地区のおかあさんから頂きました。塩茹でし麺つゆを掛けただけで、鮮度が良いだけで、こんなにも美味しく頂けた。

こん食事だけなら血糖値も上がらないのにね。
2・3日前の血糖値を見て驚いた。朝の空腹時「208」で、特別カロリー高い物を食べた訳でも無く、お昼前に測ると「120」、夕方は食事前に「110」との数字に驚いた。
朝は毎日「インスリン15単位」と「クスリを3錠」で、この血糖値の変化状況に驚いている。

糖尿病は「贅沢病」でもあり、予備軍の方はいまから食事制限をしていけば、大事に至らない病気でもあります。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:37 】


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