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ARCHIVE - 2018年03月

2018
03/30

町の復興事業の完成に立ち会って


3月29日(友引)、南三陸町給食センターが新井田地区に新築移転した。町から教育委員会に引き渡された。
11時からの開所式には、宮城県気仙沼教育事務所の所長が祝辞を述べた。「食育」は子供達の成長には欠かせなく、その他に子供の成長に欠かせない、「知育」など3つの「育」を述べていたが、メモを取る事を忘れた。良い事を話していたと感じる。
式が終わりセンターの見学と、給食が振る舞われたが、私は議会で見たし、人ごみは嫌いなのでキャンセルした。帰りに職員が追いかけてきて、「これを!」と神奈川からのキャベツを手渡された。

この日の友引に合わせ午後1時からは、志津川の市街地の中央を走る「国道45号」の渡り初めにも、一般人として記念の日の撮影をしてきた。しばらくぶりで色々な人達の顔を見た。志津川保育所の園児が「渡り初め」に参加させられていた。
元気な笑顔と歓声があった。普通の生活に少しずつ戻っている感じがする。高野会館を左に見ながら新設となった道路を通る。あの津波から7年、その会館で壮絶な「生と死」の境目のドラマがあった。大地震から自宅・家族を心配して帰った方の多くが津波で亡くなった。社員が「ここに残るように!」と、芸能大会に参加した高齢者を制止した。地震から30分後、会館に16mを越える津波が、350名余りの町民を襲った。会館の社員もまさかこんなにも大きな津波が襲来するとは思っていなかっただろう。渡り初めに来ていた高齢の女性も、高野会館に居た時の事を想い出し語る。

こんな一日だった。



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「逃げろ!」の合図でスタートした復幸男の出場者たち
 東日本大震災から立ち上がる新生女川町を発信しようと町内の若手住民が企画し、今では春の一大行事として定着した「女川町復幸祭2018」の第7回が25日、JR女川駅前商業エリアで開催された。「濃い町に恋しに来い!」のテーマ通り、1万8千人(主催者発表)の来場者が町自慢の味覚や芸能、体験を楽しみ、港町の活気を満喫した。
 今年も前日の24日には「津波が来たら高台に逃げる」という津波避難の基本を伝える「津波伝承 女川復幸男」を実施。震災時、町に津波が到達した午後3時32分に「逃げろ!」の合図でスタートし、町内外から集まった230人がゴールの白山神社までの全長400メートルの上り坂を駆け抜けた。
 1着でゴールし名誉の〝復幸男〟に輝いたのは、石巻市在住で先日、仙台育英学園を卒業した高玉蓮斗さん(18)。3年連続出場で悲願の復幸男に輝いた高玉さんは「3度目の正直。昨年は3位だったので、ようやく1位になれてうれしい。春からは大学で陸上競技を頑張りたい」と語っていた。

女川のイベントとの違いを実感する。町民が進んで街の復興事業に参加する形・意識の欠如は、いったいどこが違うのか。これまでの町中心の復興政策に問題がある。


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