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ARCHIVE - 2018年03月

2018
03/20

私と父の思いが広島の千羽鶴に


春に近づくにつれて「花粉症」の方の辛さが伝わってくる。
動物も冬眠から覚め、春に誘われムクムクと! ホームベージには南三陸町の入谷では、背中にゴソゴソ、コウモリだった(ウソー)。志津川地区では大きなコウモリを手にした店主が、写真を掲載していた。

18日の日曜の河北新報「リアス版」に、父と私が建立した「東日本大震災慰霊塔」に広島の山下さんが「千羽鶴」を持って来た事が記事となり、嬉し過ぎる事が生きていると起こる。
今日は志津川小学校の卒業式に出席する。卒業生の中には、3年だった小学生が卒業の日を迎えた。志津川剣道スポ少の団員として、弟1年生と共に入団した。今年度からスポ少は抜けたが、震災後の大変な中で子度たちは頑張っていた。
昨日は遠くまわった叔母が、「60年以上も前に志津川の皆さんにはお世話になりました」と支援金を届けてくれた。95歳となり大震災に見舞われた「志津川」の人達の役に立ててくださいと言う。今でも息子が志津川地区の皆さんに御世話になっているからとも話す。当時から世話になった皆さんに、今でも物品を運んでいる。「生まれた時はみな裸なんだから!」が口癖のおばちゃんです。

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昨日は「特製カレー」を作った、何て事はない、残り物をぶち込みカレールーを入れただけの物です。食べる時に「粉チーズ」をふりかけるのが、私流の食べ方です。

18日に慰霊碑の視察で東松島に居た時、突然、同級生が電話をくれた。高校の仲間で「クラス会をしないか!」と言う。良い話しながら私が幹事は無理である。「3年4組」は多くの嫌な事ばかりが思い出されるが、そんな仲間と今は昔話に花を咲かせている。後何年生きるか解らないが、「楽しく暮らせたら最高だ」と、日々取り組んでいる。


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