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ARCHIVE - 2018年03月

2018
03/15

大阪・シンガポールから友来る


昨日も予算議会で、その中に「シンガポール義援金」があり、30年度に完成を目指す「生涯学習センター」に、設置される図書館の備品に活用されるとの話があった。
10日の交流会には、町出身のシンガポールで働く、私のブログで繋がった東大阪支部の同業者との、初めての御対面があった。私も初めての出逢いながら、昔からの知人の様に感じた。
ネットの情報網は凄い! 私のブログの一部分から、南三陸町の支援で来てくれた人を特定できる。そんな事で今回は「3.11」の7年目の追悼の日に寄り合う事となった。
「友好支部」となり4年目を迎えるが、これまで「気仙沼・南三陸支部」に5年間義援金を頂き、交流費に充て南三陸町の新鮮な魚介を送っている。大阪の総会・ビアパーティー等の「ビンゴ」の景品として活用している。一昨年の大阪印刷組合60周年の席上にも招待され、「南三陸町の若布」をプレゼントした。

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11日の追悼式典にも参加された。その前に被災した南三陸町を見晴台から望み、さんさん商店街を見学した。私の営業所・伝承館に寄り、会社・本浜慰霊塔に寄り手を合わせてくれた。近くにできた「菅原そば店」で昼食を取った。
常宿の「コクボ荘」では三陸の海の幸に満足頂いた。この日は「ワカメ・タラのしゃぶしゃぶ」で、獲れたて新鮮な南三陸町の水揚げ産品に、新たな美味い物を食べさせてもらった。女将の話も交流会を和ませてくれた。

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昨日は志津川高校の合格発表会あり、普通科80人に「38人」、ビジネス科40人に「24人」の合格だった。追加の募集となる。
登米市佐沼の92歳の伯母に電話をいれた。話で南三陸町の出身の若者世帯があり、私も知っている家庭ながら、震災後に結婚し二人の子供ができたと聞いた。この子らが何も無ければ南三陸町の、未来を切り開く担い手となったのにと、震災後にどんな方法を使っても良いから、町に若者を残せなかったのかと、過去に戻れない事を嘆くばかりです。

過去を振り返り、こんな失敗をしないようにしようが、将来再び「同じあやまち」をしない事に繋がると私は思っている。仕事や生活に於いても!

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