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ARCHIVE - 2018年03月

2018
03/09

命を守る町づくり

2011-05-01 14.53.13
瓦礫となった自宅・工場から、被災し跡形も亡くなった故郷「志津川町本浜」の海を望む。5mの堤防・漁協が見え、広い道路の両側には家々があったが、何も無くなった。これが津波の脅威です。震災後この場所へは、住んでいた地区民は訪れる人もなく、今でも10mの嵩上げとなった場所へ来る人達など、想い出に浸る人は少ない。
以前の行政区の私が御世話になった沢山の皆さんも、現世にはもう戻る事はできない。そんな多くの人達の顔が浮かぶ。54年暮らし多くの月日で皆さんとの、深い繋がりと「絆」を築いてきた。
残った地区民の皆さんは、新たな環境で再スタートをし、新たなコミュニティー構築に奮闘している。高齢の方も多く新たな地域で、繋がりの再構築は、各団地で困難を極めている。しかし、前へ進もうと御夫婦で努力しているが、希望の途中で家族の死に直面する方もいる。一日も早く、長く落ち着いた安定生活に戻る事を願う。

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南三陸町志津川字本浜の場所は10mの嵩上げとなり、防潮堤堤防が急ピッチで建設されている。津波の規模は「L1」に対応する防潮堤で、「8.7m」の高さで整備される。東日本大震災は「L2」で千年に一度の津波であり、16m・20mの津波に対応できる堤防の整備ではない。町では「人の命を守る」「避難の時間を作る」「施設を守る」など、津波対策を講じた。「人は高台へ」と町の人々が安心して生活できる環境整備に努めている。

今月末に国道45号と汐見橋が開通する。「震災復興祈念公園」はと言うと、32年9月に完成と言う。総て(電気・水道・排水路など)の市街地の整備が終わらないと本格工事はできないと言う。手を合わせられる町の「慰霊の場」は、最近は行かなくなったが、木造の地蔵と焼香台だけの粗末な場所しかない。死者への慰霊・畏敬の念に欠ける、町の復興計画に異論を声高に言う町民は少ないようだ。
8年目を迎えるあたり、私の会社の地区の慰霊塔には、これまで私の活動している、町に支援をしてくれた方々が、訪れでくれると言う。
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