ARCHIVE - 2018年03月

2018
03/08

海が引いたら逃げろ!

津波3.11
「2011.3.11のあの日を私は忘れない!」と発信続けている。

子供の頃から祖母・父に「海が引いたら高台へ」と二人は言う。地震が来たら地割れなどのおそれで、荷造り板を地面に引き、その上に子供達を父は立てと言う。5歳ごろから言われた地震・津波の対策だった。

あの日、私は海の引きを見る事は無く、川沿いを自宅へ帰った。両親を車に乗せ町の指定の避難所は車では狭く、自然と1k以上離れた弟の家を目指した。道路の混乱・渋滞の中を、狭い交通の少ない道路を走った。「地の利」である。

高台ながらも海の状況を見る事はできなかった。川はと言うと川沿いを高台へ向かったが眼中には無かった。

2011-04-12 15.22.39
震災から3か月後に、穏やかな美しい同じような場所から、志津川地区の志津川湾を望んだ。

写真では島まで半分の海が引いた。57年頃前もチリ津波で、市街地に5mの津波が押し寄せた。海の引きに磯に貝や魚を獲りにいった人もいたと聴く。
大きな自然現象が起こる前には、「予兆」という環境の変化があり察知し、昔から語り継がれる事を、行動の一つとして、常に家族で対策を考え、相談して行く事で家族の命が守られる。

現在の小学生の津波記憶が薄れて行く中で、「語り継ぐ」ことの大切さを防災教育の推進を、全国で展開して欲しい。自然災害は「つなみ」だけではない。
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