ARCHIVE - 2018年03月

2018
03/06

ここは住宅の玄関です

2011-06-09 05.02.20
旧志津川市場の南堤防(灯台側)に繋がる南町の、一軒の玄関の津波後の姿です。堤防まで続く土地は、総て海の下に沈んでしまった。地盤沈下は2m以上と感じる。当初は70㎝の沈下があり、跳ね返りの隆起が起こり、震災から1mの土地の隆起が発生している。土地は生きている、驚きの南三陸町の状況です。
玄関向かいの平地には「牡蠣剥き小屋」があり、養殖業者が朝早くから牡蠣剥きに働いていた。現在は旭が浦地区の「南三陸卸売市場」の隣接地に、志津川地区の生産者が共に働いている。以前は4カ所の牡蠣剥き小屋で作業をしていたが、現在は高齢化や跡継ぎ問題など、生産者は半分近くに減少し、この場所で共に作業をしている。

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志津川地区の商店街から、海に向かう道路は、今後は「潮騒通り」として整備が進む。震災から8年目を迎えるにあたり、今は市街地の換地も終わり、商店主などに土地引き渡しはされているものの、この周辺の換地の商店再建は、蒲鉾工場・歯科・飲食店2軒の4区画で建設が終わり営業を始めている。
写真の道路の先は防潮堤が建設され、その前には漁民の作業場所と、以前まではコンクリートブロックの建設場所だけがある。水没した土地は埋め立てられ、元のように漁船の船着き場が完成している。
南防潮堤の「根つき魚は戻ってきているだろうか」「八幡川のアサリは再生しているだろうか」、こんな事を思い起こす。子供の頃に牡蠣剥き場に、剥いた殻に「たなご」が群れを成し集まり、沢山釣った事。カキ剥きの殻の山に自転車で転び、手が血だらけになった事など、私の心には多くの良き志津川町が広がっている。
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