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ARCHIVE - 2018年02月

2018
02/19

現地調査


震災前に志津川保呂毛地区の「霊峰保呂羽山」に行った。あれから10年は断つだろう。「正鵠の森」が保呂羽山の玄関にあった。
その場所まで、現在はどうなっているかを見に行った。貴重な冬の雪の中の南三陸町志津川保呂毛の公園である。建立は「宮城県本間知事」の時代だった。県の事業で造られたのだろうか。
こんな誰も通る事のない雪山で事故ったら、と思いつつ細い林道を4Kも分け入った。仲間に話したら「馬鹿じゃない!」と言われそうだ。

水尻川の河川堤防の建設が進み、保呂毛地区に行く「保呂毛橋」が完成し取り付け道路のS字仮道で対応している。橋を渡ると30mもない場所が、3mの道幅となり車の通行に危険を感じる。また、左側を流れる小川も津波被災のままで、震災復旧が進んでいない。ガードレールは所々にあるものの、地区民の通行は危険がいっぱいである。
震災前までは保呂毛線の道路いっぱいに家が建ち、津波の襲来した地域の家々は流失し、基礎だけが残った。そんな土地を浸水地域として町は買い上げ、道路の拡幅や道路整備にあたれないのかと、地区民は思っている。町は買い上げた土地を石材店に貸し出している。石材店が見つけた土地で、ここを借りたいと町へ要望し、一年の計画で貸し出した。
なんでこの土地を貸し与え、地域民の為に道路の拡幅へと、町は活用しないのか不思議だ。

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町は「観光立町」への政策を第一に上げ、「山・里・海」と自然の大切さを全国に訴え、観光客の拡大を言う。「正鵠の森」として保呂毛地区の、保呂羽山の登り口にはトイレ・休憩所・公園が整備されている。しかし、震災前も今も保呂毛地区の観光地の開発活用は考えてないようだ。今ある公園を有効利用は町として当然の事と私は思っている。海の水産物の恵み、山の恵みと自然風景、そして里の人の温かさ等、素晴らしい南三陸町の財産をすべて有効に使う事で、観光立町となると私は考える。

歴史・遺跡をもっと大切に保存すべきと私は考える。志津川新井田地区で発見された「新井田遺跡」も、町は調査をして、一部保存もしないで、その上に高台移転の団地を整備した。

私の子供の頃「旭館」は、多くの遺跡出土し志津川地区の文化遺産と、保呂羽山周辺は歴史遺産の墓所として、開発なくそのままで、「保呂羽神社」も山頂に鎮座している。小学の高学年は「保呂羽山遠足」が実施されていた。山を歩き秋の恵みを肌で感じた。アケビ・栗・キノコなどの恵みと、季節ごとの花に魅了され育った。ふるさと学習の探検をして南三陸町の良さを感じて欲しい。心豊かな子供づくりを当時の公民館は実施していた。

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