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ARCHIVE - 2017年10月

2017
10/30

メガネと私


大震災後は全てが流され、一番困ったのが「メガネ」だった。議会での書類の整理や、仮の事務所での仕事でも、私の業種では目の視力低下は大問題である。17歳からの仕事に就き夜業は勿論、時間外労働・過剰労働は当然の中身で、それが当たり前とこれまで家業を続けてきた。
本格的なメガネ使用は20年前にもなるだろうか、登米市の三浦眼科でスタートし、隣りの眼鏡センターはお得意だった。生活習慣病の「糖尿病」を軽く考え、今の目の状況を生んでしまった。「美味しく食べられる」という飽食の環境が、血糖値を上げていたものの、大きな体調の変化はなかった。震災後にインスリンと処方薬の無い生活で、体調が一変した。傷が化膿し目に黒い斑点が見え、普通の生活が出来たが、徐々に視力が欠けて行った。震災後の仕事再建の途上で、「身体は大丈夫」と過信していたが「眼球」と言う小さな体の一部が異常をきたしていた。
私力の低下は「網膜剥離」「白内障」の影響で、「百均」の眼鏡はレンズの1.5~3.0倍まで、幾種類もの眼鏡を幾つも変えた。しかし、こんな事では何とも解決しなく。石巻日赤病院での治療となり、その重大な現実と直面した。そんな時のメガネを整理した時の物です。
今日からは網膜剥離の術後に「検眼」したメガネの、「近場」「投目」の二種の眼鏡が、物を見るには必需品となった。普通に生活するのにはメガネは必要ないが、物を見て何かをするのには、「メガネ・眼鏡」と探しているそんな自分がいる。晴天の時には「サングラス」が欠かせなく、車など4個も至る場所にサングラスがある。
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昨日は佐沼の眼鏡センターで、私の目で物を見るのには「拡大鏡」の併用が欠かせない事を理解した。今世間で流行している「ハズキルーペ」を試して見ると、楽々小さな字でも読めた。「1.85倍」のネンズだと言う。買い求め今後の活動に支障のないようにした。昨日は台風接近の雨の中を登米市に行き帰った。その後で「登米~東和インター」が通行止めのテロップがテレビに出ていた。

台風一過の青空が南三陸町に広がる。今日は大仕事の配達と、11時の旧行政区「本浜町」の方の葬儀に出席する。戸倉荒町でも幾つもの地域の方の葬儀にお寺に行った。本浜の人たちが各地に散り散りとなり、共に暮らし思い出の多い地区民の人たちの葬儀の別れの席には、絶対参列したいと思っている。昨日も「弔電」を送った。差出人は「千葉印刷本浜営業所・千葉伸孝」で、皆さんの暮らした本浜町で生きていますとのメッセージと思っている。ぜひ小さな事務所においで頂きたい。昔の「写真」「配置図」があり、昔の想い出話でもしたいと考える。事務所内は無人なので、080-1801-6399まで電話をいただければ、事務所を開けます。

一度は死んだかも知れない人生、生きているんだから、自分が出来る事をしたいし、笑い食べ知らない町への旅もしたい。その目標の達成には健康でないと出来ない。私は今の自分の病気とこれからも、仲良く生活して行く道を選んだ。なんてワクワクする我が人生と自負する。61歳となり色々失っても多くの夢が私にはまだある。
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