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ARCHIVE - 2017年09月

2017
09/22

また見つけた震災物故者の碑


お通夜(逮夜)の時に地元の住職さんの法話に心奪われた。
亡くなられた方の先祖の経過や、法名の意味など20分にも及ぶ説明は、これまで無い住職さんの御言葉だった。総ての理解は無理ながら、檀家と菩提寺の繋がりを強く根強い事を知る。
「1760年の寄進」は、仏像・高楼などがあったと言う。今も本堂と境内に安置されていると、方丈さんは葬儀の席上伝えた。東日本大震災でも大津波の被害が及ばない場所にある寺で、過去の檀家の情報が「加古帖」で残されている。
私の親戚は本堂が津波で被災しながらも、強固な本堂も倒壊したしたものの、過去の伝えてきた物も残ったと聞く。地域内にある菩提寺は、先祖代々の流れを記録し残す場所だったと言う事になる。

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津波で海岸線の町の町並と共に人命が失われ、記録・記憶の多くが海の藻屑となった。100年・千年に一度の大津波の記憶を残す為、我が町では寺院がその役目を果たしている。大震災から6年半が経ち、町で建設する慰霊碑・慰霊塔・追悼の場は、工事の真ん中にある。職員の多くが亡くなられた防災庁舎と、ここから移設された木製地蔵と、雨風で風化しつつある焼香台が、嵩上げ工事の中に隠れ埋もれている。これが南三陸町の震災で亡くなった方々への対応だ。余りにも悲し過ぎる町の考えと姿だ。
この当事者の首長が、10月の町長選で「無競争」となる公算が強い。誰も町のリーダーとなる人材も町から消えうせてしまった。気骨ある人材も町から離れ、選挙資金も無く現状のままで良いと、呆れている町政の実態を嘆かずにはいられない。

昨日、また一つ、そしてまた一つと、震災の記録を残す場所を見つけた。300段とも言う階段を登るとその場所にたどり着く。今月中にはその場から、荒島と海が引き潮で無くなったと言う現在の海を、この場所から現在の風景を紹介したい。
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