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ARCHIVE - 2017年09月

2017
09/04

「俺も被災し者」と言えない場面がトラウマに


南三陸町には昨日3日は賑わいの日と、お祝いごとが多数あった。
志津川高校の文化祭が開催され、志津川中学校の運動会も雲一つない、晴天の中で開催された。中学校の運動会は雨に祟られる事が多く、何回となく延期や、やむなく体育館での運動会を挙行した。夏休み中の連日の雨があり、そのためなのか学校の一大イベントは青空の中での、歓声が多く聞かれた事と思う。
もう一つは南三陸町の本庁舎の開所式があった。ラジオでは災害時に7時間も使える非情用発電機もある事や、新庁舎は被災地の中で一番最初の、自治体庁舎建設と伝えていた。震災前に県内でも老朽化や耐震強度の不足の旧庁舎の改築を行わず、引き伸ばしておきながら、被災地で最初の本庁舎建設を町民はどう感じているだろう。未だに住宅建設が成らない人達や、旧庁舎で津波で亡くなった職員の家族の気持ちを察すると、「複雑」「怒り」「何で合併時に建設をしなかった」など、多くの想いが頭を過っていることだろう。こんな苦しい町民の心を思わず、無競争の町トップが16年目の町政を担う事が確実な状態となっている。不思議な町に、意見の言わない町民の町になってしまった。

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私は小さな家庭菜園の草取りに半日を費やし、晴天の中の作業で汗まみれの衣類を。午後から洗濯をした。午後は来客もあり、地区の全体役員会の資料を作成し準備した。震災後に自宅を建てた同級生やご近所へのお祝いの顔出しに、長野の御柱の「祝い酒」を、震災での交流の中で活用させてもらった。
志津川地区の東団地西工区に「セレブ通り」があると昨日聞いた。震災の住宅再建で、一部の事業再建特需と震災特需で潤った人たちが、一か所に固まり住宅を整備していると言う。偶然だろうか、不思議な住宅形成と私は思う。の話を聴き4軒が一か所に集まり、今後も「お仲間」で町で生活して行く。行政や国の制度を食い物にしなければ良いのだが。

「みょうが」の若芽を昨日、雑草の中から見つけた。みょうが大好きの私の庭に、みょうがの畑が欲しいとの小さな願いが叶い、来年には「みょうが」の収穫ができそうだ。

北朝鮮の6回目の核実験が実施され、政府はこの暴挙を絶対許せないと言う。しかし、これからも起こる北朝鮮の行動に、その度に一喜一憂する事は、北が喜ぶ事に繋がる。
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