ARCHIVE - 2017年09月

2017
09/30

どうなのかなー


28日の「選挙の立候補説明会」に、これまで無い現象が起こっていた。
震災後だろうか支援で入ったボランティアさんが、町長選に「検討段階」と会場に現れたと言う。周囲の話を聴くと、我が社にも来社した方だった。南三陸町の状況を良く知っていて、被災者の現実と、町長や議会の現在の在り方を「おかしい!」と言っていたのを覚えている。それなら「議員に立候補したらいいっちゃ!」と話した。その人らしい?
また、議員立候補に名を連ねる人も、来社し「見積をお願いします。」と来た方があり、名前を見ると名刺を頂いた人だった。何かこれまでの町にない方々達の、「南三陸町への支援の活動?」なのだろうか、この行動に戸惑っているのが現実だ。「しがらみ」の無い方々の自由な発言と行動が、この独裁の一方的な町の方向性を、変えてくれる事を期待したい
選挙になる事は震災復興の活性化となる。議員の活動を町民が「議員としての活動が適正か?」を、投票と言う形で選択選出できる。どうあれ、まだ選挙となるか判らないが、町長選となる事は、町長の震災からの6年半の、復興を町民が判断を下す手段ができた。

我が家には新しいお客さんが毎日来る。私が「動物嫌い?」は動物も良く知っている。今日は、友達の新築祝いがあり仲間が集まる。選挙の話はタブーと決めている。また、同級生の「志津川歯科クリニック」が、被災した旧本浜地区の10m嵩上げした場所に新築され、10月2日から開業を始める。
集まる仲間の大部分が震災で総てを流失した。個々の取り巻く環境の中で、様々な生きざまを共に歩んできた。
「これからも一緒に生きて行こうぜ!」と思うが、還暦を過ぎ、皆がばらばらに暮らし関係も希薄になりつつある感じだ。

スポンサーサイト

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:52 】

2017
09/29

日が落ちて 新しい日の出となるように

170928_170609.jpg
昨日は南三陸町議会の「立候補説明会」が新しく出来た本庁舎三階会議室で開催された。
受付には職員と報道機関が、説明に来場され、受付氏名欄の参加の顔ぶれを覗き込んでいた。会議場いっぱいの立候補予定者の陣営の人で埋め尽くされ、現職の落ち着いた対応が目に付いた。
受付者数は18名で、定員16人に二人オーバーと言う事になる。顔ぶれは現職が15人で新人2人と元職が1人だった。事前の報道の情報では、現職二人の勇退とあと二人の現職が体調を理由に「熟慮」と答えていた。
議会議員の無競争回避は、一期4年間の議員活動への町民の判断と、その選択が選挙でできる。我が町の縁故・親戚・兄弟からみの、田舎の選挙の形で親戚兄弟の多い議員が当選する、そんな昔ながらの地方の議員選挙が今も続いていると感じる。
今回も私は立候補をする事といた。町長の仲間での「町づくり推進」に反対で、反町長を旗印に、将来の若い首長・議会への参画を提言して行きたい。多くの疑問を「SNS」を使って、町と町外に発信していく。町の復興の姿が将来に繋がる事に願っての行動だ。省力化に徹した選挙で、一人でコツコツと活動して行きたい。

本浜
南三陸町の志津川字本浜町の会社・自宅前から、志津川の避難場所の「上の山緑地避難所」の方角を望んだ。この映像からの復興のスタートだった。その歩みを「南三陸マイタウン情報」と「南三陸から愛と死と希望を見つめて」のブログで、全国の人達へ発信している。是非、震災からこれまでの流れをご覧頂きたい。

千葉総合印刷株式会社ホームページ紹介
●ホーム
千葉印刷本浜営業所開設、真入れ法要。
●会社案内
千葉総合印刷(株)本浜営業所開設、志津川市街地案内図。
●専務情報
婚活事業(南三陸町から結婚したい)。長野県飯島町からのジャガイモ支援受け皿活動、東地区「災害公営住宅」の住民への配布と笑顔。広島からの「愛の福袋」支援活動報告。大阪府印刷工業組合「東大阪支部」からの被災地買い物・宿泊支援と交流。など。
●南三陸マイタウン情報
2017年1月から9月までの情報誌を見られます。また、PDFですのでプリントアウトして出力して見られます。
●南三陸町の出来事
≪町の復興状況を掲載≫
ウジエスーパーのオープン(アップルタウン)。さんさん・ハマーレの両方の商店街オープン。サンオーレそではまオープン。など。
●町づくり情報
2017年5月までの人口の動向と地区選出議員数など。東地区・中央区・西区の住宅再建の様子。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:19 】

2017
09/28

南三陸マイタウン情報→更新

千葉総合印刷株式会社のホームページの2017年の上半期の、「南三陸マイタウン情報」の記事の編集を本日更新致しました。新聞のPDFで出力できます。2011.3.11から6年半の移り変わりをご覧ください。(南三陸町千葉祖須郷印刷→検索)牛舎

志津川商店街は写真の場所である五日町の被災地の上にありました。多くのボランティアが震災後に、連日の瓦礫撤去作業の元に、今の町の「志津川さんさん商店街」があります。それを忘れてはいけない。
震災後の復興の姿を月一で2011年7月から発行ょしているのが、千葉印刷(志津川広報センター)です。今月で「復興第67号」の発行となりました。多くの皆様に復興の進む段階を見て知って頂きたいと、続けてまいりました。是非とも我が社のホームページにお出掛け下さい。
さんさん商店街跡地

私、千葉伸孝は南三陸町で61年生きてきました。こんな素晴らしい志津川町・南三陸町の自然と人々に囲まれ暮らしてきました。
結婚して離婚し、出会いがあり悲しい別れを経験し、二人で暮らす事の大切さと、ここで今後も生きて行くため、将来に「生」を繋げる為にも、結婚や彼女が居る事の喜びと、居ない事での生きてゆく苦悩と名悲しみを強く知っています。
明るい南三陸創造の会「南三陸から結婚したい!」の会員募集中です。来月にも会への募集チラシを配布予定です。今後は会員の「集まる会」で交流を拡大したいと思います。
千葉印刷HPの専務情報にお出掛け下さい。
示威最後の稲作


自然美溢れる「南三陸町」で共に歩んで行きたい! この町が嫌いにならないような町ざくりを是非お願いしたい。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:14 】

2017
09/27

最難突破解散?


23.3.11の東日本大震災を政府はもう頭にない。
北朝鮮からの弾道ロケツトの発射などを、日本の最大の危機と言うが、自然災害の脅威と、福島原発の放射能から比べれば、現実的に起こっている自然災害と、今後発生する日本の状況は変わらない。
国政の議員の「弛み」は、今回、公明党の復興副大臣が、議員宿舎に知人の女性を入室させ、議員辞職が発覚・報道後に「議員辞職」をした。国会議員の税金よる優遇体質に問題山積である。
大震災から得た物は自然災害だけでなく、人間が生きる事の意味を知り考えるべきと私は思う。政治劇場は利権争いで、生活弱者の苦悩など、国・地方の政治家は判ってはいない。
安倍総理、貴方の最大の危機なのだと私は思う。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:38 】

2017
09/26

老いを楽しむ そして人生を大切に


志津川東団地東工区では、災害公営住宅の合い間のスペースで、高齢者が「グランドゴルフ」を楽しんでいた。65歳まであと私も3年余り、私も、もう少しでその仲間入りです。青い芝生で気持ち良さそうに白球を追う姿は、復興の足音にも聞こえてくるようです。

仙台ハイランドの跡地からアスファルトの廃材が、5mのスキー場のコース下から見つかった。警察は「廃棄物投棄事件」として調査に入った。私の町でも「戸倉団地」の造成過程で産業廃棄物が見つかったが、被災地の復興途上で、深くこの問題を取り上げる事は、県警・地元警察ではしなかったと記憶がある。罪は罪としてしっかりと調査して欲しいものだ。町でも知っている事を隠し、この問題をおおびらにしなかった。
事情通は誰がそれを行っなったか知って居ても、行政もうやむやのままで団地が出来た。知人が廃棄物の見つかった所には、団地は出来ていなく、私は無駄な工事費利用ではないかと思っている。

170924_125711.jpg
日曜日に「明るい南三陸想像の会」の入会に、男性二人が来た。「弟が独身で誰か居ませんか!」との話に、自分から進んで入会しないと「認めません。」と答えたが、相手と会わせる時には、来て「面接」ですと伝えた。二人のキッカケ創りには、相手を知り問題発生予防には警察への通報など、最善の形で紹介する旨を伝えた。私のメガネに叶わないと、会員とはなれないと話す。誰かれどんな人でもかまわないは、問題発生の原因にも成り兼ねない。
現在は3人の女性と、9人の男性が登録を済ませている。会員募集をチラシ・町ナビ・新聞・ホームページなどの媒体を利用し、会員を募るも、相手の年齢希望に合う人との「キッカケ創り」は容易ではない。希望は5歳上以内の相手を希望する方が多く、マッチングに苦労している。
この日は「バツイチ」の男性も来てくれた。現在は町で一人「災害公営住宅」で頑張っている。50代前半の彼は妻を突然亡くし、自分の余生の為に相手を探しているという。総ての話に耳を傾け「年上でも」と言う。私と同じ「二人の生活」への活動の気持ちが伝わってくる。一緒に頑張りましょうと家から送った。

日曜の「新婚さんいらっしゃーい!」から、男女の出会いと結婚を学んでいる。公務員の彼は初婚で、これまで自分の希望の彼女が居なかったと言う。時代劇好きの彼女も、時代劇の好きな男性は今時いないと、出会いが無かったと話す。彼女の友達のスナックでカラオケを歌う彼、「東山の金さん」の主題歌を唱い、話が合い付き合うようになった。47歳男性と52歳女性は、外で行動し、友達とも遊ぶ、こうした普段の行動で「出逢い」と言う結果を生む。

仕事も恋愛も外で自分から進んで活動しないと、自分の考える目的は達成できない。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:37 】

2017
09/25

私利私略の国政・地方政治

「党利党略」「派利派略」と言う今回の安倍総理の「衆議院解散」。今日の午後に記者会見をすると言う。「働き方改革」「仕事人内閣」など、事ある毎に安倍総理の記者発表は、「自分を自分褒める」と言う、メディア露出方法で、自分はこんなに国を考えているとの、自画自賛にしか聞こえて来ない。
加計学園の岡山理科大で「オープンキャンパス」が開催され、四国の獣医学科が建設されるとの加計氏の、安倍総理の特区政策への後押し行動と見える。まだ開学の審査中である。友達・仲間政治はもうたくさんだ。
国連からの外遊でも、夫婦でタラップから降りる二人の姿は、国政の混乱を何とも思ってない姿に見えてくる。「政治不信」が募るばかりだ。
私だけではない、現在の内閣の混乱で、身内の内閣府副大臣の福田氏が、小池新党に自民党を抜け合流する。これまでの国会の「真実を隠す」、こんな政治に「うんざり」なのだろう。国会議員と官僚の嘘と隠し事への、内部反発と私は感じ讃えたい。民進党からも、そして「日本のこころ」の中山代表も小池新党への合流を、党を離れる行動をとる。昨日の中野正志氏の日曜政治討論の姿に、隠れ自民党なのだから自民に行った方が良い。討論のこしを折る発言にもう「うんざり」していた。

170924_112112.jpg
昨日は洗濯をする。独身男性の仕事であり、独身でも清潔にしていないと、人は寄り付かず、生活が乱れる怖さがある。
国民の心は疲弊し、被災地の生活や、若い人たちの独身主義の拡大などの問題の中で、「安倍のミクス」の成功と、第三弾と言う安倍総理の政策は、日本国民の持っている「底力を削ぐ」政治手法に感じる。消費膳の10%は31年の10月から予定どおり実施し、1%の1兆円を子育て支援に充てると言う。それよりも高齢者増の社会保障と、国民意識の改革が急務だと私は思っている。人間の持っている「自然治癒力」「社会適応力」など、子育て家庭で国が成っている訳ではない。以前の強い国だった頃の時代を思い出して欲しい。

170924_143701.jpg
昨日も「三滝堂」道の駅に野菜を買いに行った。
私の欲しい「なす」は無かったが、駅の買い物場の通路は行き違いをするのにも大混雑で、その盛況ぶりは道の駅の効力を最大限に発揮しているからだろう。
我が町の「道の駅構想」の町長の提案と、商店街の提案を元にしたの、商店主たちの構想があり、他の「道の駅」とは考えが大きく違う。
この計画実施にも、南三陸町の「農協」「漁協」の勢いが消えうせた感がある。道の駅の主導は第一次産業の、農家・漁師ながら、「商工」の関係者の力が町長の後押しで、町の中での勢力が巨大になっている。私の知る漁協の組合・その幹部の力の凄まじさは、行政も従う程のものだった。現在の漁民を守る漁協は、行政の力無くして存在も難しいのか? 決してそんな事は無い。若き海のリーダーに地元の漁業の継続の為にも、行政にしっかり「物言える」、昔のような商店主がならう、漁業の活気と隆盛を昔のように取り戻して欲しい。
私は現在進む道の駅の商店街に駐車場整備の為の構想は反対です。商店主が価格を決めるなどナンセンスで、道の駅の在り方を破壊する行為と思っている。

170924_155136.jpg
イオンに買い物に行く。
下着がパンツ4枚で1900円だ。パンと大好きな「銀だこ」、つまみの買い物も2000円と、その格安で贅沢感を味わってきた。町がこんな一部の人間の為の町政から、私もこれに対抗する行動が、時々行く買いだめ行動にある。
銀たこ店には家族連れやカップルが列を作り、子供達の声が賑やかに、店内に溢れている。昔のような喧騒はもう我が町から消えて行く。それも年々とだ。あるのは観光客の町の誘致活動だけだ。

選挙でこんな生活を望むか? 考えないといけない。昨日は「千葉さん町長にでらい!」、こんな話しも聞こえてくると言う事は、我が町には人財が居ない事を意味していると感じた。




【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:44 】

2017
09/24

先祖の墓の前に座り

私は執念深い人間です。自分の中で整理出来ない事は何時までも、考え苦しみ結果を出して前に進む。そんな生き方をここまで続けて来ました。多くの失敗の中で、一つの正道を歩み続け、多くが損を残し、そこから多くの事を学んだ。決してただでは起きない、そんな私の性格です。

170923_150158.jpg
何時までできるか判らない「墓参り」も、私一人で行くようになり20年は越えただろう。今年は春・秋のお彼岸も、昨年8月の逝去もあり、今年の初盆と重なり何度も我が家の墓地に足を運んだ。そのせいか家庭にも会社にも大きな事件は無い。先祖への感謝がある。昨日も祖母と母にお茶を上げ、残ったお茶で今の我が家の報告をした。何てゆったりとした時間となった。

還暦の同級生の「角塔婆」と本浜の方が建立した「観音様」にも線香を手向けた。「かっこう、ばかり!」と言われても良いが、多くの人達に囲まれ今の私が居る事を痛感している。
未婚のままで亡くなった同級生も多く、この仲間の為にも町を何とかしたいと思う。全国的だが独身者の多く、我が町の中でも同じで、一人でもイイから、そのチャンスを与えたい。先月にはそのキッカケを創ったが、結婚への道は二人にとってもいばらの道で、成功とはいかなかった。独身者にはたった一度の人生、悔いなく自分の為に生きて欲しい。これは自分の結婚問題での経験から、同じ過ちをして欲しくないがある。何もしない生活では結婚や、二人の生活を望むのは「夢のまた夢」である。
170923_152124.jpg

昨日は突然に以外で以外な人が、彼岸で母の焼香に来てくれた。震災後の死亡の情報を知る事は非常に難しい。生活・住宅再建など、津波震災を受けた人しか判らない苦労と苦悩がある。5年を過ぎでその状況が露わとなってきている。身体と精神に異常が出ていると私は実感している。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 11:05 】

2017
09/23

線路の跡地の裏に震災前の志津川の町が脳裏に浮かぶ


先輩に言われ「田んぼアート」の場所へ行った。今年の日照の低下と台風の影響か、赤米の色付きが悪いのか、高台が近くにないのか、アートがなかなか見えにくい。来年はその辺も考慮して作付お願いします。
ここは中瀬町の志津川高校下の、墓地に向かう途中にあった。震災前は家々の隙間に田んぼがあったと記憶する。気仙沼線がその裏を走り、また裏には志津川の市街地があった。この写真だと、以前のままに町並があり、「高野会館」の頭が見える。そんな感じにも見られる。

「田んぼアート」はタコだろうか? これも観光の一端だろ。6年半で初めてこの場所で稲作を行った。日照もあるが中瀬町の圃場した田んぼは、収穫の大部分が牛の飼料用となり、その引き取り価格も高いと聴く。
町が復興しているとのアピールの一つとしての事業であり、1200万のコンバインも町の補助・国県補助からだと言う。これは見せかけの復興か、一歩ずつ進んでいるかは、各々が判断すればいい。

IMG_4959.jpg

隈研吾氏の「国立競技場」の設計建設に、南三陸町の商店街を設計した繋がりで、「南三陸産材」の活用が大きく期待されている。昨日の新聞に競技場のイスへの木材使用はコストがかかるからと、木製イスの使用を取りやめたとあった。隈氏の建築設計家の名声が判るが、その名声と言う言葉だけが、町内の設計した建物に伺える。建設関係者は言う、工期は短く、建設費も安い。正にゼネコンが下請け・孫請け状況が、南三陸町の復興にも垣間見られる。

金沢の「つつみ門」や「雷門」に隣接する建物の設計は、木材を使用した画期的な構造は、世界に誇れる「日本建築」を感じる。地元の建設会社での商店街の設計でも、勝るとも劣らない物が出来た気がし、町民の愛着と震災支援の方々も喜んで来て見てくれた気がする。

南三陸町の7月に完成したスーパー街「アップルタウン」に、有名なラーメンショップの「幸楽園」が完成した。多くの町民が店を訪れている。震災から再建した町内のお店に影響があるのは必至だろう。今日は雨、寂しさと大変さを増して感じる。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:55 】

2017
09/22

また見つけた震災物故者の碑


お通夜(逮夜)の時に地元の住職さんの法話に心奪われた。
亡くなられた方の先祖の経過や、法名の意味など20分にも及ぶ説明は、これまで無い住職さんの御言葉だった。総ての理解は無理ながら、檀家と菩提寺の繋がりを強く根強い事を知る。
「1760年の寄進」は、仏像・高楼などがあったと言う。今も本堂と境内に安置されていると、方丈さんは葬儀の席上伝えた。東日本大震災でも大津波の被害が及ばない場所にある寺で、過去の檀家の情報が「加古帖」で残されている。
私の親戚は本堂が津波で被災しながらも、強固な本堂も倒壊したしたものの、過去の伝えてきた物も残ったと聞く。地域内にある菩提寺は、先祖代々の流れを記録し残す場所だったと言う事になる。

170921_154741.jpg
津波で海岸線の町の町並と共に人命が失われ、記録・記憶の多くが海の藻屑となった。100年・千年に一度の大津波の記憶を残す為、我が町では寺院がその役目を果たしている。大震災から6年半が経ち、町で建設する慰霊碑・慰霊塔・追悼の場は、工事の真ん中にある。職員の多くが亡くなられた防災庁舎と、ここから移設された木製地蔵と、雨風で風化しつつある焼香台が、嵩上げ工事の中に隠れ埋もれている。これが南三陸町の震災で亡くなった方々への対応だ。余りにも悲し過ぎる町の考えと姿だ。
この当事者の首長が、10月の町長選で「無競争」となる公算が強い。誰も町のリーダーとなる人材も町から消えうせてしまった。気骨ある人材も町から離れ、選挙資金も無く現状のままで良いと、呆れている町政の実態を嘆かずにはいられない。

昨日、また一つ、そしてまた一つと、震災の記録を残す場所を見つけた。300段とも言う階段を登るとその場所にたどり着く。今月中にはその場から、荒島と海が引き潮で無くなったと言う現在の海を、この場所から現在の風景を紹介したい。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:39 】

2017
09/21

さんま食べたい!

さんま9.17大船戸
気仙沼市の「海の市」でのさんま祭りが中止となり、「目黒のさんま祭り」がさまんの調達が出来ないと、冷凍さんまを使用して開催したが、集まった皆さんには「美味しい!」と話し、気仙沼市民の活動に感謝の言葉が届いた。
気仙沼港に「さんま水揚げ!」。この時期なら当然の漁港風景ながら、今日は入ったが明日は判らないと言う。志津川の「みうらさかな」さんでは、大が一匹250円で、小が150円だった。りっぱで安い!
まだ手が届かないので、冷凍物の「焼きさんま」を買い求めた。3尾で400円、安い!
父に「さんま買ってきたから!」と言うと、「高いからいいぞ!」、無理して買うなという。サンマも高級品になってしまった。昔は旧志津川港にもさんま船が入港した。何故なら「さんまが獲れ過ぎて安く、気仙沼に水揚げとても安値だから!」だった。市場へ行くと「さんま持ってげ!」と船員の方に言われ、バケツいっぱい持って帰った事を、今も子供心に懐かしく思い出す。私は良き時代に生きて幸せだった。

170920_101519.jpg
昨日、病院と町のケアセンターの間の、テレビモニターから「バスが到着します!」とお知らせが鳴る。アリーナ前のバス停は、病院前に移転したと言う。しかし、高速バス輸送シカテムには乗る人の姿は無い。上りは登米市柳津まで、下りは気仙沼まで、多くの町民の利用者は日々疎らだ。今後、さんさん商店街内に「バスターミナル」が完成すれば、利用客が増加するだろうが、商店街形成が今以上の盛り上がりとなるかは難しいと私は思っている。
170920_101708.jpg
外国の観光客が既に2千万人を突破した。残り3か月も経たずにだ。政府は2020年までに4千万人の観光客の拡大を目論む。しかし、地方への観光客の増加は、国策的に活動しても、東京・京都・福岡など、観光地の客数が増えるだけで、陸の孤島の僻地へは足は向きにくい。地元で暮してきた皆さんの「里帰り」の来町者の拡大を目指す事で、人口が少しでも維持・増加していきそうな気もする。

佐藤仁南三陸町長がまた告訴され、裁判所は「不起訴処分!」となったと、朝のラジオは伝える。何でわからないかな、「首長を辞めて欲しい。」「殉職した職員は貴方の町づくりは望まない。」と家族が言っている事を。

安室奈美恵が今年の25周年記念コンサートを終え、来年までの1年間の、30年9月?で活動を終わる。ここまでデビューから歌のトップを続け、情報には40歳となり自分の幸せの為に生きる。こんな方向性も考えているとスポーツ紙は言う。

県知事選が選挙となる。市民団体が候補者を出し、野党の民進党・共産党などが支援をすると言う。投票結果がどうなるか、地方から「自民一党国家」へ意見を述べる投票行動となる事を祈りたい。

昨日のお通夜と、2軒の焼香を済ませ、今日の葬儀となる。従業員まかせの個人の多忙の中で、感謝・かんしゃ・です。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:13 】

2017
09/20

こんなに多忙でよいのだろうか


昨日は先輩の自宅での焼香の受け付けで、普段話す事の無い多くの人達と会話ができた。震災からの個々の生活に「寂しさ」を感じた。
別の方は10時からの葬儀の自宅からの葬列は、荒町地区に続く風習として、残すべき姿と思った。孫の祖父への「送る言葉」では、参列者の涙を誘った。小さい頃に祖父から教えてもらった多くの事に、「孫返し」しないままで亡くなった事を悔やむ。なんて優しい孫の成長は、祖父の普段の生活に教育があった。
現代は子供達も孫たちも、「自分で育った」かのような考えが、広く世間に蔓延している。こうした親から親へ「教え」が繋がる事で、これまで日本が地域が成り立ってきたと私は思っている。
先月の議会広報を参考にして、「陳情書」を議会に昨日多忙の中で提出をした。内容は「町内の事業所で出来る業務発注は町内事業所へ!」です。現在は議会中で来月には議員の改選がある。議会に混乱は求めておらず、一端議会事務局で預かると言う。今後どうなるか、どうしていくか推移を見て行きたい。

昨夜は知人が「会わせたい人が居る」と8時過ぎに来社した。多くの政治家のスキャンダルを暴き、政治家の乱行をあからさまにした。私にどんな事を求めて来たかは、ここでは言わないで置く。帰ったのは11時近くで、勉強になる議論となった。豊田議員の記者会見の、記者がやり取りで執拗に質問していた、誌記者のやり取りを不快に思ったのは私だけでない。まるで犯罪者扱いは行き過ぎの感が強い。
彼は町の復興や将来の事を語っていた。誰かが「義」を貫き、以前の繋がりのあり、町民輝く町にしたいと言う。多くの情報を聴くと、町の復興とこれまでの事業に多くの疑問が拡大した。「議会議員の若き後継者がいる」「林地区に慰霊碑が建てられた」「行政の不適切な海外外遊」など、知らない事を次々と語られた。震災から6年、南三陸町に住所を移し活動をしていると言う。町には大きな夢を持ち町に移り住む人が居る。この人はそんな皆さんとは一風違った町との関わりを持っていた。

今日は6時からお通夜で、友達の奥さんと別の家に焼香を付き合う。午後にはもう一軒の焼香を済ませたい。今日は「友引」ながら、私には何も関係がない。今日しかない逝去から葬儀の流れがある。午前には役場に用事がある。
友達の不幸の場合は「一緒に焼香する」が通例ながら、仲間達も町内での大事な立場にあり、なかなか皆が一緒とはいかないようだ。

昨日は「父の風邪」との診察を受け、病院にも同行した。今回の逝去の連鎖で亡くなっている方は95歳・90歳・87歳・95歳と高齢者が多い。こうした方々が志津川町を創って基礎を築いた。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:31 】

2017
09/19

荒町は悲しみの中に


私の群馬から志津川に住み、大恩人の10歳年上の先輩がいる、そのお母様が亡くなられた。昨日の午後の火葬は、台風の荒天から一気に大晴天となった。
大震災後に私は戸倉地区の荒町に「臨時営業所」を開設し、それを快く承諾してくれた先輩とお母さんだった。「ガンバライよ!」と私に笑顔でいつも言葉を送ってくれたお母さん。震災から3年間お世話になり、その御蔭で今の会社があると言っても多言ではない。
荒町では17・18日と3人のご近所さんが、天命を全うして天国へ召された。荒町の電気会社の御婆さんは私が御世話になった先代社長さんの母であり、いっぱい遊んでもらい、仕事でも私の会社がこれまであるのも、先代社長があっての事だと思っている。また、私の同級生の奥様の父も逝去された。荒町の友達が私の支援で動き、廻った所がたまたま同級生の奥様の嫁いだ実家だった。「ガンバライよ!」とここでも声を掛けられた。
昨日の朝は商工団地内の自宅の隣の、水産加工会社の一個年上の社長のお母さんも亡くなった。震災前から良く知るお母さんで、父に話すと「会いたかったなー!」と寂しそうに話していた。こんなに身近な人達の御両親が一気に亡くなる事は今までは無く。我が家も父の余生を考え、生きたいように見守ろうと決意を新たにした。

志津川町内の国道は台風の影響でまた通行止めとなった。それでなくても復興工事の為に道路が次々と町中のルートが変わる。旧南三陸警察署の前の道路に当たる写真の場所は、震災後もたびたび通行止めと大雨の時にはなった。水尻川の排水量を超えると道路に雨水が逆流する。現在写真の右側に「新国道45号」が10m近い嵩上げされ工事が進む。あと半年で完成するだろう。八幡川に架かる橋の完成で、南三陸町志津川市街も整備が一気に進む事となる。

170918_132542.jpg

「安倍の、安倍による、安倍の為の解散!」が
来週には発令される。豊田議員が不祥事の記者会見を昨日おこなった。「埼玉にパワハラ議員はいらない!」と事務所前で女性達が声を上げる。埼玉の…区からの出場ながら、自民の公認は無く、別の自民候補が立つ中で当選は難しいだろう。一つの一時の異常な状態の中の発言でも、その一言で自分の人生は変わる。又、不倫・W不倫でも同じで、少しの気の緩みで自分の議員人生が終わる。そうなる前に知人・友人の指摘や言葉で、人生の危機から回避できるし、普段の行いで自然と大問題の発生を回避出来ている。私の人生でもそんな「戒めの事件」が何回かあり、問題に事件にならなくてすんでいる。

今日は10時の葬儀と、午後からは先輩の家で受付をする。同じ地区の親戚の火葬だと言う。こんな事があるんだ。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:25 】

2017
09/18

これからの日本を背負う子供たちの為に

臨時国会開催の9月28日の冒頭に、安倍総理が「伝家の宝刀」の解散を決定するようだ。誰の為の解散かと言うと、加計学園問題の追及阻止の「自己保身」と、民進党のゴタゴタの中で「今がチャンス!」と言う解散。野党は「仕事人内閣」と命名し、まだ2か月余りの中で、働き方改革など何もしないでの解散だと言い、北朝鮮のミサイルの脅威があるのに、今後も続く北の行動に今なら選挙ヴできるとの、安倍総理の決定は、自分の事しか考えてない行動だ。
「都民ファースト」の小池新党の国政への準備が整わない内に、選挙をすると言う党利党略がある。若狭代表の昨日の萩生田副幹事長との議論があった。小池新党は「お金の掛けない選挙」と若狭氏は言うも、萩生田氏の「若狭議員は自民党公認として、補選で当選し、比例区の2回の自民から選挙では、多くの選挙資金が党から出ている。」の発言があり、何も反論は出来なかった。民進党の離党者と若狭氏での新党では国民の指示を得るのは厳しい。小池氏の「国政への進出は考えていない」との発言もあり、都知事になりまだ1年前後なのに、もっと都政に取り組むべきだと思う。
10月22日の投票だとすると、宮城県知事・町の町長選があり、これが無競争の公算が強く、議会議員も未だに選挙になるかは見えてこない。衆院選があるとしても、5区は民進党の安住氏で、6区は自民の小野寺防衛大臣で決定だろう。

今回の議論は自民の「安保法制」での選挙と、「消費税10%」と「加計学園問題」で野党は、こんな争点で選挙となるのだろう。加計・森友学園などの、「お友達政治」の「官僚の自民擁護」など、安倍総理の悪の部分の追及を排除しての選挙は無い。それで「社会保障」の国民生活の根幹に切り込んで欲しい。
一人の国民として、議員主導ではなく、民主主義の正道に帰り、国民主導の政治に戻ってもらいたい。

IMG_5044.jpg
9月14日の宵宮祭から始まった「上山八幡宮」の秋まつりが3日間開催され、17日(日)の日曜は「稚児祈祷」が午前10時から開催され、家族連れの来年1年入学の子供達が、綺麗に着飾り嬉しい子供達の笑顔が満開だった。祖父母も孫の祝いの節目に家族の祝い事を、レンズを透して参加してきた。この町の将来の安泰を私もレンズごしに願った。

IMG_5002.jpg
今以上に恋愛と結婚に積極的に取り組んで!
私の先輩は家業よりも「結婚」を取り、相手探しに南三陸町を離れ、現在は幸せに仙台で暮しています。しかし、自分の住んだ志津川には帰れないし、続いていた家業も終わりました。
これから生まれ変わる町づくりと、新しい家族と共に「新生南三陸町」の再生の一員として、この町で家族を創り生き続けて行きましょう。
写真のような微笑ましい姿を自分の物にする為にも、今の皮を剥がして相手の胸に想いっきりダイブする事が必要です。互いに相手の事を思い、共に支え合い「人」となりましょう。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 10:13 】

2017
09/17

政治は個人の為のものではないのに

政治家・官僚の行動・発言にうんざりの時代となった。
自民の二期生の発言と、政治家と秘書の当選する為なら…何でもする、など、人を人とも思わない物として利用するかのような事件が、次から次と起こっても同等の事が続いた時期から、落ち着いて来たのに。
今日のニュースで驚かされた。世界の会議や外交で政府専用機で飛び回っていたのに、公明党の山口代表との18日の会議に於いて、28日の臨時国会の席上で「解散も排除しない」と言う発言をした。22日の衆院補選を後にとも言い、その結果で解散をすると言うのか。自分の都合と政権を獲得する為に時期を、自分の為に設定する。それは自民党の為だろうが、決して国民の為の行動ではない。国民は怒るべき思うが、優しい国民は平和ぼけしてはいないだろうか。
民進党のゴタゴタで支持率が自民党が少し上がり、加計学園問題の収束と信任を獲得するための政治戦略に走っている。北朝鮮からのミサイル発射問題がある。私も決してグアム島にもアメリカ・日本にも発射しないだろうが、政府の対応は堅実が必要なのに、総理も私のような凡人の考えで、そうでなければこの時期の解散はあり得ない。
我が町も国政も、本当に似てると今の政局をみると思い、こんなにもやる事が同じだ。これまでも政治はこんなものだっただろうか。

170916_141257.jpg
台風18号が巨大な勢力を維持し北上している。大きな被害情報はまだないが、960HP前後のパワーを維持し、最大風速45mの予想も出されている。
そんな中で今日の午前10時から上山八幡宮で、来年入学する小学1年生の「稚児祈祷」が、震災途上の迷路の道を、上の山へ若い家族連れが向かっていた。

昨日は上得意の入谷の及川魚屋さんに、父の希望の「ヒラメと刺身」と、自分の好む「カツオのたたき」を買いに行った。店の川向には入谷地区の八幡神社の一本松の小さな広場があり、そこでは神社の神事や打ちばやしの踊りの奉納が行われる。日時は判らないが大のぼりも立てられ、その前の水田には今年の日照不足の中でも、黄金色の稲穂が一面に生い茂っていた。今年もきっと豊作だろう。

IMG_5081.jpg
町の地区配布物に入谷地区の若者達と子供が映るチラシがあった。花見山構想が入谷地区にあり、入谷「ひころの里」の裏のババ山の斜面に、桜や各種春花木で山を色どろうと言う、「桃源郷構想」が入谷グリーンツーリズムの活動で進められていて、チラシ「花見山ランドがオープン!」もその一つの活動と思う。「入谷の田んぼに、みんなの遊び場」と記されてある。
入谷地区に暮らしを希望する被災者はない。と首長が震災後に言っていた。人口減少が進む南三陸町の中で、人口が増えているのは入谷地区だけである。またの想定外の町の姿がある。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:35 】

2017
09/16

今昔ものがたり

土曜日の朝4時半からNHKの「落語」があり、大好きな落語なから、いつもは朝寝ぼけぎみで見てしまう。今日は内容に引かれ全て聞いた。
設定は40代のバツイチ独身の男性が買い物に行くところから始まる。商店街の店主の地元民を気にかけ、心配しなから噂をすると言う話だった。奥さんと別れ一人で暮らす40代の男性が買い物に商店街に来る。肉屋の店主は、料理もした事の無い彼が「ひき肉300グラム」を買いに来た。料理なんかした事の無い彼の行動を心配し、根掘り葉掘りと会話から始まる。「一人暮らし自殺はしないか?」など拡大した考えが落語だからだ。肉屋の主人は近所の商店街に噂を流す。次に八百屋さんで、玉ねぎ・人参・ブロッコリー・にんにくを買う。店主は小さい時から彼の「人参が嫌い!」を知っていた。「人参を使って自殺?」を言う、落語である。次にスーパーへ、女主人に「デミグラスソース」を注文する。店員に店主は「オーナー」と言わせるやり取りが、言葉だけでもその風景が頭に浮かぶ。商店街では「何で彼が買い物をしたか」と噂が広がる。
家には別れた奥さんが「ハンバーグ」を作ってくれていると言う。人参も甘く煮て付け合わせにした。判れた妻が何でと考え、別れた当時を思い起こす。「少しの歯車のずれ!」と別れた彼女に言う。彼女は最後に何か作って食べさせたかったと話す。「今度再婚する。」と彼に彼女は一言、話す。そんなやり取りを商店街の御主人たちが玄関で心配しなから「聞き耳」を立てていた。そんな落語で、40代の彼は最後に「人参って美味しいんだね!」との落ちで終わった。30分の時間ながら興味を引く、面白い上手な落語家の話しはアッと言う間に終わった。
商店街と地域民との係わりと、共に地域を支えて成り立った地域の商店街の姿を表現していた。昔の志津川には地域ごとに、そんな商店街の出来事があった。地域コミニティーは崩壊し、町づくりも「職住分離」で、そんな住民と商店主の繋がりは我が町では消えうせつつある。観光客のための商店形成は、町民の為の商店では無くなった気がする。朝からそんな町の震災での変化を痛感した。

CIMG6113.jpg
朝5時から山で「ススキとハギ」を摘んで慰霊塔に手向けた。震災で亡くなられた人たちと、祖母・叔母・母に秋を捧げた。これから季節の花を供えようと思う。志津川の地に自然に生える草花の方が、千葉家の女性達には会うし、理不尽な自然災害での死に、町に生まれた一人としてこれからも生きている限り、大震災で亡くなった人達を慰霊し、千葉家の先祖への感謝を慰霊塔に捧げたい。

CIMG6155.jpg
もう一つの発見は、入谷の「すがわらそば」さんが、会社の営業所の少し前に建設中だ。以前は志津川の一番の交差点にあった「せっ港庵」の先代の、娘さんの子供?に当たる方が、志津川の中心に近い場所で、そば屋さんを引き継いだ。後継者の存在はこんな素晴らしい未来が待っていた。子供の居ない事の寂しさを私は再確認した。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:58 】

2017
09/15

自治体トップのお仲間政治

こんな町づくりの形で震災前のような町民が片寄せ合う、そんな町の復興ができるのかが疑問だ。商売を始めるのが、町内で震災特需で潤った方達が、次々とグループ事業を拡大させている。それを支援しているのが、町の長だからその後押しも巨大で安心だ。後は町外から「南三陸町に夢と野望」を抱いた人たちがあり、それを大歓迎して、観光協会の職員に採用し、「南三陸応援団」と言う名で、さも復興の力・ボランティアに感謝と言う。「反対勢力の排除」を政治・政策の根幹として、行政も議会も我が手中に収めている。私は死ぬまで佐藤町政の「反対勢力!」です。

「南三陸道の駅の町長の構想」
さんさん商店街の会長から、商店街に「道の駅建設を!」と要望書が出された。首長の考えどおりの計画と町づくりが進み、議会の傍聴で確かなものと知った。道の駅の運営も志津川の商店街の管理下に置く。「生産した物を商店主が販売する。」と言う。これでは世間一般にある「道の駅」とは違い、普通の商店である。「あら伊達な道の駅」は県内随一の観光客の集客があり、負けない集客率が「さんさん商店街にある。」と町長は話す。今後も集客の維持を図る為、商売の保持・儲けが目的の、町づくりを今後も続け、5期目の町長に立候補する。何も変わらない「津波防災」の軽い町になっていく。

170914_172055.jpg
昨夕は新築祝いの「観葉植物」を買いに登米市に付き合った。南方園芸で多種多様な中から選択した。
その後で5分も係らない「南方道の駅」に行く。ナスが買いたかった。全国的な天候不順で町のスーパーのナスは「1袋300円」もしていた。野菜を中心に、ナス2袋1つ130円、枝豆、ジャガイモ、ゴウヤ、ニラの花、キューリを買い、会計は「1030円」だった。安い・新鮮と美味しい野菜があるのが「道の駅」と私は思う。
170914_192015.jpg
この値段で農家さんに儲けがあるかは判らないが、利益ど返ししての形が「道の駅」だと思う。一次産業の救済があるのに、私の町は何処か違う。車の無い高齢者は町で高い物を買わされると言う、理不尽な町の経済が今後も続く。
農協・漁協が積極的に「道の駅建設」に関わる事が必要ながら、何もしない組合の姿に、関わる幹部の政治に力を持たない事を悲しむ。昔は組合は巨大なもので行政の言う事など、組合の方向性があって、行政の指示は二の次だった気がする。

一日2回の体重測定を励行している。昨夜は「72.2K」で朝は「71.4K」と、就寝中に0.8Kも減少する。そのぐらい汗をかくのかと驚く。また北がロケットを発射した「午前7時」。Jアラートが鳴った、北海道から太平洋に上空通過だ。北朝鮮が日本・ガム島に向け着弾したら、北朝鮮は壊滅するだろう。単なる威圧でしかない行動に、党首の未熟な行動が空しい。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:27 】

2017
09/14

新しいリーダーの取組から

≪商店120社の出資会社「元気いちば」2≫
地元の売り上げを伸ばそうとした「新商店街」の誕生に、120店が集まり商品や農水産品を販売し、市場食堂も開設し石巻の商店・商品を全国に発信している。広大な石巻市の中で、今後も100手社を廻り出品をお願いして行くと言う。来店者の目標を「4万5千人」として、オープンしたが8万人を超える来場者を迎えた。今後は駐車場も改題し、地元民の買い物の場として、観光客の水産品・お土産品の売り場として、石巻「まんが館」の向かいで石巻をアアピールして行くと話す。地元の一時産業の維持と守り、多くの会社が互いに利益が出るよう、若い英知を結集し、市外の支援してくれる皆さんと共に、新たな企画を考え更なる発展を模索している。更なる進化の姿を見て行きたい。同業者の参加メンバーは、「元気いちば」から新たな仕事が生まれていて、集まった皆さんにも協力をお願いしたいと話した。

行政と組合の補助の元での商店街には、資金的に今後に破たんはないだろうか、テナント入所は継続となるだろうか、など人任せは大きな問題が商店街にはある。気仙沼・石巻など近隣市は、個人商店主の経営方針に開店・営業を委ねている。行政が極端にタッチしていない状況の中で、商店主の新しいリーダーが、震災からの復興を多くの商店主と取り組んでいる。人任せは必ず最終末が来るし、行政・商工会にも支援・補助の限界が、必ずやってくる。現町長が在任中は手厚い支援があるだろうが、これがいつまでも続く訳は無い。個々の頑張りで経営を続けるしかない、と私は思っている。

CIMG5809.jpg
印刷会社が津波で流失・全壊しながらも、これまで培った技術とノウハウと、多くのお得意様の存在が、松本社長をここまで突き進めさせた。
工場の再建は「オペレーター」の被災後の退社にともない、再建は厳しいと新たな角度から、事業をネットでの石巻の商品を通信販売し、当初は販売代行でのムダを出て大変だったと言う。6年半の月日の中で支援と仲間の誕生で、到達したのが「元気いちば」だったと言う。これからも以前のような印刷会社の再建を考えている。彼にとっては怒涛の6年半で、後継者も父と同じ仕事に入り、ネット印刷や外注から多くの繋がりが生まれ、将来への「種まき」を着実に進めている。
女性理事の本田さんは、女性社長の活動を伝える、「ダイナシティー改革」への先導者として、全国の女性達と繋がり、女性の「働き方改革」と「女性の参画」の活動報告から、男性社長の多い中で、女性社長の誕生への支援をしている。女性の進出が目覚ましくなり、女性リーダーの必要性を発信している。
我が町にも「なみこの海パツク」「内海さん」「ひころの里」「石泉の女性の活動」など、町内の女性達も農業・漁業や、新たな事業に取り組んでいる姿を見聴きする。
町の個人の個々の小さな活動が、大きな輪となり町の再建がなれば良いと思っている。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:35 】

2017
09/13

被災した復興への再建支援の格差のある町

≪昨日の続き≫
4.水産業の現状は…秋サケと銀ザケの水揚げなどで16億8千万円と、103%の増となっている。水産物の水揚げ減少でも高値がその要因にある。志津川魚市場の「高度衛生管理型市場」の整備により、海産物の認証による輸出など、ブランド化に取り組んでいる。大日本水産会からの認証に向け進んでいる。水尻川の鮭稚魚の生産は1万尾を予定し、今後も鮭の遡上と孵化事業の拡大を図り、水産業の発展を図っていくと言う。「現在の鮭の遡上は河川堤防の整備の中で、直ぐには遡上は難しく、昔のように秋サケが川で飛び跳ねる頃には、水産業も大きく変わっているだろう。(私情)」
4.道の駅の整備について…さんさん商店街に隣接する所に「南三陸町道の駅」の整備を進め、「津波襲来伝承館」も整備し、さんさん商店街周辺に観光拠点を整える。アップルタウンができ住民の買い物場が整備され、さんさん商店街の観光客の来町の場として「二分化」となった。水産業・農業の道の駅での物販は、他の道の駅をみると農・漁協が担っているのに対し、南三陸町ではさんさん商店街の商店の商店主がが、道の駅を担い水産物の販売中間業者として係って行く。町は3年前からマーケテング調査の元で、この場所が最適と決めていたと町長は言い、集客が見込まれる場所の立地を考えないといけない。「南三陸水産品の価格を押し上げている。(私情)」「観光客に新鮮で良い物を格安に買い物して頂く事が一番です。それを高橋議員は言いたかったと思うし、最後に一か所で無く、部な場所に「道の駅」を造る事で相乗効果も期待できると話していた。(私情)」
三陸道の「ストロー現象」の懸念をしていたが、町長は逆ストロー現象と比喩する。観光客の入り込はこれまで、半年で50万人となり、県内の道の駅で最高わ記録している。三陸道の最終点として三陸道の効果が大であると町長は言う。「一時的なオープン効果と被災地支援の入込で、今後もこの数のままで来町者が維持できるかは難しい。戸倉地区の45号線の車の通行は7割も減少した。(私情)」

CIMG5822.jpg
石巻の「元気市場」の事務局の一人と話をした。市の商店復活と観光地の整備を市民と図り、自分達で市場関係者・飲食店・各種業者などで、資金を出資し「元気市場」を立ち上げ、市からも女性を受けオープンとなった。当初は来客も少なかったが、徐々に口コミや宣伝で人が増えた。調査して見ると「SNS効果」が大きかったと話す。リボンアートフェスティバルの開催で、全国から各種音楽家・芸術家などが協力し、石巻だけでなく牡鹿半島の先まで、その活動の効果が表れてきた。「人が夏に盛り上がるのは盆踊り」と、石巻マンガ館の中州での「本踊り大会」は大いに盛り上がったと話す。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:28 】

2017
09/12

議会傍聴雑感

昨日午後から降った雨が夜中に強く、今もシトシトと降り続け、そんな中で今日は仙台の印刷組合理事会に行く。雨は嫌ながら出席のFAXを入れていて、昼食も準備され先月に欠席だったので、必ず行かないといけない責務がある。

IMG_4906.jpg
昨日2日目の議会があり、傍聴は仕事と私用でこの日の午前中だけしかなかった。質問は2回生議員の「高橋兼次議員」で、私の二つ上で歌津漁協の組合長から、地域と漁民代表として議員となり、町全体の漁民や地域の問題を町長(行政)に、質問をぶつけている。さすがといった質問ぶりに納得だった。聴きたい議員の一人だったが、偶然にも高橋議員の質問機会とぶつかった。
傍聴は新聞記者二人と私の3人で、相変わらず町民は町の議会には興味が無いようだ。議会広報で防災無線で傍聴を告知するも、議会と住民の懇談会の参加の少ない事以上に興味は薄い。新しく完成した「議場」にぜひ足を伸ばして頂きたい。

高橋議員は「復興の総仕上げ」の一点についての質問だったが、内容は抱負だった。
1.漁港・防潮堤の整備について…防潮堤工事は進んでいない。漁港は70%の進率ながら、防潮堤は2割だと言う。土地の取得と専門職員の不足など、順調な進捗率とはなっていないと言う。10年間の復興計画の中で32年までの完成は難しいが、町長はその期間での完成を国県に働き掛けていくと言う。既にテレビ放送などで「5年くらい完成は伸びるだろう」とも言っている。無理な事は出来ないと町長も言えばいい。出来ないと判り切っている事を、「予定どおり求めて行く。」は、いったいなぜだろうと感じた。
2.高台の用地の空き地問題は…現在113区画があり全体の一割にもの空き地となっている。今後は一般への公募も始めるが、土地により規制もあり、まずは一桁からの数を募集を掛けるし言う。
3.地域・コミニティーの再生…LSA(ライフ・サポート・アドバイザー)の必要性を町は言う。津波により地域が分断され、避難所から仮設と移り、共同体の醸成を目指し努力している。多くの時間が地域再生にかかる。
4.道の駅の整備について…

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:27 】

2017
09/11

この子供たちの為に


昨日の新庁舎見学会に11時に行って来た。私が行った時点で「100名」を超える町民が見学に訪れ、2時までの間にどれだけの人達が、見学に来てくれるだろう。
知人の課長が2階からの役場の中枢の、町長室・総務・企画課を共に町の状況を話しながら見て回った。こんな事が普通に出来る開かれた町である事を希望したい。「ここはおかしい。」「それはこうなんです。」など、政治の現状を話せた事は、心のモモヤモヤが少しは晴れ、理解も出来た。これは一部の行政職員とその事業と取り組みにだ。
三階は議会で日曜出勤の星議長が、来町者の対応を事務長としていた。現在タブレットの議会使用に取り組んでいて、現在は仮の施行期間だと言う。新たな取り組みはイイが、議員の若返りをお願いしたい。同じ議員の5期6期の長期就任は、日々変わる世論の動きを察知出来ておらず、同様の議論に終始しているようにも感じる。檀上の「議長席」に座るこの子のためにも、また、この子が議会の若き後継となれるように、町の教育・環境・土壌の整備・改革を早期に進めて欲しい。

CIMG6102.jpg
東北大学災害研究所の調査で、行政から「初動対応の検証」「記録紙の発行」「検証で得た課題の繁栄」など、こり三点を自治体から回答を得た。南三陸町は「×」「△」「-」と、震災からの町の取り組みを自己評価した。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:38 】

2017
09/10

南三陸町本庁舎見学会

メキシコで100年に一度と言う地震が発生した。1.7mの津波が発生したが死者は無い。地震での死者は60人を超え、今後も増加すると話す。50年に一度の局所豪雨は海水温の上昇によるもので、低気圧の勢力拡大のエネルギーとなり、920ヘクトパスカルもの巨大台風が発生している。日本近辺への9月の台風発生は今年は無いとも言われているが、発生・上陸は国内に大きな傷跡となっている。今日、台風が発生したが1週間は日本に影響は無いと言う。

アメリカへの上陸したハリケーン「ハーディー」の被害は13兆円以上となり、2度目の「ハルマ」がマイアミに迫り、700万人に避難を呼びかけている。メキシコ湾で発生のハリケーンは、キューバや島々を襲い、洋上を通過し勢力を拡大し910HPまで虚大化する。カテギリー4~5は、風と気圧と降水で判断する。今後も「2℃」の日本近海の海水温の上昇は続き、発生する台風は巨大化する傾向にある。気を抜く事ない台風対策を!

気仙沼の「目黒のサンマ」がピンチ! サンマの水揚げが少なく、いつも不足の時に宮古からの確保を、今年は宮古にも水揚げが少なく、北海道の釧路から調達だと言う。サンマの値段も昨年の2倍で、気仙沼市民の心意気を見せようと、昨年も同じ状況だった。開催を一週間延ばしたものの厳しいと話す。
中国・台湾の食文化の拡大は、サンマ・鮭の領域外での漁となっている。中国は少し前から水揚げが10倍となったと言う。漁体も小さい内に捕獲され、日本近海のサンマ漁も3割も漁体が小さく、量も薄く「庶民の魚」が高級魚となってしまった。

CIMG6095.jpg
昨夜は趣味の料理で楽しんだ。「ナスの煮浸し」をしばらくぶりで作った。チーズ蒲鉾と我が家の最後のミニトマトとオクラのサラダ、そしてお裾分け頂いた「タコ飯」、それにビールを付けた。晩御飯は7時半となった。
フェイスブック友達の料理写真の綺麗な事、いつもは携帯ながら、昨夜はデジカメで撮影した。美味しさが伝わっていますか?

客や用事で午後5時のブログ作成発信となりました。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 17:06 】

2017
09/09

人は気分転換が必要


今週初日の大トラブルの処理があり、部落の全体役員会の製作・通知配布があり、昨日の横浜の仕事を片付け発送まで、ドタバタと一週間を過ごした。
気分の晴れない毎日に、思い切って夕方から仙台の「初ビアガーデン」に行った。2時間ほどで藤崎の屋上に着いた。4時半に呑み放題食べ放題が始まり、90分のパーティーのスタートでした。
我が町には若い女性は役場スタッフのみながら、仙台のビアガーデンは7割が若い女性達で、予想とは大違いだった。ここから恋愛は? 難しいながら目の保養となった。午後4時半からの始まりで、6時頃には40人余りで、椅子はガラアキで、1割の入場者しか無かった。「花金」と言われる週末9時ごろには、しばらくぶりの晴天に多くの酒飲みが集まる事と思う。行って見て解ったが、総てが空の下で今年は営業があがったり、だった事を思った。
170908_174747.jpg
仙台の一番町には多くの人が闊歩し、服装も夏から秋の装いに、正に私にとってはファッションショーと言った感じだ。またには人ごみ仙台もイイなと、ひと時を楽しんだ。
今日は「仙台ジャズフェス」で多くの人達が市内に集まるだろう。日々賑わいの仙台は一戦を離れた人たちにとっては、安らぎと癒しの都会と言った感じに映った。
170908_162213.jpg

南三陸町議会の9月定例会決算議会が昨日から始まった。いつもの議員の8人が登壇し町長に質問する。これで何が変わるのだろう。今、質問する意味が解らなくなった。「兼業の禁止」「病院に透析部門を」「スーパーの早期誘致を」など、私が指摘した事は現実となってはいるものの、質問の空しさを一部感じる。何が一番町民に取って必要かにある。町長がやり易い事だけではなく、国県の事業を精査し町事業として議会に答申するのが行政と、私は常々思う。町民が「住みやすい町づくり」が、行政と議会の仕事と考えている。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:59 】

2017
09/08

こんなに政治家の不正・倫理観なき中で

民進党が前原代表となり新たな船出は、一人の政治家の危機感の無い行動で大変な事になった。
山尾志桜里議員の9歳下の弁護士との、相不倫疑惑騒動が文春の記事で発覚した。自民党の宮崎・中山・今井議員の不倫問題で、こんなにも世間が騒いでいるなかで、民進党人事で前原新代表は山尾氏を「幹事次長」に大抜擢の方向で進んでいた頃、山尾氏は相手とホテルで過ごしていた。党の一大事の時に、妻子ある男と密会をしていた。いくら政策ブレーンであっても、その危機感のなさと世間の動きに鈍感な行動は政治家として向いて無く、なるべきではない人間だったようにも思える。弁護士の奇行が目立つ政治家たちだった。。
安倍総理に向け「保育園落ちた、日本死ね。」の発言や、「大臣能力の無い大臣登用」など、一強安倍政権を批判していたのに、ブーメランのように自分に跳ね返ってきた。民進党のジャンヌダルクと言われ、若き民進党救世主も持ち上げられた。「ジャンヌは最終的に火あぶりの刑」になったと、政治解説者が話していた。まさに自分ひとりで政治家の今後の再建が目の前にある。国政補選が愛知県である来月の選挙前の、民進党の問題発覚は逆風となり、安倍政権の3選挙区で全勝の流れを生んでいる。
昨夕、山尾氏は民進党を涙ながら「離党」した。その前にこんなにも政治家の人道を外れた行動で、大きな身体変化の状況を目の当たりにしながら、週刊誌の対象となる行動をする鈍感さに、一般人でも判る「やってはダメ」な行動をとっていた。恋は盲目では済まない。政治家の末路がここにある。
世論が政治家を捌く、こんな世の中になれば、日本の政治は変わるかも?

170906_180400.jpg
一昨日初サンマを刺身でいただいた。油が載っていて最高に美味い気仙沼水揚げの新鮮なサンマだった。「味覚の秋」となり、旬の美味しい食べ物に囲まれ、太りそうだ。しかし、現在の体重は初夏じきの74Kから、今日は「70K代」まで減った。病気悪化か、注視していきたいが、太り過ぎのお腹を引き締める為に食事に気を使っている。

170907_181926.jpg
仙台で全国牛の品評会が仙台大会の「夢メッセ」で開催されている。宮城の高校生は、大会に参加し5位入賞ながら涙ながらに、優勝できなかった事と、周囲の人達への感謝を話していた。宮崎県代表の女子高校生も、この大会に臨む姿をカメラは追っていた。大会の経済効果は100億を遥かに超え、宮崎牛は前回の開催地で、この名は全国へと強く発信され、売り上げが大きく増えたと言う。外国からの関税引き下げや飼料の高騰、そして後継者問題など肥育牛農家の厳しい状況は今後も続くが、若き高校生の熱意の継続が、肥育牛農家に一筋の灯りに感じる。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:11 】

2017
09/07

異常な街の復興と今後


戸倉地区に「東日本大震災復興祈念公園」を見つけた。震災後の町の復興計画の中に、この名称を聴いている。
29年7月30日に戸倉西戸地区の旧集会所のあった場所に、戸倉西戸行政区・契約講などで、慰霊碑が建設され49名の犠牲者の名前が刻まれた石碑の除幕式が、地区民の他に町長・議員など60名が参加し、開催されたと言う。町長参席は嘘でしょうと感じるが、戸倉の議員さん達は全てが町長派と私は思っているので、参加依頼されたとしても不思議はない。
各地区での慰霊祭に参加したとの話は聞かないが、「政教分離」の中で宗教もその一つを以前、議会で聴いた。町は寺院・神社への復興支援はしないと言った事を思いだす。地域住民の神聖な寺院へ続く道の整備は、町民にとって大切な道、被災した現地の道路はズタズタで、早期の整備を訴えたが実施はされなかった。
800名の犠牲となった方達の名を、防災対策庁舎の跡地に、モニュメントの中に名簿として納める町の考えがある。沖縄や奥尻地震での犠牲者は、「平和の礎」のように、総ての犠牲者の名前が石に刻まれ、いつでも亡くなられた家族が永遠に残され、津波の脅威を後世に伝えられると思う。私は津波犠牲者の名前を刻む慰霊碑建立の活動をしていきたい。

石巻の駅前に完成した「石巻市立病院」が開院7か月を迎え、現状がニュースとなった。150床のベットの稼働率は50%で、目標の6割程度に留まり、経常利益は1億円の損失となっている。と言う。患者の収益から病院運営経費を引いて1億は月々1千500万円の赤字となる。原因に医師不足と、高齢者の各種病気の総合診療を上げていた。地方の大都市でも病院の経営は大変のようだ。我が町の病院経営はそれ以上に大変だ。月々3千万円の赤字と聴いている。

170903_110743.jpg
9月に入り透き通るような晴天となり、布団が気持ちよく風になびいていた。この天気が夏休みに半分もあれば、町の海水浴場もきっと賑わいを生んだはずなのに、来年に期待したい。お祭りも雨に祟られ、人出は今一つだったが若者たちの熱気が、9月の広報に溢れていた。広報と言えば町の「本庁舎完成」の写真が美しい。人口動向を見れば7月届けて分ながら、出生が2人で死亡が23人だった。これを見れば21人の減少で年間「240人前後」の減少進み、10年で2千400人が減少するこの現実に驚く。震災で、復興途上での町民の流失があり、高齢化率の上昇と30歳までの女性の少ない町の、「消滅都市」という調査報告は、この町の将来の悲観的な事しか私は浮かばない。若き先導者の出現が必要で、もう待った無しなのに、政治への関心に町民は薄く、相変わらず「可哀そうだから!」の優しい町民性が、自分たちの生活の厳しさに繋がっている。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:15 】

2017
09/06

人生最大の仕事での損失

印刷業に係って最大の損失となった。
発注側があり、受注がある。発注側から依頼された物は、相手の校正・確認を頂き印刷に回す。互いの多忙から相手を信頼してのやり取りながら、どこかで「大丈夫だろう」「忙しい」「油断」など、そこには必ず原因がある。相手を信頼していたからでは済まない。期日の少ない物の仕事だった。
「トラブル処理は速やかに!」は営業の基本の基本だろう。発覚から3日で相手の承諾を受けトラブル処理となった。相手への感謝と自分への戒め、「また戒めか?」と、自分に情けなくなる。最小の相手への迷惑で済ませた。
代償は2日間の睡眠時間4時間と体には良くない。20代30代なら寝なくても元気な時代は終わり、どんな形かで身体の状況が異変するかも知れない。無理せず仕事して、その時は思い切って休もう。大事な時期に限って何かが起こる。これが我が人生です。

170905_185545.jpg
昨夜の食事は貰いもので済ませた。友人からの「牛タン」と、叔母からの「秋味ビール」、知人からの「マツタケご飯」だ。皆さんには贅沢と言われるかも知れないが、貰いものだからただである。しかし、御付き合い会っての「やり取り」、互いの付き合いが深いほど、こちらも気遣いながら付き合いを続けている。今後は付き合いの簡素化を考えないといけない年になった。冷蔵庫の肥しと成らないうちに、冷蔵庫を片付けた。

今日は本浜営業所に自販機が設置される。電気の通電に土地の引き渡しから5か月もかかった。土地の引き渡し時には、電気も来ていて当然だろう。だけど被災地「南三陸町」は違う。私みたいな一般人の一般人には、行政の対応は鈍く不親切だ。通電依頼を町内の電気屋さんに自分で依頼し、1か月半を要しやっと電気が付いた。
自販機は高台の自宅に2社が係わり撤去、次は我が社では場所的に無理です。と断られた(コカコーラ)。我が社には自販機設置は出来ない。と思っていた所にある自販機会社が、低地部に置かせて下さいと来社した。一番大きい自販機で「10円引き」にして販売する契約を済ませた。

何になるかわからないが、限られた時間、何でもしたいと思った事はして行きたい。実益は伴わないが、楽しく人生を送りたいものだ。営業所企画として、七輪でサンマを焼き「一人ビール祭り」でもしたい。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:30 】

2017
09/05

60歳でも志津川で結婚したい

結婚ドラら
NHKの連ドラの、鰹節会社の経理を担当していた「あさ子さん」が結婚をした。自分は結婚しないと言い、あさ子を好きな「赤井」からのプロポォーズに涙した。
 お得意さんの社長からもこの頃に、パートナーとて一緒に仕事をしたい!と言われ悩んでいた。社長も60歳近くで、これからは社会に恩返ししたい!「一緒に仕事してくれませんか!」と、社長の積極的な言葉と将来への生き方に感動し、50歳にして「初婚」での結婚を決意する。
 年齢はやつぱり「結婚」には関係が無い。新たな結婚スタイルとして、こんな姿があるとテレビの「フィクションドラマ」ながら思った。
 自分の生き方を、積極的に思いを伝える!こうした事が女性の「結婚決意」させるには必要だと思う。自分の生活ため、仕事が大変、親が年老いて、何とかしたいは、相手を馬鹿にしている。二人の「気持ちの一致!」が欠かせない。この事を「バツ一」の私は経験からも知っている。
 共に結婚する為の「学習」「環境づくり」「告白」など、結婚について考え活動しましょう。

IMG_4826.jpg
先週小学校に行った折、志津川地区の中央の高台に整備された「中央区」を見て来た。見る限りだいたいの住宅再建が済んではいるようだが、国道側の住宅地の建設が今進んでいる。仙台のベツトタウンのような中央区の家並みを見ると、あの志津川の風景とは信じられない変貌に、震災復興の終末棋を実感させる。
多くの住民が震災で高台に住宅地を整備した。町の復興計画が順調に進んでいる。新しい地区で新しい営みや、コミニティーが生まれようとしている。

造成地も6年間の期間を要し、土地が余り一般の人に販売も現在進められている。南三陸町に一緒に住んでみませんか。新しく生まれ変わる町を共に創造して生きましょう。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:03 】

2017
09/04

「俺も被災し者」と言えない場面がトラウマに


南三陸町には昨日3日は賑わいの日と、お祝いごとが多数あった。
志津川高校の文化祭が開催され、志津川中学校の運動会も雲一つない、晴天の中で開催された。中学校の運動会は雨に祟られる事が多く、何回となく延期や、やむなく体育館での運動会を挙行した。夏休み中の連日の雨があり、そのためなのか学校の一大イベントは青空の中での、歓声が多く聞かれた事と思う。
もう一つは南三陸町の本庁舎の開所式があった。ラジオでは災害時に7時間も使える非情用発電機もある事や、新庁舎は被災地の中で一番最初の、自治体庁舎建設と伝えていた。震災前に県内でも老朽化や耐震強度の不足の旧庁舎の改築を行わず、引き伸ばしておきながら、被災地で最初の本庁舎建設を町民はどう感じているだろう。未だに住宅建設が成らない人達や、旧庁舎で津波で亡くなった職員の家族の気持ちを察すると、「複雑」「怒り」「何で合併時に建設をしなかった」など、多くの想いが頭を過っていることだろう。こんな苦しい町民の心を思わず、無競争の町トップが16年目の町政を担う事が確実な状態となっている。不思議な町に、意見の言わない町民の町になってしまった。

170903_103613.jpg
私は小さな家庭菜園の草取りに半日を費やし、晴天の中の作業で汗まみれの衣類を。午後から洗濯をした。午後は来客もあり、地区の全体役員会の資料を作成し準備した。震災後に自宅を建てた同級生やご近所へのお祝いの顔出しに、長野の御柱の「祝い酒」を、震災での交流の中で活用させてもらった。
志津川地区の東団地西工区に「セレブ通り」があると昨日聞いた。震災の住宅再建で、一部の事業再建特需と震災特需で潤った人たちが、一か所に固まり住宅を整備していると言う。偶然だろうか、不思議な住宅形成と私は思う。の話を聴き4軒が一か所に集まり、今後も「お仲間」で町で生活して行く。行政や国の制度を食い物にしなければ良いのだが。

「みょうが」の若芽を昨日、雑草の中から見つけた。みょうが大好きの私の庭に、みょうがの畑が欲しいとの小さな願いが叶い、来年には「みょうが」の収穫ができそうだ。

北朝鮮の6回目の核実験が実施され、政府はこの暴挙を絶対許せないと言う。しかし、これからも起こる北朝鮮の行動に、その度に一喜一憂する事は、北が喜ぶ事に繋がる。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:38 】

2017
09/03

もう遅いのや!


死者800名と未だに行方不明者200名の代償は余りにも大きい!
今日の町の庁舎の本設にあたり、旧庁舎の津波での流失があり、それを回避できた合併時の「新庁舎を両町の中間に」の約束を、無にした当時の新町長の決定は、余りにも残酷な結果を生んだ。
その町長が合併10年を経過しても、未だに町長を続けている現実に、町民の力の欠如を感じる。改革派の町民が町を去り。津波の影響を受ける町民は政治には何の興味も薄れ、それを良い事に町の運営は「お仲間」で、自分達がやりたい様に「まつりごと(祭事)」として、観光一色の町づくりをしている。

亡くなった町の職員の、仇討として「我こそ町を良くする」と言う。そんな職員は町には居ないのだろうか。43人の殉職職員の意を継ぐ人材は、ある力により「つぶされている。」、そんな勢力が強くなっている。

今日の開所式の報道が朝からあり、「震度7に絶えられる」「自家発電整備」「災害の備蓄」「南三陸産材活用」など、もう遅い、「遅いのや!」と私は思う。未来の町の為になるかは、今後の政治の経過を見極めて行きたい。

また、私が意を決した議員出馬の町への、異議申し立てた問題の、「プロポーザン」での印刷入札が現在進む。私の今の力では難し印刷物が増えた。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:30 】

2017
09/02

見覚えの顔・顔


昨夜、何気なくNHKにチャンネルを回す、南三陸町新庁舎開所を明日3日に控え、役場の業務が終了と同時に、仮設の庁舎から本設のモダンな庁舎への引っ越し作業が放送されていた。
震災時に小学校6年生だった須藤さん、役場職員となり真新しい新庁舎の椅子に座り、気持ち良さそうな顔をしていた。三浦課長は言う「町民の皆さんが笑顔に戻るような町になって欲しい」と言う。開所にあたり防災庁舎の赤さびのような鉄骨に向かい、亡くなった同僚43人に手を合わせ、当時の事を思いだしていた。三浦さんは津波で屋上から流され奇跡的に助かり、震災後に結婚をされたと聞いた。
170831_160350.jpg

仙台放送の「オー! 晩です。」の放送が2日続け南三陸町からあった。アリーナでレシートのナンバーで、すし券がもらえるコーナーには15人の町民が集まり、その中にはわざわざ気仙沼から来て方もあった。初めは知らない人ばかりと思っていたら、阿部さんと元役場の方など懐かしい顔があった。ナンバーでは一番近い数字のおばあさんに当たった。
昨日は南三陸の「キラキラ丼」の、「秋旨丼」を紹介していた。さんさん商店街の跡地に入居していた方が、新しい飲食店を同じ場所に8月にオープンさせ、震災で有名になった店主が紹介していた。旬の獲れたてのカツオをメインにした丼で、他にウニとサーモンと白身魚が丼に盛られていた。
メディア戦略に長けている町が見えてくる。もっと新生活者の活動や、笑顔で生活している姿を、沢山報道して欲しいと思う。震災から7年目、人々の生活に震災後の疲れと、しわ寄せが今現れてきている気がする。

首長の15年の町長任期で、老朽化した庁舎を移転新設せずに、両町議会の合併時の町との約束を破っておきながら、震災からこんなにも早い庁舎建設は許せない。町民の中から選ばれた人による審議会は、町長の意向があったと思う。約束通り建設していれば、多くの職員と町民が沢山助かったと私は思っている。
10月28日の町長選は「無競争」となる事が有力となっている。19年となると
私の知る限り志津川町と南三陸町の歴代町長の中で最長となる。震災で大きな力を与えてもらった人ながら、もっと総ての町民に優しい人が、町長であって欲しかった。「一強独裁政治」の中央政権の姿に良く似ている。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:40 】

2017
09/01

宮澤さんありがとう


長野県飯島町の宮澤さん・竹澤さん、じゃがいもの物資配布に集合住宅の30名以上の住民の皆さんが集まって頂き、喜んでくれました。南三陸町の被災者の方で、被災して初めて物資貰いましたなど、皆さんから感謝されました。本当に被災7年目にもなるのに感謝いまします。住民の皆さんに変わり御礼を申し上げます。
午後1時半からの配布でしたが、1時には待っている方もあり、時間を待たず配布終了となりました。今も電話で「配布は」と連絡が入りました。丁寧にお詫びしました。また、物資来た時に配布を致しますと伝えました。貰う人達の笑顔に、私も幸せな気持ちになりました。
友だちの入居者の方が「スタッフの皆さんに!」と缶コーヒーの差し入れを持って来てくれた。だけど「私一人の活動です」。私の周囲の他の人は、そんな余裕はないか、私が手助けを願っていないからです。人に頼らずここまでやつてきました。だけど「多くの人のお蔭」と感謝しております。行動は一人で自由にやっています。

CIMG6093.jpg
チラシも自分で作り、災害公営住宅へのポスティングで、こんなにも多くの人が来てくれました。A・B棟も多くの方々が来てくれ、今回のE・F棟も半分の人が来てくれました。「こんどI棟にもお願いします」と、要望も聞かれた。まだまだ私のやる事はいっぱいありそうだ。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:23 】


TOP