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ARCHIVE - 2017年07月

2017
07/29

また震災後直後の話に驚く


こないだチラシの折り込みに石巻の新聞店に行き、その前の広大な豆畑に「枝豆がもう少し食べられる!」、こんな事を思った。
石巻市は昨年260万人の観光客があり、今年は300万人をめざし、多くのイベントが企画されている。「綱引きで世界平和」と言う知人の内藤さんも、石巻のイベント企画をフェイスブックで発信していた。

今日の天気は「曇り時々雨」という天気になった。太平洋上の迷走する台風からの余波で、「3m」の波が宮城には出ていた。気温も「27℃」と海水浴は……」と少し寒いかも知れない。
南三陸町の夏祭りのトコヤッサイも花火大会も、厳しい天気となった。今日の予定には「サンオーレそではま」の海水浴場の賑わいを撮影する予定だったのに、残念でならない。町は震災前と同じ程度の4万人の入込数わ期待している。

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震災後は志津川地区の高台の「旭が丘」に避難し、先月亡くなった叔父と大津波襲来の全てを見ていた。その叔父も今はいない。当時「日テレ」のスタッフが津波の取材で叔父の家に行き、当時の事を話して欲しいとの依頼に、叔父が私を勧めてくれた。放送も見なかったし、その後は南三陸町の被災地の状況を自転車で、戸倉地区の荒町から、一次避難場所となった横山から登米町へと行き、北は歌津泊浜まで行って被災と避難状況を確認し、アリーナの震災対策本部に伝えた。日テレのCDはその後届いたものの、いまだに見てはいない。

昨日は志津川地区の避難場所から二次避難し、志津川東地区の災害公営住宅に最後の住家と決めた方と会った。避難場所や仮設・災害住宅に入居するまでの、苦難の状況と行政の混乱での? 行政の理不尽な対応と、行政と町長に近い人間の「心ない暴言・行動」を聴く事できた。津波被災と混乱の中でも対場の弱い「弱者いじめ」を受けたと言う。被災者の為に、自分も被災者ながら何かをしてあげたいとの行動を、全否定するかのような「ぬしゃなにしてんのや!」だ、普段口にすることもはばかる言葉を、現在町民のトップとして活動している町民の発言に驚いた。弱者や何も言わない町民への暴言に驚く。その言葉を私に向けて欲しかった。私は五月蠅い人間であり……。

私の震災後は、避難場所に行くのは情報の確認と、「今なにが必要か」「今後どうすれば良いのか」など、志津川地区の町内の避難場所となった、志津川小・中学校・高校・入谷小を廻り、その他にも歌津中体育館や泊集会所などにも足を運んだ。町民はその時に津波の恐怖に、泣き出したり震えたりした光景があった。そんな中で町を代表するリーダーの行動は、少しの落ち着きとなった今だから話せる。

町民の4千人が地区から消え、志津川しか帰える場所が無いと、帰って来た60代70代の今後の生活は大変さしかない。行政が今後は支援・補助する体制が必要だ。私には「ばらまき」に見える、多くの支援は町長の自己保身の政策とか見えない。

10月の選挙は未だに「対抗馬」もなく、16年目の佐藤独裁政治が続く。国政と同じで、批判する受け皿がないのが実情だ。震災前に暮らしていた町民の中には、町長の政治姿勢を嫌い町から離れた人たちも少なくない。高台の災害公営住宅にも、入居者のいない部屋には電気が付いていない。

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