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ARCHIVE - 2017年07月

2017
07/22

支配からの脱出


昨日は母校の「志津川高校同窓会」の総会があった。その席上で私の義理の叔父が20年以上続けていた役員を辞めた。私も今年で第二回目の志津川高校を卒業する。仙台支部の支部長も変わったと言う。政治の勢力が町の教育環境まで、自分の力を鼓舞するように、町の人間構造が変化してきている。

以前の志津川町は色々な人間の考えがバランス良く配慮され、その住民の個々のパワーが町の発展へと繋がって来ていた。現在は一つの大きな力の方向性のままで、町づくりが行われ、その間には「ばらまき」としての資金提供がある。その資金は町民の為に使わないといけないが、仲井同志・相互のもたれ合いで、住民への国の交付金や町民・国民の血税がここに使われている。これは理不尽な独裁町づくりと私は感じている。

形を変えた資金提供感が強い、町の財源の活用と見えてくる。被災地の子育て支援支給や、今回の高校の学習支援は何故かと考えた時、大震災後の人口減少があり、町が対策を講じない事に責任を感じる。その時にもっと大胆な町の再生対策が取られない結果が今にある。自分で傷を作り自分で治療するかの様で、その自分の力の無さを国税・町税で補てんする、責任の取れない首長がそこにいる。

私が卒業後に母校の高校との係わりは、10年前頃の加藤校長時代からだ。中高一貫校が始まるころで、一貫教育の不備を友達と当時の校長と議論した。その前の阿部清一校長も工づ川出身で、町とは一線を隠し距離を置き、地元の高校教育を実践していた。震災で厳しい状況とは違えと、高校教育の原点を踏まえた教育指導者がここにいた。生徒の減少への対策を町と共に対策を講じる為に、現山内校長は同級生ながら、地元の厳しい時の最後の場所が母校の校長として、全精力を傾けこの危機を乗り切ろうと、あらゆる活動をしている。しかし、活動資金には限界があり、その助けの手を行政に求め、「南三陸町の発信」と言う考えの、町長と校長の考えの一致から現在がある。
教育現場には佐藤町長の、商工会・ライオンズクラブなどから、PTA会長職やPTA会員まで、その仲間を増やしつつある。仙台商業高校卒業の町長を、志津川高校の最高顧問として迎える現状に、志津川の人材の不足と「志交魂」が薄れて行く現実を感じる。

更なる長期政権の根回しがここにある。佐藤町政の政治に反発する町民は町を離れ、だれも町政に意義を言う者などいなくなった。私のエネルギーも残りわずか、最後まで「反骨魂」で大好きな志津川町で生きていきたい。
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