ARCHIVE - 2017年05月

2017
05/03

3日は憲法記念日


この写真は志津川地区の中瀬町で、一か月前に行った状況と大きく変化していた。水尻川から川沿いを大雄寺に向かう道路には、多くの家々が建ち住民の営みがあった。しかし今は、津波で難を免れた家が、小高い場所に一軒ある。世間では全国の被災地で「残った事で国の手厚い支援が受けられない。」と、家が助かっても地獄だと言う。
平民には現在進む工事が「何の工事か?」など知るよしもない。河川堤防と川からの用水路の様にも見えるし、鮭の孵化場にも見える。こんなにも多くの事業への設備が人口の減少の町に必要だろうか。
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昭和35年5月24日の私の誕生日に「チリ地震津波」が志津川・歌津を襲った。我が家はそのままで二階部分を一階にして、20年も暮らし、その場所で新築し約30年目に津波で流失してしまった。50年・100年……千年に一度と言われる大津波、「職住分離」の高台への移住は、国と行政の勝手な考えで、もっと議論を町民とする事が必要だった気がする。町民は大震災に打ちのめされ、議論の気力もなく行政の指示のままの選択肢となった。
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安倍総理、南三陸町の志津川地区のさんさん商店街までの来町ありがとうございます。先週オープンした「ハマーレ歌津」にも是非来場下さい。新復興大臣はこれから気仙沼市と言う事で、必ず歌津には回られたと思います。明日の報道が楽しみです。もし、寄らなかったら前今村大臣と大差ない、新大臣としか思えない。
フェイスブックには多くの反応があった。「いつも同じ場所ですね。」が印象的だった。天皇陛下が被災地を訪れたのは、歌津地区で伊里前小学校の校庭からで、伊里前地区の被災地と歌津湾の、深々と御霊へ頭をお下げした。「被災者に寄り添う。」と言う事はこう言う事で、自民の歴代復興大臣と、民主のある大臣の勘違いした発言も思い出す。「もう言葉だけの、寄り添うはいらない。」「復興交付金が全てではない。」、こんな思いが募ってくる。

政府も行政も、もっと広く町民の意見を聞いて欲しい。パブリツクコメント「住民意見」を、道の駅の在り方について住民に問うと言う我が町の町長。防災庁舎の保存・解体を、町民から14%の意見提出を民意という、行政の方向に沿った勝手な判断があった。まさか又こんな自分勝手な判断はもう許されない。
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