ARCHIVE - 2017年05月

2017
05/27

久々の雰囲気に酔って


一週間前に友達に誘われ「楽天vs西武」の試合を、昨夜楽しんで来た。
南三陸町は雨、天気予報も傘マークで「雨の応援は嫌だなー」との想いで、仙台「コボスタジアム」へいった。球団グッズ売り場は新しく新設され、球場の雰囲気も大きく変わっていた。指定席に付いても靄っているだけで、7回までは天気はもってくれた。
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エンジの風船飛ばす7回裏は、楽天ファンの緊迫した試合の中で、弁当もビールも少しの寒さの中で、野球を楽しい気持ちで見る事ができた。その後はスポーツニュースでの通りでした。野球好きの仲間と楽しいひと時を過ごした。しかし、5日前に発覚した私の「帯状疱疹」の体調で、不安の中での自分の応援だった。
震災後はいつもの友人たちと1回だけ行った。5年後だっただろうか? 仲間達まではファンではないが、楽天ファンや野球ファンの応援の熱気に酔った。最近では楽天選手も則本投手ぐらいしか判らない。雰囲気だけを身体で感じて来た。
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楽天イーグルスの森投手の6回無失点の好投だった。8回に救援の森原がピッチャーフライを取れず、大炎上の5失点、一つのキッカケでおしい一勝を逃した。まだまだ貯金はあるものの、最終結果に影響でないよう、一試合一試合引き締めて「頑張れ東北楽天イーグルス」。
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西武の岩手出身の「菊池投手」の、素晴らしいピッチングだった。岩手の一つの高校から菊池投手と大谷投手の、日本を代表する剛腕投手の2選手の排出は、監督なのか、環境なのか、素質なのかを知りたくなった。
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2017
05/26

愛の福袋の活動の一日

世界平和女性連合の「愛の福袋活動」は、震災の年の8月から世界の女性支援の活動を中心としていたが、東日本大震災での太平洋沿岸の、今世紀最大の自然災害への被災地支援に、関東以南の会員がグループをつくり、福島・宮城・岩手の大被害三県に、今直ぐ必要な物をとして物資の配布支援を行った。あれから6年目を迎え、一昨日の24日に支援のキッカケとなった、南三陸町の袖浜「明神崎荘」を宿泊拠点として、29年6月の活動を行った。
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仮設からの被災住民の住居移転が進み、ひとつの区切りとしての仮設住民への「愛の福袋支援活動」があり、今回は南三陸町への活動報告をした。広島の4名の会員の方がこれまでの活動の資料を携え、最最知副町長と高橋総務課長と面会した。4名の会員は、「仮設の今後」や「生徒数の現状」を聴き、それに対して親切に町では答えてくれた。
次に入谷地区の2仮設を廻った。旧入谷中学校仮設は33世帯のと有るが、昨日現在で10世帯となり、来月中には5世帯が住宅再建により移転して行くと言う。岩沢仮設は18世帯ながら、昨日も引越しの入居者が引っ越し業者による、2代のトラックと共に、移転地へ向かっていた。ここも5世帯前後となり、今後の移転を不安視している住民の声も聞いた。
午前の最後は「のぞみ作業所」の視察で、通所生への「もみじ饅頭」のお土産と、今回は会員の方々が「お金貯めてきました!」と、のぞみブランドの商品の購入支援と、名刺の依頼をした。少しでも作業所の為になればと、団体の活動は来町の度に作業所を訪問している。
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2017
05/25

心穏やかに花咲くのはいつ


又、世界でテロが連続して発生している。国会は圧倒与党が強行採決で、総理の描く国政にまっしぐらだ。憲法改正はそうはいかない。国民の3分の2の賛成投票が達成できないと、改正とはならない。
内閣府の「最高の意向」との、文科省への忖度は、義家副大臣は否定した。しかし、この時の最高の事務方は本当の書類と今日発言していた。仙台の中学生の「自死」に県での調査では駄目と副大臣は言い、政府の指導の介入を示唆した。短い期間の3人の児童生徒の自殺は、仙台の教育委員会と教員指導の適切さの欠如。教師が口に粘着テープをはるなど、有りそうだが聞いた事が無い。げんこつで頭を叩くは、私たちの時代は毎日が体罰だった気がする。パワーペアレントと未熟な校長・教頭・教員が多くなったための、教員問題の発生に繋がっている。と私は思う。学校の校長のする事が信じられない現実を私は体験している。「まったく!」
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決して自虐的な発言ではなく、これが現実です。
後継者問題も事業所継続には厳しい現実があり、街中の仕事も年々減少し、共に支え合った人達も廃業し、静かな老後を送っている。好景気の中では待っていても仕事はあり、営業しても「大変だから仕事をあげます!」など、そんな奇特に人間がいたが、もういない。
楽な仕事と高給だけを求める今の若者が多い中で、苦労と努力を好む人間は居なく、今の仕事の「終活」に踏み出している自分がいる。

徳島県の後継者問題への取り組みをしていた。俳優をしていた男性が、県の誘いで「ゆず加工会社」との後継としてのマッチングに取り組んでいた。
70歳の女性は7人のパートを雇用し、売り上げは4千万と言う。これまでの独自の製品開発で地元のゆずの加工品を販売していた。後継者も居なく今後を考える中で、県が後継者の確保に乗り出した。
県内の雇用を守り地元の農業産品の活用など、県にとっても欠かせない地元企業を守る活動をしていた。1年間の給料を県が保障をしての、ふるさと創生の新たな取り組み事業だった。勿論国からの支援を充てこんで事業支援と思う。

国・県・自治体は今何をすべきかで、将来の国民と住民が安心できる事を目指し、何ができるのかを、「邪心」を捨て、本気で取り組んで欲しいものだ。宮城県知事選・東京都議選など、選挙が近づきそれぞれ動きが活発となっている。我が町の「町長選」「町議員選」は、無競争の公算が強くなっていると、世間では囁く。

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2017
05/24

歌津地区の山と田んぼと畑のグラデーション


やまつつじの山頂の大パノラマから下山途中の山裾の、自然の風景にこころを奪われた。新緑のきみどり色は清々しさで、こころが豊かになって行きそうだ。田植えも終わり日々の管理がこれから行われ、田束山からの雪解けの水は「美味しいお米」の元を成している。市街地から車で8分前後で、こんな素晴らしい風景に会える。

浸水域となった水田は、三陸沿岸の被災地に新たな農産品のブランド化に、ネギの栽培に力を入れている。こんなにも広々とした農地にダークグリーンの「三陸ネギ」生い茂る。一人の女性がせっせと収穫作業に、暑さの中で頑張っていた。こんな素晴らしい環境の南三陸町歌津地区に「移住しませんか!」。
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全国の開拓者を南三陸町は求め、被災地の疲弊や消滅を救うのは、人間の心に潜む野望のような「開拓精神」です。苦労して汗を流し塩害となった農地の再生は、今後の日本の将来を担う若い皆さんです。

決して自虐的な発言ではなく、これが現実です。
後継者問題も事業所継続には厳しい現実があり、街中の仕事も年々減少し、共に支え合った人達も廃業し、静かな老後を送っている。好景気の中では待っていても仕事はあり、営業しても「大変だから仕事をあげます!」など、そんな奇特に人間がいたが、もういない。
楽な仕事と高給だけを求める今の若者が多い中で、苦労と努力を好む人間は居なく、今の仕事の「終活」に踏み出している自分がいる。

徳島県の後継者問題への取り組みをしていた。俳優をしていた男性が、県の誘いで「ゆず加工会社」との後継としてのマッチングに取り組んでいた。
70歳の女性は7人のパートを雇用し、売り上げは4千万と言う。これまでの独自の製品開発で地元のゆずの加工品を販売していた。後継者も居なく今後を考える中で、県が後継者の確保に乗り出した。
県内の雇用を守り地元の農業産品の活用など、県にとっても欠かせない地元企業を守る活動をしていた。1年間の給料を県が保障をしての、ふるさと創生の新たな取り組み事業だった。勿論国からの支援を充てこんで事業支援と思う。

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2017
05/23

南三陸町の今が旬の「ウニ開口」


昨夜も暑い夜だった。何ども目を覚まし汗をかきながら、朝を迎えた。今日は南三陸町の志津川地区の開口と、午後6時頃防災放送が鳴り、明朝の5時30分からの1時間のウニ漁の、短時間の勝負のウニ開口は、家族での漁や、一人で黙々と箱メガネで海底のウニを探していた。
初夏の前の南三陸の海の旬の光景があった。昨年も行った記憶があり、現在は夏の「海水浴開き」に向け、復旧工事が始まり海底の状況も手を加えられている。海底には石が積まれ、荒波から浜辺の砂の流失を防ぐ防護が講じられていた。昨年までの荒島の漁場からは大きく変わり、デベソ島周辺の漁をする船は3艘と、前年の10艘から比べても半分にも満たない、漁はどうなのかを心配する。
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人口の浜辺の修復・整備は進んでいるが、日々繰り返される自然の波の力は、人間の想像を超える事が起こる。以前あったタイルの「タコの絵」はどうなったのだろう。私は写真にしっかりと収めているが、まさか破壊したのでは? 震災の記憶はここにもある事を、後世に伝えて欲しいと思うが、私は伝えていこうと思う。

ここは許される限り海水浴期間は、海の生物と親しむ事のできる環境を造って欲しい。海の「怖さ」と「楽しさ」を海の遊びを通して知る事も、子供達にとっては必要だろう。「ウニ・アワビ」などが自然に、どんな姿で生息しているかを直接見られる環境が南三陸町にあったら、魅力的な町の名所が又ひとつ加わる気がする。
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日曜日に「防災旅行」なのか、町に学生が来て宿泊していると聞いた。泊まる場所は「民泊」「民宿」なのだろうが、受け入れの宿泊地では、生徒に大震災と津波の事を話す。この「語り部」の仕事も宿泊の必須のようだ。生の震災体験はどんなふうに生徒たちに伝わるのだろうか。

町の「観光立町」の政策は進んでいるが、町民の生活は高齢化と生活の大変さばかりが聞こえてくる。歌津地区のしおかぜ球場が、甲子園球場と同じグラウンドになったと言う。震災から10年は住民の確保と、生活環境の整備を重点に考えないといけないと私は思っている。町の財政困窮した時は、職員の給料減額や首長の報酬カットなど、そうならないように堅実財政は「ムダを無くし」今必要な「人口確保」で、消滅自治体とならない為の町の政策が必要だ。

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2017
05/22

歌津地区の絶景をもう一つ


パソコンとメール・データ管理にトラブルが多発している。原因はブログを4つと、フェイスブック・ツイッターなど、多くのSNSを使い南三陸町の発信をしているからだろう。週末には総てをクリアでき、不安なく発信を続けられ、また一週間が始まる。

新緑の季節となり山野の花々が咲き乱れる頃となった。田束山のやまつつじを紹介し、帰りに払川ダムに寄る。監視の施設が在り、治水・利水の管理人が水田への放流など、山里の豊かな恵みの元の水を供給していた。
ダムからの建設による谷に大橋が架かり、その新緑に目を奪われた。大きな観光地に引けを取らない絶景がここにある。山頂の帰りはこの素晴らしい景色に、気を高めて明日への活力にして欲しい。

親戚が竹の子を5本持って来てくれた。そのせいで夜は竹の子を煮る為に就寝時間が遅かった。二人暮らしの生活で余計な食料が、無駄にしかねない。必要最小限度あれば生活はできる。7日から10日間は、買い物をしなくも生活ができる位は食材はある。二人とも余り食べないが一番の理由だ。

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おら酒を買いました「雷神」です。今年も戸倉波伝谷の被災水田で収穫した米(美山錦)から、気仙沼市の蔵元「角星」さんに委託し、酒造して新酒の販売となりました。3本を買い知人や親せきに呑ませたいと思います。四合瓶で3千円ですが、価格とは違い飲む価値は大です。
入谷地区では「ぶどう畑」をボランティアさんと苗を変えました。3年後・5年後に、南三陸町産「ワイン」が出来るそうです。生きる楽しみが、また一つできました。

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2017
05/21

宮城の田園と夕日の光景


田植え期も終盤を迎え、青空の造りだした太陽が奥羽山脈に姿を隠し、一夜の休みに付く。水田は赤々と照らされ自然の恵みに、稲は日に日に青々と成長を続ける。新緑の今が宮城の自然美でもある。ぜひ出かけて欲しく、貴方の満足できる自然が今広がっています。
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南三陸町に「ささえあいモール(福祉モール)」の構想が遂に実現に向かい説明会が今日の午前10時から東団地西地区の第二集会所で開催された。
会場には入りきれない50名を超える町民と、社協・UR・支援団体など、30名を超える支援の方々の元で、施設の説明とワークショップを行った。高齢化が進む中で、高齢者がいきいきと生きられる環境と、高齢者が寄り添い生き、若者と児童生徒と共に交流を深め、高齢者の生活を豊かなものにしようとの、社協の提案で、来年の1月の完成と活動を目指す。

懐かしい人達との再会を果たす。千葉さんは以前「マイタウン誌」の配布をお願いしていた。従妹の裏の仮設で暮していたが、震災後の生活の激変を乗り越え今を生きていた。
及川さんは住宅再建も済ませ、新たな高台移転での地区コミュニティー再生に取り組んでいた。町の情報の発信も熱心で、自分の目線で震災復興へ住民支援を続けている。
古沢さんも新しい自分の役割と、今後の自分の活動は「皆さんといっしょ!」と強いメッセージを集まった皆さんに訴えた。
多くの住民が町に残ってはいるものの、人口減少は町の人口数とは裏腹に、商売がこの町で成り立つかのかとの、正念場を企業は考えている。町の復興には優良企業の誘致が絶対で、人口が減少する中でも、色々な問題解決に今後も努めなければいけない。
交流人口は町にとっては本当に欠かせない支援として、町の総ての団体が取り組む役割と感じた。

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2017
05/20

南三陸町歌津の田束山に行こう


日本全体が晴天に恵まれた今日、南三陸町の歌津地区の名峰「田束山」にドライブはどうでしょう。ご褒美の絶景と山つつじが迎えてくれます。

南三陸町の歌津地区の名所「田束山頂」の山つつじが七分咲となり、好天にも恵まれ多くの人達が筒ら下りの道路を、山頂に向かう車、下る車が列を成していた。歌津半島がくっきりと見え、素晴らしいパノラマに、来ていたご夫婦が写メを撮っていた。週末の土日も晴天のようで、是非見て欲しい南三陸町の名所です。

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田束山展望台には「東屋」があり、写真のツツジは一株の大繁茂です。この下を高齢者用のスープが併設されていて、階段での東屋の休息所へ上がるのに大変な人達へ、スロープまで整備されていた。
山頂への途中には山の斜面のつつじの群生は、来山者を迎えこの素晴らしさに驚かされた。山の中からはチェーンソーが音が聞こえ、つつじの下草や雑木の刈り払いだろうと、維持管理への地域の活動と思った。

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山頂の下には払川ダムの「田束湖」が広がる。新緑とダムからの爽やかな風も、身体と心を癒してくれる。被災した歌津伊里前市街地があり、上沢から払川地区までは水田の緑が広がっている。国道45号から入ると、三陸道の高架橋が見え、来年には歌津北まで開通を予定する。少し行くと震災後に東京のデザイナーの支援による、「南三陸ミシン工房」がある。シイッターによると、「フナッシーの巾着」や「可愛い猫のデザインの巾着」など、ネットや百貨店などで好評だと言う。被災した女性たちが始動を受け、地元に根差した新たな事業を展開していた。

こないだから、「復興アルバイト」の報道をテレビで紹介していた。デザイナーを目指す若者が、自分の出来る事での被災地支援「南三陸町」で、「パンフレット」「ホームページ」「チラシ」の、制作指導をしている。テレビでのデザインは斬新で新鮮な感覚に、新たな事業として起業してくれる若者が現れる事を願っている。

今日は晴天下で南三陸町の小学校の運動会が開催されている。気温も高く熱中症にならないよう、子どもたちにはいっぱい想い出となる事を願う。

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2017
05/19

自分の命は自分で守る

5.19ぶろぐ
昨日は仙台へ行く、院内で気になるポスターを見つけ写メした。
在宅での老人介護が進み、「かかりつけ医を持とう!」とのメッセヘージで、「備えたい。」と、医療が必要な時、「大学病院に連絡してもらう、そんなルールづくりを可能に!」と、県民に呼びかけるチラシだった。
安定した病院の存在がここにはあった。地方病院の医師の確保と経営はどこも厳しく、震災を機に被災地を離れる生活の裕福な人は、大都会へ病院の設備と環境が整ったところを求めているようだ。地方は厳しい環境で高度な医療も受けられず、苦しみもがいている現実がある。
私はまだ車も運転でき、自由に広く行動が出来る事で、病院の選択も可能となっている。仙台への「定期検診」は、朝6時に出発し2時間余りで到着し、採血や検査・診察で2時間、帰りは1時間半で自宅に帰れる。いつまでこんな行動が取れるだろうかと、将来を今から悲観している。
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歌津地区の田束山のツツジが開花している。今日は好天でもあり、明日の週末の混雑を考え今日にも、南三陸の大パノラマを撮影してきたいと思う。震災後も毎年、田束山には出掛けている。こんな素晴らしい環境は、地区の田束を守る人達があっての事と感謝したい。
以前は田束レストハウスもあり、食事・土産品などもあったが、今は「東屋」が建っているだけで、少し寂しい。観光の開発もあるが、現在は町にはそんなエネルギーはなさそうだ。「自然が最高」との想いも強いが、環境の維持管理は人によるもので欠かす事はできない。

28日に病院と町役場の玄関口の、商工団地入口の交差点付近の「植栽活動」を沼田地区と商工団地の会で実施する。綺麗な環境で来町者を迎えたい。
三陸道の「南三陸海岸インター出口」から、さんさん商店街へは沼田地区を通り、大森地区か市場を通過し志津川の商店街へ行く。正に南三陸町の玄関が沼田地区となっている。多くの皆さんを春から夏の花で迎えたい。

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2017
05/18

格差社会の中で


どれだけ震災復興の活動に投資しただろうか。町の為と制度の活用と、自分の残り少ない財産を切り崩し、千葉印刷として千葉のぶたかとして、何が出来るか考え6年が震災より経過した。もう待てない、震災の風化防止と、南三陸町志津川の大震災の事を発信しないと、何もかもが消えてなくなる。

宮城県の経済状況が発表された。4年続けて成長を続けていると言う。私・地方に同等の成長と発展はあるだろうか。成長は1.8で、名目は1.4で実質は0.9だった。業種では建設が8%の伸びと、それに続いて農業があった。県民の平均所得は「284万円」で、この数字に格差が広がったと実感する。相変わらず公務員の40代の町職員は400万円を超えている。震災復興期間が残り4年となり、期間が終わった頃は成長は厳しいと思う。
震災での事業所の再建が進む中で、事業の復活への補助があり、補助にあたり「社会保険必須」があり、政府の「所得の向上」の中で、事業所の減少と、労働者が町に居ない人口減少が、経済成長の数字に表れている。
私の所得など恥ずかしくて言えないぐらいで、仕事をしているためか「社長」とちやほやされている。恥ずかしい限りだ。

被災地・水産業の海岸線の労働者不足はかなり厳しい。ある新聞に震災で事業の再建の補助の決定はしているものの、7割は再建を諦めた。と伝えていた。その理由は働き手が無いだった。まだ事業の再建をしていない人たちの7割と言う事だと思う。事業の補助を受けずに再建を図った者、高齢や後継、仕事を初めても採算を考えてのことだと思う。

やれることからやろう。昨日は生命保険から借り入れをした。「5%」は助かる。銀行から借りられる金利は「8~14%」と高く、身を削っての生活は今後も続く。今日は東北大学病院に行く。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 05:38 】

2017
05/17

台所汚れる料理 そして健康


ガス台がギトギト、流しが洗い物でいっぱい、揚げ油・鍋の片付けなど、天ぷらの料理は大変だ。貰いものを無駄にする事無く、父が好む料理でもある。
今日朝から台所で「この料理お昼にも食べられるな。」と話す。既に朝食を取り終わり、今日の最初の一言が、こんな話で一日が始まる。良い天気なので、昨日の洗濯に引き続き、今日は布団を干そうと思う。

昨夜の臨時ニュースは、「眞子様婚約!」だった。皇族として立派に25歳まで公務こなし、一般人の方と結婚をする。婚約が決まり結婚への皇室の行事が今後進められる。弁護士事務所に務め、一橋大学大学院で今も学ぶ、神奈川の藤沢出身で「明るい好青年」と言った感じだ。
世界の混乱の中で、政治の問題山積の中で、嬉しい出来事で、眞子様は私に取っても子供の頃から好印象の皇族です。

料理は父の友人が「しらすの釜揚げ」を持って来た。私の中で食べる手段がない。一つだけあるのは「かき揚げ」だ。玉ねぎと人参のしらすで、天ぷら粉を材料にまぶし、天ぷら粉は別に水に溶き、材料と混ぜ合わせ天ぷらにする。料理鍋の深めの物で揚げると簡単に出来る。8皿もの皿と丼を使い、余分な油はキッチンペーパーで取り除く。
「天つゆ」は麺つゆをお湯で薄めたものを作った。絶品の仕上がりだった。

写真のように沢山のかき揚げができた。昨夜は二つの天ぷらでビールと食べた。食卓には糖尿病の食事前の薬が常にある。今日の血糖は「138」と体重は「73.8」だった。夏には60台後半を目標に、食生活をして行きたい。私のクッキングと健康への取り組みです。

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2017
05/16

日々の変化と出来事に感動

過去最大のサイバー攻撃が世界に発生している。日本にも日立製作所本社にウィルスが入り、メールの送受信不能とファイルが開けないと言う。JR東日本にも一部のパソコンに侵入していた。消去の対策が何一つ無いと言う。ハッカーは「ビットコイン」での支払いで復旧すると言っているが、ウィルスはここから新たなパソコンに侵入する。専門家も「今ところ対策は無い!」と話す。

毎日のメール確認はしていても、知らない・判らないメールは、勿論開かず「ゴミ箱」へと、ウィルスバスターも導入しているが、更新のウィルスバスターも怖くて入れなく、営業が来ると更新をお願いしている。
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我が家の菜園も賑やかになって来た。種イモが芽を出し知らない内に、こんなにもたわわに成長をしていた。ミツパは怖いくらい成長が早い。一昨日もアサリ汁に同じくらいの量を入れ、ミツパ汁となってしまった。ミニトマトは苗からながら既に花を付けていた。ここ2週間での成長に驚く。会社の玄関の寄せ植えの花も、やっと真っ赤は蕾が開く、どんな花からこれからが楽しみで、咲いたら紹介していきたい。
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昨日はお得先の母の時代の昔からお世話になっている御婆さんの葬儀に、気仙沼市本吉町に参列した。親戚・縁者の多く、焼香に来た席まで人があった。ひ孫の「おっぴさんありがとう。」「おばちゃん元気で。」と子供達が4人一人一人お別れの言葉を述べた。ひ孫が7人?ぐらい名前が呼ばれた。これが我が町に必要な家庭状態なのだが、震災前は三世代家族は当たり前だったのが、現在ではそんな家庭が珍しい家族形成の町となった。

日曜日に「雄勝法印神楽」をテレビで紹介していた。奇祭と言われ舞台に張られた縄の上に演者が登り舞を奉納する。雄勝は人口減少が際立った石巻市の牡鹿半島の漁村だ。「大須八幡春季大祭」はボランティアが参加し、町を止む無く去った若者が、雄勝の神楽を伝承したいと参加した。81歳の神楽師は「私も舞う!」と、指導者から舞手として、精一杯の舞を披露した。「疲れた。」の言葉は、清々しささえ感じ、熱意に若者達が一人でも多く、伝統を引き継ぎ後世に伝えて欲しいと強く思った。
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東芝の最終決算は9千億の赤字となり、日本郵便も初の約600億の赤字を計上した。こんな大手企業の決算発表で、日本の景気は上向き、デフレは解消していると政府は話す。格差が広がり人口が減少し続ける日本の未来は、本当に大丈夫かと頭を傾げる。

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2017
05/15

週末の風景から

5.15ブログ
志津川高校の生徒の通学状況も2年おきに変化を続けているが、今の状態で落ち着く事と思う。生徒の志津川駅でのBRT停車から、商店街の停留所へ、現山内校長と生徒の希望の、「学校までのバス運行を」で、行政は巡回バスの運行を今年度から始めた。
志津川市街地にコンビニができ、その裏にBRT停留所と長距離バスの停車場が造られ、さんさん商店街の利便性を高め、町への観光客の集客を第一に、町づくりが続けられているようだ。
私の土地換地は「以前の場所の上に」との希望を行政は叶えてくれた。コンビニから40mの場所が換地場所で、以前の場所から10mとは変わらない場所だった。さんさん商店街にも近く、志津川市街地の変化をこれからも観察できる。町の変化を動けるうちは見つめて行きたい。
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今年の夏には志津川にスーパーができ、志津川地区の海水浴場「サンオーレそではま」は、現在再建復旧へと工事が、今夏のオープンへと急ピッチで進む。以前からながら波が強く、ビーチの砂は自然の物ではなく、人口であり、砂の流失が問題の一つにあった。以前は海底に石垣を造り、波から砂浜の浸食を防いでいた。
今回の工事も荒れ島堤防と、デベソ島の間に石の垣根が造られている風景は、干潮時に大きな物体が海から現れた。「ラムサール条約」の申請の中で、自然に手が加えられ、自然環境の保護は人間の更なる「欲」の為に、自然災害の警告の災害でも、更なる開発と言う学習力の無さが浮き彫りとなる。
自然と人間との共存は観光地には「無理?」なのだろうか。この場所はウニとアワビの宝庫だったはずなのに、漁民は静すぎないかとも感じる。

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2017
05/14

頑張っている人を応援したい

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フェイスブックの派遣職員の方への感謝を込めたメッセージです。「日本人の防災意識は、被災を受けた人も5年経つとあの悲劇が薄れつつあります。誰かが姿を残し、人が見て伝えないと、地震大国の日本にまた大きな災害が発生する。一人でも多くの国民を守る為、後世の子供達の心に刻む事が大切と思い、今でも私は悲劇を伝える活動をしています。畑さんの復興への熱意は忘れません。」

泉ピン子さんが被災地を初めて訪れてくれた。「怖くて行けなかった!」と言う。言葉と裏腹に優しい人と昨日初めて感じた。
同行した勝俣さんは、デビーした頃にピン子さんと話が出来なかった。後で話しをした時、「頑張っているなー、蔭ながら応援してくれた。」と話していた。

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さんさん商店街でも多くのお土産を買い、店主に応援の言葉を向けた。来場者に気軽に話をしてくれ、志津川地区の人達ともっと話ができ、告知して町民が集まる状況を作った方が、被災した皆さんが喜んだ事と思う。お忍びで在る事で、その内に各地の被災地に来てくれる事を逆に楽しみにできる。

ハマーレ歌津は今日「しろうお祭り」です。ピン子さんの来町は南三陸町を全国にピーアールしてくれた。一人でも多くの人が今日の雨の中でも来てくれる事を願う。

5.13ブログ

歌津地区では「海しょくにん」の愛称で、国内・国外に歌津の豊潤な海の恵みを伝える活動をする若者を紹介した。泊崎漁港から南三陸の海の幸の、今が旬の「ホタテ」を味わい、その美味しさに自分も料理の腕を披露した。浜の女性達と楽しい海の幸の食事会となった。

普段のピン子さんのテレビでの大胆な言動や行動に、おばさんやり過ぎと感じていた。「ウィークエンダー」を知る私も古い人間となった。彼女も70歳という、しかしそのパワーは今も健在だった。その優しさに浸った30分余りの番組だった。

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2017
05/13

私にとっての多忙


11日の仙台への出張は、早起きしての仕事で、お昼の御馳走に滑り込み在りつけた。「うな重」は3年ぶりだろうか、仙台の老舗の仕出し弁当ながら、大満足だった。「早起きは三文の得」となった。
役場への校正の持ち込みで、待町に支援を続けてくれている「世界女性連合」の、25日の4人の来町での、被災者で今も尚仮設で暮らす人達への支援寄り添いに、ぜひ南三陸町を訪問して活動を伝えて下さいとの想いに、町側も承諾を頂いた。仮設の庁舎もあと5か月で、10月完成予定の新庁舎への移転となる。今回は今まで行ってない所へと、登米市の南方と横山への仮設を提案したい。今回町への帰郷を遂げた方に話しを聴くと、「そんなに支援・物資は無かったですよ!」と言っていた。登米市まで高速が開通したが、まだ45分が掛る。そんな遠くでの住民の生活の6年は、仮設で暮らしてきた人しかその苦労は判らないだろう。

そんな被災者の苦悩など、現政権の大臣たちには伝わっていないようだ。度重なる復興大臣の辞任があり、今週の国会の金田法務大臣の答弁には、質問への弁明が理解に苦しむ。茶番とはこんなことなのだろうか、笑いが怒りに変わった。「テロ行為の解釈」に、法案を理解していない法務大臣の元での、議論は出来ないと民進党の蓮舫議員はバッサリ! 聴いていた国民もきっと情けないと感じた事と思う。
現在の圧倒多数の自民党の議員構成は、4期以上の議員が4割で、新人議員が4割、中間の議員が2割だと言う。4期を超える議員に安倍政権は大臣ポストを与えている。稲田氏などはまだ若いが安倍総理の後継として、若くして政調会長・防衛大臣に付いている。資質の無い自民議員の登用もあり感じる。しかし、民進党の支持率の低さは何処から来ているのだろう。父は昔から共産党の議員の活動をかっている。小池議員の活動と発言に心引かれる。なんて頭の良い人だろうと感心する。野党にも素晴らしい議員はいるが、自民も同様ながら安倍総理と麻生副大臣の高慢さばかりを感じてしまう。世間には強い者を好む人間が多いようだ。

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こないだ気仙沼市本吉町にゼンリン地図を買いに行く、お金が足りず信金本吉店でお金をおろした。懐かしい銀行で震災時の手持ちの資金繰りでお世話になった。金融機関が南三陸町では全てが流失し、震災後の日々の生活費確保に奔走していた。ここまでこれた事は「ここで生きたい!」の気持ちが強い事で、ここまでの会社・自宅再建と、被災者支援と支援受け皿を引き受けてこれた。ありがたく感謝である。

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2017
05/12

まだ明るい夕方5時サイレンが鳴った


異常気象から東北の山沿いで山火事が民家まで押し寄せる災害が続いていた。フェーン現象と気圧配置により、風と乾燥が大火への要因となっている。

昨日午後5時過ぎに消防車が国道45号を北へ走る音がした、「こんな時期に!」と、大事に至らない事を願った。その後に「防災無線」が、歌津皿貝の製材所からの出火を告げた。向かいには友達の工場があり、隣りには床屋さんがあった。日々通過する場所であり、その状況から西風で山への延焼を心配していた。
車のナビのテレビは、7時になっても山肌に火が見え、釜石・栗駒の山火事を想像させた。友達の奥さんに発生から2時間を過ぎ、状況を聴いた。国道は閉鎖され山への延焼に消防団・消防署が対応していると言う。奥さんは消防団のハッピを届け、これから炊き出しの準備をすると話していた。床屋さんにも電話をしたが、異常発生で繋がらなかった。

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国道から海岸線への寄木道路に抜けられるはずだが、製材所から裏の山林に燃え移り、海岸線はどうかと知人が連絡をいれた。最初は海岸から煙と火が見えたが、現在は見えないと聴き、鎮火に向かっている事を確認した。その時間は発生から2時間30分後だった。朝のニュースでは発生から鎮火まで4時間と伝えていた。

登米からの帰りの途中で、南三陸海岸インターの出口では、パトカーが国道の閉鎖をドライバーに告げていた。従業員も気仙沼に帰られない状況にあり、パトカーは国道の通過は駄目ながら、歌津方面の浜廻りは通過できるので、情報を集め7時30分過ぎに帰った。製材所の50代男性が手にやけどを負った。
消化水は伊里前川からホースを繋ぎ消化した。その為か水道は断水した。電線も火災で燃えたせいで、付近の400世帯?が停電したと報道を聞く。固定電話・水道・電気への影響は、震災時の状態を思い起こさせた。大きな被害にならず、昨夜から朝のニュースの流れで安堵した。

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今朝は7時から5日前の筍とワラビが、悪くなる頃なので料理をした。食材は決して無駄にはしたくないとの想いも、震災から学んだ。

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2017
05/11

今日は忙しくなるぞー

今日も午前3時に目覚めた。二日続け夜9時に眠り、0時30分に一回目を覚まし3時に迄眠る、こんな生活が偶然重なった。3時の日テレニュースを30分ぼんやりと聴き、次の30分は昨日の出来事を確認した。4時前には薄ら夜が明け始まる。自分のしっかりと今生きている事を実感する。

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25日に広島から来る支援団体「愛の福袋活動」の、受け皿としての町の仮設状況と、町の福祉施設の現況を昨夜打ち合わせた。
歌津の集約を予想する、これまで行ってない仮設を見に行く。町の確認では20人は住んでいる事になっているが、住人の話では5世帯しか住んでいないと言う。町の人口と世帯数の違和感がこんな所からも確認できる。
なかなか支援の行き届かない場所として、入谷地区の岩沢・童子下などがあり、歌津地区では吉の沢、隣町の登米市は横山駅裏・南方などがある。町の話す生活者はいなく、居ても若者達は仕事に出ていて、平日は仮設には誰もいない現状が有った。もう少し調査したいと思う。

昨日は知人の帰って来た復興住宅を訪れた。津波から避難場所、次の二次避難で内陸部へそして仮設に帰るまで、2011.3.11から2017.4.19まで、6年と1か月かかった。故郷に帰るまでの事を振り返り話してくれた。その間も多くの志津川地区の知人が亡くなったと言う。「これからはここで静かに暮らします」と話していた。

5.11ウジエ
初夏のオープンを目指す「ウジエスーパー」は、南三陸町民の期待が大きい。しかし、現実の震災後の厳しい人手不足に直面している。一般住宅へのダイレクト求人チラシの二回目が入った。再建した総ての事業所も働き手の確保は大変で、その一つの対策手段として外国時研修者が、100名程町で働いている。その国は5か国にも及ぶと言う。町の水産業の発展・維持はこうした人たちに委ねられている。いったい町の住民は何処へと言うと、登米市に2000人余りが移住した。

今日は県の印刷組合の総会に行く。今午前6時前には機械を回し、従業員の仕事を準備する。これが充実した生活と言えるのだろうか。先ずは目の前の事を一つずつ片付けていく。

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2017
05/10

住民の再建は終わっていなく役場本庁舎は時期尚早


昨日は沼田地区の全体役員会の告知文を25人に届けた。初めての新班長への配布は広い沼田地区で30分は掛かった。途中の東浜団地から町の新庁舎がベールを取り始めた。
登米市は市長選挙の争点「庁舎建設」で、新人の熊谷氏が当選した。投票率の低下と、前任の油断と分析されていた。合併後の不平等と言う周辺の合併町の不満もあったと言う。
我が町は今年の9月に本庁舎が完成し、10月の選挙が町長と議会議員があり、再度の圧倒与党の強権的な町づくりを感じる。震災から7年目を迎え、住宅再建・商店の再生の町民も途上の状況の方も多く、本庁舎の建設は誰の為だろう。周囲は「大きいのでは」「人口減の中でここまでの庁舎が必要か」「庁舎の維持費」「町の税金の上昇の中で」など、多くの不満が渦巻く。登米市の再来を発生するには、若く将来のビジョンをしっかりと描く、救世主の出現を期待したい。任期15年以上の町長・議員が我が町には多く、後継者不足による独裁的な町運営が継続されている。

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昨夜の食事は、「初鰹」とした。父は大好きらしく、これさえあれば喜んで食事をとる。連休に「秋保ビレッジ」で買った巨大なホウレン草90円は、見た目とは違い味も良く、2本で皿いっぱいとなった。輸入物のトラウトのはらす、今年初の「殻付ホヤ」を買い作ったが、まだ身は薄く夏になると旬となる。もう少し時期を待つ事にした。後は発泡酒でご飯は食べない。昨夜は贅沢だったが、最近はご飯はやめ代わりにビールを飲んでいる。
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こないだ「ご飯一杯で角砂糖が10~15個分にあたる」と聞いた。本当が嘘かは別にして、それぐらいの栄養分がご飯一杯にあり、日本人の食生活のパワーはこんな所から発揮されていた。草食人間が多くなり、米を食べる人間が減った事が、現代の異常な事件の発生と結び付いている気もする。

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2017
05/09

春の嵐が大きな被害に


昨日の糖尿病の月一の検査と診察で、お昼時の「血糖値108」で「ヘモグロ6.7」と、先生に褒められました。しかし、中性脂肪が範囲を超え「145」ながら、血圧は上が134と下が84で、まあまあの体調だった。大きくは食生活の改善に努力している為と思っている。

昨日の県内や隣県では「暴風警報発令」の中で、栗原市・釜石市の山林火災が民家に延焼するまでの大火となった。また、海では漁船の転覆で死者も出ている。我が町の志津川市街地も、何も無い10mの嵩上げの大地は、赤土を舞い上げ現場の業者も大変な状況だった。仲間との話で山からの西風がキツイと言う。志津川市街地が工場・商店で埋め尽くすのは何時になるのだろうか。復旧工事は震災から10年間での完了を目指し、大きな国費が津波防災対策で費やされている。

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国会中継は予算審議ながら、「森友問題」のため進展がなく、質問に対しての答弁も、少しの議員のささやきにも、答弁をやめて議場を見渡す姿に、自民一党のオペ政権の強権・威嚇と見えてくるのは私だけだろうか。「憲法問題」「天皇退位問題」「自衛隊の国防軍?」など、予算の審議の中で野党の追及は、自民の支持率の低下の為の追及に対し、現政権の議員と官僚の助け合いに見え、その真実の姿が見えてこない。「黒塗り弁当」の財務省の国民への情報開示に、自分たちの保身としか見えてこない。

世界が新しい流れは、フランスで若き大統領となり、イギリスのEU離脱離脱、韓国の反日の大統領の優勢など、北朝鮮の脅威の中で、日本は国防の為の国づくりを加速している。次世代の生きる日本はどうなって行くのだろう。
若い起業家の動きも見えず、南三陸町の弱体化へまっしぐらだ。何をやってももう遅い気がする。

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今日も自然の物・野菜主体の食生活で生活が始まる。菜食系の人間に変化し続けて、肉食系の精神が薄れていっている。

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2017
05/08

大きな力には細やかな願いなど届かない


三陸海岸の沿岸を縫うように走っていた気仙沼線は、昨年まで復活を願い要望書が「JR東日本」「行政」「国」などへ、鉄路復活として地区民の願いがあった。しかし、最低限の「陸前戸倉」までからの仙台間の開通は、海の泡と消えつつある。電車の線路が撤去されていた。知らないうちに!
夢の無い現実と言う政治的に簡単な路線の解体は、我が町の震災から復興への動きに、私は落胆しかない。こんな行政の諸々の姿に長年住んでいた住民の、夢と希望の喪失が「人口移動」に繋がっている。この現状への対策は何も取る事無く、子育て支援への金のばらまきで、町の人口流失阻止という。町外の人材に町の再生の手助けとして、移住を繋がす活動では真の人口増加とはなっていない。これまで南三陸町を創って来た方の、鉄路・人・海・山・川の総てを、新しい姿に変える事を、先人は望んでいるだろうか。
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昨日は30年も続き先輩の竹林に分け入った。もう少しと言う「竹の子」の成長ながら50本は獲った。ワラビは800本、自然のままの姿が何十年と、ここには息づいている。多くの自治体で「鮭の放流」は、魚の成長と産業の推進への触れ合いが目標のようだ。大震災復興は鮭の回遊への障害となっているが、最大の障害は人間の復興と言う名の「開発」にある。大震災を利用し国の建設業の拡大と維持が、垣間見れる。震災復興が終わると、今度はオリンピックと次々と国の景気拡大がここにあり、国民の安定生活確保がある。私の考えには無い時代の流れである。
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昨夕は歌津の後輩に「竹の子」のお裾分けに行った。大人は留守で新築の家にはカギが掛っていた。留守だろうと返ろうとすると、娘さんが出てきた。「お母さんに」「今度お祝いくるからね」の言葉に、「待ってまーす。」と満面の笑顔で答えてくれた。素直に育つ姿に両親の性格が確実に遺伝していた。
帰りには「ハマーレ歌津」に回った。地区民の為に、地区民と共に、との店主の願いを伺った。しかし、二つの町の合併には公平感が薄い。当事者も語らず声を上げようとしないと私は思う。大きな圧力を行政から感じる。言えば大きな力でねじ伏せられる怖さがあり、震災からの途上でしょうがない。なんて優しさいっぱいの町民が住む町「南三陸町」である。私は最後まで独裁には立ち向かおうと思う。

今日も暇なので仕事は従業員に任せ、病院と我が社の新聞のチラシ持ち込みに行く。

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2017
05/07

思い切って仙台市秋保へ


昨日は朝の番組で仙台市秋保の「さいち」さんの、「おはぎ」の話題をしていた。以前から秋保地区の小さいスーパーながら、御祖母さんの作るおはぎや惣菜が自慢の品と宣伝されていた。連休も最後で思い切って「仙台秋保温泉街」まで2時間余りの旅だった。
小さい店は駐車場も狭く、駐車場の整理者が二人も交通整理をしていたが、10台も止まるといっぱいで、入れ替わり立ち代わり車の整理をしていた。しかし、さすが秋保温泉で周辺には大小いろいろの駐車場があった。店として、幾度となく紹介され、おはぎは週末となると「8千個」も売れる人気商常連のお客さんはその駐車場を利用し、家族連れだって歩いての来店だった。私が到着したのは
11時でまだ混雑してはいたものの、何とか「おはぎ」を5パック確保できた。店頭のおはぎは次々とお客さんの買い物かごをいっぱいにし、来場者の大半がおはぎを初めとする「餅類」「惣菜」が買われ、飛ぶように売れるとはこういう風景と感じた。
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秋保温泉に来られた方もスーパーに回ると言う。何が人気化と言うと「安くて美味い」がその理由だった。「なぜこんなにも売れるのか?」との観察が目的で、「安くてもまずい」「美味くて高い」の両方にあてはまらない、商品の形体があった。店内の旦那さんの誘導や、レジの対応も迅速丁寧と、商売のしかたがお客さん側と感じる。これがここまでお客さんが来る理由だった。
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私も5個買い「1パック3個」で、父も1パック」ぺろり、甘すぎず一晩おいた中のご飯も固くならず、美味しく食べられた。

南三陸町にもこんな名物土産品が是非ほしいし、色々考えてはいるものの、今はさんさん商店街オーイングの「マドレーヌ」があり、以前は大沼のクレープがあった。商店街にもお菓子屋さんがあるので、自分の好みの町の名物を見つけて欲しい。

仙台秋保には「秋保ビレッジ」が有った。以前は無かっ店舗ながら、地場の産品を、農家の経営者が4人紹介され、新鮮野菜や花が処狭しと陳列していた。子どもの遊び場を併設し、食事どころやお菓子・お土産品が沢山あった。「道の駅」の機能と仙台土産の販売と多機能施設だった。

こんな事から考えても、我が町には「海直送」の浜価格の水産品の販売所しかないと思った。現在は町の仲買さんの店が4店舗あるが、漁協直営店で漁民・漁師の店がふさわしい。現在は商店街の隣りに「道の駅」の構想がある。来場者の分散化を防ぐ意味合いで、隣接地への建設予定と聴くが、水産品は海の直ぐに見える場所がふさわしい。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:56 】

2017
05/06

夏の収穫を待つ楽しみ

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今年も収穫への苗植えを終え、ミニトマトとナスの初夏の収穫を待つ。一昨日の仲間との交流でも、「料理はしない」と言う男性が多い。そんな中で「これからは」「今は」と家事や庭の草取り」などをすると言う。奥様任せとはいかない現状に皆にあった。

私は料理・洗濯・掃除・庭いじり等、楽しく苦なく出来る事で時間を有効に使う事ができている。家庭菜園は師匠が会社のパートナーで、土から苗、生育状況による対処の指導を受けながら、毎年の収穫となっている。
震災後の2年目に、暮らしていた倉庫前のプランターから、家庭菜園を始めた。それが苗から特別な手入れもなく、多くの実を結んだ。昨年は寒暖の差と遅く実を付けた物もあり、トマトが青いままで枯れてしまった。ナスは毎日のように生育を確認しなかったせいで、根元や葉の影の実をそのままにし、無駄にしてしまった。今年はトマトの摘果をしてみようと思う。ナスは成長が速いので細目に状況を見ようと思う。
昨年はカボチャを植えたが、これも摘果と小さな菜園いっぱいにつたが伸び、手入れ・収穫の・片付けの大変さから今年はやめた。

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野菜の育成は食べるまでが一つの流れなので、「ナス焼き」「ナスの煮びたし」「吸い物」へなど、獲れたては何をしても美味しい。トマトはサラダは勿論、新鮮なトマトをスープに入れても美味しい。
野菜主体の食生活は、体調の維持に繋がっている気がする。一昨日のビールジョッキ3杯は少し飲み過ぎた。
仲間との飲み会は少し控えないといけない。仲間の住宅再建も残すところ二人となり、来月と再来月の「新築祝い」を予定している。私も62歳に今月成る、暴飲暴食は控え、病気の悪化を抑え、このままで一日でも長く、人に迷惑を掛けないよう生きる事を考えていきたい。

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明日は先輩の所に行く。「今年もワラビと竹の子出て来たから!」と一昨日誘われた。恒例行事で毎年楽しみにしている。

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2017
05/05

みどりの日


曇りぎみの空ながら仲間とのゴルフは助けられながらも、楽しく苦しいプレーでした。スコアは「65・62」とゴルフを始めた頃のスコアに逆戻り、「大人は年を取ると子供に帰る」との、明言どおりの事となりました。これが最後のゴルフと心に決めましたが、仲間の呼び掛けには応えようと思います。自分からプレーしたいとは言わないように肝に銘じておきます。

言い訳ながら「網膜剥離」と「白内障」での視力のアンバランスと、太陽の眩しさからサングラスでのゴルフは無理なのかもしれない。反省会は「反省しきり」の席ながら、仲間との昔話で盛り上がりました。友達・先輩との交流は30年・45年と南三陸町志津川で今も続いている。
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道すがら後輩の話で「歌津にもAKBが来る」の話で、「俺はエグザイルよりもAKBだな!」の言葉に車内は盛り上がった。今日のフェイスブックの確認で、町のさんさん商店街にもAKBの五人?が来町し、多くの来場者でにぎわいを見せていた。今月14日は「しろうお祭り」が、「ハマーレ歌津」で開催されると言う。歌津伊里前にも多くの観光客が来場してくれる事を願う。
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山は新緑と草花が綺麗に芽吹きと花の賑わい、人のこころまでも和ませてくれていた。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 10:51 】

2017
05/04

南三陸町への来町ありがとうございます


今年は交通状況が例年とは大きく変わった気がする。町中の渋滞が無い。志津川ICと南三陸海岸ICの開通で、大きく車の流れが変化した。
昨日は戸倉廻りで出掛けたものの、後半の連休なのに車の数が減った。さんさん商店街にもスムーズな流れを感じる。入谷地区からの国道398号と国道45号の合流店の写真だ。「八幡橋」と聴いたが、45号はまだう回路としての役割で、急カーブが続き気を付けて欲しい。石巻からの交差点のカーブで商店街に向かう時は、河川工事中で高い法面なのに、落下防止のガードレールがない。入谷からの道路では町内へと石巻方面への標識が判りにくく、右折車線が急に見えてくる。何も無い事を願いたい。
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昨日は洗濯や物置を整理した。急に風が吹き写真の洗濯物となり、時々の障害への「お手上げ」の姿に、落下した干し物となり写メを撮った。突然起こる日々の変を楽しめる迄、震災の影響からの精神と物不足脱却がある。
山々は春満開だ。わらび・タラの芽・こごみ等、多くの山菜が芽吹いている。友達が「おすそ分け」の天ぷら・煮ものを持って来てくれる。料理上手のお母さん「美味しく頂きました。」。後で器はお返しします。
気仙沼からも友達が親戚を連れて、「駐車場」を貸して下さいと突然現れた。「何処に行くの?」と聴くと、戸倉の磯へと言う。「磯遊び?」、干潮となり磯の探索だろうか。
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今日は仲間8人で涌谷のゴルフに行き、反省会は入谷地区ある「笑来(わらい)」で、11人が集まり宴会となる。これが私のゴールデンスィークかな。

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2017
05/03

3日は憲法記念日


この写真は志津川地区の中瀬町で、一か月前に行った状況と大きく変化していた。水尻川から川沿いを大雄寺に向かう道路には、多くの家々が建ち住民の営みがあった。しかし今は、津波で難を免れた家が、小高い場所に一軒ある。世間では全国の被災地で「残った事で国の手厚い支援が受けられない。」と、家が助かっても地獄だと言う。
平民には現在進む工事が「何の工事か?」など知るよしもない。河川堤防と川からの用水路の様にも見えるし、鮭の孵化場にも見える。こんなにも多くの事業への設備が人口の減少の町に必要だろうか。
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昭和35年5月24日の私の誕生日に「チリ地震津波」が志津川・歌津を襲った。我が家はそのままで二階部分を一階にして、20年も暮らし、その場所で新築し約30年目に津波で流失してしまった。50年・100年……千年に一度と言われる大津波、「職住分離」の高台への移住は、国と行政の勝手な考えで、もっと議論を町民とする事が必要だった気がする。町民は大震災に打ちのめされ、議論の気力もなく行政の指示のままの選択肢となった。
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安倍総理、南三陸町の志津川地区のさんさん商店街までの来町ありがとうございます。先週オープンした「ハマーレ歌津」にも是非来場下さい。新復興大臣はこれから気仙沼市と言う事で、必ず歌津には回られたと思います。明日の報道が楽しみです。もし、寄らなかったら前今村大臣と大差ない、新大臣としか思えない。
フェイスブックには多くの反応があった。「いつも同じ場所ですね。」が印象的だった。天皇陛下が被災地を訪れたのは、歌津地区で伊里前小学校の校庭からで、伊里前地区の被災地と歌津湾の、深々と御霊へ頭をお下げした。「被災者に寄り添う。」と言う事はこう言う事で、自民の歴代復興大臣と、民主のある大臣の勘違いした発言も思い出す。「もう言葉だけの、寄り添うはいらない。」「復興交付金が全てではない。」、こんな思いが募ってくる。

政府も行政も、もっと広く町民の意見を聞いて欲しい。パブリツクコメント「住民意見」を、道の駅の在り方について住民に問うと言う我が町の町長。防災庁舎の保存・解体を、町民から14%の意見提出を民意という、行政の方向に沿った勝手な判断があった。まさか又こんな自分勝手な判断はもう許されない。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:18 】

2017
05/02

生きていて欲しい


連休に入り一日だけ仲間と楽しむ段取りができた。「これが最後!」と言いながら、悔いなく人生を送って来た。まだ生きたいと思いながら死んでいった、多くの人達の分まで一日でも長く生きる義務が、残された私達にはある。
また仙台市の中学生が「自死」となった。校長は報道が過熱する前は、「いじめはなかった!」と話していたものの、仙台の教員委員会の確認後は、「いじめはあった!」と言う。政治・学校などの長と付くトップは、物事の重大さを考慮し、言葉に注意し声を発する事が、ここ何日かの事件から感じる。自分の立場ではなく、自分の心で人に恥じない発言をして貰いたいものだ。
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今年も歌津の旬の味「しろうお」を食べた。自分もながら父にも食べさせたいがある。私が幼少の頃から味わってきた「しらうおの御汁」があり、母の味とは程遠いが、私の作る「しろうお汁」も父は美味しいと言ってくれる。子どもの頃は「しらうお」と言っていたが、大人になり歌津地区のものは「しろうお」と言う事を知った。
何もだしは入れず「しろうお」の魚のだしだけで良い。入れる物は醤油が少しと、とうふと家庭菜園のみつぱを入れた。少し薄味過ぎたが、「南三陸の春の味」を体感できた。

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昨日感じた事は、行政じたいが大震災を風化させていると言う事だった。もう誰も大震災の津波の悲劇を伝えない事に、私は先頭を切り、残された時間で2011.3.11を伝えて生きたい。早期復興は必要ながら、7年目を迎えている。私には時間がない。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:23 】

2017
05/01

朝仕事


昨日は午後から思い切って「南方道の駅」「登米道の駅」に走った。登米市では登米町の小学校隣りの道の駅は、来場者で駐車場は満杯、何か野菜があればと立ち寄るが売り切れ何もなかった。しょうがなくウジエ登米店行き、ジャガイモ・マヨネーズ・三時おやつ等を仕入れた。蔵・なまこ壁の町は、小さなけれど観光客が町並を歩き、古き良き町を探索していた。
南方では、母に供える「まんじゅう」を買い求め、帰り仏壇にあげ父と三人で食べた。南方へは「花木」を買い求めに行った。数は少ないが安い掘り出し物を見つけ買い求めた。
7年目を迎えるのに我が町には、町民が買い求めたい物が気軽に手に入らない。行っても数が無く少し高めで、野菜などは何処でも人目を気にして買う、こんな状態が今も続いている。男の買い物場は大きな抵抗を持つ。
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今日は5時に目覚め、昨日買った野菜の苗と、花木の植え替えをする。朝早く体を動かし家の周りが綺麗になると気持ちがイイ。
先ずは町内の花屋さんからいただいた「ハイビスカス」は、冬の霜で2本とも枯れてしまい、鉢も大きく寄せ植えの花も生きているので、2種の花木をその後に植え替えた。事務所にもピンクの花を置いた。気持ち良く仕事ができるし、来客もきっと良い気持ちで事務所に入れる。
もう一つは、春植えの「ナス」「ミニトマト」を予定通り家庭菜園・プランターに植え、今年も収穫を楽しみに、日々成長を感じ喜びへと繋がる。

家庭菜園の今の状況は、手前からジャガイモの畝が2本、次に「みつぱ」と「韮」がある。囲いの手前は今日「ナス」を植え、ハイビスカスの根が丈夫で、再生できればとの想いで植えてみた。その奥には「しょうが」を昨年植えた。その他にも「青シソ」も種が落ちたので、生えてくるのが楽しみだ。

今日から5月に入り、24日で「62歳」を迎える。ここまで生きれた事に感謝だ。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:30 】


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