ARCHIVE - 2016年06月

2016
06/30

上を向いて 前へ 進んで行きましょう

最近は朝方目覚め眠れず明け方まで起き、5時頃にまた眠るこんな生活が続いている。体は疲れているのに3時間ぐらいで起き眠れない。そんな中で夜明けの日一日と早くなっている事に気付いた。3時半と4時半の窓越しの風景を写真に撮った。160629_034213.jpg
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私の窓は北側向きで、窓から北東に朝日が漏れ、薄暗いが真っ暗から空が白み始めている。日々繰り返される自然の繰り返しは、幸せな人も苦しみの中にいる人も同等で、平等に人間に与え「どうせ生きるなら明るく生きていきたい。」、この定義は全ての人にあてはまるかというと、そうでない事を周囲の出来事から知る。
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昨日も好天に恵まれ、気温も高くなりエアコンの故障の愛車は、これから大変と車屋さんに診てもらった。震災を乗り越え8年目を迎え、至る所が部品の劣化が見られた。
役場で先輩に会った。「やってるか!」との声掛けは色々な意味を持つ。この方には頑張ってもらいたいが、前原さんのように考えは鋭いが、多くの人の人気を得られているかと言うとまた別のようだ。「ガンバレよ!」の声に感謝である。どんな人にも素直に人の声を信じるのが私の欠点でもある。
役場を出ると入道雲のような雲が北西の空に広がっていた。登米市への買い物に向かう前には、向かいの会社の上空の「いわし雲?」に目を奪われた。自然を見つめられる心の状況となった証拠だろう。
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昨夜は震災前に「田舎暮らし事業」で関わり、南三陸町志津川に移転してきた太田さんから電話があった。現在は奥さんの故郷の富山で暮らしていた。「家がカビ臭くて住めない!」との事だった。地元の不動産の知人の電話が知りたいとの事だった。48回目の移転先で、また移転を考えての電話で、四国の自治体の空家紹介の情報で、物件を見に行くと入居者が決まっていて、行政の体制と態度と激怒していた。わざわざ車を運転して四国まで行ったのにと話す。70歳に近い太田さんは、ホームページの空家情報から、四国の他に三重県など4カ所を回ってきたと言う。移転は趣味の一つなのかも知れない。

大震災後に「南三陸町」は世界でも、日本中で一番有名な自治体となった。観光で多くの来町者やボランティアが、今も町に流入し、町民の子供達は住みにくいと町を離れ、新しい人々の町が今出来ようとしている。町の形成が異常の状況を、行政はこれで良いと考えている。全国で人口不足から「交流人口の拡大、自治体の財源確保に「インバウンド政策」を掲げ、「ふるさと納税」の税収確保にやっきとなっている。

私には自己防衛の対策しかない。観光人口の増加では私は食べていけないのが実情で、老後をどうしたら良いか考えずにはいられない。
3人に1人が65歳の高齢者となった。こんな日本に将来はない。高齢化率も29%になっている。若い男女が自然に年齢を迎え「実を結ぶ」、こんな社会にはなれないものか。電話が会社に入った。自民党の議員事務所からで、「さんさん商店街に参院候補が来町するので……」との事だった。
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2016
06/29

無関心と取組自社経営


三陸沿岸のホヤ漁が窮地に立っている。震災から6年目を迎え、本格的な生産に入り4年3年物のホヤが収穫となっているが、主要輸出先の韓国が福島の放射能影響から、輸入停止を続けている。1万4千トンの半分が南三陸町と周辺の漁場で水揚げされ、その損害は東電に賠償を求めると言う。
ホヤ養殖も震災からの復興があり、そろそろ出荷を迎えた4年物は、5年を超えると海底で駄目になり、商品とはならないばかりか海の汚染と繋がる。宮城県の漁協は生産の1万4千トンの処分を決めた。
南三陸町戸倉地区の生産者はこうした状況の中で販路の開拓に頭を痛める。せっかく収穫したホヤを処分するのはこころ痛く、剥き身にして生産を続けていた。大量に市場に出る事で価格の下落は更なる被害となる。本吉の方から漁民が自宅訪問し殻ホヤを販売していた。いただいたが身も厚く4・5年物だろう。「もったいない!」、蒸しホヤや燻製など保存しておく方法はあるのだろうが、私には知り得ない問題がありそうだ。

昨日は志津川地区被災市街地、土地区画整備事業・事業計画第2回変更案についての説明会が、6時30分から役場会議室であった。市街地整備の現状は29年3月の観光交流拠点が先行で整備される。それぐらいしか市街地整備・土地引き渡しについてしか知らない。
説明会の参加は結果的に「わたし一人」だった。ここに整備する商店・事業所は変更など何の興味も今の所ないらしい。参加予想は30名ぐらいを行政は予想したのだろうか。30席のイスが準備され、行政担当課・UR都市機構など20人がスタンバイをしていた。残業代として説明会には職員の給料が発生しているのだろうが、「もったいない!」。
30分で説明が終わり私の質問だけで25分を使い、説明会は1時間足らずで終わった。私的には市街地の知らない部分について、総ての事を聞く事ができた。多くの被災住民の中央区の土地整備不良の補修工事に7月までかかり、現在建設の進む住宅への対応は個々に当たると話していた。東地区の災害公営の入所は東が7月の予定どおりで、東の西については8月と10月で予定どおりすすんでいると説明を受けた。まだまだ聞いた事はブログで紹介をしていきたい。
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サッカー日本代表の長谷部さんが結婚との報道があった。南三陸町志津川地区の「あさひ幼稚園」への支援は1億円に及ぶ。本の出版の印税分とも言う。震災後に年に一回は幼稚園を訪れ園児との交流を続けている。こないだ、議会広報に「陳情書」が園より出された。土地の交換と建設費の助成の2件について町に求めた。人口が減る中で、働く人の居ないとの状況からも、子どもを預かる施設の必要性と、経営の雇用支援は町として当然ながら、陳情書の無くして支援を町はできないのか、町の取り組みを不思議に思う。

友人の床屋さんで情報をもらった。友人の二人が九州に行っていた。一人は熊本の知人への震災支援にだ。昔知り合いとなったカレー屋さんが被災した。二人の交流は熊本産の牛肉の試食会やカレーを送ってもらい、仲間達に振る舞った。そんな交流の恩返しだろう。
朝のニュースに「被災地応援バイト」が、東京のNPO法人の活動で関東圏から、100名が南三陸町に来て正社員に20人がなったとの話題だった。カネキ商店やホテル観洋などに、バイトから正社員として町の雇用支援に務めていた。こうした人たちが地元で腰を下ろし生活となれば、人口減少問題も少しは改善となる。

昨日は色々な事があったが、ブログに書ききれない出会いと情報を得る事ができた。人と会い話し聞く事で自分のプラスになる。今週末は仙台の印刷展示会があり、友好支部としての東大阪から来客が来る。

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2016
06/28

住宅再建地の選定に失敗


志津川地区の造成地の中央区(新井田)は、当初に遺跡が見つかり一年間の調査が行われ、遺跡跡地の小高い山の造成に時間が掛かり、今度は造成地の雛壇の擁壁問題があり、再建地として一番終わりの造成地である。(まだ半分しか終わらず年度内の整地完了予定。)。その為か整地終了しだい順次引き渡しがされていた。既に上棟式を済ませた土地や、地鎮祭・工務店が仕事を始めている所も数多い。そんな場所に造成地施行の不備があり、施工やり直しは6月中には終わるとの報道がある中で、今日の新聞には26日の日曜日に住宅再建問題に対し、町民への説明会が持たれ、佐藤仁町長、独立行政法人土地再生機構・JV(共働企業体)が出席し謝罪した。何か大変な問題が発生している。
135区画?理整備の土地が開発を進め、先行する50区画で土地に問題が発生している。この状況で進んでいる住宅建設はストップとなるのだろうか。ゆっくりと新聞の内容を精査したい。5年以上も時間が掛かり、早期整備だからと理由にはならない。「迅速に土地整備・住宅再建が進む」と昨日のブログの写真が、この現場の全容です。大変です! 友達たちの土地は途中の建物は大丈夫だろうか。

私はコンパクトタウン構想を進め、一か所に被災した再建地をまとめ、早期の住宅再建を果たすべきと、発言し町長に提言した事を思い出す。その時には行政は今の構想を決めていた。

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「もう無理だがら」と私の歯を治療する先生、今回だけと頑張り治療をしてくれた。「ありがとう!」。60歳になり歯槽膿漏が怖い、進んでからではどうにもならなく、総入れ歯はいやです。
こんな所にも熊本地震支援! 歯医者の主治医に欠けた歯に入歯を被せに行った。可愛い看護師さんがうがいしてくださいとカミコップ、こんな所にも被災地支援の輪があった。御蔭で予定通り歯が入った。

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2016
06/27

だいぶ進んでいる志津川中央区


日曜は天候に恵まれ、志津川地区を散策するには最高の日和となり、志津川の3地区の高台の整備・住宅再建の進捗を見に行く。中央区は上部の方がまだながら、低地部は土地が引き渡されると同時に、ハウスメーカーが直ぐに工事を始めていた。
西地区西工区はしばらくぶりで行った。昨日は日が良いのか地鎮祭の風景もみられた。震災直後は土地の整備中に硬い岩が見つかり、整備に時間がかかるとの事が発生した場所ながら、以外と早く問題の無いように進んでいた。旭が丘団地の奥ながら、3~4割が住宅再建へ始まりの姿があった。
西工区の手前の「アルファーダイヤモンド」の会社が懐かしい。以前は日産の部品工場ながら、震災前に自動車部品の製造が海外に流れた為に、工場の閉鎖で問題が発生した事を思い出す。震災時には工場の駐車場にあった水道が、被災でも使えたので多くの地区民や町民が、飲料水の確保で集まった光景を思い起こす。
何処の現場も全てが終わった訳でなく、半分が未だに工事中で造成工事を何で市街地よりも早く終わらせないのか不思議だ。
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住民の生活場所の確保が先で、土地整備の計画に時間を掛け過ぎた事で、多くの町民が町での再建を諦め、町外での住宅再建を決断した。私の多くの仲間も震災時の住宅再建希望の土地を、変更した事が現在、生活再建を終え新しい生活を始められている。限られた人生を町の計画が、住民生活を変えていまい家族の幸せを奪った。
大震災のせいとしているが、半分以上は防災体制の軽備と、早期住宅再建の整備を怠った「人災」と、町の疲弊の責任を最大の当事者に取ってもらいたい。復興で他に無い新しい町を造る事より、町と住民生活を守れなかった事が、被災地の二番目の悲劇である。「悲劇の町」から「消滅する町」にならなけれは良いが、その責任は誰が取るのか。町のこれまでの「まつりごと」を考えた時、また厚く語ってしまった。これが私の「怒りのエネルギー」となり、町で生活を続けられている。

鳩山邦夫が67歳で十二指腸潰瘍で亡くなり、炭水化物ダイエットをしていたと言うが、病気との因果関係はないのか。私の生活は「一日3食」を守る事で、今の病気と体調を守っている。60歳になると老化による体の異常を日々感じる。私の知人に腹空鏡手術で胃がんを三分の二を切除し、2週間で退院したと言う。医療の技術の問題は結果次第だろう。

今日は歯医者で治療がある。今の町の姿を見たことで安心している。自分の町の変化を知らない事が、大きな不安になる事が時々ある。まだまだ皆さんが知らない事を、来月の「マイタウン情報」で写真で伝えたい。来月には会社ホームページで、1月~6月の町の出来事を公開する。

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2016
06/26

かつてない大工事が町全域に


昨日のラグビーの初の天覧試合が味の素スタジアムで開催され、スコットランドと対戦は、日本の「ノッコン」の連発で自滅した試合に悔しさが消えない。勝てた試合が親善試合ながら、国内の試合で2度も負けた。まだ20数年前に一度しか勝てない相手、チャンスはものにしたいものだ。
野球の巨人も勝てない試合が続いている。一点差に負ける事の精神的苦痛が連続し、じわじわボディーブローのように、今シーズン影響する。今年の優勝は厳しいだろう。最近、スポーツニュースは見たくない。

熊本の益城町は震災に続き、今度は大洪水に見舞われ、二度の自然災害が発生した。二度ある事は三度ある。天はここまで国民に今年は多くの苦悩を与えている。夏は猛暑と「熱中症」の死亡者の拡大を懸念する。世界でも多くの自然災害の発生は、人間の自然破壊・地球影響を本気で取り組まない結果で、自業自得の成した事である。
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写真は水尻川の河川堤防の工事だ。志津川地区は全域が工事状態と現在なっている。火葬場前の道路にはう回路が現在造られている。火葬場への入口も大きく変わる。こないだの部落の説明会でも、町内の河川の幾つもの橋脚が何なのかを、多くの町民が知らないままで、市街地の再建が進んでいる。告知の町の広報・チラシなどの「みえる化」を進めるが、町民の無関心を良い事にやりたいように、政府のUR都市機構が行政職員となり、過去の町の事も知らないままで、過去を全て平気で破壊する「仕事」としての、金を求めての復興状態が続いている。
見上げる橋脚の上段までの土地嵩上げが今後進む。この場所は国道だけながら10mもの盛り土は大工事となる。津波防災となるが津波の驚異を人間は未だに知らないままで、今も公共事業の拡大で国の国民総生産の上昇を図っている。政府の活動と公共工事は一体である。
これだけの災害と復興が進む中で、日本の生活の向上が低下している事は、アベノミクスの効果は無い。日銀の300兆にもなる市場への介入があり、国債の発行を最小限にしていると言う与党がある。こんなにしても日本の経済の低下・デフレが続いている。国民の再建の意識が改革しない限り、日本の生活の改善はできないだろう。

私は良い時代に生きた。何か一つでも小さくても良いから子供達の何かを残したい。

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2016
06/25

原発の危険 来年4月に国は再稼働わすると言う

イギリスがEUから離脱となり、円高が進み、株価が下落した。その勢いは「リーマンシュック」並みと言う。安倍自民党の優勢が選挙の初日に報道された。
6.25ブログ
昨夜は「原発の危険」について、講演会があり、美里町の中学時代の恩師に誘われ、参加して来ました。会場には石巻市・東松島市・登米市・美里町・南三陸町から、60名以上の来場でポータルセンターはいっぱいだった。
県内の女川原発の避難計画や、原発発生の30K圏内のUPZと協定などについて、河北新報論説解説員の早川氏の、原発の潜む多くの危険について、「目から鱗」の説明に驚いた。次に前十三浜漁協組合長の佐藤氏の、原発廃止・反対の活動の歩みについて、高齢となっても自分の生活の糧の「海を守る」の精神で、県漁協一本化になった中で、震災被害と原発再開阻止の活動に取り組んでいた。
こないだの同級会で、仲間は「六ヶ所村」の原発の仕事をしているので、「女川原発はどうなるの?」と聞いた。来年には再稼働する旨の事を聞いたが、その通りに今、政府は稼働を目指し進んでいると言う。

政治・関連省庁と電力関連会社と、危険を知っている上で、利権をめぐる係わりがあった。何も知らないままで選挙の行動を国民の大半が行い、争点を変えた選挙政策がここにはあった。強権と与党優勢の中で14日の参院選が始まった。

国・県・自治体も国民・町民の安全を後回しの政策、私は許せない。形ばかりの信念に欠けた政治を私は絶対認めたくない。選挙は人で選びたい。

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2016
06/24

自分の生活の場を守るための活発な議論


昨夜は沼田地区の行政への説明会があり、志津川東地区西工区と東浜団地の境界道路の説明の場が持たれた。団地の西を走る東浜1号線の改修工事についての説明は、団地の住民の生活に密着している事もあり、活発な質問が町の市街地復興整備課に向けられた。
6mの道路には側溝・歩道・道路で12mの道路が整備される。7月~8月まで4区画に区分され、道路工事が通行止めとなり、団地内の通行は2か月の複雑な通行を余儀なくされる。私は一番遠くの商工団地内なので、ひとつも生活に影響はないが、子どもを持つ親にとっては、通学やその工事の安全性に多くの不安があるだろう。
現在、あさひ幼稚園の改築が進められている。その周辺には店舗付住宅が可能で、理容院・事務所・飲食店などが建設される予定もある。限られた場所ながら、自分たちの生活とその糧の為に、以前と同じような生活の再建を目指している。東浜団地の住民へは志津川市内の整備についての説明は余り無いようで、多くの市街地整備の質問が飛んでいた。
三陸道の整備は28年度中に「小森IC」ができるが、「商工団地IC」も同時期? の開通を目指している。また、高台横断道路については、志津川市街地の混雑解消に、中央区と東浜団地から389号までのう回路の整備が、29年度を目途に開通を目指している。

説明会の前に志津川中の武道館に、日曜日の試合の反省会と練習に行く。部落の会議の為に45分の指導とした。まだ道路が変わっていた。中学校までの登校坂は、新しくルートを変えていた。高齢者の運転は大変ながら、故郷へ帰って来る家族や親戚も、通行には苦労し、安全の確保に行政は配慮して欲しい。
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昨日は午前の大雨の中を仙台に行った。三陸道の東から10分くらいが会議場所なので、仙台と言っても運転は楽だ。行きは津山から乗り、帰りは米谷の三滝堂まで行き398号に下り、入谷で魚屋さんに寄り会社まで帰ったが、遠い。気になっていた「いりやど」の隣りの新館建設を見て来た。町の宿泊環境が大きく変わった。また外部から団体による宿泊事情が進む。昔のように民宿で町民が潤った時代が懐かしい。

九州の豪雨災害が広がる中で、広島県福山市で洪水や崖崩れがまた発生した。一日に6月の降雨量が降ったと言う。梅雨前線の停滞は、再度九州北部へ今日の大雨の予想が出ている。中国では前線の左端で、竜巻や雹が降り78人が亡くなり、500人の怪我人の200人が重傷だと言う。自然災害の地球各地の発生は、オゾン層拡大であり二酸化炭素の排出によるもので、これまで対策と言い、本気で取り組まなかった事に起因する。
参院選が始まり与党の圧勝で出口調査が出た。強い者が権力を握った者が勝、こんな社会がまかり通り弱者は二の次の社会が拡大して行く。18歳以上の高校生が、期日前投票の一号となり、立会人として初めて高校生があたった。話題ばかりが先行しているように感じるのは私だけだろうか。将来の安心な生活の確保の為に、本気で政治を考えて欲しいものだ。

今日は父が病院に行くので送迎だ。夕方は「原発稼働反対」の講演会がポータルで6時からある。震災後もお世話になった恩師が来る。感謝の気持ちを込めて会いたい。

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2016
06/23

復興の政策に疑問


今年の震災5年目の南三陸町の人口が、ついに14000人を切っていた。小中の児童生徒の数も増加する用途が見えてこない。気仙沼市の水産加工業への、求職者の就職を希望しないが、求職者の8割にのぼる。現在、水産業の事業の拡大を町は望み、関係する商工・観光の発展を進め、民泊の拡大を図り、交流人口や誘客による町の復興を描いている。
ふるさと納税への取り組みも、町での宿泊・飲食店などでの使用できる「商品券」を制作し、町への誘客を図ると言う。これまでの水産品の返礼品も継続する。これがどんな効果を生むかは事業が実施されてからだろう。気仙沼市は返礼品を多くし、「ふるさと納税」がし易い形で、納税が倍になった。納税者の希望だろうが、返礼品を遠くから楽しみにしている納税者の話しもある。被災地支援もあり生活の自己防衛でもある。被災地に来てもらう事が町の目論みだろうが、そこまで支援者にあからさまに求めて良いのだろうか。被災者には「いつまでも被災地ではない」との声も聞くなかで、町は震災を復興を観光客誘致の手段にし過ぎと思う。これでは何時までも町の復興とはならない気もする。

写真のあさひ幼稚園の移動? なのか、新たな工事が始まっていた。志津川地区の本格的な災害公営住宅の移転も、東工区では7月10月との予定で、その日を今か今かと待っている、被災で仮設に住む住民も沢山いる。仮設の集約も10団地以上で始まる。住民を大切にとの私の思いは、何処からも見受けられない。住民の生活支援にもっと町の財源を回せないのかと考える。巡回バスの無料やスーパー早期出店は、財源難にあり、豊かな生活のできる住民は町を去り、スーパー建設予定地の復興が遅く、スーパーとの出店契約締結は、町は住民の事を考慮しているとのパフォーマンスに私には見える。
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九州地方の豪雨が心配だ。町が田畑が冠水した一時間の「100ミリ」を超える豪雨が発生したら、現在進む造成や造成が終わった所に被害が発生しなければ良いと願う。自然災害を未だに軽く考える町の政策が見えてくる。地球の異変は赤道の「エルニーニョ」「ラニーニャ」などの、発生が、これまでにない形となり発生している。現在の現象もインド洋のモンスーンの影響だと言う。これまでにない事が今後も発生かるだろう。予測と予知に町独自の観察を必要な時代になった。英知は何処に行ったのだろう!

今日は仙台に行き、帰りスポ少、部落の集まりに行く。後、1年半で関係する役職は全て辞める予定で、今の行動をしている。

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2016
06/22

志津川地区の建設ラッシュ続々


志津川東地区の西工区のメイン道路は、災害公営住宅の間にある。高齢者が多く住む団地の見守りは、離れた場所にあり一般の住宅からの声掛けなどはできない。
メイン道路から入る路地は、建設会社の車で走行は危険がいっぱいだ。基礎工事の場所ではミキサー車や関係車両で、見学の物見草な侵入は控えた方が良い。

長野県飯島町のマジッククラブの皆さんによる、南三陸町の多くの支援活動への恩返しを始めた。飯島町の南アルプスの雪解け水を使った「新酒(神酒)」を、新築祝いとして知人・友人に届ける。こんな活動を始めた。「長野の御柱の里から」と題し、建物の末代安全の願いを込め贈る。
被災地支援に対し受けてばかりでは申し訳なく、為になる互いの方策を考えていた。方法としては金額ではなく、喜んでもらえる事をしたいと思っている。
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今度は大阪府印刷組合東支部の支部長さんらが、7月2日開催の仙台印刷展示会に来る。被災地の印刷会社への応援として色々な事を考え事を起こしている。10月には気仙沼市での互いの交流会も企画している。御世話になりっぱなしで、ビアパーティーでの南三陸・気仙沼支部の支部長賞の、南三陸産「ブランド伊達銀」の銀サケが好評だ。今年もお願いしますと言われている。

相手の事を考えての行動は、親しいなかでも当然の事ながら、配慮に欠ける事を自分も追われた生活の中でしているかもしれない。今持つ役職を全てパーフェクトにこなそうと自分はしている。
明日の3つの用件のトリプルブッキングがそれだろう。仙台での理事会があり、スポ少の指導、部落の周辺の土地整備説明会がある。時間割を考えながら全てに参加したい、なぜなら全てが大切だからで、辞める時は周辺への迷惑は覚悟して、行動に移したい。

周囲の人の為に一つでも、喜んでもらいお手伝いをする事を目標に今日も生活をしたい。

最近、母の居る養老病棟がいっぱいになった。母もここがあるから安心して余生を過ごしていられる。町に病院は良い事ながら、維持して行く事に大変さを思う。

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2016
06/21

一揆に新築ラッシュ


「のんびり暮らそうと思ってたら?」、と新築をやっと済ませたご夫妻の声を聴いた。「まさかこんな事になるとは」が、本音だろう。
町の「復興まちつくりニュース」が届く、補助金の窓口申請の注意は、自分の混乱の懐かしさを思い起こさせる。私は25年から住宅建設への動きを始めていた。土地の整理・登記や書類の確保、銀行・建設会社の決定など、会社の再建の中での住宅の建設は、大変だった事を思い出す。
志津川地区の市街地整備説明会が6月28日午後6時30分から役場で開催される。2回目だと言うが、初めて知った。被災地での生活はゆっくりと、町のニュースなど読んでいる時間はない。しかし、60坪の志津川市街地の換地の土地は、私が生を受けてから暮らしてきた土地で、強い愛着と思い入れのある場所で、買い上げとならない事で、土地利用は今後の私の最後の取り組みとなる。
災害公営住宅・戸建の志津川地区の空家・空き地の問題が続いている。集合団地が19戸で戸建は4戸が空いている。住民の確保は町の財源確保の面からも、クリアして置かないと大変だろう。
住宅再建の記事があり、戸倉団地の公益施設の出店募集など、高台移転での多くの問題の解決を、町の再建と税収確保と人口減少阻止がある。災害公営へは子供達が仙台などの大都市での生活を確保し、南三陸町の生活を既に諦め、両親も子供達との生活を諦め、住宅入居を選択していた。土地と自宅を持っても将来への負担がある。頭の良い人と計算高い守りの強い人が、この判断の根底にある。
防災集団移転(高台移転)は歌津地区で「28戸」で、志津川地区は「75戸」が空いて再募集をしている。当初の土地の希望が減少と、調整で再度整備戸数を減らしても、土地の整備が終わった今での「103戸」の空き地は、町の財政に重くのしかかってくる。
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志津川高校の同窓会が今年も7月に開催される。15日(金)で6時に南三陸プザが会場となっている。志津川地区の高校として100年にもなるのだろうか? その地元の高校が震災による子供達の減少により、存続の危機を迎えている。卒業生が共にスクラムを組み、町の高校を残そう卒業生の結束が必要な帰路を迎えている。

熊本地震の住民の震災復興が進む中で、昨夜一時間150ミリの局地的豪雨が発生し、2人が死亡し2人が行方不明となっている。梅雨前線の停滞は2日間で500ミリの雨を降らせ、震災による痛んだ町に更なる危険をもたらしている。自然災害の発生は予想も付かず、我が町とて復興途上で丸裸裸状態の町が広がり、再度の自然災害を懸念する。

昨夜、中学校時代の先生が、ポータルセンターで「原発の廃止」の講演会の開催に行きますとの情報をくれた。6月24日6時からだと言う。7年ぶりの再会が実現しそうだ。登米市・美里町など原発30K圏内の住民が、開催地を変え原発反対を訴えている。

今日は何も仕事が無い。母の病院にでも見舞いに行こう。

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2016
06/20

ぶたれて反省 ぶたれて感謝


昨日の本吉郡学年別剣道大会があり、引率で行って来た。3年生以下の戦いに皆が目を注いだ。我が団の「安倍陽」は一回戦を面の一本勝ち、2回戦を胴の一本勝ちで、みるみる内に決勝へ勝ち進んだ。決勝は試合時間2分ながら、互いに有効打がなく勝敗が付くまで戦いで、その時間は7分以上にも達した。緊張感は3年以下の小学生の戦いは、想像を絶する決勝戦で、雄飛剣道会の三浦君が優勝した。我が団の安部も沢山の優勝のチャンスがあり、1度2度と審判の旗が揚がったが、審判の有効打突としては認められなかった。色々な身体の部分を竹刀で叩かれながら、泣きながら臨む戦いは観客からの暖かい視線と歓声が贈られ、二人の対戦は指導者として、互いの成長の一部分になると思った。練習でも7分の緊張感の中の試合は経験なく、この経験が二人を強くするだろう。
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「ぶたれて反省、ぶたれて感謝。」の、郡連会長の齋藤7段の言葉に、剣道の神髄の一部分がある。志津川剣道スポーツ少年団は「団員募集!」もしている。

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2016
06/19

新しい地区のみなさんと


「ユリヤちゃん、こんにちは!」。こんな普通の世代交代を夢に見て生活してきた。昨日は入院の母を、熊本震災の被災者支援から帰ったばかりの兄が、孫を連れて来てくれた。優しい息子と、恥ずかしがり屋の孫とのみんなの会話は、私が夢見た世界であった。

知人の買い物で石巻の「ニトリ」に行く。多くの買い物客が品定めに御夫婦できていた。震災の住宅再建での家具・備品の準備と見た。私は最低の家庭生活の為に安い物ばかりを買い求め、今の生活をする。先が短い父と、糖尿病でインスリンを打っての生活は、次世代への継続が難しく、今を精一杯生きれれば良いと思っている。
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写真は3時半の石巻に行く途中の、昨日の防災庁舎風景と、戸倉地区の折立川の護岸工事で、45号の対岸の津波復旧工事の今です。以前は何もない原野の護岸で、ここまで復興交付金を掛ける意味があるのかと思う。この先の戸倉西戸の被災農地は圃場され、水田には青々と稲が生長していた。

6時半に沼田地区の役員宅に招待を受け、交流会をした。震災後の混乱の中で沼田地区も、食糧・飲料水・電気が無い厳しい生活の話しを聞く。多くの被災者や支援者を宿泊させ、当時のセンター長宅を支援活動の拠点にしたと言う。震度4が3分間と最大震度7でも、住宅被害は少なく震災による「り災証明」はなく、瓦の落ちただけでは震災認定はされず、支援は無かったと話す。津波被害が今回の悪夢の世界を造りだした。この日は明日の剣道大会の為に9時前には帰った。

今から「報道2001」を見て、「日曜討論」と「そこまで言って委員会」を録画する。午後は南三陸町を去る方の送別会をする、仲間の御付き合いをする。仕事でないボランティア活動で、毎日、追われている生活が実情です。

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2016
06/18

未希の意を継ぐ職員の笑顔再来


行政職員の対応・接客の低下を時折感じる事があった。被災し仕事に追われる中で余裕が無かった時期なのだろう。ある程度の町の落ち付きの中で、対応に笑顔を見る事が多くなった。あの部署・あの窓口とどんな人にも、公平に「御苦労様です!」と元気に向かえ、送り出してくれる。私は来客として行政への不信感の元に職員と接してしまうが、自分の心の小ささを反省する気持ちにさえなる。来客の一番初めの町の対応は窓口であり、対応の不備で「この町は……?」と、気分を害する事も多く第一印象が大切だ。

今でもミキの役場窓口の町民税務課の「笑顔の対応」は、私とかが剣道指導者として繋がっているとの理由だけでなく、総ての町民・来町者に向けられていた。貴重な町の顔と「若き財産」を失った。災害対策本部の後継者への配慮不足と、震災津波の自然の驚異を軽く見た結果で、多くの町民と共に貴重な命が奪われた。「私はけっして許さない!」。こんな気持ちが時々蘇ってくる。

町の震災復興で色々な建設業者と、儲けを優先し「被災地再建」の名を掲げ、来町する「やから」も少なくない。現在も多くの新しい住宅再建会社が入っていて、その悪徳業者の悪行も巧妙になっている。数千万の一生に一回の支出の住宅再建の資金を狙っている。「疑って!」掛かる事が必要だ。
町の復旧工事でも、防潮堤護岸工事でも手抜き工事があったと、私の周囲の情報を持つ仲間は言う。そして、今回は加速する志津川地区の高台の中央区の土地整備で、造成の不備が発覚し「やり直し工事」が今月末まで掛かると言う。それで無くても志津川の中央区は工事の遅れがある。

震災後に佐沼の借家に入居した、同級生の兄が人知れず無くなっていた。震災直後の電話で「早く何とかしてくれ!」と言われた事を思い出す。震災3年後に亡くなった。病気の後遺症で生活は大変のようだった。その家督さんも佐沼に子供と一緒に現在は暮らし、住宅を再建し生活している。

今日は部落の区長に集合命令があり、夜6時半から前区長の家に行く予定だ。日曜が剣道大会なので程々にして、帰りたい。今日は絶対に歯医者に行きたい。時間に追われ昨日は行くのを忘れた。何事も忘れる事が多くなり、老化が確実に進んでいる。

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2016
06/17

私の町への訪問者


梅雨に入り今日も雨日和だ。昨日は友達の父の焼香に同級生と二人で行く。震災の中で事業再建や私の支援に協力してくれ、何時も気にかけてくれた友人だ。母の入院でも偶然に同部屋となり、2週間前に病状が急変し特室に移った。母の様子を見に行くと入室者が変わっていた。受け付けて入院者の事を聞くと、「教えられません」と言われた。個人情報なのは判るが、町の事情を判る方が居たら、事情により町民には「何日亡くなりました・転院しました」は、聞きに来た方には本人確認をし、知らせても良いと思うがどうだろう。結局、葬儀も家族葬で済ませたと本人から聞いた。人知れず亡くなる事は、被災地で起こっている現実で、当人をしる方には知られる事無く、天国に旅立つ。本当に悲しさが増す。だから、私は事情もあるだろうが、「大変だったね」「御苦労様」と声を掛ける。行って良かった、来てくれてありがとう。が町で今後も暮らす町民の「絆」になる事を願っている。

突然の「名刺頼みたい人がいます。」と電話がきた。知っている方で、「英語が話せなく困っています」との事だった。学生さんで入谷から自転車で農協の下まで来ていた。片言の日本語と英語で、何とか願いが解った。中国人の方でイギリスに留学し、被災地の南三陸町に「日本語を学ぶ」「被災地支援・交流」が目的だと言う。ホームステイできる所を探していた。宿泊費が長く町に留まりたいという事に、大きな障害となっているようだ。私の家は父親と二人で無理で、いざ、ホームステイできる所は思い当たらない。バイトしながら宿泊できる場所をと、ある社長を紹介した。地元民の小中高との交流も制限があるし、多くの理解者の元でないと厳しい。何かあったら支援したいと連絡場所を知らせた。
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昨夜は19日の日曜の剣道大会に向け、最後の練習に団員と1時間50分、しっかりと総仕上げをした。先月の中に竹刀を初めて握った5年男子と6年女子は、試合でも戦えるように厳しく、私の声もかすれるまでに指導をした。少しの小学生には体罰に見えるかも知れないが、これまでの指導した子供達と同じで、厳しい指導で道を外れた団員はいない。厳しさと褒める事と、良く出来たら褒め涙する指導で、そんな少年剣士を造るが私の団員への思いだ。

仙台の知人が電話をくれた。中学時代の恩師「小松先生」が、アフリカ難民支援など、世界の子供たちの支援の募金活動にシャンソンを歌っている。震災前に美里町の公民館でのコンサートが、大震災の2年前ごろに開催され、応援に行った。今度は最終コンサートで仙台で開催し、私にも是非来てもらいたいと友だちにチケットを贈ってくれた。7月に先生に会いたく、先生のパワーと優しさを貰いたい。

写真は志津川地区の本浜町の旧魚市場から我が家の方向を望んだ。何も無い新しい防潮堤の壁と、その上には盛り土10mがそびえるだけだ。チリ地震での津波防災の象徴の防潮堤も、過去の歴史が全て土に下と、新しい商店街と観光地の下敷となり、南三陸町志津川地区が消えようとしている。55年間も志津川町民の安心安全の環境を維持してきた姿は、何も残されずに歴史の藻屑となり消え去るだけで、自分の生きて来た町を平気で造り変えるその考えは、この地に住まなかった人間の成せる技と私は思う。広島・長崎の原爆の姿を伝える、この市民の県民の取り組みに学ぶ事をしない、町づくりは失敗の部分が多数にあると私は思う。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:44 】

2016
06/16

進化する母校(志津川高校)のモアイ化計画


志津川高校の活動は「被災地への募金」や、来町する教育旅行の高校生との交流などがある中で、震災後の「モアイ化計画」は、チリ国との交流があり、モアイ像の再建にも高校生の活動が深くかかわっている。その他に「モアイかるた」があり、昔の町を句に読み、その絵も生徒が作成し、地元の小学校に寄付をした。震災で無くなった町の歴史・施設・場所などを記憶に残すための活動をしていた。
こないだ高校に行った折、町を走るBRT(高速バス輸送システム)に、モアイかるたの絵がペインティングされ、町中を走るとの話しを聞く。「モアイかるた」は非売品で、町民や観光客の目に触れる事は無く、生徒達の取り組みを伝える意味では喜ばしい事と思った。
志津川高校の山内校長は入谷出身で、共に志高に学び卒業した仲間で、彼の被災地での高校の取り組みには脱帽する。今年は互いに還暦を迎え、最後の教員としての役目となる。しかし、彼は南三陸町の思いと、被災地である学校の疲弊を、何とか解消すべく日々、奔走しアイデアを全て出し実現へと向かわせている。ここまで学校の事を考えるのは、地元出身・母校だからだろう。

「共に頑張ろうぜ!」、これからも。

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2016
06/15

政治家と一般国民の間隔は遠く


毎日のように東京都知事の問題がテレビの画面から発せられる。「見なければいいのに!」と、私の周囲は言うが、政治の裏側で起こっている事が、専門家の解説により見え、国民の生活を守る政治は、政治家を守る物となり、国民の生活を守るのは二の次と言った感じに見えてくる。「都政の停滞をさせられない!」と言いつつ、誰が都民の生活を乱しているのか、現都知事を金の亡者としか見えなくなった。
雨不足のため「10%」の節水に踏み切り、かつてない渇水の現事態となっている。梅雨に入っているのに、ダムの水は少ない所で20%を切っている。これから本格的な猛暑に入って行く中で、都民の飲料水「命の水」の確保対策を講じないままで、都政の停滞は今後に大きな都民の生活問題へと発展しそうだ。政治も都政も我が町も、国民・都民・町民の不在間を強く感じる。
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昨日は、震災の前の宮城・岩手内陸地震があり、その後で東日本大震災が発生し、今も熊本地震で国民が苦しんでいる中で、関東での東京直下型地震の発生も予想され、日本の政治は何を考えているのか。今後は多くの国民が、社会保障・高齢化・介護問題で、困窮家庭が生まれようといている中で、何をしているのか。私もその暗い影に怯えながら、人として出来る事は何があるかを考え、今を生きている。

15日午前9時48分、都知事が辞任を決めた。政治の裏側で何かが起こった。「総理は私がその方向を決めた」と言うだろう、都政の停滞を招かぬようにと! こんな参院選の演説が聞こえそうだ。政治っていったい何! 交換条件は何だったのだろう?

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2016
06/14

人食い熊


母の施設からの料金がきた。今月は現在入院で入所20日で、6万余りの請求だった。病院の入院の備品も全て委託会社にお願いし、パジャマ・おむつ・身の周り品も、8千円の振り込み用紙も郵送で届いた。老々介護の貧困家庭に近づく実感がある。母の国民年金は2か月で介護保険などを引くと65000円と、寝たきりの母を看るのも、今の私の所得では将来の不安ばかりが増してくる。町の他の家庭とて同じ状況が差し迫っている。

朝のニュースには驚きの話題ばかりだ。秋田で射殺されて1.2mのメス熊の胃から、人間の肉片が見つかったと言う。今月に入り4人の方が熊に襲われ死亡した。根曲り竹を取ろうと住民が犠牲となったが、その後も生活の糧として採取の人が多く山へ入る。
枡添都知事の政治資金の不正支出問題が、6月議会の一般質問から「総務委員会」の一問一答方式で、再度追求されるも何一つ都民が納得できる答えは出てこない。しばらくの間「辞職決議案」の提出を伸ばして欲しい。その為に給料を全額返金すると言う。政治家の常識と非常識は国民が知り得ない、異常な感覚を更に深め、政治不信がさらに増す中で、18歳までの投票権・合区・定数減など、選挙の形は変われど政治は益々レベルの低い物になりつつあると思う。
42歳の女性宅に交際していたと言われる52歳男性が、女性と父親を殺害し、自分もビルから自殺した。
覚せい剤の使用の男性宅から、身元不明の死体が発見された。理不尽な事件が多発している事で、日本の人口減の不合理な社会実態を不思議に感じる。
まだまだ「不倫」「不正」「不誠実」な多岐に渡る事件があり、関係している人間の様々な欲に原因があった。

昨日は仙台の友達の葬儀に参列した。取り巻く様々な方々が見つめる中で、彼の死を皆で送り出し忍んだ。住職さんの話で、故人人ができなかった事を次の代に引き継ぎ、またその次にと故人の遺志を繋げる事が大切で、供養となると話していた。二人の子供たちは親の後ろ姿を見て育ち、結婚し孫を見せ親孝行をしていた。当たり前の世代への引継ぎが出来ない人間が増える中で、友はしっかりと子供を教育をし、子ども達も素直に普通の人間として、日本の将来を背負っていく大人へと成長した。色々な彼の活動は社会に貢献したが、この事が一番社会貢献と私は感じた。

今日は一日休んだ事での仕事と、高校の評議委員会と、スポ少の剣道指導がある。朝から「吐き気」に襲われた。大丈夫か自分!

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2016
06/13

寿命を分けてあげたい


我が家ののら猫の「クロ」。昨日の天気の中で、私の遠慮して「目の前を歩きなさい」の視線に、チラ見して背筋を伸ばして歩く姿に呆れた。天気の時は従業員の愛車の下がお気に入りで、恫喝には動じなく、怯えも知らないのら猫になっていた。父も私もどちらかと言うと動物は苦手ながら、「また、いたぞ!」と、会話の種になりつつある。今日は一日雨、涙雨は強くその悲しみの深さに比例した。
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晴天の登米市津山町柳津の地区中央に、南三陸町民の住宅移転場所がある。震災後の行動は早く、新聞折り込みの途中にあり、開発会社が町の空き地を整地し、土地と建物の販売をした。土地は60坪くらいでその半分以下の土地に総二階で、「こんなにも狭くて大丈夫」と思った。県の仮設住宅での生活は無かったかも知れない。戸倉地区の人が多く、仮設での共働生活が苦手な、私と同じ生活の家族と私なりに分析した。今となれば1300万・1600万の土地付き住宅は、激安物件だった。津山の空家への移住も多く、過疎化阻止の動きが大震災で生まれ、登米市の疲弊を少しの間阻止した。員最後一年もしない時の事だった。
津山の町も買い物事情は大変ながら、10分を掛ければ飯野川町・登米町に、大型スーパーとホームセンターがあり、車が運転できれば不自由はない。今後の迎える高齢化は買い物事情にも影響となる。登米市は住民生活の「下水道」「水道水」が高いと言う。水道水は全国で2番目に高く、下水料と合わせて「1万円前後」が普通と言う。
我が家は浄化槽代が一年間47000円で、水道代は1800円、、計算すると月々「5千円」となる。年間で6万円は登米市から見れば安い。生活は「登米市は楽」と言うが、そこには一長一短が在りそうだ。
今日、兄貴が熊本地震支援に行く。

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2016
06/12

全国に繋がってる鉄路を無駄にしないで!


金曜日に登米市柳津の新聞店へ、戸倉地区への自社の「マイタウン情報」を織り込みに行って、その足で飯野川のウジエスーパーへ生鮮野菜を買いに行った。津山から10分と、旧津山町からも大型スーパーが近くにある事の利便性を知る。過疎化は一店あったコンビニも閉店へと向かわせた。
震災から6年目を迎え、今も南三陸町には格安・生鮮・選択などの自由のスーパーが無い、震災後の生活環境が今もあり、行政は住民サービスの環境整備を早急に図ろうとはしない。計画だと17年夏の出店が町と締結されたものの、その期日も市街地整備の遅れから、延期される事となる懸念を持っている。

新聞店に行く途中に柳津駅に行って見た。ちょうど気仙沼線の列車が駅舎に入ってきた。カラフルにペイントされた列車で、観光客の誘致に一役かっていた。この時に下車した方は6名で、地元の高齢者とリックを背負った観光客だった。列車の線路はこの過疎化が進む町から全国に繋がってる。何て素晴らしい世界がここから始まっていた。ここでも全国へのキップが買え、団塊の世代の「のんびりと列車の旅」の実現ができる。多くの利点を投げ捨てての「BRT」の行政の決定は、行政の交通環境整備の「JR東日本」との、必要な交通手段の一つの住民サービスを、無視した野望野合と私は思っている。100年掛けた地域の鉄路整備の願いを叶えたのに、たった2年弱で諦めた決定の行政トップの判断は、早すぎた。これから「鉄路再建」の新たな活動が始まって欲しい。
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津山町にも多くの南三陸町民が移り住んでいる中で、柳津・横山地区の過疎化は移住者をプラスしても、減少が続いている。しかし、柳津駅に来るお客さんの中に、「翁倉山」「追分温泉」「こくぞう尊」など、訪れる人が多くなりましたと言う。今後は津山の観光ルートの企画などが進んでいる。原点は「柳津駅」からと思う。BRTとは違い遠くからのんびりと、「列車の旅」は年金暮らしとなった時に、私の夢でもある。志津川町で生き続け、最後の癒し安らぎは、静かな列車の旅と私は決めていたのに残念だ。そんな細やかな夢を簡単に廃線として決定は、100年の鉄路開通の先人の努力への冒涜と思う。

自分の事しか考えない人間が、震災後にはっきりした形で見え、現れている。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 05:39 】

2016
06/11

人生は自分の想うようには進まないのが世の常


昨日は突然の友の死に、多くの仲間が悲しみに包まれた一日となった。仙台へは一時間半で行けるが、行き来している訳でもなく、いつでも何かあれば会える気持ちが強かった。還暦では都合で会えなかったが、電話でも何度も話し、震災後も何度も会社に来てくれ、会社の再建に支援してくれた。実家の事も墓の掃除を仲介したりした。在る時「自分の墓の掃除ぐらい自分でやったら!」と意見した。今思えばその時の体調の事があったのだろうと振り返る。

夕方、防災庁舎の瓦礫の前を通った、何と寂しそうで悲しい光景がそこにはあった。河川堤防の建設が進み、土地造成の残土が高く積まれ、その姿はじょじょに人目から消えようとしていた。県の管理課となる遺構としての防災庁舎の保存に、県議議会での予算が「8400万円?」となった報が、一昨日あたりに発表された。町の財産ながら他人任せの政治が今後も続くだろう。

焼き鳥「なっちゃん」の帰り、中央区に初めて入った。既に2軒の建設と、土地の区画も決まり擁壁が目立ち、基礎工事や地鎮祭の後も伺われ、「土地さえあれば!」が被災者の、これまでの住宅建設の在り方からも判る。多くの将来への希望は、家の大きさ形から判る。高齢者や子供のいない家庭は「平屋建て」で、2世帯住宅や3世代が共に暮らす家はやっぱり大きい。志津川の各高台の団地は6割が二階建てで、4割が高齢となる事を想定し生活しやすい平屋で、バリヤフリー化の環境を整備していた。

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災害公営住宅には高齢者が多く住み、平均年齢は70歳を遥かに超え、高齢者対応の建物かは、これから検証していきたい。狭くても小さくても「住めば都」ながら、身体の老いはそれでも多くの生活しにくい環境となる。エレベーターの4階建ての災害公営住宅は必須で、20年後となると入所者の2割3割の減少が予想され、新たな入居はいないだろう。
人は今を明日を考えで生きるが、行政は将来像の想定しながら「町づくり」を行っていると言う。国からの消滅都市への支援や、故郷創生の予算もいつまでもある訳ではない。これまでの全国の過疎化・高齢化の波をしっかり確認し、震災後にその適切な対策をとらない、政策のツケが今後に現れてくる気がする。誰もその責任を取らないままで、我が町はこれからも生き続ける。
若者は目先の華やかさを認め絶賛する。高齢者は将来への自分の事と、税金の拡大増額に生活不安を抱きながら、静かな安心できる環境を求める。私も後者である。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 04:44 】

2016
06/10

中央区の土地整備の中で住宅再建が始まった


ブログのタイトルを決め、本文をワードで打ち込もうとしている時、携帯のメールが鳴った。「・・・さん亡くなりました」との訃報連絡だった。突然なから何が起こっても震災後は不思議が無い。(合掌)
共に震災復興の町で飲みたかったし、思い出話をもっとしたかった仲間の死だった。

週末にフェースブックに目を通すと、5年間の仮設生活から、新築し再スタートできました。やつと地鎮祭を済ませ次の段階に進みました。建設の住宅も完成し移転しました。こんな被災地南三陸町の高台への防災集合移転が、6年目を迎え嬉しい報告が、ぞくぞくと届けられています。他の友人の住宅もお盆前・今年中の完成など、みんな頑張っていた。

昨日、震災後に交流を深めている「長野県飯島町」の知人へ、御柱にちなんだお酒を注文し、新築祝いの記念として使おうと考えていている。御祝い金も使えは無くなるし、御柱祭りの長野のお酒となれば、本当の新築記念となる。震災の支援に何ができるか色々と考えるが、なかなか思いつかないままで、今回の試みは互いの土地土地の物産交流として、販路拡大への支援とも言える。

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中央区は整備の土地の4分の1が完成の中で、建設ラッシュとなっている。十日町の人が多く、「一日も早く終の棲家を!」が、欲しいとの気持ちの現れだろう。今も小高い新井田遺跡がそびえ、何時になるのか土地整備終了は見えない。見た目では判らないが年度内と以前から聞いている。

車のエアコンが効かない。ガスが無くなったとの為かと思うが、2回の車検の車、震災の荒れ地を走り続け6年目となり、多くの車の負担が今、悲鳴を上げ始めているのだろう。
昨夜も剣道に雨の中を中学校の武道館に行った。この日は今年から始めた二人の団員は練習に一生縣命で、結果を出すために必死に厳しい指導を受けに来ている。今月の19日は本吉郡の小学生学年別大会に、5回の防具を連れての練習で参加し、新団員の成果・結果が楽しみだ。負けるのも勝つのも、良い経験と私は思っている。

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2016
06/09

今年も梅雨入りの時期になり 我が家の畑の準備をする


本格的な梅雨入りを前に、今年も家庭菜園の準備を日曜日に出来た。「今年は何を植えようか?」と悩んでいるうちに、今を迎え「コメリ」からミニトマト・ナスを買い、自宅裏の猫の額のような土地に生えた雑草を取り、追い土を加えプランターの「ミツパ」を株分けしてナスと共に植えた。昨年同様にプランターに2本のミニトマトも植えた。梅雨を迎え水分だけを吸収し、日に日に大きくなる。そんな野菜の成長を楽しみにしている自分に、「年を取ったな」と痛感する瞬間を思う。160605_115157.jpg
毎日、都議会の枡添都知事への質問と答弁があり、第三者と言われる仲間内の調査を、弁護士の指導や説明通りの答弁に始終する。「辞め検」と言われる、検察庁上がりの弁護士に、被害者・被告人に弁護人が認められているとは言っても、日本の弁護士制度に疑問を強く持つ事となった。この弁護士は政治家の疑獄事件に関わっており、政治家の不正も暴き、弁護士としての敏腕性も有している。そんな中で強権的な発言に触れ、違和感を持ったのは私だけでは無かった。震災後は弁護士に期待を持てない事が沢山あった。
都民ならず自民党・公明党の今後の知事への質問姿勢は、来年の都議会選挙に都民の民意が反映する。また、来月の参院選にも与党の甘い体質を示す場となりかねない。都知事の弱みを握る事で、都知事への圧力と、互いの助け合いの「お仲間政治」が得られるとあり、微妙な都議会のずぶずぶの関係が伺える。しかし、そのやり取りについつい見入る自分がいる。面白い大人の駆け引きが見えてくる。弱い者の見方ながら、自民も民進も私の眼中には薄い。

小林真央が進行性のガンだとスポーツ紙は状況を伝えた。まだ330歳若い故の進行性なのだろうか。海老蔵の妻として一般の女(こ)が「梨園の妻」となった。その苦悩・心労の中で妻としての役目を果たし、子どものような旦那(海老蔵)の振る舞いも、梨園の妻として見守って来た。夫婦の互いに助け合う気持ちが強いのを感じるが、真央の身体に気遣いが、海老蔵に欠けていた気もする。悪魔はそんな所から忍び寄ってくる。平等に互いを常に見つめる生活が必要だ。私のバツイチの結果も、今思えばそんな所にも起因していた。

最近は今後の諸々の事前の準備を進めている。6月と言う月は仕事が年間で一番薄い時期で、営業と言っても自社のレベルでは、胸を張った営業は出来ない。今日も今後の「種まき」をする。将来に花咲く人生となるように!

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2016
06/08

政治劇場、まったく、変。


気仙沼市の防災集団移転は95%が引き渡しとなった。910区画のうちに「50区画」がキャンセルとなり再募集となる。南三陸町の防集の区画整備は、大部分で区画が整備の終了期を迎え、いくらのキャンセルかは私は図り知る事はできない。しかし、仲間の数人は自己再建で、町の整備地ではない所に、住宅建設をしている。

昨日は商工会商店街連合会の総会があった。総会最後に事務局よりの説明連絡で、町の総合計画の「子育て支援」が6月議会で審議され、出生支援の町の進める事業の、子育て支援の今後が説明された。子どもの誕生に、第一子「3万円」、第二子に「5万円」、第三子に「10万円」の御祝い金が、支援されると言う。旧歌津町でもこんな子育て支援があった。若い人が町を去り、高齢化率が今後40%を超える見込みの南三陸町の中で、この町の政策が順調に行くかと思うと厳しいだろう。人口減少の歯止めには、しないよりはできる対策を全て講じた方が良い。

気仙沼市の事業に「婚活催しに補助金」と、三陸新報に記事が躍っていた。人口対策ながら、独身男性の7割が「彼女なし」には、うすうす知っていたが、驚く実情だった。

先週土曜日に知人の息子が、ボランティア支援で来町した女性と結婚披露をしたとの噂を聞いた。その他にも震災後多くのボランティアさんが震災復興の中で、被災地の男性と結婚した。石巻市雄勝町でもボランティア同士が結婚をし、町の復興に頑張っていると、テレビ・新聞で報道された。被災者が何時までも一人では苦しく、癒し合える相手は絶対必要と私は考え、震災前の婚活事業を、できる範囲で実施している。

兄が来週に「熊本地震」の支援で、一週間滞在する。今、自分ができる事から一歩ずつ、我が人生を自分と同じように送っている。

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2016
06/07

大震災の悲劇を目撃した国民が リーダーの不正を許せるか



株式会社レック 社長 高橋 泉氏
「神戸からの飛躍、オンリーワン企業を目指して」
― 阪神・淡路大震災から立ち上がった復興と成長の軌跡 ―

 19年はあっという間で、「終わったな!」と絶望と復興の中から夢と希望の会社で、みんなで生きてきた。7月17日ブログには「命を守っていこう。」「終わったは何も終わっていない。」経済優先の価値感が終った神戸の会社として、「命一番」の会社、生きていればこその発信としていきたい。

 理事長として県内で2割の組合員が被災した。


枡添都知事の弁護士2人の調査報告が終わり、その報告が昨日あった。440万円の不適切な支出があり、他は「法的に何の問題もない」と言う。言い訳と話しの繕いは、頭の良い枡添氏のできる「生きる術」であり、父を早く亡くし母一人で育った苦しい生活から生まれた。リーダーとなるべき人間は、過去の苦しみ環境は関係なく、人から尊敬され有能な人材が登用されるべきと思う。「嘘」は政治家の本分ながら、最小限の嘘で国民に迷惑を掛けてはならない。
オリンビックの東京への旗の引き渡しに出席したい。などと言い、知事の続投をしたいと語る。次期の選挙は8割の都民が辞職すべきといっているので、次は無いだろう。政治学者としての名声も地に落ちてしまうだろう。ホテルでのスイートや飛行機のファーストも使用しないと言い、公用車で通った別荘を処分すると話す。「粉骨砕身」、都政に尽くす。誰がこの言葉を信じられるだろうか。
政治の不信は前甘利大臣も、不起訴となり政治に復活すると言う。100万・500万円貰っても、秘書が200万円使っても、贈収賄の証拠が立証されなければ、政治生命は確保されている。政治家の不正に甘い法律は、政治家が作った法整備であり、抜け道を確保しているようだ。

反省は枡添・甘利の両氏も反省をするなら、一年間の報酬を辞退するくらいの態度が欲しい。やはり金への執着なのだろうか。与党の共産党の政治への取り組みは、国会議員の定数削減と報酬削減、公務員の数と報酬削減もすれば、消費税の2%ぶん位は捻出できると話す。与党の官僚を守り保身の姿があり、国民生活改善は「どこ吹く風」と言った感じだ。国民一丸となり、町民一丸は一部の人達との共働と言った感じだ。
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昨日は志津川地区の東地区西工区に行った。あさひ幼稚園の園舎は大震災の支援と復興の象徴なのに、現在、こんな状況となっていた。私の親友もこの地に新居を構え、お盆前には入居する。北工区も着々と工事が進んでいた。高台横断道路の工事だけがまだのようだが、中央区にも住宅建設が2棟見られる。
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復興に「土が足りない」と言う。復興工事の検査を通らない現場の再工事が、町内に幾つかある。途中の検査で発見はできないものだろうか。ここにも国民の血税が無駄に使われている。悪徳業者は復興の現場で暗逆している。住宅の建設も3割から4割と繁忙期を迎え、業者選択には十二分に考慮をじて欲しい。

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2016
06/06

復興後の町づくりのリーダーは我欲・金欲のない人材を


被災住民の復興が加速し進んでいる。それに先駆け町庁舎の建設が本格化している。町民・職員を死に追いやった、行政の合併の約束だった「南三陸町新庁舎」の建設をせず、震災復興の復旧交付金の元に、達成できなかった庁舎を今になって、住民の再建よりも早く立てる事を、亡くなられた方々が「良かった!」と思ってくれるだろうか。

リーダーの資質と公平公正な人材が、新しい町の先導者として出現して欲しいと思う。都知事・総理・県知事など、次に控えるリーダーの姿も見えてこない。しかし、昨日の「報道2001」で、元鳥取知事の片山氏の、潔白な先見の目で政治事件を分析する姿に、時期の都知事の影を見た。元石原氏の破たん自治体「夕張市」への若い職員の派遣での、市の救済への英断など、新しい町づくりのリーダーが、外部からの町の検証の元に、一日も早く変わって欲しいと思う。

企業誘致は難しく、日本に大きな存在の水産会社の進出で、町の水産業は新しい発展となり、町の水産会社を纏め、あたせしぃ南三陸町の海産物の発信になれば、町発展の「光」が見えてきそうだ。
兵庫県の大震災から再建の女性の成功の実話をブログで、現在4回目の活動を紹介してきた。リーダーの先見の目による経営感覚と、社員(職員)への指導がその根底にあった。


印刷工業組合60周年記念講演会

株式会社レック 社長 高橋 泉氏
「神戸からの飛躍、オンリーワン企業を目指して」
― 阪神・淡路大震災から立ち上がった復興と成長の軌跡 ―

〔理念〕派閥を持つ人は去ってもらい、(親分・子分の関係)理念をもとに考える。そんな人に付き、考える社員もこうした上司に付く。
 苦しくてもリストラはしない。社員を信じる事で、20倍となり返ってきた。会社の悪口を言う会社にうわべの付き合いはしない。
 一緒に網を引く人が増えた。売り上げはお客様の支持率であり、利益率が下がったのは努力の欠如がある。不平不満はいいが、影で言う事はダメで、問題は解決できない。
 魚が水を大切にしていますが、口と心がバラバラ・天の邪鬼ではいけなくて「命を磨く」ことは口・心が一致する人間となる。
 力の欠如は、実現するまですべてやる。これが全力でやる事であり、できなかったら意味がない。時間を大切に使う事につながる。
 80才まで75万時間を生きられたら「明日はない!」と考え、一日一日を振り返って生きる。もう死んでもいい!は、阪神大震災からの教訓です。人の不幸のために時間を使う人もいるが、人の幸せのためにエネルギーを使うのは、自分の楽しみと考えるようにした。
 人を使う人は、自律の精神を持ち、リーダーは共通した考えを持つ。リーダーは「理由は我に有り!」という意識で、リーダーは会社にメッセージを送り、発信をしつづける事で人が集まった。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:00 】

2016
06/05

リーダーの資質


株式会社レック
 社長 高橋 泉氏
「神戸からの飛躍、オンリーワン企業を目指して」

(つづく3)
 インバウンド事業は海外からで、「目の前のお客様のために」「人につくしつづける企業」「より大きく誠実の和を広げよう」

 そんな「「世界の平和」は、阪神大震災を見て悲惨を知り、戦争撲滅!を誓った。
 自社の300企業は営業優先とし、一流企業の給料水準を目指す。そのためには、社員の自立・権限移譲を図り、クレームが多い程良く、情報収集が出来る。人に尽くす事を心から喜び、学力とは関係なく成長する。悪いリーダーは、自分のために人を使うお客さんの売り上げとなる仕事をことわらない。皆でクレームをつけたり、不平不満を影で言う。
〔理念〕派閥を持つ人は去ってもらい、(親分・子分の関係)理念をもとに考える。そんな人に付き、考える社員もこうした上司に付く。
 苦しくてもリストラはしない。社員を信じる事で、20倍となり返ってきた。会社の悪口を言う会社にうわべの付き合いはしない。

56年間の付き合いの悪友と酒を酌み交わした4時間30分、時間を忘れるぐらいの思い出話しと現況だった。
二晩続き彼の夢を見た、還暦を迎え震災後気になっていた奴との再会は、立ち話は一度しただけだが、これまでの人生と、現在までの自分たちの生き方に悔いはないと合意した。いろいろあったけど悔いる事無く、今後に何をすべきを語った。

夜九時を廻り、「帰れ!」と言える親友の一人だ。

私の周囲は「飲ませるな!」と言うが、自分の人生の生き方は「自分たちで判断する」が、二人の根底にあった。悩み苦しむ事もあるが他人のせいにしないが、奴の言葉の端々に感じられた。学生時代の生活や同級生との交流は、自己の個性を共有できる仲間たちの姿がそこにはあった。

これでまだ「自分の来し方」で、叶えたい事が叶った。後は目の前にある「5つの夢」を実現に向け、生きて行きたい。まだまだ終わっていない「納得でき悔いのない人生」に向かう事が、自分の活力の根源である。

(ちなみに写真は歌津総合支所完成予想写真です)

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2016
06/04

南三陸町の子供達よ 故郷で大志を抱け


 組織の意識改革の26年間は、社員の力が出せる会社を目指し、人間の能力を信頼する・危機感の欠如になれない等、社員の能力を消す!雇用の意識を28才の時に実践した。そして平成25年経営者より「おもてなし企業経営者」として経済産業省より認められた。
 現在は133億円の売り上げで760名の社員を持ち、エステティック・写真業・結婚式ブライダル業の経営をしている。海外にもハワイ・ロサンゼルスなど4社5社と支店を設立し、今期の目標を150億とした。
 今後はレンタルファッションなど、誰もやっていない企業を目指している。
 結婚式の1日をドキュメントにしたアルバムつくりもし、これまで600万組のアルバムを制作した。神戸から全国展開し、42拠点で日本の市場を大きく変えた。
 今は入籍だけの結婚式も多く、アルバム作成を「4万8千円」を神戸から打ちだし、年間94組のデフレ婚の商品も15年目を迎えた。レストランウェデイングの事業部も展開。冠婚葬祭では「明るい式場」を目指し、地元の三田市のシェアが90%となった。ファミリー葬を15万円で請負など、ヘアメイク部門・ブライダルカフェ・ペットカフェなど、目標をもってお金を使ってもらう場を提供した。メッセージ部門では、弔電祝電を3500円から4000円で民間でも電報が打てるよう、総務省とかけあった。福山運輸を活用するなど、KDDI・ソフトバンクと提携し、国民のために理屈に合えばNTTの3分の1のシェアも獲得できる。

― 阪神・淡路大震災から立ち上がった復興と成長の軌跡 ―

奨学金で「自己破産」と言うショッキングな事が現在起こっている。親に頼らないように保証人を付け、奨学金を活用し大学卒業後に、非正規での企業や派遣会社の低所得で、期間まで返済が出来ないと、延滞を請求され止む無く弁護士より、「事故破産しかありませんね!」と宣告される。
両親も自分の老後や現在の社会情勢の中で、困窮生活で子供の保証人になっても返済の目途は立たない。両親のなけなしのお金を分割で25歳を過ぎた子供たちの為に払う。

こんな家庭が増加し、「生活保護家庭」が毎年増加の一途だ。私も心の隅で最後は生活保護なんて事を思う。国の社会保障の崩壊が進む中で、消費税は自分たちの生活を守る為の手段として必要と思っている。300万円前後で「事故破産」、何でこんなにも家庭事態が余裕を持てない生活となっているのか、生活・収入に見合った生活で家族が助け合えば、普通の生活ができる気がする。
高所得の方には所得額に応じ一般よりも税額を少し高くして、一億総活躍を目指し、助け合いの精神で「末は我が身?」と、こんな思考とはならないだろうか。

こんな大きな公的施設や水産施設は必要だろうか。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:38 】

2016
06/03

阪神震災からのあるリーダーの軌跡

20070907111506[1]
 無我夢中で7~8年間、洗濯機でぐるぐる回されたような生活で、28才の時に8ヶ月でバツイチとなり、母の会社の冠婚葬祭屋を兄と姉と3人で経営に加わった。
 3人に1人が母子家庭の時代に2人の子持ちであるため、自分の目標を立てた。①100億円の売り上げ会社 ② 全国展開 ③ 子供を留学させる ④ 母に大きな家を建てる。こんな目標を40才半ばで達成した。
 28才の時に目に見える場所に目標を貼って、意識改革を原点に神戸の町から立ち上がった。
 組織の意識改革の26年間は、社員の力が出せる会社を目指し、人間の能力を信頼する・危機感の欠如になれない等、社員の能力を消す!雇用の意識を28才の時に実践した。そして平成25年経営者より「おもてなし企業経営者」として経済産業省より認められた。
 現在は133億円の売り上げで760名の社員を持ち、エステティック・写真業・結婚式ブライダル業の経営をしている。海外にもハワイ・ロサンゼルスなど4社5社と支店を設立し、今期の目標を150億とした。
 今後はレンタルファッションなど、誰もやっていない企業を目指している。
 結婚式の1日をドキュメントにしたアルバムつくりもし、これまで600万組のアルバムを制作した。神戸から全国展開し、42拠点で日本の市場を大きく変えた。


男女を問わずこんなリーダーが必要ですよね。社員と共に会社を創る。町民と共に町を造る。こんな気質を持った人材いないかな。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:01 】

2016
06/02

世界の経済にかげり 内需を腰折れさせない


安倍総理の「予定通り消費税は来年上げる」と、国民の前で繰り返した言葉は何なのだろうか。強権・強行な与党の数の元に、自分たちの描く政治を実行しようとして来た。麻生財務大臣の「総理が2年半の消費税を伸ばすなら、1年半前の公約を破る事になる。衆議院解散し信を国民に問うべき。」との発言は、財務官僚の消費税を上げる事による、財源の確保の上での今後の国の財源確保で動いて来た事への、大臣としての官僚向けの言葉と言う。
「G7サミット」の会議での各国の話を聞き、世界の経済状況から延期を決めたと昨夜、総理の会見が開かれた。「日本の今後の経済のリスクを考えて」との言葉も、何処か後付の言い訳にしか聞こえない。与党の数による総理の言葉の繕いに、「何をいているのか?」との大きな憤りを感じる。震災復興の再建計画の進め方や、都知事の不明瞭な公的資金の運用など、この国の政治家は、底辺の国民の事など何も考えていない気にさえ思う。
同時選挙もまだあると一部の専門家は言う。ここまで国民を意識の裏側を利用した政治戦略は、自分たちの立場の「保身」だけとしか取れない。参院選も選挙動向の調査は既に自民党は終え、「参院選でも勝てる」と言う確実な公算の元で、消費税の引き伸ばしで、国民の気持ちを引きつける戦略とも取れる。政治を報道・解説など知れば知るほど、政治家のやっていることに私の思う、真の国民の為でない事を痛感させられる。頭の良い人間は「自分の思いの達成」「立場を利用し蓄財を増やす」など、自分本意の考えに始終しているようだ。何処に真実の政治があるのだろうか。
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早期退社での退職金と上乗せ分があるが、会社倒産となれば一円の金もサラリヘマンには入らないと言う。
人口が減少する町に、あんなにも大きな町庁舎は必要ない。病院の体制も医師の居ない中で、こんなにも大きくする必要はない。将来に「ツケ」を残す箱物が、公的町の施設でこんなにも必要だろうか。復興交付金の施設復旧の再建を精査し、今後の町の事を考えない町づくりは、良いか悪いかは数年後には分かってくる。
災害公営住宅の入所に保証人は必要! 何故なら災害公営は県管理で、入居にあたっては県の制度の元で、保証人の必要性と保証人の所得証明は必要と言う。
町にいろんな被災者を取り巻く問題を聞きたいが、関係ない部外者に何も教えてはくれない、行政の対応を見る。私もそんな人たちの保証人となり、行政の対策や対応を聞いてみたい。将来も暮らす町の為に。
参議院の7月の選挙に向け。都議会は知事の説明責任の有無。など政治に大きな関心を持つ私には、この動向を見逃す事無く見極めたい。
都議会の一般質問は10分間で、質問や答弁は既に出来ていると言う。我が町は私の時の当初は、通告書と答弁書があり「学芸会」と揶揄され、東京都議会も同じで、こんなに時間が少ない事に驚いた。我が町の議会の質問は、「一問一答」方式で1時間30分と変更され、議会改革が当時は進んでいた。議員の活動の姿は、行政への一般質問が最大の活動の場としてある。
是非、町民の代表として、行政側ではなく、町民の立場と目線で議員報酬に見合う活動をして欲しい。都民の厳しい目が我が町にも必要で、被災者の事を思うのなら、恥じない議員活動をして欲しい。町民の将来の為にも!


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2016
06/01

大好きだった私の愛した町は遠く

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忘れていたが「斡旋利得罪」に問われていた元甘利大臣が病気療養中だったのに、久々その名前を聞く。東京特捜部の聴取を任意ながら受けていて、特捜は「不起訴処分」とした。民間企業から甘利氏も100万円を貰い、秘書は500万円を授受し、300万円を個人的に使っていた。政治家の権限は大きな闇の金を受け取る事が認められているようだ。
枡添都知事の「公私混同」を総ての職務で活用し、私財倍増の為に私欲を尽くしていた。自分のパジャマ・趣味の物にも、政治資金から出費し、グレー部分を法的に自分で利用し、自分の私財にしていた。前々の奥さんとの離婚の時も、自分の金はできるだけ回さないための工作まで講じていた。「せこい!」。東大卒の政治学者の末路は、自分でその地位を汚す事となる。「せこい」は「賢い」とも言われ、「恥」は「金」の為ならいといとない。こんな生き方もできると、社会の狭間の政治家の生き方に、総ての人間の秘めている「欲」なのかと落胆する。私もその一人なのかもしれない。

一昨日に荒島前の道路を通ると、人口海水浴場の震災復旧工事が始まっていた。ガット船が島の海底を破壊している感じだ。海底の海の生き物の住まいの海藻や、動きの遅いアワビ・ウニ・ツブなどの貝類も、一緒にさらわれているだろう。自然の津波の発生で少しの回復の中で、人口の工事で再度の自然の破壊が行われている。何も自然の姿のままで、自然の厳しい環境に人が慣れる事が、自然と人との共生であり、今後も自然と生きて行く事は、避けられない現実だと思う。
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町内の数少ない魚屋さんには、日本に誇る志津川の「真ダコの産地」としては、その伝説が薄れている。商店には「水ダコ」の販売が増え、「タコ開口」も過去の言葉となってしまった。
幼い頃に親せきの小舟に乗り、日の出前から父親と共にタコ釣りに行き、最後に私の仕掛けにタコが食らいつき、船へりで逃がした事が今も頭に残る。メガネを付けて海中に潜る事が、私たちの時代の海水浴だった。タコも手掴みでとらえる事もあった、そんな時代が懐かしい。

海は怖いは肌で何回も感じていた。クラゲに刺されたり、魚の餌だった自然のエラゴに背中刺され、20㎝の円状の腫れで眠る事も出来なかった。それが写真の小島だった。海岸が整備されたが、以前は岸から島までは、流れの速い40mの間を泳いで渡り、アワビの稚貝の群生をここで見た。

良き時代に生きた私たちは自然の災害には強い、精神力と生きて行く「術」を子供の頃から身に付けている。震災後に風呂に入らず1か月2か月と生きても、何の不自由もなかったし、小川の水も煮沸して飲み、賞味期限切れの商品も現在普通に食している。時々お腹をこわすが何て事は無い。2.3回の下痢で治る。厳しい生活から得た丈夫な体が、この厳しい被災地でもここまで暮らして来れた。

今日は従業員の引っ越しで休みで、今も知人が「引っ越しました」と電話をくれた。「土地さえあれば」、被災者の再建はこんなにも早い。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:39 】


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