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ARCHIVE - 2015年06月

2015
06/22

マンツーマンの少数精鋭もありかな?


土曜日に大雄寺さんに行った折、若い方々が花に水やりをしていた。震災後にボランティアさんの手で、斜面に花が植えられていた事を思い出す。参道が津波被害を受け全てを伐採した。その樹齢百年以上も経つ杉の木は、現在あさひ幼稚園の新築された園舎の建物として、志津川東地区西の一角に「凛」として佇んでいる。殺風景となった山門の隣りに震災後に植えられた花が、「紫陽花」だった事を昨日知った。藍色・白などこれからは土壌のpHにより色合いが様々出て来る。お盆の墓参りの檀家さん達を楽しませてくれそうだ。今年は正面が咲き、土曜日は墓地の登り坂の斜面に、支えの杭が建てられ水をやり、再び別の花が色を付け咲き誇る事となるだろう。
鎌倉の長谷寺?は今見どころとテレビで、その素晴らしい光景が映され、多賀城市のあやめ祭りも紹介されていた。花を眺める余裕は南三陸町の被災者に芽生えてきただろうか。我が家にも鉢の紫陽花がリビングのテイブルで、二週間目となるが満開に咲き誇っている。花は人に心の落ち着きを与えてくれる。

新聞の27年5月末の人口動向に当然の数字があった。我が町の人口が14000人を割り、志津川地区は26年9月末から「232人減」となった。震災から5年目を迎え、津波で死亡は566人で不明は213人と今現在の数字の中での人口減となった。志津川地区の人口流出の多さは他との地区別でも最高で、震災前7823人が5711人と「2112人減」の数字に驚くが、みなし仮設の県の補助が終了する来年度末?には、必ず数字はまた大きく減少する。
今回の議会でも町は人口減少対策と人口増加を重点目標に置いたが今からではもう遅い。多くの全国の行政の人口増対策の大きな支援と補助があっても、厳しい人口減少の問題の中にある。今まで暮らしていた住民の、町で再建したいの気持ちの強い間に、町づくりの土地を確保すべきが、5年6年とこんなにも時間が経ってはもう遅過ぎる。

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昨日の剣道の一試合で、小さい選手が我が団の安部で、身長の大きく違う選手と対等に渡り合う姿が、会場からの大きな拍手と声援が飛んだ。小さくても「この機会」を逃さない、時期とチャンスを生かし頑張って、大健闘を果たした。私の力は小さいが人が戻れる環境支援、人がリピーターとなり観光振興に繋がる活動を、今後も続けて行きたい。全ての残った住民がこんな気持ちを持って、また町で暮らせば将来が明るく見えてくる。
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