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ARCHIVE - 2015年06月

2015
06/17

少数精鋭で頑張る

来月の第一土曜にまた大阪から南三陸町の民宿に来客を迎える。今年で3年となる印刷業者間の交流が続いている。
今回は大阪から3~4人の参加と、本吉・気仙沼から同数の会員との宴席を予定する。大阪の東大阪支部長の永谷さんは、歌津地区のコクボ荘さんの接客を大分気に入っている。来客を飽きさせない会話と、被災時の事をありのままに語ってくれる。また、目の前に並ぶお膳が「物凄い!」。当事者だけでなく被災地の事を思う交流を今後も続けたい。いつも一人の対応なので楽しさから少し飲みすぎる。
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戸倉地区の変化に驚きだった。折立の橋から滝浜・寺浜の神割崎までの国道398号の沿線は、大きな様変わりとなっていた。波伝谷地区の「まやま」の高台造成があり、海洋青年の家・自然活用センターの周辺の土盛りと、周辺の嵩上げと高台の住宅建設があった。被災地の瓦礫処理場だった波伝谷・在郷・門前の場所は、あの大がかりなプラントの面影はなく、広々とした原野が道路から伺える。波伝谷の漁港は港嵩上げが本格化しているようで、大型重機が漁船の係留場前にそびえていた。
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人口減少の中で残った町民による、「少数精鋭」での町づくりがこれから繰り広げられていく。高齢者は75歳まで出来る活動をしてもらい。50歳前後はその一線で町づくりを考え、20・~40代は将来の町づくりに自分をアピールする。小中高生は、学業に励み多くの知識を身に着け、人口減少社会の中で、南三陸町のアピールで町存続の大きな力を発揮して欲しい。そんな学校生活の一面を昨日覗いてみて、何も無くなった被災地での頑張りの姿を確認した。
40・50代の成年家族が震災で何も無くなった町から、将来を懸念し町外の脱出を多くが3世代で共に決めた。復興特需が終わった後が、どうなるかが本当の正念場となる。あと5年9か月の10年の復興計画の元に進んではいる。実質あと2・3年で大きな復旧工事が終わり、後は残った町民と町外の支援者の見守りで、町は生かされ生きていく。
昨夜の夢がある。平磯を通り荒砥の母の施設まで、父と向かう途中に目が見えなくなった。いくら待っても、どうもがいても「道が見えなかった」、こんな夢だった。ある意味で今後の姿を暗示しているかのように思った。
道未だ険しい千葉家の現状だ。昨日は愛知県に建設会社問題の相談書を提出した。どんな対応をしてくれるのだろうか期待する。今夜は剣道の練習、面への打突で眼底に影響が無い事を願う。
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