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ARCHIVE - 2015年04月

2015
04/24

小さなおにぎりとコップ一杯の水で


食事制限の我が家は米30Kあれば半年ぐらいはもつ! 親戚から頂いた米で十分で、買う事はない。登米市に親戚・縁類も多く、お米は30Kで年に一回、3~4軒から貰い、まだ震災の年の米も残っている。仙台の甥や姪におすそ分けで多くを配っても、今は3袋が工場の隅っこにある。今食べているのは「つや姫」で、これが又炊き立てが美味しい。ご飯だけで何もいらないと感じる。

震災直後5日目に歌津地区の避難所の歌津中学校体育館に行った。知っている方も多く、体育館の板の間にブルーシートを敷き、薄い布団に子供達が包まり暮らしていた。
千葉さんと呼び止める会社社長の奥さん、「おにぎり一個と水一杯なんだよ、何とかならないの」と言っていた。歌津地区は国道の南北が津波により、道路網の崩壊があり、物資の流入が何ともならず、行政の機能低下で、周辺の被災を免れた家々から米を持ち込み、震災時の生活面の大事な食事を確保していたが、一週間くらいが限界だろう。こんなに時代が進み、飽食の生活になっても、交通網の断裂は「陸の孤島」と言う頃に、一時的ながら戻った瞬間だった。
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今日のニュースに気仙沼線があった。柳津までの折り返し運転となり、気仙沼線の再生を南三陸町の自治体は断念し、JR東日本も鉄路復活には財政資金面などから諦めていると言った感じた。「今後も働き掛けて行く」とは町はいうが、その努力は被災当時からは毎年弱くなっている。
BRT運行があり柳津駅の電車とバスの連携が悪く、駅での一時間待ちの状況に、今回「米谷地駅」からBRTの気仙沼間の運行を決定した。今まで同様の電車運行ダイヤを残し区間バス運行を開始する。人は慣らされると鉄路再建など、被災地にある住民は求める事を諦める。
歌津漁船の転覆から一週間が経過するが、不明の二人の手がかりもないと言う。事故原因も親潮と黒潮がぶつかる場所で、波も高く危険な場所でもあったと言う。保安庁の事故調査もGPSが海水に浸かり、器機を調べる事は難しいと言う。生きて漂流している事を願うばうりで、桜の花が時期を早めて開花していて、天候も5月の気温と言ってはいるが、海の冷たさは漁師が良く知っている。一分でも一秒でも早い発見で命が救われる。宮城県漁協歌津支所の海難事故は漁協の仲間が仕事を投げ打って捜索活動をしている。
私は、多くの事件・事故で、生きている事の意味を実感し噛みしめ、今日を生きる。

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