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ARCHIVE - 2015年04月

2015
04/14

町開きに一歩また一歩


昨日・今日と天候が崩れ、気象庁は太平洋岸に大荒れを予想する。偏西風の蛇行が低気圧と高気圧の影響で、「低気渦」となり発達している。南三陸町は意外と穏やかな気候の町、I・Uターンでも良いから若者の帰還を期待する。

写真は市街地の嵩上げの今で、志津川地区の人たちでも「ここ何処?」と思う方もいる。旧役場向かいの五日町で、将来はショッピングモールとして、道の駅となり商店街が34店結集し、観光客を出迎える。
気仙沼では学生の流入が3倍と伝え、今日も南三陸町にも大型バスが被災した街を巡回する。被災地には「教育旅行」が多く、多くの児童・生徒・学生が、復興の姿を見に来て、自分たちの災害への防災意識の向上と、どうすれば災害から自分達の町を守る事を学ぶ。こうした教育旅行に応えられる体制が、南三陸町に必要ながら、体制はいまだになく、被災の今の町を見学するだけだ。あと3年5年と復興計画期間を経過しても市街地再生・住宅整備の完成とはならないと思う。
CIMG0452.jpg
旧クボホームセンター前の急カーブが改善される。河川のバツク堤の工事が本格化するが、防災庁舎を今後どうするかは、町長が話すように市街地再生の障害となる。県知事が遺構として残すなら、この辺の対策をしっかり講じて欲しい。町はこれを理由に「町再建が遅くなった」と、その理由として絶対認めてはいけない。しかし、南三陸町民は優しい人間がいっぱいいて、これが町の疲弊へと繋がっている気がする。

昨日は母の退院だった。日本の福祉保障制度の充実を強く感じた。先月16日の入院で13日の退院、約一か月の入院なのに、入院費が「21500円」と我が家にとっては大助かりだった。介護制度も福祉施設での生活があり、施設・職員が退院の総てを行ってくれた。この間の経費も「42000円」と母の年金に少しのプラスで生活ができている。日本の福祉制度で何とか被災後も生きている。子どもに帰りつつかる母、あと何年生きられるか、母の自分の力が続く限り見守るつもりだ。全国で発生している老老介護の「悲劇」の事件があり、私自身「他人事ではない」と、多くの現実を見て感じる。
朝起きるのが大変だ。足が痛い、腰が痛い、寝不足……、こんな毎日の朝を迎えている。
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