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ARCHIVE - 2015年03月

2015
03/17

南三陸町の日の出


天気予報は昨日・今日と晴天、昨日は起きれず今日は夜中3時から布団の中で何回も目覚め、5時には今年初の御来光を見に、これまでの生活の中のスポットを歩いた。
前線の影響で水平線には雲があり、水平線からの日の出はこの次にしたい。
志津川沼田地区の総会に出席した。集会所には地区民でいっぱいとなり、7名の新地区民が誕生し紹介された。全体で124世帯の地区となり、今後も東工区の東・西・北と地区の誕生で、この地区は志津川の中の一大コンパクトシティーとなる。
地区の集会所も「避難場所」と町から指定され、新たな町防災の地区として、新たに整備される町区の模範となる。高齢者と中堅そして子供達も多くいる。地区の一員としてできる限り、コミニティーに参加し、迷惑を掛けないようにこの地区で最後まで暮らす。
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次は水尻川河口から見た日の出で、事務所が戸倉荒町にあった時に、この場所からの日の出を幾度もブログで紹介した。何も見るからにはこの場所の光景も大きな変化はないと思う。
昨日は友人の代役で交流会に参加した。午前11時からの会には、三重県松坂市から地区の防災と子供たちの防災行動についてどうしたら良いか、南三陸町の地元の5名から津波発生当時の行動の聞き取りと、発生時の混乱の中で生活に何が必要か、市民の防災対策として何が重要かなど、地区と児童生徒との津波防災をどうすれは良いかなどを語りあった。
5名の方々の言う話に、普段の防災訓練の大切さ、震災直後の生活確保に、最低3日間の備蓄が必要、そして避難所の自治にリーターとなるべき人材の育成、コミニティー・家庭で、常々津波・地震に対する避難行動を話し合っておく事で、命が多く救える事が実体験として話された。
想定外を想定する事の必要性と、津波が来たらとにかく早く逃げる事、そして逃げたら決して戻らない。と話し合いで確認した。
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最後に黒崎パーキングからの戸倉半島の日の出です。眼下では防潮堤の工事が進んでいた。若布の収穫風景の撮影が目的だったが、この日は漁師の漁船が戸倉の入り江には無かった。
交流会の11時に施設の看護師から電話が入った。「お母さんを救急搬送します」「まだ病院は決まっていません」だった。取り急ぎ会社に電話を入れ、父親に救急車に乗って先に行ってとお願いした。
午後2時までの3時間の交流会が終わってから、石巻の「仙石病院」に駆け付けた。病名は「急性硬膜下血腫」の先生の診断だった。一週間から10日の入院で、開頭手術は高齢で全身麻酔には耐えられないので、投薬や軽度な手術で対応しますと言う。良い先生に又出会えた。
施設での母のベットでの転倒は、自己責任と私は父と話し合った。脳梗塞で死の淵を幾度となく乗り越え、93歳まで生きてきた。最後まで一生懸命生きる母の姿に、脱帽をする。がんばらなくても良いよ、自然体でこれからも生きて欲しい。
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