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ARCHIVE - 2015年03月

2015
03/02

自然の驚異と海底調査

先月末、南三陸町の佐々木京子さんの遺体と、4年ぶりに判明した。戸倉地区で発見されたものの身元が判らなかった。今回は爪のDNA鑑定で、当時59歳の佐々木さんとわかったと言う。
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昨夜、三陸沿岸の海底の状況や、震源地の海溝部分の瓦礫の蓄積調査が、国の探査船の活動をテレビで放送していた。
南三陸町の椿島の戸倉側と島の光景から判断できた。「デベソ岩」を、志津川湾を潜り写真に収めている、ダイビングの佐藤さん、震災前から南三陸町の海の生き物を発見・紹介している。「クチバシカジカ」「ダンゴウオ」など、代表的にものは町の海の素晴らしさを紹介するキャラクターとして、色々な所に出て来る。
現在、ウニの大量発生による、海藻類の食害で磯に大きな変化が起こっている。震災後にデベソ岩に付着していた天然若布・昆布の姿はもう消えうせていた。自然界の再生の驚異と言い、生物の繁殖力など、その力を人間は調整できなく、これからの対策を一歩ずつと言う感じだろう。
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海溝探査船に搭載している「スーパードルフィン」がある。海底の生物の再生状況や海溝の瓦礫を300mの海底の様子を、船内に伝え専門家スタッフが、情報の分析に目を凝らす。その潜水機器の技術者に南三陸町出身の千葉さんがいた。ロボットアームなどの整備スタッフとして乗船していた。本人も母を津波で亡くし、自宅も倒壊したと言う。自分がこの大震災で何ができるのかとの問いに、母を思い出して涙ぐむ。
色々な形で町民は震災復興への活動をしていた。「国際防災会議」が仙台であり、世界の視察団が南三陸町にも来ると言う。多賀城の高校生は津波襲来の活動報告を国際会議でする。多賀城市も200名の震災死があり、津波は4.5mに達し、国道45号にも1.5mも押し寄せ、その到達地点の津波の位置を市内100カ所に表示している活動をしていた。
塩竈市に行った。マリンポートにも2m前後の津波も、護岸工事や嵩上げ無に元の場所に店舗を建設し営業をしていた。「避難路」「避難塔」の建設で観光客の津波対策を取っているのだろうか。
人口減少の訳を分析する事の必要性を思うが、もう遅い!

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2015
03/02

おめでとうと感謝の一日


3月1日は志津川高校の卒業の日です。前校長の加藤先生との出会いから、母校の入学・卒業の席に情報の発信の会社として呼ばれ、かれこれ7年目を迎えた。震災前のブラスバンドの活動・軽音楽の活動取材で加藤先生と初めての出合いだった。
知人の学習塾の先生の「中高連携教育」の長所と短所と言う問題にも、校長室に伺った時も快く取材に応えてくれた。
今年は3年来の「網膜剥離」の病気により、左目の悪化から出席案内をどうするか考えていたが、2月の手術で大分良くなり、今回の出席取材となった。
創立90周年の記念の年にあたる卒業生徒、校長先生の式辞は「学ぶことの必要性を説いた」、
まだ、生徒は原石であり、基礎を志津川高校で学び大学・社会人として、「学びに終わりはない」。今後も苦労して学ぶ事を努力継続し、自分を輝かせて欲しいと言葉を送った。
答辞では卒業生代表挨拶で、共に学び高校生活を送ってくれた友達に感謝、自分たちに多くの事を教えてくれた先生に感謝、3年間の学校生活を支えてくれた家族に感謝、と全国・世界からの応援があり、その中でもこの3つの人たちへの感謝を述べた。最後に「おかあさんありがとう」で結んだ。会場の父兄席の母の涙を多く見た、親子藍であり今の社会に不足している物と私は思っている。

こんなに人を思い家族の愛にしっかり包まれ育った卒業生、故郷を想い多くの生徒が、あらゆる場所にいても町の復興に関わってくれる事を願いたい。

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