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ARCHIVE - 2015年02月

2015
02/13

中堅が町の活性化に取り組む志津川


若者から中堅になりつつある人たちが、あがき・もがきながら頑張っている。
写真は津波で壊滅した志津川の袖浜民宿街、「そして何もなくなった」、この場所から一つの民宿が3月の震災4年目に、再び産声をあげる。
建設や人の確保があり、問題発生ながら「民宿再生の夢」を叶えようと、まだまだ奔走が続いている。町内での求職者の厳しい現実があり、「新しい生活を目指し一緒に頑張りましょう」と、求人を出すがその反応は薄い。動き始めている事業はストップできない。今後は町外に募集を拡大する。これも被災地の支援と是非協力して欲しい。
民宿「明神崎荘」は袖浜地区の先端の明神崎から取ったと言う。写真の真ん中に「ぽつん」と見え、ここまでは津波の被害が無く、志津川湾の水平線と日の出が見られる。最高の志津川の風光明媚を味わう事ができる場所です。

昨日の河北新報の記事に「地域再生自らの手で」と、「島根県・海女町と南三陸町に学ぶ」と仙台でフォーラムがあった。南三陸からは復興推進ネットワーク代表理事の及川氏が参加していた。
震災直後から子供たちの教育問題の支援活動など、復興への町の支援をしていた。現在は町づくり協議会の事務局として、若い社員が働いている。
現在進めている事業に、宮城県内陸の酒造会社と提携して「南三陸ブランド」の酒を考案し、23日から売り出すと聞く。
震災直後全国からの義援金があり、知人の恩師が龍谷大学の教授にいて、そのゼミ生の募金活動の支援を私自身も協力した事を思い出す。地元からも「タコ鎮」を京都のジャスコ店前の募金で会場展示にと送った事を思い出す。
行政の義援金の不透明な使途に疑問を持っていた私は、子供たちの教育支援活動をしていた、復興ネットワークへの義援先として紹介した。
フォーラムでは海女町の平成の合併を断り、独自での町づくりと人口減少の対策をしている。及川氏は「行政の縦割りからはみ出した所が我々の仕事であり、長期的な視点を持って地域の再生に取り組む」と、「若い世代の活動が町を新しく再生する」と言っているように私には聞こえた。

昨夜から今朝、石巻で5軒の放火事件が発生した。震災による空家ながら多くの思い出が詰まっていた。5K圏内で全てが全焼だった・被災者の震災苦が出たのだろうが、大犯罪である。住民の不安がイライラになり、多くの事件が今後も発生しそうだ。
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