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ARCHIVE - 2015年01月

2015
01/19

阪神大震災から学べない現状

男子都道府県駅伝で宮城2位の快挙に興奮した昨日でした。高校駅伝・箱根駅伝の選手が間違いなく育っている。来年は優勝候補の一角となりそうだ。
昨夜は震災で亡くなった同級生「牧人」が、ブラバンの行進のリーダーとして活躍し、後輩の震災後亡くなった「庄市」が、団体のパフォーマンスの中心で踊っていた。余り見る事のない友だちの夢への出現があった、何なのだろう。牧人の生き生きとした姿に、夢ながら安堵した自分がいた。
商店の復興は厳しいと三陸新報が、南三陸町の商店再選を伝えていた。出資・賃料など事業計画がネックと伝え、今が出店者減少の正念場と見出しは踊っていた。
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阪神淡路の大震災から20年目を迎えた。神戸・西宮など震災復興の先進地から、多くの自治体派遣職員が支援で南三陸町に来てくれた。
20周年の一区切りにあたり、我が町からも交流団体が招待され。町長と職員が式典に参加をした。
阪神の大震災の震災復興の中心にいた職員が、「復興は終わっていない」と顔を伏せた。都市計画の先頭に立った職員も、まだ進まない空き地の開発地を見つめていた。
昨夜は阪神大震災の今を報道していた。今の南三陸町の復興には経験した自治体の検証による、国の復興計画で再建が進む。当初は被災弱者を一日も早くと、被災弱者を災害復興住宅への入居を進めた。しかし、高齢者を始めは7割の入居を計画するも、4割にとどまり、以前の人との繋がりの維持は繁栄されず、前コミニティーの再生は商店に図られた。
当時の職員は、以前の地域の継続と、若者と高齢者の共有する、住宅の入所にこだわれば、ここまでの「孤独死」と「地域形成破壊」は、阻止と維持はできたと、自己の検証を今していた。

私も被災前の地域の再建を模索し活動してきたが、時間のかかる土地の整備と、住宅の入居も公平・公正の名の元の「抽選」を、行政が選択し、コミニティーが元に戻る事を難しくした。私の地区は個人で土地も持っていたり、財政的にも少しは余裕を持ち、地の地区への移転に動く人も多かった。90世帯余りの地域の再建はもう無理である。

現在は広く散らばった町民の方への、被災地の発信を進めていきたい。「千葉さんにはもう頼れないね」と昨日いわれた。申し訳ない。
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