ARCHIVE - 2014年11月

2014
11/30

早期復興は何処へ

行政にとって発信して欲しくない情報が、何故か私の耳に入ってくる。
今日は入谷災公営住宅で水道の水漏れが2件あったと、父の知人が報告してくれた。集合住宅の自治会長が行政を呼びつけ、まだ新しい住宅での事故に激怒したと言う。
町の災害復旧工事や住宅の整地、災害公営の大規模建設での事故発生を心配する。工期に合せる為の突貫工事による現状況は、完成時の建物の事故発生率も高くなっていると思う。
宮城6区衆院小選挙区の選挙は「無風」で現職の、前防衛大臣の小野寺氏の圧勝と予想するも、新聞には民主の「鎌田氏」の出馬と出ていた。家での新聞にも目を通さない自分に、地域の情報確保はできない事を実感した。
河北に「防災庁舎解体」の要望書が、15人の署名で県・町と、遺構検討審議会に出された。静かになった防災庁舎の解体論争の再現が始まった。
それより人口流出の問題解決が大切で、生きている人たちの生活の問題での苦悩と、町の疲弊の阻止に立ち向かうべきなのに、全ての問題の根幹に町の政治政策が起因する。
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先戸倉「海洋自然の家」の仮設に長野県飯島町の宮澤さんが生産した10袋のネギの、2束を持って行った。その時に折立の西岸の赤白の幕が掛かったテントがあった。その場所の対岸の45号を通過した時、写真を撮った光景で、雨模様の中で大型重機が地盤の補強や、折立川の河川堤防の本格工事が進んでいるようだ。志津川地区の河川堤防は「8.7m」で、戸倉も同じ津波防災対策を講じる事と思う。

国・県の津波復旧事業は5年で整備を終わらせる為に、ここに来て一気に工事が加速してきた。志津川地区の市街地の「防災集団移転土地整備」も、来年度5年目の27年度には終わり、志津川市街地の商工用地の嵩上げ造成整備も同じ時期の完成を目指し、行政・首長の構想通りとなるようだ。
大型団地は28年度で6年目の完成入居を予定している。遅い! 人が町から消えていく! と住民は言う。
「もう家なんか建てせれない」と親戚に言われた。震災直後は土地整備の進捗を教えてと言われたが、もうその構想は消えうせていた。毎日の生活費が減っていくなかで、今後の生活を見据えた環境づくりを模索していた。「おめ大変だな」と言われた。それは高齢の二人の両親の今後への事を思っての言葉だった。

以前の三陸新報に議会の問題の事が載っていたと聞く。欠席の申請に議会の許可なく欠席だと言う。「議会と住民の懇談会」だと言うが、地域の伝承活動への参加で、議員が参加しなくても活動は行われる。「許可なく議会の欠席」は、震災で復興期の多忙を考えたら、議会の出席が優先だろう。この問題に与野党の攻防が目に見えるが、そんな事で復興の停滞は町民が許す訳もなく、理解できる事もないだろう。
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2014
11/28

過去の罪と罰


健康・金銭など将来の不安から眠れず、夜中の1時にNHKのドキュメントを3本立て続けに見た。
高倉健さんの生き方は素朴で無口なのに、人間としての大切な芯が通っていると事を感じる。自分が選んだ映画の道をひたすらに突き進み、その為なら禁欲も健康も帰り見ない姿は、前向きに生きる坂本竜馬と同化して重なる。
二本目は「正射正中」の弓の極意の習得に悩む、最年少の29歳で日本一となった選手の今を追った。「正しく弓を射る」事の意味を51歳になり、今も我武者羅に探していた。時には若い選手に自分を見てもらい、名人からは今の悩みを聴いて、打開策を模索していた。的に当てる事が弓道の目指す物でなく、弓道の初動の初めから射るまでの動作にあり、当てようとする欲が心の乱れを生み、正中はできない。射る形がいつも同じなら暗闇でも「的」を射貫く事が出来ると言う。武道の極意に我欲を無くし無心になり道をつらぬくがあり、私もまだまだである。
3本目は「3700万円のトリフ」である。三代珍味の一つで豚が探すキノコとして有名で産地はイタリアだった。この高価なキノコは「白トリフ」で犬が探すと言う。まだ歴史は浅く100年に満たない、昔は現在の100分の1の価値しかなかった。とあるキノコ獲りがマリリンモンロ-などの著名人に贈る事をして、その豊潤な味が世界に広がり高値に、そして有名な珍味となった。イタリアの小さな町のトリフ祭には世界から10万人が訪れる。一人の人間が地場産品を世界に広げた歴史があり、この祭りは80年も続いている。「継続は力なり」の実証である。闇雲に事をするのではなく、儲けの計算はここにはない、良い事を後世にが身を結んだ。
写真は小森地区の「復興道路」の三陸道の高架橋工事であり、来年には小森インタ-の開通を目指している。




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2014
11/26

子は両親を想い両親は年老いても子を想う


今日は朝から「トライってなに?」と聞いてくる父がいる。「トライは挑戦と言う事だよ!」と教えた。ゴミ置き場に書いてあったと言うトライは「トレイ」だった。ゴミ収集の分別が資源の活用で、町でも強く取り組んでいる。92歳の高齢者には「新たな挑戦」でもあろ。こんなにも年を取った両親にゴミ処理は、仕事の一つとしてやってもらっているが、周囲はいつまで年寄にと思っているようだ。自分のふがいなさに反省しかない。家族で助け合い今後も生きて行く。

昨日ラジオで南三陸町の「被災者慰霊碑施設建設に予算が付いた」との報道に耳が奪われた。4800万円だと言う。西岸の「祈念公園」の建設の縮小の中で、今後どうなるのかと気になっていた町の事業のひとつであった。以前に生協と全優石からの「慰霊碑建立」の事業の受け皿として、全国からの南三陸町の募金があった事を思い出す。現在、行政に繋ぎ企画課で預かりとなっている。一日も早く亡くなられた方々の慰霊の場所ができ、観光支援で来られる方が、手を合わせる場所の整備が出来る事を祈りたい。

震災から4年目を迎えようとしているけど、今だに行政は赤錆びた「防災庁舎」の瓦礫が、慰霊の場所としてあり、復興の象徴は観光のチリからの「モアイ像」がその役目を担っている。




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2014
11/25

自然の怖さを忘れた復興


長野県で大きな自然災害が起こった。震度6弱の地震は白馬村の43世帯の家々をズタズタにし、そく瓦礫の中から集落の防災体制で、住民を救助された。日本住宅の豪雪地帯に合わせた建築工法が命を救った。発生した午後10時8分の発生時間も大きな人災とならなかった理由に上げられた。
100軒以上もの住宅の全壊などの被害や、43名の怪我人で重症が8名の、この内陸直下型の地震で、最低限の被害に収まった。
長野県の飯島町の支援を受けた議員に電話を入れるも、留守電話に回った。被災地への支援に動かれた方、地元との大災害に奔走している事と思う。全壊した家を前に「命が助かって良かった」と、ひとり暮らしの女性が話していた。
昨日、今週29日の「災害公営住宅抽選会」があると言う、「当たらなかったらどうすっぺ」と、不安から電話をくれた。間違いなく「東の東」の一番早い建設の住宅に入れるからと、一時希望の障害福祉枠だからと説明した。

御嶽山の噴火や広島の大水害での土石流があり、自然災害の恐ろしさを実証した。アベノミクス解散を「ふざけるな」と、憤りを私は感じる。
700億の経費の支出発生し、1000兆の借金をどう思っているのか。今回の「長野県神城断層地震」の命名がされ、地震列島の日本にあった、国政を考えないと財政破たんへ直進しそうだ。






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2014
11/22

殉職職員の死が津波災害の強い教訓に

昨日開催の県の震災遺構有識者会議で、南三陸町の「防災対策庁舎残すべき」と、県内の9つの震災遺構の中でも、貴重な遺産として残すべきと決定された。
一人の有識者は町の職員の多く(43人)が殉職
した施設であり、震災遺構としての伝承・教訓の場としては最適と話していた。防災庁舎の屋上では約30名が職員が亡くなり、一般町民や警察官・新聞記者もいた
そして、10名の職員が助かり、アンテナに登り町長・副町長もその数に入る。町長の「防災庁舎解体」との考えの真意を私は図り知れない。一つ言えるのは存続・維持費に多額の経費が必要で、町の財政からの支出は難しいがある。県での遺構保存決定になると、国・県でその維持費を見てくれるからがある、決して自分から大震災の象徴しての、町に震災遺構の必要性より、自治体の負担の増加を望んでいない。
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解体すべきとの殉職職員の家族の心情を考え、観光立町の拠点「目玉」しての、庁舎存続も視野にありながら、震災復興の足かせと考えてもいる。西岸の「祈念公園計画」は何一つ進まず、追悼記念碑の建設もされていない。
町・職員・町民にとっても、厳しい決断が求められる。外部ではなくここで暮らす町民の民意で決定すべき問題と思う。やはり「住民投票」だろう。

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2014
11/21

町づくりの発信者はいつも同じ人



18日に県に「震災遺構の有識者会議」に、1440人の要望書を添え存続を訴えた。
代表は後藤さんで、「防災対策庁舎を考える町民活動」の町民有志からの要望書で、埼玉の「応援する会」と一緒に県に提出した。
同様の要望書を町に提出受け取りを求めたが、町長・副町長が公務不在と、三浦総務課長は受け取りを拒否したと報道は伝えた。とりあえず県も要望書を受け取ったのだから、町も要望書を預かる事はできなかったのかと思う。
町長は解体を表明したが、県の遺構審査委員会の検討会で議論している。でも町は頑なに「解体」と言い続けている。21日の今日に有識者会議が開催され、「年内にも結果を出す」と県は言う。
私も当初は防災庁舎で殉職の職員家族の声を聴き、「解体すべき」と町長に訴えたが、町の判断ははっきりしない状況だった。最近になり町長は「解体する」と言明した。

昨日の石巻市の遺構の「門脇小学校」の保存を市民が市な提言し、震災火災と津波被害の場所として、震災の将来への伝承と津波防災の対策遺構として、「一部を保存す」など、保存も含め市民からの提言書を、県の検討判断と市の議論の場へと、決定を延ばした。

我が町は一方的な町長の判断で町づくりを進めている気がする。最終決定は議会の承認ながら、100%の行政の提案が通り、一部の町民の声など行政に波及する事はない。行政と議会が対立する事は望ましくないが、もっと議論を深め町民の考えを、新らしい町づくりに取り入れて欲しい。

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2014
11/20

枡沢地区の変化


長野県飯島町産の太いネギが届いた。三年前から春のじゃがいも・晩秋のネキを南三陸町で被災された皆様へと、新鮮な野菜物資が届けられている。私が受け皿として仮設の配布を始め、今年で3年目を迎えた。送り主の宮澤さんは飯島町からマジック公演の慰問も今年で2年目になる。こうした町への継続支援に対し、町からの感謝状などで、行政が感謝を伝える事も今後考えて欲しい。

咋日は横山駅裏の一期二期に約50本入りの袋を3束、横山幼稚園に1束を届け、戸倉の自然の家に2束を配布した。次に枡沢に1束と港仮設に2束を届け感謝の言葉をいただいた。
枡沢仮設の自治会長さんは所用で出かけていて、帰ってから丁寧な御礼の言葉をいただいた。私の亡くなった叔母にお世話になったらしく、いろいろな話を聞いた。
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枡沢団地には仮設の他に、新興住宅街が増築となり、住宅の裏側にはグル―プホ―ムがあり、奥には現在「災害公営住宅」が完成間近となっていた。周囲にも土地の個人造成があり、また町の防災集団移転の土地の整備もされ、歌津地区の一大都市となりそうだ。国道にコンビニはあるが、団地内にも商店やス―パ-が必要に思う。

三陸新報に交通事故増加の記事があった。先週も国道で志中の仮設入口で、パトカ-の事故処理らしい風景を目撃した。昨夜の「松原公園整備説明会」の予定が変更になっていた。広報・ニ―ュスで中止を周知しましたと、復興推進課へ電話し聞いた。ポ―タル・役場と知らずに歩いてしまった。

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2014
11/16

志津川地区西の西


3.11の大震災で避難した「旭ヶ丘団地」に出かけた。志津川高校裏の高台移転の西工区は、市街地からでもその工事状況は把握できる。西工区の西に関しては旭ヶ丘団地の奥に位置し、その進捗の姿は普段の生活の中では、どこまで進んだかの確認は難しい。

28年度中には災害公営と戸建の土地は整備できると行政は言う。現在の現場を見る限り予定通り工事が進む事に、日本の底力を感じる。被災住民はもう待てない心情がある。早期着工で町づくりが順調に行く、その目標達成が最大の課題である。
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昨日の「三陸新報」に、南三陸町の行政と議会との臨時会で、跡地利用課題解消へ、買い上げ被災宅地の企業立地・集約化を促進する為、交換・譲渡も可能なように、他に先駆け条例改正が採択された。震災からの復興に向かう町に、その条例が住民の立場より、行政の町づくりに優位に働いても、議会議員は町の早期の復興と言う目的に、反発する事はタブ―な雰囲気の環境にある気がする。また、国保の還付加算金を町が過小算定があり、230件で総額46万と報告がされた。納め過ぎた税金の加算日の解釈の違いが原因で、利子相当分が未払いとなっていたと言う。また、今年も「眠れていますか」の健康調査を実施した。昨年は仮設生活者の3750人に、仮設を廻る福祉士に調査をしてもらい、12%の445人が「眠れない」と答えていた。今年は仮設住宅約1600と、持ち家住民約2800の合計4400世帯を調査している。みなし仮設分は県の管轄となる。家があり普通に生活できている人たちも調査するはどうだろう。私も父も時々眠れない、その理由は健康問題であり生活問題である。行政が全てを把握し町は何をしてくれるのだろうか。

昨日も、今回の震災で「町の為になる事業所」や、町長の目指す「観光の町づくり」に関わりのある事業所への、数億と言う国の事業支援制度の恩恵があるのに、我々の弱小事業所は補助事業に神経をとがらせないと、事業補助を受けるのは難しい。町からの助言と制度の紹介など、行政がその情報提供や後押しの「優良企業」との、お墨付きがあると言う。相変わらず「頑張る強い事業所を支援する」と言う、町長の考え方は変わっていないようだ。

自己努力で被災からの再建・脱却は、「やるしかない」、眠れない被災住民に、町からの手厚い支援見守りを願い、二次被害者の発生防止に取り組んで頂きたい。緊急雇用の繋ぎ雇用制度が終わり、仮設を廻る福祉士の削減が心配だ。


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2014
11/15

共に頑張ろうぜ!


昨日は「いこい・あらと」に母の月の入所料金を支払いに行って来た。はまゆり大橋から左折して袖浜から平磯・深田そして荒砥に向かった。志津川湾は広く町を包むように広がり、その碧さに魅了された。
今日は気仙沼市本吉で「アワビ開口」になり、豊潤な海に漁民が恩恵を感じる時期を迎えた。三陸牡蠣は昨年の初出荷より今年は3倍で引き取られた報道に、漁民にとって明るい話題となった。今日の新聞に若布養殖の準備の小舟が転覆し、72歳の男性と奥さん69歳が船から投げ出されたとの記事があった。奥さんは病院に入院したと言う。男性は昨年議員を勇退された方で、無事で良かったと安堵した。南三陸町の養殖漁業はこうした高齢者で支えられている。

町の再建は財政的にも厳しい状況が浮き彫りだ。被災した土地は町での買取があり、復興交付金からの買取金が支払われた。今回、町民から買い取った土地を町復興の為の活用が認められ、町で借地・換地や土地の譲渡(買い上げ)を承認が、昨日の議会で条例改正が承認された。
国からの資金で買い上げられた町民の土地が、復興の為との名目で町が買い上げ一般財源に変わる。住民サビ―スの維持もあるが、自分たちの給与報酬の確保がある気がする。被災前は多くの住民からの税金があったが、現在3300人が人口流出し、町の財源の確保がままならが、こうした政策として財源確保を町は考える。住民の流失の阻止のために、もっと英知を発揮すべきと思うが、観光・商工・水産加工への将来への投資は、町の運営にどれくらいのプラスとして、そり費用対効果の検証を議会で求めてはどうだろう。企業誘致もままならない今、土地の復興の為との土地の区分を変えても、求める企業・事業所があるだろうか。
今後、高台移転により銀行・郵便局・コンビニ・量販店など進出が考えられ、土地の友好活用は解るが、もっと大切な政治政策で町の維持を考えるべきと思う。国会が衆議院解散へと進む中、民主の野田総理との解散の約束は実現しないままで、約束を守らなくても政治家は生きられる。会社の契約・約束を破ったら、企業経済から見捨てられるのに、政治家は何の影響も受けない。馬鹿正直の野田さんと、政党の維持の為に約束と捉えない政治家があり、どちらが得したかと言うと、議員定数削減・議員報酬削減など約束を守らない方が、生き残るこんな社会に憤りを感じる。
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写真は袖浜に津波被害を受けた民宿が、また一つ建設が進んでいた。元の土地の海の近さが現実として、津波被害の姿を残す。多くの不信感の事件が発生し、私にも多くの苦境に直面している。しかし、私は最後まで自分らしく、馬鹿正直に生きたい。

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2014
11/14

復興の進行に住民の監視の目を


昨夜のテレビに南方仮設一期の宮川自治会長が、人口減少の現状をメディアを通し県内に伝えた。被災町民の仮設住宅を町には土地がないと、登米市に6団地の整備を進めた。登米市の最大の仮設は南方で356世帯を数え、生活環境の整っている事を、苦しい生活の中で感じた。今、仮設からの移転が続いていると言う。4分の3が残っているだけで、転出した4分の1は南三陸町へ戻った人は誰ひとりいないと話す。この現実は町長はどう考えているのか、その政策の判断の結果について聞きたい。「想定外」との言い訳しかないだろう。また、知っている元農協の西條さんは、既に登米市の空家を買い上げ生活していた。一日も早く家を確保した生活は、「安心感がある」と話す。
志津川町市街地の住民の住む仮設は、空家があるものの数は少ないが、浜区の仮設は大分に空家が目立っている。写真は袖浜地区で仮設裏の住宅の8軒の建設が進み、年内には完成入居となりそうだ。三陸エリアの情報を伝えたい。

・気仙沼市の鹿折と南気仙沼地区に、UR都市機構気仙沼復興支援事業の「エントリ―制度」で企業誘致希望が判明した。両地区に5社のス―パ―マ―ケットが進出を希望している。URの仲介で企業進出で「にぎわいづくり」の後押しをする。この地区の3割は被災地に戻らないなかで、地権者との交渉が今後の課題だ。その他の出店希望はコンビニなど25社があると言う。

・南三陸町は再建で空いた仮設住宅を、一部「定住促進策」として町営住宅に活用する。歌津管の浜の「舘浜仮設住宅」の15戸で、1棟5戸を歌津中近くのゲイトボ―ル敷地に移設する。今後見込まれるIタ―ンやUタ―ンの方々の定住促進の一助となる。

・南三陸町の「復興公園」の整備が、当初の24haから4分の1の5.6haに縮少し整備する事を議会で報告した。今後も費用対効果の面で、国と交渉・協議も難航を予想するが、町長は粘り強く要請していくという。八幡側右岸を犠牲者の追悼や教訓を伝承する「慰霊の場」を整備する予定だ。また、防災庁舎から志津川駅までの土地に「築山」(海抜20m)を設け、住民・観光客の一次避難所として、1千人を想定していた。整備の縮小にあたり、240平方メ―トルで1割の120人の避難所の整備となる。

山元町でも分譲地の34%が空地となっている。被災地の現状は厳しい事ばかりで、何時になったら元の生活が確保できるのだろうか。衆議院選挙は安倍総理「解散する」の発言で、一気に選挙となる。選挙の経費は700~800億とも言われ、総てが国民の税金である。「消費税による党の分裂を避ける為」が、その理由の一つにある。何やってんだが!

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2014
11/13

誰の為の選挙


衆議院が解散とる。誰の為の解散なのか、自分たちの為の解散で、誰がその恩恵を受けるのか。「国民の為」と言うが、内需は中小企業は確実に減少し、若者の一部には捻じれた環境のしわ寄せが、心の病となりその矛先が弱者へと向かっている。私たちの20代の頃は一人あがき・もがいても、自分で何とか解決し、少しは納得できる生活を今送っている。裕福ではないが幸せである。働く場がない・高齢化での生活苦など、跡取りの家督となった子どもたちの環境と、「大変だから」と子を思う親の心情があり、互いを気遣う生活環境が、一部の考えられない凶悪な事件へと繋がっている。
今回の選挙は解散ながら、2年前の24年12月16日にも衆議院の解散選挙があった。自治体への国からの選挙経費として、3000万円? ぐらいがあった気がする。全国だと数百億の国税という、国民の血税が使われる。任期2年を全うし、こんなお金があるなら、被災地の生活困窮者に支給してほしい。

昨日は本吉・気仙沼智謀の新聞9月を読み漁った、その一部を伝えたい。
・南三陸町の「緊急雇用事業」が、国の基金事業が今年度で終了するため、26年度で打ち切りとなる事を決めた。25年度は1063人の雇用があり、養殖生産に737人で被災者支援センタ―などに87人、町の職員補助として65人があった。人件費の合計は16億3900万円余りであった。今後は事業所と協力しながら、雇用創出を図っていくと話す。
・南三陸町の被災住民が、登米市に住民票を移した人が1096人にのぼった。宅地造成を待ちきれず、登米市が37件と仙台9件となった。南三陸町で再建意向を決めかねている被災者が690世帯あり、登米市に31世帯で仙台を含めると71世帯が、町外への災害公営住宅の入居を決めている。26年8月末の人口が1万4316人で、被災前と比べ3300人が減少し2割に達している。
・町の意向確認ができていない629世帯に調査を実施し、「迷っている」と98世帯が答えた。被災世帯3400世帯があり、未回答者から537世帯85.4%の回答には、独自再建・災害公営か町外の移転かを、未だにどうするか決めかねている方が多かった。調査結果では「再建済み」が161世帯あり、「再建予定」が277世帯と、7割が戸建や災害公営とめどを立てていた。

こんな状況の南三陸町です。

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2014
11/12

復興への階段は急だ


こんな事もあったと笑い思い出になる日が何時来るのだろう。9月に開催された現地説明会で、五日町の嵩上げした10mの場所に、100名の町民が参加した。自分が住まない土地に関する町の活動には、被災し仮設に未だ暮らす町民は、低地部の開発よりも、自分たちの暮らす高台の土地造成が気になる、早く住まいの整備をと言う。高齢化率が331.2となり、災害公営での入所者の大半が65才以上で、町の将来は東京の高島団地のように、高度成長で暮らした家族も、現在は高齢の一人暮らしとなり、時代からとり残された団地と化している。南三陸町は志津川3地区の災害公営団地とも、周囲を「職住分離」の津波対策で、町民の居住区は公営住宅を見守るように、周囲を戸建住宅の住民が住み見守るような、都市整備を進めている。

「衆院解散」が国会・世間で囁かれ、一気に現実味を帯びてきている。復興大臣は民主党の平野大臣だったが、民主がこけて自民党による、一党独裁政府となり、まだ3年目? 任期の全うする事無くして又の解散、国政を司る国会議員てなに? と思っている。
政治には何の興味も無かったが、自民から民主の「政権交代」で政治への関心が始まった。小泉祭りの政治を面白いとみていた頃から、東日本大震災の復興まだ半ばの被災地に取って、平野さんから3人目の大臣へと就任したばかりなのに、震災は人の心の風化し、国政からも二の次と忘れられているようだ。
今月にも解散で年内に選挙という可能性が大になった。全国の印刷会社はポスタ―の依頼を予想し宣伝、選挙事務所は新しいポスタ―の準備に進んでいる。自民は「今しか勝てない」「50人が落選なら」「政権は維持のため」、こんな政治の皮算用で、選挙で国民の税金ほ無駄に使い、総理の権限と言っても、余りにも国民を被災地を後回しだ。
国会議員の政党の数しか考えない「政」が「祭ごと」だ。震災復興に国民一丸となってと言う言葉は、いったい何なのかと感じる。国政ばかりでもなく地方選挙も同じと私は思っている。パフォ―マンスが目立ち、「勝てば官軍」的な、「当選すれば何でもできる」みたいな考えが、トップの考えに「欲」が見えてくる。正義感での国民の代表が、政治家と言う環境に流されてしまうと、人間の「自分を守る」「金欲」「自己顕示欲」へと、考えを変えてしまう。まだ、政治への疑問を投げかけているうちは、政治を変えようと投票行動で示そうと思っている。

テニスの錦織が2戦目で世界2位のフェデラ―に2対0で破れた。諦める事なく最後までボ―ルにくらいついていた。とラジオで生島は言う。3戦目に期待し決勝ト―ナメントに出場を願う。

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2014
11/11

母校の伝統を守れるか


県内の高校の受験倍率が発表され、志高普通科0.69でビジネス0.43となり、響高校は0.73と昨年と同じようだ。志津川高校の裏山で造成中の高台に、住民の移転が進み若者が住み着けば、将来の高校の伝統継続に光が見えてくる。
今日は志津川高校の創立90周年の日にあたる。仮設の皆さんへも100台の車が予想されるので、仮設の指定駐車場以外の周りに、車を置かないでと連絡があった。在校生とPTAと歴代の教師・会長・役員が式典に参加する。私の母校でもあり卒業から40年が経つ。70年と80年は創立の「記念誌発行」に携われた。式典後の講演会には戦場カメセマンの渡辺氏が招かれている。町民の皆さんもと言いたいが、あくまでも高校の行事だある。

テニスの錦織選手や、不屈の精神で怪我を押して試合に臨んだ、スケ―ト羽生選手は勇気と「負けないぞ」との精神を、日本国民に鼓舞した。「我らが母校」志高からもこんな卒業生が誕生する事を期待したい。世界に羽ばたけ志高生!

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:53 】

2014
11/10

住民の生活再建が先だろう


復興状況を新聞は伝える。見逃しがちの記事があっても、志津川3地区の事業の進捗には気を付け見ている。
「防集」の40地区にも及ぶ小規模の土地造成は着実に進んでいる中で、100~400世帯の大規模造成地は、27年から28年で長いもので、29年3月末と工事・入居予定が示される。
東地区の造成事業が進む中で、病院・役場の土地造成が完成したと、昨日の新聞報道で伝えられる、仮設で暮らす被災者は「何で住民居住地より、行政の環境整備が先なんだ。」と言う方も、決して少なくは無い。病院の必要性はみなが理解するも、今ある行政の建物でも、今が復興の最大の多忙時期である事業が進んでのに、なぜ行政の庁舎建設を先行事業として決めたのか不思議だ。労働の場と人口減少阻止が現在の町の優先課題なのに、相変わらず自分たちの事と、それに習う取り巻きの多い行政の体制がある。
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沼田地区民との東地区への住民の流入を控え、新たな地区づくりが、今、検討が町づくり協議会でなされている。2年後には災害公営入居の方々が、確実に東地区に移り住み、既存の地区民が被災された方々と共生を図っていく。

写真上段は東の西で、下がった谷から天王山の国道に繋がる。下は沼田地区の防災訓練に集まった住民の活動風景です。新たなコミニティ-の再生に向かう事となる。私は沼田の新しい移転者ながら、共働活動は苦手であり、仲間と時間が必要と思っている。形ばかりもゴミ拾いと、交通安全の街灯の携帯は禁止の看板もちと、昨日の防災訓練にはちょぅとだが見に行った。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:53 】

2014
11/09

困窮からの救出を

平成26年度志津川町総合防災訓練が今朝8時15分から開催された。
Jアラ―トのエリア情報として携帯が鳴る。
【訓練】大津波警報
【訓練】こちらは南三陸町です。
宮城県沿岸に大津波警報が発表されました。
避難指示
直ちに高い場所に避難して、身の安全を確保してください。
津波到達予想時刻は午前9時、予想される津波の高さは「巨大」です。
※これは訓練です。これは訓練です。
 これは南三陸町総合防災訓練における訓練配信です。

(南三陸町危機管理課)

10時の全町民への防災無線のサイレンで、自宅から窓を開け一人黙祷をする。サイレンを聴き目を閉じると、あの23.3.11の3時45分に襲来の大津波が、八幡川から家・車・船や住民を巻き込み,廻舘から御前下そして小森へと、山のような塊となり、町を呑込む姿がフラッシュバックとなり、脳裏を走った。震災はまだ決して終わってはいない。


沼田地区での町の防災訓練の地域活動があった。集会所には地区民70名余りが集まった。訓練として「炊き出し」「テント張り」「バケツリレ-」「防災資材機器展示」などの、町防災訓練が実施された。他にもタンカでの怪我人の搬送の訓練があり、災害発生時の地域の防災活動・意識の向上を図った。
町の防災活動としては、「浸水域内活動訓練」「航空偵察訓練」「孤立要救助者・避難者輸送訓練」があり、志津川小学校・伊里前商店街付近では、「救出・救助訓練」が行われた。

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昨日は仙台に用事で行き、「定禅寺通り」の道路中央の並木道を、ゆっくりと時間に追われる事無く探索をした。仙台市の自然・生活環境の良さを実感した。枯葉の道路は滑り易いので気を付けて欲しい。
市民センタ―では「肺がんの講演会」が無料で開催されていて、テレビでおなじみの「むねさんのコンサ―ト」も、後援会の一環としてあり、呼び込みで声を掛けられたが時間が無かったので聞けなかった。
たまに被災地の復興途上の赤土だらけの「南三陸町」を離れ、町を忘れる事で心の癒しになった。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 11:48 】

2014
11/08

子供たちの未来の為に


志津川湾のこの美しくて広大な海を望める場所があり、しばらくぶりで高台に上がって見た。松原で包まれた戸倉小学校は、津波の襲来に生徒を教師の適切迅速な行動で、この窮地からの脱出を成し遂げた。その学校跡地の校舎も解体され、戸倉地区の低地部の復旧工事が進んでいた。基礎瓦礫の破砕からも現在は高台の「戸倉団地」の造成土を低地部の嵩上げと、着々と復興は牛歩のように進む。戸倉中・仮設にはこの日も大震災の跡地の見学と、語り部を乗せたと思われる2台のバスが来ていた。高台に建設を進める新生戸倉小学校は9月に着工され、来年の秋には新校舎で児童の、新しい生活が始まる。

「先生ぼく泣かなかったよ」と小1の陽は言う。志津川剣道の2名での活動は、二人であっても指導者が付っきりで指導する。転んで泣いたり、叩かれ痛いと泣く陽は間違いなく強い子への階段を登っている。将来の町を背負う子供たちの成長に関われる事は、私の幸せでもある。

過疎地域指定に南三陸町はある。町は「過疎地域自立計画」を策定した。計画が県から認定されると、国からの支援が受けられる。「過疎対策事業債」で2年計画で元利償還金の7割が補助され、2年計画で今年は3億円を予定する。復興交付金は被災地再建の為の資金であり、これが使えない「一般財源」での支出分の事業をする。その事業は教育・子育・交通網整備に使うが、観光・産業振興にも使い、道の駅の整備を盛り込んでいる。
人口の減少での過疎化指定は、財源の乏しい町財政の復興交付金で認められない、観光整備への流用があり、本当の意味での過疎の町からの脱却とはならない気がする。これからこの町で暮らす若者の子育ての、環境整備の充実を図るのは当然であるが、市街地のショッピングモ―ルや道の駅の整備に「過疎対策事業債」の一部が使われるのはどうかと思う。町の中の道の駅の周辺の整備には、別な国の資金として商工振興へ6億の資金がつぎ込まれるなど、観光客誘致に町は最重要政策として計画を図っている。

国から県からのあらゆる事業の補助金獲得で、多くの箱物建設や整備は、住民の生活サ―ビスではなく、町の行政の威厳を保つ物でしか無く、我々町民の南三陸町志津川の「破たん」とならないかと心配する。防災庁舎の西地区の祈念公園整備は維持費がかかるからと縮小した。こうした事業経費の3割負担を軽く考える町に危うさを感じる。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:05 】

2014
11/07

歩くことは健康の第一歩


昨日は横山の3カ所の南三陸町の仮設を歩き、中瀬町・高校2期仮設の起伏ある仮設を歩いた。会社と自宅が一緒で、用事は車と歩く事が少なくなり、3食は必ず取る食生活で、消化の状況が悪いのか、腹が張って苦しい。

横山駅裏仮設の「空室」が以前より多くなり、5つの仮設240戸の中で一番入居者が減少し、自己再建で前へ進んでいるようだった。
中瀬町の土地所有者への土地返還希望での、仮設数軒の解体撤去は現在更地となっていた。横山駅は電車が通る事無く、寂しい様相のままで、ここは今後もこのままとなるだろう。「鉄路復旧」は人口減少の地方都市があり、JR東日本も気仙沼線の復旧は、地域民の希望をよそに実現とはならない。

中瀬町も坂が少しはあるものの、高校の2期仮設の坂道はさすがに厳しい。上から下まで情報紙を配ったが、毎日の生活での高齢者は大変だろうと感じた。この2仮設の空室は無いに等しいが、中瀬町仮設は集約されたからと理解する。昼間の横山3施設を見ると、高齢者が花を見つめていたり、日向ぼっこをしているだけで、仮設は静かにひっそりとしていた。

2千歩は歩いただろうか? お腹を含め体調が良くなった気がする。うちの親父もゴミ捨て場まで200歩歩いたと話し、親戚の叔父も仮設の周りを歩くと言う。二人とも90才を越え、体調と健康の維持にと歩行を実践している。私も60才を前に歩く事の大切さを実感している。恒例の「ジム通い」をしないといけないと、今週から日曜に目に負担がかからない程度に、始めようと昨日決心をした。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:03 】

2014
11/06

人の罪と罰

「人はあやまちと罪多き動物」と、私自身のこれまでの人生からも判る。あやまちを起こしても悔い改める修正と、それを補うだけの行動で、人は救われる気がする。
「事件です」、相棒の刑事番組は人の罪の裏側を暴く物語で、私が愛するテレビ番組の一つだ。ビデオで撮りためた物を夜中に見た。裁判官の3人での最終判決で、無罪と自分は確信しながらも、2対1での有罪の判決と判決文を書いた。判決言い渡しの文を書いた事で、それ以後の人生に大きな影響を受け、悩み苦しみその心の動きを突き詰めた。ドラマながらそんな人の心を描いている。
昨日、66歳の男性がホテル経営者を正当防衛と、叩かれたからとナイフで11回も顔や上半身を刺し重傷を負わせた。元の雇用主である38才女性への、過剰な犯行だった。
この男性は以前の事件で最高裁で無罪の判決を今年受けた。この事件は15歳の女子高生を殺害した容疑者で、2008年の事件ながら記憶している。夜道を歩く女子高校生を自転車で一緒に歩く光景をビデオが見ていた。一審で無期懲役となり二審で証拠不十分で無罪となり、最高裁で無罪となり現場から数Kの所で、今年生活保護を受け生活していた。この男性の判決は妥当だったのか、判断のミスでまた一人の女性が犠牲となったのか。裁判員裁判の判決での、人が人を裁く事には無理なのかもと、一面をこの事件で感じる。冤罪も多々ある中での人が人の裁き続ける。
私も現在問題を抱え、県・国や自治体・警察署などに相談はするものの、被害者よりも加害者を擁護する法整備と体質を感じる。震災復興で必要な企業で、双方の言い分の確認など、被災者に大きな負担や被害を与えても、相手への罪を裁くまでに時間がかかります。とか「民民で裁判に」とか被災者の苦しみを理解した、解決への努力が見えない。困った国の法体型を痛感する。どんな理由を付けても「悪は悪」である。納得するまで向かって戦うつもりだ。
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5~50世帯以下の防災集団移転の土地整備が進んでいる。反面で自己再建の土地の住宅販売や建売の声も世間から聞こえる。小泉の高台4区画、歌津皿貝の造成地、入谷大船沢にも10棟の建設などがあると言う。意向調査での土地整備がある中で、工事を待ってられない住民が、こうした土地・住宅の確保を求め、住民意向と土地整備の関係が崩れている。これが町の大きな負担として10年間の復興計画後に、住民生活やサ―ビス低下へと大きく圧し掛かってくる。今が良ければではなく、今から生活安定への声を上げないと、町が疲弊してからでは遅い。

オバマ政権は歴史的な大敗となったと報道は伝える。日本だけでなく「民主党」が「共和党」に敗れた。6年目を迎えたオバマ政権ながら、周囲との対話が無かった事を原因の一つに上げる。

我が国にも自民の「一党多弱」の国政は、国民にとって良いのかと言うと、他党の話にも耳を傾ける事で、正しい道に進めると思うが。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:53 】

2014
11/05

早く大型ス-パ-を町に


17年と言われる南三陸町への「ウジエ」出店があり、まだまだ被災地の住民の買い物環境の確保は時間が掛りそうだ。
文化の日に岩出山まで行った帰り、古川から石巻に向かう道路沿いに、美里町とウジエの間で建設の調印式を行った、店があったので中に入って見た。ツルハドラックが隣接され大型駐車場を完備し、店内には地場の農産品も販売され、フ―ドコ―トを整備し、多くの来場者の休憩場所となっていた。家族での買い物を想定し買い物時の休息場として完備していた。南三陸町にも遠い将来こんな店ができる。
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昨日は入谷に焼き魚を買いに行った。本浜にあった「さかなのみうら」が無いのは大不便である。しばらくぶりの御馳走で、普段はロ―ソン・セブン・ファミマで、100円のキャベツやレタスの生野菜を2~3個買い、ツナやコ--ンを乗せノンオイルドレッシングを掛け、主菜として食事としている。時々ながら週2千円ぐらいと、父親と2人の生活は質素である。咋朝、知人が自然薯を持ってきた。

震災復興工事が変更となったと被災地の状況が変わっている。石巻市は3つの防潮堤工事が、浜に住民が居なくなったと、防潮堤防の工事を取りやめた、また十三浜の「白浜海水浴場」の整備を30年までにすると発表した。気仙沼市の大谷地区の海岸線整備も、住民の要望で海水浴場と堤防の在り方を、再検討を訴えている。
南三陸町では10月30日に、出張町長室が仙台で初めて開催されたと言う。100世帯のみなし仮設で町民いまだに暮らしていて、33人が出席した。「復興した町を一目見て見たい」と話し、行政の復興経過報告には、会場から拍手が起こったと、河北新報が伝えていた。

株が17000円台となり、ドルが114迄高騰をしている。地方には被災住民にはどうでも良く、建設資材の高騰があるものの、住民の生活には大きな影響はない気がする。日銀が資金を市場に10兆円再び放出し緩和策を講じ、米国は市場への資金の引き締めをした。株・金融市場のこうした結果は当然の事でもある。一時期のこうした動きに国民は一喜一憂する。

被災地は置き去りにされつつある気がしてならない。国も行政も早期の復興とは言うものの、本気で早期の住民生活の確保へ、進んでいるのだろうか。社民党の質問への総理の過剰なまでの反応は、強い者が弱小政党党首への、圧力に私の眼には写った。土井前党首が逝去し・村山首相の居た、「社会党」は空前の燈火のようだ。労働組合が大きな党へ引き込まれ、大企業・企業主為の政治と「共産党」が言い放つ社会になっている気がする。社員の待遇は低下し、非正規社員の拡大は労働組合の弱体となり、大企業の経営者が最終的には生き残る。こんな社会の体制になりつつある。吸収合併での社員は厳しい環境で、いつ解雇を言われるかとビクビクしながら仕事をしている。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:23 】

2014
11/04

小さな旅で知る


小さな秋を探しに内陸の紅葉を見にいった。目的地は「あら伊達な道の駅」で、産直や県内土産・地元周辺の名産品がならび、食事も地場産品の野菜プレ―トや、私が初めての「カレ―バイキング」も、地場の野菜をふんだんに盛り込み、食堂も増大しても沢山の行列となっていた。
玄関には愛媛県の宇和島の「じゃこ天」の名店が出店し、多くの来場者を引きつけ、栗焼のテントにはその製造機械に人が集まっていた。店内は身動き取れない程の混雑で、すべてが鳴子紅葉途中の観光客ではない事が、客相を見ればわかる。地元の周辺の住民が食材を求めに来て、ついでに食事と土産も買う。北海道のチョコの店「ロイズ」も併設され、レジには沢山のチョコをカゴに詰めた客が並び、商品棚には品物が無くなっていった。
地形的・立地的にも観光地で、周辺に多くの住民が住んでいるのが、来場者の確保を実現している。この日は今まで行った中で最高の混雑で、裏の駐車場に入るのにも、車の行列ができていた。
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今年の紅葉も終わっていた。表の駐車場の真ん中に小さな紅葉の並木があった。11月の文化の日を含めた連休、これからはウインタ―スポ―ツや、忘年会シ―ズンで鳴子への観光客の集客があり、まだまだ続く観光地である。

タコとサケとウニだけでの観光客維持は難しく、住民を強く意識した町づくりでなくてはいけなく、道の駅とショッピング街の形成だけでは、町民全てが潤う事もなく、観光関係者の観光による商店増収の税回収では、町の経済効果も薄く町の維持はできない。住民の安定環境を造る事で、町の税の確保での町形成を求めるべきと思う。間違った方向修正は住民が立ち上がるしかない。

何気なく今年も「全日本剣道選手権」のチャンネンを回す。準決勝から見る事が出来たが、今年の決勝は21才と24才の福岡県勢の選手の戦いとなった。筑波大の3年生の選手の優勝で、40数年以上ぶりの大学生の快挙で過去に1人しかいない。4段の選手ながら以前は6段以上の出場権利での大会だった。剣道の試合を見ると今でも熱くなる。

何事にも熱く燃える自分性格ながら、年と共に薄れていっているのを、日々の生活から感じる。多くの住民に町づくりの一役を持たせる事で、共に町を造るとの意識の改革が必要と思う。若い人達の進出を世間が求める中で、一部の人達だけの仲間の「政」に違和感を持つ。

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2014
11/03

晩秋の静けさに触れに行きます


11月2日連休初日は週間天気予報で、曇り雨で荒れ模様との予想ながら、昨日も今日も晴天に恵まれている。
昨日はいつもの政治ニュ―スを仙台・NHKと見て、「政治と金」の事をちょっと考えた。東日本では出雲大学駅伝があり、選手たちの悩み苦しむ青春に、羨しさを感じた日だった。
午後からは少しの眠気をもようし、2時間も眠って「運動でジムへ」の気持ちが、「まあいいか!」の楽な方向に進んでしまった。人間こんな時も必要と思うが、この形に慣れると怖い。
父親との語らいは2時間にも及んだ、「資金が足りないなら少しだけど出すから!」と、優しい言葉を掛けてくれる。震災からここまで両親には頼らず、工場再建・住宅建設と被災者からの脱出を叶え、後は借入を月々支払い、両親との生活と家業の出来る所までの継承をして行く。決して安定した経営ではないが、子供もいないし何も残す事をしなくていい。これが他の家族と比べても、自分が自由に生活できる理由だ。

被災後の緊張感と早期自己再建への活動に走り続け、親の生活安定を実現させ、母は介護施設に、父は自由に生活できる環境に、今、実現し家族が浸っている。私も仕事の安定とはならないものの、日々の生活には安堵と平安の中にいる。
230軒あったお得意様も100軒余りとなり、南三陸町志津川だけでの経営は、下向の将来が見えている。こんな状況から多くの店が廃業を決めた。また、町復興への時間が掛る為、町外で営業再開を始めた町民も少なくない。

私はこの町で生き、この町で死にたい。「政治への関与」も今は無く、静かに町の自然と共に生きたい。周囲の生き生きしている活動に、嫉妬さえ抱く自分がいる。自然に戻ろう、自分らしい自然体に! 向かいの白い塀にあたる太陽が眩しい!

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 09:02 】

2014
11/02

守る


三重県の的矢ガキの話題をNHKで放送していた。
「滅菌」は滅菌液を使うと思っていた、だが海水を紫外線で大腸菌などを取り除き、その海水で滅菌とカキ体内の汚れを出させる。こんな話に目から鱗です。その他にも、稚貝は宮城県松島のもので、ホタテを海に沈め牡蠣の稚貝を付着させ、生産地への出荷をしている。「宮城の稚貝は良い」と的矢かきの生産者は言う。松島の稚貝生産者も今回の大災害で壊滅的に被災し、残った船一艘と全国からの支援で、その年に生産を始めたと言う。
養殖を人口的な生産と言うが、自然と人との共存があっての、人の暮らしが成り立っている。自然に対し奢ることなく対等に生きるため、人間は謙虚で自然を知る事が必要だ。

歌津の方が震災後発行を続けて来た「一燈」が11月号で終わりと言う。歌津の被災後の情報を住民に伝え続け、前に進む為の紙面の記事は、大きな住民への「共に生きよう!」とのメッセ―ジを、少ないスタッフで行政区や自治会の協力を元に、ここまで続けた。廃刊の理由は財政難と言う。昨年の決算にこの団体に60万の支出があった気がした。そして、一年前の町長選挙に「一燈」の代表が、対抗馬として立候補した、これが理由で支援がなくなったからなのか? そして資金不足で廃刊となったのか。歌津地区の住民の資金応援がならなかったのか。被災者にそれを求めるのは「タブ-」である。

昨日は「がんばろう、南三陸町。」と題した、南三陸マイタウン情報の第33号が仕上がり、11月4日に新聞配布の準備を終えた。23.3.11から5か月目の1号発行で、毎月一回のぺ―スで続けて来た。会社の被災者への復興・復旧情報の伝達を目的として、資金は会社の財源からで、資材・人件費を考える継続は厳しいが、誰からの支援も受けないでここまで来た。勿論、町からは何の資金提供も無い。「おらほの町づくり事業」の活用もあるが、千葉総合印刷株式会社の存在ょ示すため無理である。町民への情報発信は皆が求めているものと、判断しての会社の継続事業として、会社が存続するまで続けたい。終わる時は「会社が終わりの時」と私は決めている。

誰も我が社のこんな活動を知らないし、理解・協力も難しいぢろうが、待っている町民の方がいるから続けられる。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 11:18 】

2014
11/01

町復興のスピ-ド遅いの町民の声


今日の河北新報に「町の復興は?」の調査報告の結果が掲載された。住民の5190世帯へのアンケ―トで、22.1%の回収があり、8割以上が「復興が遅い!」との回答を寄せた。回収率が上がればもっと住民の「遅い!」との声は増すだろう。

南三陸町に居住したいが78.5%で、答えた約1147世帯の中で「894世帯」が南三陸町で暮らしたいとなる。回答を寄せた59.6%(668世帯)が町内で働きたいと言う。回答率の低さは早期復興を町民は「無理」と思っている表れと感じる。何で回答が1147世帯しか無かった事を検証しないと、住民同行は把握できなく、残る人口から町づくりの形が見えてくる。
進捗なしから復興完了までを10段階とする質問には、3割が3段階と答えた。この回答が南三陸町の現状で間違いないと思う。

追悼施設場所の政府閣議決定した被災地は、岩手県の陸前高田市と宮城県は石巻市に設置するとした。南三陸町の名前は何一つ新聞には載らなかった。忘れ去られつつある「我が町ふるさと志津川」、国からも県からも名前が風化している現状で、復興の遅延が心配だ。
写真は志津川大森地区の防潮堤の工事現場で、本浜町の小野さんの建物だけが残った。今思えば私も被災した工場を残すべきだったと思い、小野さんが判断した勇気に脱帽する。被災地の土地の買い上げ状況はまだ8割とも聞く。


【 未分類 | CO:0 | TB:× | 13:19 】


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