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ARCHIVE - 2014年10月

2014
10/25

志津川の海に抱かれて


私はこの町「志津川町」で昭和31年5月24日に生を受け、海に抱かれ、山で遊び育った一人です。

海からの恵みは多くの生業の根底に位置し、水産業は勿論、商店は魚の販売があり、その加工で働き家族を養い、神社・寺院とて氏子・檀信徒も、玉串料・布施で神に生活の平安を願い、先祖の暮らしを引き継ぎ守り、町に根ざし住民は生きてこれた。全ては海の幸からの頂き物から始まる。

何気なく人が訪れる為に何が必要かと考えた。仙台市に松島水族館の移築があり、「三陸の海を表現」とそのコンセプトがあった。
南三陸町には被災前に「ダイビングスポット」として、青島の海底の生物を発見した人がいた。現在はその方が活動する場が見えない。「クチバシカジカ」「ダンゴウオ」など、海底の神秘は人をひきつけ癒す。秋田の水族館では「クラゲ」だけを展示し多くの来場者を迎えている。
人に暮らして住んでもらう為にどうしたら? の町協の問いに、福祉・教育・子育てなどの環境の整備が出されたが、この町の自然も魅力と参加者皆が言う。この発信方法として「南三陸志津川水族館」があり、漁民目線ではなく、自然を愛する住民の考えを取り入れ、ダイバ-・水中写真に係わった、地元出身者の採用で、住民の呼び戻しや海底の神秘を観光客に伝える、政治戦略は良い考えと思うがどうだろう。

水産物を売る事や遺構・モアイで人を呼び込む事は限界がある。自然の未知の力を、自然の脅威で町の消滅を経験し、それ逆手に利用する事を、町の再建・存続に繋げる事は、大きな発信の力となるのではと考えた。

「過疎化指定」「人口減少」と言う、避けて通れない今後の問題には、大きな政策変換が必要とされ、コンパクトシティ-も中途半端で、「職住分離」とて海岸線・山里と、点在する集落存在の町づくりは、将来に向けた対策とはならない。


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