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ARCHIVE - 2014年10月

2014
10/18

「命を守る」住民サ―ビス


我が家は震災後に病院に大きくお世話になっている。
父は石巻日赤で「ペ―スメ―カ―」を入れ、今月15日に一年間の検査で診察を受けた。半年ごとの定期検査ながら、日赤からの連絡が伝わらなかった。昨日も11時からの予約で志津川病院に送っていく、駐車場は9時30分になると、来庁者と来院者の車で一杯になる。
母は仮設生活時に、脳梗塞と肺炎で救急搬送を受け、志津川病院に幾度となく救急車で運ばれ、現在は介護施設で元気に暮らしている。

現在進む公立南三陸病院の建設は、来年の4月開院の予定だったが、10月ごろの遅れとなったと聞く。「透析施設設置」が議会でも要望され、住民の病院に透析施設の設置要望書の嘆願活動が懐かしい。新しい病院には透析施設設置となるものの、一緒に活動した方は町外に生活の場を決めた。反面、腎臓病による透析患者は町で少ないながらも増加している。町では透析担当の先生の招聘はどうなっているのだろう。新しい施設は出来ても先生が見つからない、こんな状況が被災前から続いている。震災後も準備はしても活用されない、施設のムダが被災地の自治体にはあってはならない。
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私は簡単にできるようになった、「白内障」の手術を日赤でする、その日程が決まった。石巻日赤の玄関に入ると、常勤する先生方の名前一覧があり、その数の多さが目を引く。そして、現在は隣に増院の工事なのか、4階のビルが建設されている。仙台の大学病院も増築をしていて、患者は先生の揃う施設の整った病院での、治療・入院を求め高度な技術のある所に行く。震災で今回の病院に必要なのは「患者の事を大切にする先生」で、行政の職員としての先生ではならない。患者に寄り添うと言う精神を持つ、一線から退いた先生が勤務してくれればと私は思う。一時診察・診療といての位置から、地域の中核病院の連携で、今も地方病院の在り方が模索されている。

高速道路整備が進めば、石巻へ仙台へと「紹介状」をもらい、継続診療と言う事で大きな病院での治療を受けられる。
私は町の病院よりも、地元の個人病院の先生の患者として、今後も諸々の病気の対応をしてもらいたい。「急病の救急搬送」による診察は公立南三陸病院と思われる。旧雄勝町が5000人の人口が1500になったと言う。今回の大震災は築いてきた暮らしの伝統が消えようとしている。地元に根差したお寺は決して消えることはなく、菩提寺には他の地に移り住んでも、旧町民は先祖の御霊に頭を下げ続けるだろう。
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