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ARCHIVE - 2014年09月

2014
09/04

兄弟姉妹の絆


3日間で無事に故人を送り出す事ができ、親族・家族が残された者の役目として、それを果たす事が出来たようだ。夜になり本家役を務めた私に、従弟から連絡が入った。「・・・で何かあったの?」だった。平時なら多くの知る方法があるが、仮設でのまだ安定しない生活の中で、気苦労をさせる事を避ける為、あえて我が家の兄弟・叔父叔母への連絡を控えた。
故人の家族の子や孫・親類縁者、仮設で暮らす地域の皆様が送ってくれた葬儀告別式だった。父は「おらいは密葬でいいから」と朝から言う。そんな訳には家督としていかなく、つい世間体を気にする自分がいる。もう残された人生を納得できるよう過ごしたい。千葉家らしい自分らしく生きたい。

大雄寺さんの山門の前の地蔵様の穏やかなお顔に「ほっ」とさせられた。お寺の会館「旭祥庵」から葬列をつくり、本堂までの道のりを皆で歩く、昔ながらの葬列がここにあった。
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昨日は戸倉小学校の着江式が、戸倉団地内であり、来年の2月完成・10月開校のような日程を聴く。世帯数がたしか650あった戸倉地区、この世帯の大きな減少の中で、生徒数の今後の事を考える。戸倉地区の住民にとっては、自分たちの巣立った中学校も志津川に統合され、小学校だけは残したいと学区民の願いは強い。歌津の地区民誌に、町の小中で生徒児童が1000人まで減少とあった。大きな町の再建が進む中で、学校の統合は気仙沼市でも大きく統合へと、震災を機に動いている。
テレビの「珍百景」である学校を紹介していた。20名の生徒数でも子供たちはいきいきと学校生活を笑顔で送っていた。湖の真ん中に位置する学校で、綺麗な自然環境にあり、残すべき日本の光景を感じる。財政困窮の自治体が多い中で、維持が大変だから廃校が進められている中で、存続の意味をはっきりさせることも大切だと思う。

戸倉地区をテレビが2題取り上げていた。もう1題は「慶明丸」さんでアメリカで店の看板の、浮き球「慶」の入った物が辿り着き返却された。亡くなられた旦那様の名前の「慶」の字を取り、店名にしたと言う。また一個浮き球が嵐で地元の浜に打ち上げられた。奥さんは旦那様の意思を継ぎ店の再建を行っている。こんな話題に町民の皆さんの再建への熱意を、維持・減少させないためのメッセ―ジのように私は感じる。
頑張ろう南三陸町の皆さん、志津川の市街地で共に暮らした皆さん、また一緒に暮らしましょう。何度も連呼するが、この「私の声」は届かないようだ。登米市に移転した皆さんの会が河北新報で取り上げられていた。役場公務員だった方が中心と父は言う。町の職員として生活が出来て、津波震災を逃れた方は、できれば南三陸町での再建をお願いしたい。しかし、現実は現職員ださえ町外での生活を多くが模索していると聞く。
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