FC2ブログ

ARCHIVE - 2014年08月

2014
08/24

志津川市街地のグランドデザイン


8月10日
昨日のラジオから「隈研吾氏のグランドデザイン」と題した番組を偶然ところどころだが聞く。被災地の再建の構想を流暢な話し方は、強い説得力を感じる。この隈氏の被災地の表現が許された経緯は、知る人しか知らない。国だったり、UR都市機構だったりする。南三陸町町長が市街地の中心再生が、自分の町づくりに合致し、こんな他に類を見ない一大構想へと今歩んでいる。
地元紙にも「熊氏のデザイン実現へ」とあり、住民総てが納得しての方策なのか疑問だ。新しく市街地構想は将来への税収確保が最大目的で、その根底に観光商工の発展があり、農林水産業の復興の為にもこれしかないと言う。こんな構想に住民生活の再建もあると言うが、私には正しい方向性を感じる事はできない。市街地に住民が住む事を基本とし、それに生業と言う水産・農業により商工が成り立ち観光へと繋がる。昔からの生活スタイルが町にあり、ここまで町が繁栄し輝かしい町の伝統を続けて来た。多くの災害があれど、ここまで町を変えた事が本当に正解なのかは、復興計画の10年が終わる頃には、町長政策が成功だったのかが見えてくる。

「太陽光発電」が原発の依存から自然エネルギーの変換へと世論が動く中で、当初から議会・町づくり協議会で、建設される住宅へ「太陽光パネル設置はできないのか」との、質問が町・UR都市機構の職員に出されたが、制度上できないとの答えが続いた。金曜日の第8回臨時議会の会議で、行政より学校など公的施設に「太陽光発電」「蓄電器」の設置を10カ所にすると言う。その見積入札に「地元企業の入札はあったのか」と、歌津の三浦議員が行政に問う光景が、役場窓口の前のテンビのネット放送で、偶然に放送され見た。入札業者は1社で落札したと聞いた。被災から3年6か月となり、被災自治体の再建も折り返しとなり、太陽光発電の関連会社とて、既に工事の発注・受注し、入札参入者は少なく、何とか入札を成立させたい自治体は、予定価格の増額などを講じ、国の復興交付金申請の期限もあり、通常以上の高額で落札をしている。国の被災地交付金だからとか、高額になっても自分の懐に影響はない等、他力の町再建で良いのだろうか。身の丈にあった町づくりをと私は思う。復興後の管理費・維持費は再建後町民の負担となる。

東京オリンピックや全国での台風被害があり、予算も建設業者も不足する事を、常々心配する。早期の再建政策の決定で、業者・予算も確保・削減できるのに、その影響が将来の町財政に響く事を私は懸念する。「誰がその責任を取るの」、100年に一時の大震災だからは、その理由にはならない。

8月13日
隈氏の志津川市街地のグランドデザインの一部分だ。
河北新報に「かさむ経費店主圧迫」と題され、巨大再開発の誤算として、神戸の震災からの再開発の現実が紹介されていた。
「神戸市新長田駅南再開発事業」があり総経費2710億を投じ、今もその工事が進行中と言う。商店は地下一階・地上二階で、高層ビル30階で44棟を建築3000世帯を建設し、入居は全て完了している。しかし、商店街はシャッタ―通りとなり、50㎡で商売をする店主は、想像以上の商店街の疲弊に、家賃・建設負担・固定資産税など、毎月80万円に苦しんでいる。店舗の販売も不動産の下落で、販売もできないと言う。
我が町も旧五日町への「ショッピングモ―ル」の60区画の計画があり、その家賃の額を聞く限り厳しい経営を想定する。旧十日町・本浜・南町の、換地による市街地整備も、土地区画整備により「固定資産税の増額」を、土地換地にあたり生じると職員は言う。観光客の安定確保で商店経営の維持ができる。商売は水物というが、町の「町開き」の中心地の行政の考えは、「身の丈」に合っているかと言うと、行政の考えに不安を抱く換地希望の一人です。
「町づくり会社」設立での第三セクタ―での方向性、テナント入居者の確保、町への観光客の誘致、果たして順調にいくだろうか。
町民は話す「韓国に町長さん行くようだけど」「何しに行くんだべね」と。オ―ストラリアにも招待で行った時、同行の役場職員の旅費は町の経費から出されていた。住民が仮設で苦しむ非常時、絶対に許されるものではない。招待ならば一人で行くべきだし、同行を求めるなら自己負担であり、同行者の分も招待した国での負担をお願いしたい。

8月22日
昨夜6時30分から町づくり協議会の、次の段階と言う「輝くまちづくり部会」の一回目の会議が行われた。仙台から帰り残った仕事を片付け、急いで会議に参加した。
メンバ―の構成員は20名で、30人と予定していた中で、10人の減少の意味が何なのかを考える。構成員の若返りに「私たちの町を自分たちで考える」、こんな意欲を感じられた。
八幡川の階段の整備で、川との「親水性」を考慮した構想がある。左右4カ所を階段にと計画はあった。多くの部分を階段にとの構想と思っていたら、一部分のように私は感じ、灯篭流しやかがり火祭りなどに考慮した河川の活用があった。
隈氏の志津川の市街地のグランドデザインには概ね賛成とのワ―クショップでの反応だった。多くのプラス希望が会員より出された。気になった班よりの希望があり、「子供たちの遊び場」「観光客よりも住民の利便性を」「高齢者に優しい町づくりを」「学校への通学路の整備」・・・など、自分の家庭生活から考えられる、町づくりの希望があった。
隈氏の構想は観光を中心に、住民が来町者と交流できる町、足で歩いてもらう事を主眼に置き、デザイン性を重視したモダン・近代的な市街地の整備があった。「もっと住民が生活しやすい町に」、が若い構成員から出された事に驚かされた。広場の幾何学的な構造物よりも実用的な形に等、現実的な生活の場を造って欲しいがあった。
スポンサーサイト



【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:16 】


TOP