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ARCHIVE - 2014年08月

2014
08/07

こんな町は志津川じゃない


現在の市街地の形成は「志津川じゃない!」と言われた。町づくれ協議会の商工再生部会の傍聴時には、「戦略的な町づくりが必要」と、町民の考えもさまざまで、行政は多くの意見を集約し、最善の町民の意見の達成が求められる。しかし、私は一個人の思惑が強すぎると、常々感じるが個人的な考えでしかない。

8月3日記載
私が30年前に住んでいた地区は「旭ヶ丘団地」だった。今日、用事で旭が丘に行くと「七夕」の時節とあり、地区の集会場で七夕の飾りつけがされ、子供達や住民が集まっていた。震災後も被災者の救護や被災者支援に、地区民が活動をしていて、私も個人活動として登米市から物資の買い出し支援をした。地区のコミュニティー活動が、震災後も盛んに行われている地域でもある。

今日、地区配布があり町広報・議会広報・各種イベント開催のチラシがポスト入った。「石川さゆりコンサト」のチラシがあり、私も行きたいと思うのだから、川中みゆき同様間違いなく整理券は、朝5時前から行列ができるだろう。その他に町民への生活・住宅意向のアンケートの調査書が入っていた。結果は行政が落胆する事となるだろう。

地元紙には入谷・名足の災害公営住宅の完成式が2日に開催された。それに伴い各地区の災害公営住宅の建設完了の予定が掲載されていた。続く内容に驚くべき現実の記事にあった。災害公営住宅の今後に、歌津・枡沢が来年3月、戸倉・伊里前が28年当初、志津川西が29年度当初、志津川東・中央に至っては30年当初が入居予定と言う。「28年度には全てが入居」と言う、当初の行政の方向は発信は何だったのか。建設の大変は皆がわかっている。なせ、被災者が早く入居できる対策を講じないのか。人口減少も仮設での入居期間延長により、戸建も災害住宅も時間が掛り、人口減少の増加も判っていた。なにも出来ない行政があるが、南三陸町は女川町よりも町に土地はある。ホテル観洋の国道45号の向かいの、「黒崎テニスコート」「災害ヘリポート」の場所は、直ぐに使える状況にある。入谷もあるが高台移転への住民の場所として、直ぐに造成ができるのに、なぜなのかと行政に問うも、住民の希望が無いからと言う。この場所を移転の候補地に示さないのに、住民の選択もない。町の土地である。「ひころの里」「旧林際小」なども、町復旧の前の一時期の生活地として、活用はできなかったのか不思議だ。政治の利権でもあるのだろうか。

志津川東・中央が30年度当初との予定に、被災住民の生活苦が、行政の政策決定のトップと、関わる職員には危機感が薄いようだ。行政職員からもトップへの提案や反発がない事に、「なぜ?」と町民はこんな意識を持つ。

8月4日記載
九州・四国地方に500ミリ以上の連続降雨による、家の浸水やがけ崩れなど多くの被害が発生した。今年の日本の被害は「バックビルデイング現象」によるものと、被害が発生するごとに伝えられる。自然災害からの人間の被害対策は「避難」するしかない。まして河川域はどんな状況になるか、自然災害の予想は人間には無理という事が解った。
今、朝鮮半島へゆっくり進む台風と、太平洋高気圧の張り出しが弱い事が原因と言う。台風の時計逆回り、高気圧は時計回りで、双方の海水を巻き上げ日本列島に、その間が四国に在り、長時間の豪雨による被害をもたらした。黄色や赤の降雨予想図にはゲリラ豪雨の降雨域が、連続して四国に発生し被害がでた。
先週の仙台での10分間に「9.1ミリ」は、大都会の排水力を越え、道路に溢れていた。山地の給水力も超えるとがけ崩れとなり、少しの油断が個人的にも大被害となる。

最悪の状態の連鎖は大被害となる。被災地でも間違った計画の、改善変更・対策対応など最良の判断力が求められ、それを疎かにすると、将来へ大きなツケが回る事となる。今、進めている計画は後戻りができないかも知れないが、少し計画改善する勇気も必要だ。町民の意向調査の希望減少や、ショッピングモール・福祉モール・病院縮小・役場建設の見直しなど、初来への子供たちにツケの後回しとなる。復興交付金での復興・復旧は予算がでるが、箱物の維持管理費は町の財政から支出となる。

町で生きていく上で、天災・人災の回避を本気で考えていきたい。私の生きていく行動力は正義感でしかない。

8月5日記載
歌津港の防災集団移転場所に、もう平屋の形ができていた。どの坊集もだが土地さえあれば被災者の再建は始まる。知人も来年に土地が確保でき、昨年の内にハウスメーカーとの建設契約を締結させ、土地造成で直ぐに工事が始められると言う。昨年の契約だと資材も当時の値段でイイと言う。
昨日はグループ補助で建設を進める知人と会い、情報収集のため少し飲んだ。その建設費の高騰の話しを聞き、自宅の建設費位の上乗せに驚いた。国の補助事業は資材の高騰分も考慮すると言う。被災地の事業再建への国庫の支援は安心と言う。明日は私のグループの代表として、気仙沼に説明を聞きに行く。「4分の3グループ12次募集」の個別の説明会である。

驚くべき高台移転の予定があり、町民も更なる不安と言う。志津川西が29年、東・中央が30年の完成引き渡しの町の情報、伊里前・戸倉の28年を早期になのか? 大きな工事区が多くの時間必要となったのか。志津川地区は2割の移転希望の減少があり、完成期の遅れの説明が当初から想定されての、2年の遅れの意味と住民の反応が気がかりだ。

25年の独自支援の実施状況が報告された。利子補給の申請が224件で、2割が町外で50世帯弱が移転し、そのうち37件が登米市だった。私も昨日に金利補助の内定は25年だったので、この数字に入っている。しかし、建設からローンの土地と建物の抵当権設定の終了が先週で、その後での「建物登記」の取得があり、昨日に補助金申請を済ませ、補給は1か月ぐらい掛かると知人から聞いた。ローンでの建物保険が30万、抵当権設定費が28万と、更なる支出に蓄財の枯渇がある。残ったのは自分の保険の預け金だけとなった。
被災者の住宅再建とて建設費の高騰で、建設計画はいくら補助金があっても、厳しいこれからがあり、その現実の大変さを思う。
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