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ARCHIVE - 2014年07月

2014
07/24

激動の南三陸町

天皇陛下皇后様の御来町で町民は「また来てくれるなんて感謝です」とインタビーに答えていた。テレビをつけると町民の声があり、それが私の叔母だったからビックリ、叔母は突然の天皇陛下ご来町のテレビインタビーに、涙ながらの感謝を言葉を述べていた。
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今日の朝は7時に気仙沼へ、気仙沼市での陛下の公務が今日もあり、9時~14時まで市内は交通規制が係ると言う。大谷からの裏通りの帰りは、いつもの4倍もの車の往来があった。
昨日役場に行くと職員の対応がいつもと大きく変わっていた。通常は職員も多忙から「会釈」も無いのに、課長はじめ職員の何時にない「笑顔」「挨拶」「対応」に、天皇皇后様の優しさに打たれたように、人への優しいいたわりの心を持つ事を、お二人のお姿から頂いた気がする。

皇后様のお持ちのバックは、南三陸町の「アストロテック」さんが制作の物をお持だった。こんな心遣いに国民を平等に公平に愛する気もちを再確認した。こんな気持ちが被災地には必要で、多くの人が映るテレビの一部の人たちに、つい私は目をそらしてしまっていた。昨日は10時30分からの石巻で目のレーザー治療だったので、夕方のテレビでのお二人の姿を拝見し、それで私は十分である。
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咋朝7時ごろに韮の浜に配達に行く、漁民の朝は早く既に浜に仕事に出かけていた。45号から帰る途中に寄木・韮の浜の防災集団移転場所を見に行く。歌津つつじ園の向かいに造成が進んでいた。議会の調査でまだ木々の生い茂る山だったが、現在は広大な地区住民の生活の場所が、造成され新た終の棲家に生まれ変わる。

入谷・名足の災害公営での入居予定者が、入居取りやめに町では新たな入居者を募集している。その数が予想以上に多い事に私は驚いた。3年6か月余りの被災後の生活があり、その長さから意向の変更に至ったのだろうが、私としては町民の皆さんに戻ってもらいたい。しかし、家庭・家族・資金など多くの問題から入居を回避したのだろう。悲し過ぎる現実を止める手立ては行政にはない。
進む防集でも意向の変更が2割と言う。現在14500人の人口が町広報にあり、今後の数字の更なる減少が確実と言われている。ここで住んでいた皆さんと共に笑顔で暮らす事が、最大の私の願いとしてあり、その為の活動を今後も続けていきたい。

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