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ARCHIVE - 2014年06月

2014
06/10

志津川本浜地区が自分の思い出から消される


震災からこれまでの復旧復興の在り方は、「新しい町づくり」をと言うが、志津川の地区民の何割がそう考えているか知りたい。私は「昔のままの街並」を、8.7m防潮堤と同等の嵩上げでも、10年に一度の津波に耐えられる町が造られると思っている。
「職住分離」は町が決定した、一部の人たちが描く町づくりのような気がしてならない。住民不在があるのは、分離された高台の造成は時間が掛り、その環境も以前のような利便性にも欠ける。町の経営は確かに商店街の充実と、人を呼び込む環境は必要だろうが、町民がいなくなった街に、志津川の将来はあるのだろうか? と私はいつも思う。
昨日の来客者も、意外な人たちが街からの脱出していた事を聞く。そして、若者がいないと言う。企業誘致による労働の場の確保と、安定した所得雇用の場は確保できる算段は行政は持ち得てない。「町開き」による新しい市街地形成で、企業誘致が進むとも思えなく、働く人たちの雇用の場が増大するとも思えない。
震災から3年半、住民の生活は待った無しであり、子供の成長も待ってはくれない。町は交流人口と人を集める為のイベントを多く計画しているが、これを住民が元気になるようにとか、亡くなられた方々へ報いる為とか言う。先祖代々の土地や墓地を守って欲しいが、この町で生き抜いた人たちの、一番の思いと私は思う、私はそれを実践し「共に志津川で生きましょう」と言い続けているが、そのメッセージ性も薄く届かないようだ。
上の山から十日町と本浜町を望んだ。ここは50店余りの商店換地があり、土地区画整理とコンサルタントの熊氏のグランドデザインで、新しい商店市街地そして人集めの広場ができる。いったい誰の為の市街地づくりなのだろうか。
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