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ARCHIVE - 2014年06月

2014
06/08

生き方死に方を考える


今日は老人ホーム「いこいの海・あらと」に、担当の先生が変わると言う事で、父を施設まで送って行った。父は耳が聞こえなく目が見えないと、自分の老いを嘆いていた。「しょうがないよ」、92歳になった身体なので当たり前、状況なりに生き対応するしかない。
「お昼、蕎麦でもでも食べたいと」言う。病院帰りにでも寄るから、今度できた沼田の「リッチー」さんに二人で行って、ラーメンを食べた。2年前になるだろうか、さんさん商店街の「京極」さんに、二人で出かけたきり、しばらくぶりの一緒のお昼だった。

町づくり協議会で示される、志津川地区の再建の地図は、私が見ても判りにくく、志津川市街地で住んでいた人でさえ、その市街地の復興計画を把握できる人はいなく、関わっている人たちは、行政や考案する方々からの説明で、理解すると言った感じだ。しかし、多くの人はその再建の姿に興味はないようだ。
「高台」「産業再生」「公園」の3部会が一つになり、部員数も30名と半分になり、部会が各部門で詳しく内部まで求めていた説明も、広く議論すると表面だけの薄っぺらい物になるのではと懸念する。高台移転部会で「災害公営住宅」の集合住宅一階に、商店や集会所そして子供達と交流できる場所と、会員から提案されたが、それはできないと説明された。屋上のソーラーパネル設置は、議会で一人の議員の提案ながら、制度上できないと行政は言う。多くの良案が出ても、それを国に働きかける事も無く、しばられた制度の中で判断している。100年に一度の災害に既存の制度を当てはめる、ここは既に被災住民の意向に応えられない、国の被災地再生への取り組みの浅さが判る。
多くの被災地の難しい問題や被災者の要望に対処できない、国の制度自体を変えないと、日本国の人口減少になんて対処できない。また、減少を抑える術を講じる事無く諦めている、政府が現存する。

父が言う、一昨日の新聞に「延命」についての記事があった。病院・老人施設での高齢者の存命に、病状に応じた高齢者の治療がランク付けされると話す。社会保障の国庫の財源の今後の破たんや、社会・国民健康保険の負担の増大があり、老人施設の一人当たりの国の負担金の増大に、今から対処する考えが、この新聞に載っていた。問題解決の方法として取り組みが根底にある。
昭和31年生まれの私は、この厳しい現実の中間に位置し、若い世代に迷惑を掛けない死に方を、今から模索している。残った財産は、町にも国にも渡したくない。信頼できる人に贈与し、町づくりに正々堂々取り組む若者に、少しながら使っていただきたい、なんて考える。

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