ARCHIVE - 2014年06月

2014
06/30

最後まであきらめない


土日と夜中のサッカー観戦で、生活のサイクルが変になり体調もおかしい。しかし、サッカーの互いの国の為に負けられない気持ちが、こっちまで伝わってくる。スポーツの精神面の強さと、厳しい競争社会と天性の才能を感じる。
写真はブラジルのネイマールの「神に感謝」の言葉で、目頭を押さえ涙した後姿です。これまで苦しい生活で培ったサッカーへの情熱と、母国の為に開催国としての、「勝つことの義務感」の強いプレッシャーがあった。決勝リーグでの南米隣国「チリ」との対戦は見ごたえ満点の、目を離せないくらいの攻撃から防御が、息つく暇なく続いた。90分を「1対1」で、延長に入っても一身一体の攻め合いが続いた。120分でも決着がつかず「ペナルティ戦」に、2対2で二人が互いにキーパーの好セーブで、5人目のネイマールは外せない状況で、自分の役目を期待通り全うした。
どこか日本のチームとは違い、個人技でも生活苦の中での、家族の為のサッカーと取組があり、「大好きだから」とは違うようだ。オランダも残り5分で同点逆転とメキシコを破り、ギリシャも終了ギリギリの同点ゴール、世界は私の知るサッカーとは大きく違っていた。精神面で「諦めない」がチームの中にあった。スピードある一点の攻防は見ていて、日本のチームの試合同様に、サッカーの魅力にはまってしまった。

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2014
06/28

東日本大震災のあの日は終わっていない


戸倉公民館の2人の町職員が「特別公務災害」から認定を受けられずにいたが、朝刊の全国紙面に認定の報が掲載されていた。元総務課の係長から戸倉公民館長として配属された。地元では公民館への移動は、職員は喜ばず私の叔父も戸倉に居て、退職時期を待たず辞めた。館長は公民館で被災者の受け入れ態勢づくりと、もう一人の職員は堤防で潮位確認をしていた。特別公務災害が認められると、一時金と年金とも1.5倍が支給される。残された家族にとっては、少しは生活が楽になる。トップの人事には多くの疑問が以前から私にはあった。言う事を聞かない、自分に反旗を翻した職員の、考えられない移動がその家族からも不平が沸き、震災で亡くなられた職員の苦悩は計り知れない。また、町の対策本部の在り方が正しかったのか、議論は有耶無耶で、その責任の所在も、決まっていない町での「「街づくり体制」でいいのだろうか。

河北新報の朝刊に「仮設孤独死3県で112人」と見出しが躍る。宮城県が51人ながら実態把握に差があると伝える。県としても自治体としても、復興住宅再建の遅れによる「二次災害」と、世間のその数を悲劇の延長として、自治体は暗いイメージの払拭を図ろうとする。真実の公表で強固な対策が求められ、それに答えられない被災自治体がある。

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気仙沼市内の防潮堤整備費は「1千600億円」が掛かる。100年に一度の津波対策を講じているが、今までこんな大きな津波が、明治・大正・昭和と発生し、昭和35年のチリ地震津波に合わせた、防潮堤の高さの国の大津波対策で良いと、当時の津波防災対策を講じた。今後発生すると言う異常気象下の地核変動は、人間の英知を集中しても完全な防御はできない気がする。南三陸町でも事業者は低い土地での事業の再開をしている。住宅も津波到達のなかった15m位の場所で、今後も住宅再建をする人達も多い。多額の国の予算は「いったい誰のため」と私は思う。その時間の遅れは、住宅再建の個人負担の増額となり、人が町からいなくなっていく。何の為の誰の為の復興交付金か判らなくなっている。多額の街づくり防災対策の資金を、「被災民の再建費」回す事はできないのだろうか。り災支援金は300万円・自宅整備などの金利補助は750万円程で街独資の150万円も自己再建で、町内での建築に限られている。住宅の買い上げも坪1.5万~9万円と幅は広く、土地取得・住宅再建には「3千万円」も要し、28年度土地整備以降は坪70万前後、その以上とと言う。建築内容や店舗付住宅だと、20万も追加となる事実を聞く。自己再建の厳しさを垣間見る。

ある被災自治体でない市では、人口の減少で苦悩していた。6万前後の人口が、5年で5千人も減少し「1億5千万円」の、市の税収の減少を「ふるさと納税」で1億の確保で税収対策に市は特別対策課を設置した。
全国の50年統計で居住他の63%が人口が半減したと言う。被災前から町の人口減少は避けられないと行政は言っていた。反面増加している自治体もあり、将来を予測し大胆な政策が実を結んでいる。学校の祝辞で「諦めないで努力する事が大切」とよく耳にする。有言実行で町の疲弊に立ち向かって欲しい。

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2014
06/27

日本チーム敗退で思う「独り言」


チームのリーダーとしての長谷部がいる。試合後の感想を求められ、チームを自分をしっかりと捉えていた。南三陸町志津川の「あさひ幼稚園」への1億の寄付があり、建てられた園舎で子供たちが元気にボールを追い、長谷部選手も一緒サッカーを楽しむ姿が、最終戦のコスタリカ戦前に報道の画面に流れた。長谷部の善意を忘れかけていた。今度「剣道スポ少」に入った小学生が17番のユニホームで練習に来た。「誰の番号?」と聞くと「長谷部だよ」と帰って来た。一昨日「体協の役員会」があり、同席された大雄寺住職はあさひ幼稚園の園長でもあり、話しをすると卒園生ですと言う。テレビの中の子供たちは全てが「17番」を背負い、長谷部の応援の静岡からの贈り物です。現在、あさひ幼稚園は高台移転の為、中央区への移転を町から伝えられている。子供たちの心には「17番長谷部」は、一生心に刻み込まれ、この中から未来の日本サッカーチーム代表が選ばれる事を夢見る。

私は「大久保13番」のユニホームで、3戦を最初から最後まで見届けようと、早朝からの対戦をテレビの前で見た。一回戦のコートジボアールとの戦いは、本田の1点先取があり、その後日本チームの戦いが変わった気がする。今回のチームは「攻め続ける」の形と言うが、しっかり守りもその戦いにはあったが、対戦相手の身体能力を良く言うが、2分の間の2点はスードとは言え、4年間の選手の成長と外国での経験からも、防ぐことのできないシュートでは無かった。勝てた一線で「1対0」で終われた。ギリシャ線は日本らしさが出なかった。10対11の一人レツドカードの有意差があり、点は何時でも取れるとの甘さで、90分を終了し、この試合も「1対0」で勝てた。一番強いリーグのチームのコスタリカは、主力メンバーを8人入れ替え、ペナルティーキックにより1点取られるも、本田から岡島のヘディングで同点で前半を終えた。後半は2点差での勝ちでリーグ2位に入るため、攻めの体制でがむしゃらに相手ゴールに迫った。防御の後列へのパスから3点を取られ、結果は「1対4」で敗れたものの、積極的攻撃から手薄な防御のラインを崩され、多くの失点となったが、そんなに差とならない対戦だったように思う。リーグ戦も「2勝1敗」で突破できていたと思う。そんな中でギリシャは最後の試合で「2対1」で勝った。アディショナルタイムで勝ち越すと言う劇的な勝利で、最後の混戦から決勝リーグに進んだ。
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香川には今後の活躍を期待し、シュートの正確性に努めて欲しい。最後の試合も2点は取れていた。他のチームの点取り屋とはまだまだ差があった。アルゼンチン・ブラジルのキーパーの手の届かない所へのゴールが、その違いを何回ものゴールが示している。その1点で3回の戦い方も違ってきた。
「13番大久保」のゴール前のオーバーヘッドキックがあった。彼もゴールの正確性に世界の差を知った。父の命日に最後の代表者となり、3戦に出場したし年齢を感じさせないプレーに私は満足した。

結果を真摯に捉え、次のステージでの活躍を期待したい。「長友の涙」は今までの死にもの狂いで頑張って来た事の証であり、他の選手とて同じな事は全国民が知っている。

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2014
06/26

来町者への「お・も・て・な・し」

昨日も町の住民の転出や廃業の話に、落ち込む事となった。あの人も町での商店をやめて近隣市に脱出していた。地元の商店経営には後継者問題が、事業の継続を阻んでいる現実も聴いた。また、土地を持っている人が、事業をやめ地元に住宅新築し、現在新居で暮らしていた。こんな私が知らない事も、人との会話で情報として耳にするが、被災地の悲しい現実に落胆しかない。
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そんな中で被災し多くのボランティアに支えられ、心の支援を受けて心身ともに救われ、その気持ちを返したいと「漁業家民宿」を始めた先輩がいる。
荒砥地区に住み、テレビで取り上げられた先輩は、私の剣道の目標であり心の優しい人で、子供達との剣道スポ少指導者となるキッカケを作ってくれた。あれから16年目を迎え子供達との交流が、私が震災を乗り越えられる励みとなった。奥さんも震災の事を語る度に、涙ぐむ生活も4年目を迎え、その悲しみが消える事はないが、少しの笑みを浮かべられるようになったようだ。私の二つ上の先輩も還暦を迎え、体に無理が利かなくなったと、現在運動を始めたと言う。私もアリーナジムを2か月も休み、又少しお腹が出てきたようだ。健康の為にスポ少だけでなく、自分の身体の為の運動も始めようと思っている。行く日と時間が違い会う事はないだろうが、共に同じ場所にいる事が嬉しい。

また今年も長野県飯島町の「マジッククラブ」の人達6名が、心の支援と新鮮野菜を持って南三陸町に来てくれる。昨年は「平成の森」「南方」の仮設で、マジック公演を開催し2仮設で100名以上の、町民の皆さんと交流を重ねた。運転者と行きたいとの同行者3人で、9名の方が長野から「マジックで応援in南三陸町」にやってくる。観光支援の一端を担っている。

剣道の先輩の「漁業家民宿」にお世話になる。先輩に「南三陸に物資などを送ってくれている人達だから、是非!」と言うと、その願いを聞き入れてくれた。飯島町の団体さんは、被災地の人たちとの交流を楽しみにしている。今回は「何とか」とのマジック公演の人たちの、手を合わせたいとの要望を、先輩は聞き入れてくれた。民泊の宿は「お世話になった皆さんに恩返ししたい」との活動と言っていた。その考えに合致するお客さんなのだろう。

南三陸町の海の恵みを味わってもらいたいと先輩は言う。「何も特別な物はないですよ」と奥様も念をおす。

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2014
06/25

我が町にない他の自治体に学ぶ


気仙沼の知人が写真を送ってくれた。陸前高田市は大型ベルトコンベアーによる、高台造成と低地の嵩上げで、早期の街づくりと住民の生活確保に向け、震災からの復興計画を進めている。写真でも大型トラックの姿は少なく、途切れる事無く工事が進むが、交通の混乱も余計な工事経費も掛からない気がする。
南三陸町は復興関連業者への仕事の確保が必要と言う。住民の早期の高台移転は、こうした方向性により時間を必要とし、住宅地整備となる頃は、住宅建設の業者は飽和状態となり、住宅建築がままならない事は、現在の住宅建設の工期の遅れだけに留まらず、建築費は「坪70万」と昨日の情報を聞き、今後まだまだ工期も予算も、被災再建者の負担の増加がある。こうした面からも早期の土地の整備と、建設業者との早期の建築契約成立が必要となる。

消滅自治体に上げられた所の最大の原因は、20代30代の人口の流出が要因と言う。出生率の低下により将来の人口減の動向から、今回の結果となり、国もこのデータを真剣にとらえる。町も状況は把握しているのだろうが、震災復興計画の後戻りはできなく、このまま厳しい現実を理解しなから進んでいる。強烈なカンフル政策を講じないといけないのに、何も策を立てない・対策を真剣に町民と論じない行政があり、町の衰退の危機を理解しているのだろうか。
人口の増加地区は、子育ての環境整備に、高齢者に優しい医療体制など、他の自治体に類を見ない政策に取り組む、町や村が上位の「暮らしたい街」に上げられていた。無くした物を又もとに戻すは、至難の技を必要とし、早期に取り組む事でその被害を抑える事はできる。
多くの職員を亡くしてしまった対策本部長の行動があり、今も「想定の甘さ」と「保身行動」の姿に見えるのは、私だけなのかも知れない。我が町に見切りを付けた町民に、行政が話を聞く事で解決策はいくらでもあると言うのに、こんな簡単な事もしていない行政の計画に、今も期日を待っている人がいる。

私の知人の選挙区で選挙があった。無競争を避けようと仲間を立候補させ、二人とも最終ラインで当選となった。「無競争だからの出馬」もある選挙区の、立候補もどうかと思うし、この町の為にも一方的な町の判断がまかり通る、行政のやり方に注文を出す、地域のリーダーや女性など新たな人材が、行政運営に新しい提案を出せる事で、今の状況から打開できる方法のように思える。

今日から変えないと! どうにもならない状況にきている。

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2014
06/24

みんな戦っている(アゲハチョウ)


福島に石原環境大臣が謝罪し、都議会のやじ問題も鈴木と言う議員が謝罪した。石原都知事時代に尖閣諸島を東京都が買い取る、そんな事があった時に、地方議員数名と上陸した一人だった。3期目となる彼は目立つ事で自分が、他の議員とは違うとの「パフーマンス好き」なのか。女性の活動支援を選挙パンフでは唱っていた。「やじ問題」でのメディアの質問にも、「私ではない」と公然と平気で嘘をつく、こんな人間が議員でいる事にガッカリする。大田区区民は「恥ずかしい」「辞めてもらいたい」と、口々に言い、事務所には卵がぶつけられていた。弁明も猪瀬知事への厳しい追及とは裏腹に、自己管理には甘い人間である事を露呈した。「人を守るための嘘」もあるが、「我欲の嘘」とは違うものの、嘘は悪である。戸倉団地の産廃問題でも、多くの嘘と私は対決してきた。平気で嘘を作ろう関係者に、憤慨し爆発したが、行政の思いは悪者を探すより復興と言った感じた。これで「素晴らしい他に引けを取らない町づくり」ができるだろうか、私は今後も戦い続けたい。父のように生きたい。

志津川市街地の将来構想は、「回遊性で賑わい創出」と言う。回遊性は交流人口と言う「観光客」を引き込む事で町の再生を図っていく。「町の再生」は住民の生活の確保であり、住民が安心して「子育て」や「孫を見ながらの穏やかな祖父母の暮らせる生活」が基本ながら、取って付けたように観光客との住民の交流を唱い、これで新しい南三陸町を造ると言う、町のトップの考えで本当に町の復活は大丈夫が心配だ。
隈研吾氏のグランドデザインは、観光客受け入れ体制としての商店と産業再生は、素晴らしい構想と絶賛する。その中でも高台で暮らす住民と、商店街の回遊構想はできないと私は後ろ向きだ。人口が減り限られた震災復興計画終了後の、財源確保があり、いろんな働く場に若い労働者がいるのか等、計画に無理がある気がしてならない。

自然の中で天命の元で生き、与えられた人生に逆らう事なく暮らせたら、最高の人生と私は思う。写真のような自然の中で、社会の一線から離れ、世間の雑踏も気にしなく、金銭的な贅沢無しでも、自然に包まれ仲間と時々酒を酌み交わす。こんな生活を私は夢見ている。

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2014
06/22

志津川地区の剣道の伝統文化継続に微かな灯が


今日は歌津中学校で、「剣道級審査会」と「本吉地区剣道学年別選手権」が開催された。志津川からは今年入った、志津川小学校の1年と2年の二人が、2か月14回の基本練習で、目標とする級を獲得した。
6月の第4日曜の時期は、多い時で被災前は志津川から30名が大会や級審査に挑戦した。震災後は戸倉剣道スポ少の団員を10名でスタートしたが、中学校の統合や団員の生活がバラバラとなり、戸倉剣道を続けられなくなった。剣道をしたい子供たちと両親の要望から、被災3年目の昨年から「志津川剣道スポ少」として再スタートしたものの、登録していた団員が相次いで辞めた。いなくなったから少年団を止めるは無責任で、団員の募集により別のメンバーの3人で、新しく「志津川剣道スポ少」が復活スタートした。審査の先生からの言葉も「元気があって良かった」とお褒めを頂いた。にわか作りの剣道の基本動作に、ついてきてくれた子供たちに感謝だ。次は君たちが学校での表彰式に立ち向かう。ガンバレ!
今年は33名の本吉郡の小中生が受験し、全ての剣士が合格となった。審査の先生からは指導者に今日気になった団員への、更なる注意と指導をお願いしたいと訓示があった。来年は団員の3人が「個人戦」「団体戦」に挑戦する。礼儀と精神力を身に付ける最適のスポーツでもある剣道、本吉郡志津川地区の剣道の文化と伝統の継続に、微力ながら尽くしていきたい。
「剣道が好きだから」が剣道の指導者には多く、自分も剣道をしたい、剣道の良さを今後も町の子供たちに継続してもらいたい。歌津地区の剣道の発展は、指導者と剣道OBそして家族で、子供たちがしたいと言う「剣道」を、共に助け合い理解し合い信頼し、剣道にあたっている。志津川地区も個々の主張をするだけで無く、互いの言い分を尊重し合う剣道体制を、今後構築していきたい。

「都議会」「国会議員発言」は、議員としての奢りがあり、安泰政党ゆえの暴言でもある。東京都議会の一般質問議員へのヤジは、女性の尊重や立場改善など、女性参画の環境構築に政治が動いている中で、在り得ない発言である。名乗り出ない・党友をかばう体制は、発覚したら発言者の政治生命は終わりだろう。橋下氏の従軍慰安婦発言での、勢いのあった「日本維新」の、政治生命の鈍化と、今の野党の低迷に繋がった。政治家としての発言の大きさがあり、党としての資質も疑われる結果となる事を、理解していない「一強多弱」の、自民党の奢りとして取られる、その重大性を理解できない議員がいる。来週初めには汚いヤジの発言者は発覚すると、メディアは言っている。
大震災から4年目を迎え、進まない慈最復興があり、社会保障の不安定な問題、隣国との摩擦問題などが今ある。「議会の華」と言われるヤジ、真剣に今後の国を考える地方議会があるのに、次に進む国会議員の資質が取れている。今回の問題となった「みんなの党」の女性議員は、党での問責決議へとの行動を取った。素晴らしい議員がいる事が解った。
私も議会に入って「暴言発言」を受け、前々議長から問題解決への説得があり、議会を混乱させまいと゜問責決議を出さなかった。懐かしい! こんな事を思い出す。「与野党が拮抗」した時代で、真摯に議会への対応を仲間と考えての事だった。

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2014
06/21

町の被災再建事業が終わっての住民再建へ


今日の10時半ごろに志津川仮設商店街へ行った。BRTのバス停の隣りの第一駐車場は満杯で、向かいの県事務所跡地の駐車場にもすでに車が止められていた。志津川の被災から観光商工の事業展開は、成功したと言えるようだ。しかし、4年目を迎えこれからが町の再生事業の正念場と言える。昨日までの6月議会は4日間の審議で終了した。戸倉小学校の新築費として「15億円」が計上され、27年秋ごろをめざし、戸倉団地の一番目の公的施設の建築となる。町の役場の基本設計費として「3500万円」、鮭ふ化場整備「2500万円」など、総額27億余りが補正予算として計上され、議会で採択がされた。
もう一つの動きとして、火葬場の向かいの「上下水道処理場」が、エコタウンのシンボルとして、生ごみ・し尿で「バイオマス発電」をすると言う。都内の企業が来年12月の稼働を目指すと言う。昨日、役場の窓口前で議会をテレビ視聴した時、三浦議員が議会で質問していた。今日の新聞でその意味が解った。現在は南三陸町のゴミは気仙沼で処理され、8千万の経費が掛かっている。生ごみの分別処理をすると1千万の経費が浮き、その生ごみの1千万円分が「バイオ発電」に回る。現在、原発の再稼働がままならなく、企業の電力確保に国の対応が求められ、エコエネルギーの創出に、企業支援として多額の補助金があり、バイエマス事業の企業進出は、企業誘致と町は捉え、効果よりも企業の事業提案に飛びつく、深刻な町の企業誘致問題を抱えている。
国は益々の経済の活性化を求め、企業への補助率を引き上げ、不正も多々あり審査が厳しくなっている。被災地の相続などの問題も決められた制度の元で、住民は頭を痛めている。基準・制度の緩和で早期の住民の再建も、国の政策としての「特区」が求められている事を、国会議員には伝わっていないようだ。現状を苦悩を被災地からもっと聞いて。

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2014
06/20

町では「道の駅」はいらない


昨日の議会の質問では、入谷の農業家である議員が、「道の駅構想は」と行政に問いただした。私が議員としての時から、「南三陸町に道の駅を」とお二人の入谷議員が何回も、農家の生産品の販路確保として、道の駅を作って欲しいと町に要望してきたが、町長支持ながら首を縦に振る事はなかった。今回の質問でも、町長は町づくりのグランドデザインの構想説明に終始し、企画課長は「簡易なパーキング」としての、未知の駅の考えがあるとの答えに留まった。結局、現町政の考えは昔と同様で、隣町の登米市「モクモクランド」や、大谷の旧大谷駅にあった「地場産品直売所」の建設のような、「道の駅」には消極的である。
商工観光の指示をしてはいていても、農家漁家民宿の構想は町でも支援はしているようだが、「道の駅」の建設に対しては町の商店街と、観光客の足が二分するとの考えから、未だに町長の考えは変わっていない。本当の第一次産業である農漁業の発展・振興・救済に力の入れ方が小さい。全ての町民の生活の安定よりも、商工観光での町の復興が大切と、今後も変わらない政治政策に固まっているようだ。
私は全ての町民に対し、平等に公平公正に産業への支援を行政はすべきと思い、それを言い続けてきた。要望を出しても町は「道の駅構想」を展開するような素振りをとり、人のイイ事を良い事に、人を利用しようとする政治をしているように思う。第一次産業の発信と、担い手を確保するためにも、高速道路が来年には小森まで来る。入谷地区の発展には「道の駅」を設置し、新しい農業の担い手が増えている今、ベテランの農業指導者が活躍する人がいる入谷に、人の流入を図るべきと思う。水産加工業の担い手はいる、生産基盤としての農業・漁業の発展・維持をするために、行政の新たな町の発展構想へのシフトも、是非考えて欲しい。

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2014
06/19

町の取組を素直に見れない自分がいる


今日はお昼から宮城県印刷組合理事会があり仙台に出張してきた。組合幹部の志津川の嵩上げ状況に驚く挨拶があり、嵩上げは「4~5m」と言う、真実は10mで私の紹介の挨拶で訂正させてもらった。実際は「海抜10.6m」の看板が嵩上げ土盛りの一番上に看板が立っている。
今日の河北新報にも南三陸町の議会での、行政の政策が紹介されていた。「安全安心条例制定へ」と言う。住民の早期宅地造成状況が28年度と、予定通りから遅れるとの憶測もあり、病院も27年4月が伸び伸びで、いつ開院となるかも不透明な町の復興計画がある。行政は住民の目線を他の方向に向けさせる為の、今回の「安全安心条例制定」のように見える。行政の住民の生活の場の確保に、消極的な姿のカモフラージュと、歪んだ目で見てしまう自分が存在する。
また、南三陸町の7カ所の仮設地権者が土地の返還請求をしていた。自分の生活の場を確保する為であり、もう地権者とて住宅建設を待てないがその裏にある。行政は名称を公開していないが、半年前から囁かれている「中瀬町仮設」がその一つだ。全体で49戸の返還請求に14戸が解体へと用地の返還が進められ、入居者は空仮設に移り住んでいる。
その他に行政の報告があり、町の仮設は58団地2195戸であり、空仮設は232戸で、みなし仮設は456戸あると言う。(5月20日現在の数字)。驚くべき町民が町から消えて他に行っていた。行政の言い示す数字に大きな疑問を私は持っている。志津川市街地だけで2000世帯あったのに、南三陸町全ての仮設世帯が2195世帯と言い、みなし仮設は650世帯が私の議会時代から、9か月過ぎても変わらなかったが、みなし仮設は「456世帯」となっていた。実態を聞くのが私も辛いが、残った町民には、厳しい現実の数字を示して欲しい。そして、今やらなければならない事を行政はしないと町が無くなる。
明日は3日目の議会の情報が河北新報に掲載され、また新たな真実が新聞を通し町民の知る所となる。現在河北新報は南三陸町内に「1700枚配布」されている。この実情を真剣に考えたり、議論をする町民は無いに等しい。

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2014
06/18

被災死亡者への鎮魂碑はまだまだ先


今日の新聞に南三陸町の復興への混乱が見え隠れしていた。
観光協会の「46万円余り」の不足金が発生した。正規職員と臨時職員の2人が経理部門にいる。昨年12月~1月の正規職員が求職中で、その間に不足分が発生した。そして、臨時職員が不足分を収め退職している。現在警察が入り調査していて、委託料や補助金で6120万円の収入があり、観光で来町する人達への「語り部事業」で、6千万?の収入があると以前聞いた。歌津の議員と共に、なぜ利益が出ているのに「事業委託料が必要なのか」と、行政に詰め寄った事を思い出した。
先月末の「観光協会総会」があり、県の印刷組合移動総会と重なり、商工会総会も同じ日にあり、二つの総会を欠席した。そして、観光協会の会長はじめ役員が決定していないと言う異常な状況がある。その原因はこの事と推察し、役員人事問題は、行政と協会の思惑どおりにいかない事に原因がある。我が町の人事は「事務局提案」による物が、総てと言っても過言でない。町の政治の運営は大きな力による運営が実行されている。町の重要産業に従事する部分の、町の権力者の影響にあり、それで運営が何事もないかのように進んでいる。今回の観光協会の会長が不在と言う事は、前任者の力が働いている気がする。その影響力が強くなると、「良し」としない反対勢力のせめぎ合いがあるようで? 前任のような活動ができる人はいない、そんな役員の状況下が今の観光協会にあると思う。政治は町民の為であり、被災地に於いては早期被災者救済が根本なのに、被災地への大きなお金が動く事で、私利私欲が働いている事なのだろう。
八幡川右岸の開発問題を質問したのが新人議員で、記念公園の縮小は以前から言われていた。管理費と広大な場所が必要なのかと、「復興交付金」の申請で以前より国から指摘されていた。「遺構」として残す必要性のある場所なのだと、強く町で堤案すべきと思うが、その説得力にかけている。町トップの決定は「縮小やむなし」と言う。震災からの遅延もしょうがない。は「町民の要望」に方策や考えはなく、との諦めを感じ、その姿勢が町外への住民が流失する原因と言う、町民が少なからずいて、それが実行されている。
地方は地方の選挙があり、都会の選挙のように、自分たちの住む町を本気で考える事に欠けている。入谷地区の現在の市街地からの流入がある中で、何で入谷地区への「仮設建設」を実施しなかったのか不思議だ。「私も第二の志津川の拠点」にと言い続けたが、ひころの里・林際小跡地には、町での建設は消極的で、「希望者がいない」と言い続けていた。親戚・縁故選挙があり、行政運営に本気で立ち向かう議員が減っている。そんな気がする。1万人と人口がなれば、もう議員は1千人に一人と言うと、定員は10人のギリギリの人数になる。この実情はそこまで来ている。

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2014
06/17

被災地問題色々


先週は長い梅雨はじめでの曇りと雨の日が続いた。その後の晴天が始まり、志津川東地区東の造成地のフェンスが外され、病院・ケアセンターの本格工事のスタートが始まるのだろう。27年秋竣工に向けて、工期の遅れを取り戻そうと、建設業者・被災自治体はあらゆる方策を講じ、人口流出問題への一つの課題解決に取り組む。
宮城の被災地の問題がまた発覚した。名取市の災害復旧で平地にあった小高い丘が、違法な土取りで削られ、無残な姿となっていた。採掘許可がないままでの、建設業者による土の確保があった。名取は海岸線の平地で土の確保は、内陸までのトラックでの運搬は、経費が過剰に掛かる事となり、許可申請を出しても数少ない、平地の小山の土取りで認可が出るはずもなく、一時的な利益の追求が業者の行動となった。「被災地だから」との現在進める規制の緩和とは、この実情は決して合致しない。行政の事業とて遅れも同じで、言い訳は決して通じない。
石巻地区の震災直後の瓦礫撤去にあたり、不公平があったと何社かの建設業者が5億余りの不当発注を訴えた。石巻では建設業者の「違法請求」が前にあった。被災地と津波の影響がなかった場所で、その復興の姿に格差が発生し、市民は内陸に、行政も内陸の住宅地整備と、住民サービスの民生安定に大きく舵を取っている。
我が町は何も無く自治体が震災復旧復興で動いているようだが、問題の発生が無いかのように平静を装っている。今日から6月定例議会が始まる。5人の一般質問が通告され町の問題について議員が、町長に聴き問う。
震災前に機会が取り組んだ「機会と住民の懇談会」を、また再会すると現在進んでいるとも聞く。住民も多くの問題点を問い、答えを求めて懇談会に参加して欲しい。私たちの街みんなで考えていきましょう。行政と議会任せでは、自分たちの求める町はできない。

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2014
06/15

自分の為に生きたら


金曜日のブログ更新から2日と半日の更新を休んだ。たいした事が無いが以前までは、休む事で継続への維持がなくなる怖さで、ここまで続けて来た毎日の更新も、「何の意味が」と考え込むようになった。
金曜の午前引っ越しの片付け中、突然のめまいと体調不良で座り込んだ。冷や汗でシャツは「ジトー」と濡れ、「何これ」と考えた時に、先月末の先輩達との「お祝い会」で、佐沼の前主治医に言われた、「低血糖は80以下じゃないと具合は悪くならないよ」の言葉を思い出した。スポーツドリンクで飲み落ち着き、血糖値を測ると「93」の数字に驚いた。自分なりの食事療法生活と、飲み薬とインスリンで血糖値調整の中で、ここなで下がるのは「食事減少」をし過ぎだったかなと反省した。食事量を少し増やし以前の140~190台に戻した。

今日地区のゴミ掃除と花壇の植栽が、地区民が集まり開催された。沼田地区は現在200世帯前後と把握し、70名余りが集まり地区全域の清掃に汗を流した。6時30分からの一時間に次いで、7時30分からは商工団地事業所の方々と共に、国道沿いの花壇のつつじのピンクを眺めながら、朝からのゴミ集めと植栽での汗は清々しかった。

「居なくなって寂しい」「頑張って」「正義感なんか捨てたら」など、多くの言葉にまた悩んでいる。女川町は人口が半分の「5千人」になり、原発の再稼働無には町の再生はないとの話しを聞いた。また、家族も娘・息子は仙台で、私たちなどは今後年金暮らしで静かに暮らします。こんな話に町の再建は、昔のような老いも若きも助け合い、労わり合い生き続けてきた町の営みはもう終わったと感じた。町・県民税の割賦が届き年間の税額は「24万」と、国民健康保険・固定資産税・その他の「国民の義務と言う税金」、こんなにも荷重となる事を、被災からの再建・事業再開の中で負担となるとは思っていなく。法人税・消費税・所得税と、請求が何度も封書で今後送られてくる。住民が減少し、町の維持は人口の数で案分されると、今後の本格的な人口流出でまだまだ税金が上がると思うと、南三陸町単体での町の維持はもう既に破たんしている。

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今日は「日本対コートジボアール」があり、午前10時から大久保の13番のユニホームに身を包み、日本チームの戦いを最後まで見つめた。ドロズバ選手はカッカー選手だけでなく、自国の民族紛争をスポーツ選手として、母国の民族対立の改善に取り組み、コートジボアールの英雄でもあった。後半一点リードでの出場で、チームのまとまりが一身した。直後に2点を2分の中で日本は入れられ、本田の一点を守れなく「1対2」で惜しくも敗れた。試合前の情報で相手は「後半足が止まる」「選手間のチームワーク」など、問題点が指摘され、そこが日本のねらい目と指摘された。しかし、現実には30度と高温多湿で足が止まったのは日本選手のような気がした。さあ、次に向かって連勝を全力で目指して欲しい。テレビの権料が「5千億」と言われ、リーグ戦を突破しないとテレビ局が大変と言う。そんな事はどうでも良く、日本選手の戦いを最後まで応援し見届けたい。

私から正義感をなくしたら・・・、もうどうでも良いのだろうか?

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2014
06/13

戸倉折立地区の今


仮設生活をし続けている人たちの生活は何も変わらないと、新聞報道は毎日のように伝え、益々大変な人たちの状態を文字で綴る。
昨日の河北新報に「活字」と言う見出しに目が留まった。釜石市の印刷会社が津波で被災し、跡地に3000本の活字が残り、この残った活字の限られた文字で、
谷川俊太郎氏が「活字組み合わせ誌」を12点を創作し、岩手県住田で展示会をおこなった。同業者が大津波で全てを失い、その生業の元の部分の「活字」が偶然残り、その限られた文字から新しい物を生み出してくれた。作詩と言う文化と活字文化の継続ができた事に感謝したい。我が社の社長は「印刷会社は文化の創造者」と常々いっている。その事の実証を谷川さんがしてくれた。
来週日曜日に谷川俊太郎さんの息子さんが、南三陸町の惣内山の麓のレストランでコンサートをする。ピアノと歌とトークの3人のアーティストが、地元の人達に元気をと来町する。息子さんはジャズピアニストで、私も2回その演奏を聴いたが、ひと時被災地である事を忘れさせてくれる。興味のある方は私に連絡下さい。

震災直後の混乱の中での活字回収があり、3年前後かけての詩の創作で、この活動が身を結んだ。戸倉の折立地区の海岸線は何も変わっていないし、地区も住宅の再生は勿論なく、この地の再生計画も聴いた事がない。今後は国道45号の嵩上げされ、新しく生まれる事で、折立地区は大きく変わる。こんな中で工場ができていた。現在は月に2度前後ここを通るだけとなった。

朝、食事中の窓の外では、スズメが鳴き何かを啄む、自然の中で穏やかに今が過ごせるもの、多くの皆さんの支援と、目の前の目標に苦境に挑戦する力が、私に残っていたからと思う。

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2014
06/12

自分の身は自分で守るしかない


現在、町の公共施設に写真のモアイが置かれてある。役場・病院・総合体育館と、5対が連なり展示されている。住民にパワーをと言うのか、それともこれも観光アピールなのか、私には行政の真意はもう判らない。
やはり町民の身体に異常が? 今回の被災で多発している気がする。電気の通電に1か月以上も掛かり、暗い夜のロウソク・懐中電燈での生活があり、飲料水は最終で5か月以上も時間を要した。仮設の入居も8月末と、5か月間の厳しい生活が、南三陸町で暮らす事を当初から決めた人たちがいた。多くのこの強い意志も3年目を迎え、病気や生活苦に苦しみ、町での生活を諦めている方が増えている。
そんな中で私もそうだが、「白内障」に悩む被災者が多い事を知る。知人の父親も取引の社長も、突然の「失明」と言う現象があった。現在は若干の回復と治療をしている。直後の5か月間は、病院にも行けず薬もなく、持病の悪化が症状を加速し取り返しのつかない状況にさせていた。私も少しの怪我の可能悪化や糖尿による目の眼底出血が進み、「網膜剥離」は失明の一歩手前だった。適切な早期治療で最悪の状況を回避できる。高齢者の孤独があり「一人仮設に生きる」、そんな人が多く対策を講じてはいるが、早期の適切な対策をしないと、二次被害が発生する状況にあり、行政の対処・対策強化が必至だ。

56歳の校長が同僚の20歳教師を、女子トイレの隣りの上から「スマホ」での撮影で逮捕された。「間違いないです」と自白した。今までの経歴が一瞬で消滅した瞬間で、56歳になっても男の精力を、指導者のトップとなっても、現場で制御できない異常行動はなぜ後を絶たないのか不思議である。何歳になってとも男性の本能と言うが、人間は気持ちのコントロールができる動物であり、日々成長する。「教育委員会制度」の体制づくりに原因がある。先生を退職された方々から、教育機会の経験のない人が、自治体の長・教育長の力が彎曲し、教員にその厳しさが啓蒙されていない事も、その原因の一つにある気がする。「事なかれ主義」「事件を隠す」体質は、近年もっと酷くなっているようだ。県内でも教員になりたての22歳が、飲酒運転で捕まった。ドライバーのマナーの基本の基本で、子供に指導する教育者として既に失格である。早くそれが発覚に良かったとも言える。これまで支えてきた家族や周辺の人々にとっては、自分の関わりや教えに間違いがあったのではと悩むだろう。
18歳高校を卒業するまでは、両親の指導と責任がある。ここまで育ててきた中でも両親の家庭での教育がある。私の中学生時代も「荒れた学校」があった。大阪市の橋下市長が、生徒への5段階のランク付けを発表した。レベル4~5は「隔離」と、普通の生徒と分けての教育だった。私は大賛成である。一生懸命に勉強する生徒の教育への弊害となる「暴力」「威圧」は、成長期の精神の不安へとなる。インタビーで一人の保護者の「レベル1~3の内に学校で食い止める」と言っていた。しかし、一部の教員の不祥事の発生で、教員の信頼感は薄れていっている。レベル4~5は暴力のみならず、凶器や薬物所持など考えられない位置づけに驚かされる。

まだまだいっぱい言いたい事がある。石巻市の地元工務店の住宅建設相談会があり、名取市の仮設生活者の退去問題がある。このままの生活確保も、次の段階に進むも苦難ばかりの被災地の現実がある。被災地は震災から何一つ変わっていないと言う人も多く、南三陸町の被災者の声に何もできない自分がいる。

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2014
06/11

この地に生きる


今日は9時に気仙沼に向かった。歌津と本吉の街境で、会社に物忘れで戻る。父親の事ばかり言ってられなく、知人も物忘れが酷くなったと言っていた。
法務局・税理士・外注の用事で行く、一番最初に目に付いたのが写真の、「気仙沼未来予想図」だった。市民に気仙沼の復興の姿を描き、毎戸に配っているかは判らないが、カラーで描かれた未来の市内を想像する地図を見つけた。市街地の嵩上げ造成、道路の整備が南駅前で大きく進んでいた。子供たちに高齢者に夢と元気を与える物として、少しでも力となっている気がする。
我が町にはイベントが多く、心の支えとなる活動が少ない感じがする。内々でタレント・歌手の方々が来町が未だにあるが、観に行けるのは足の確保ができ、ある程度生活の先が見えている方と、行政や開催関係者にそのチャンスがある。広く多くの被災者の心の癒し、ひと時でも被災者に笑顔が戻るよう、主催者の心配りをお願いしたい。

法務局に行った訳は、私の本浜町の10坪に満たない土地に、「建物」が残っていると登記にあった。町の担当に書類を持って行き聞くと、「おかしいですね」「法務局で聴いて下さい」と言う。10坪の土地は既に町に買い上げられているのに、全くおかしいしい話しだ。工場・本宅として2筆の中に建てられていた。祖母名義の70坪は「建物滅失」として登記され、私の10坪には建物が残っている。こんな馬鹿げた話しはない。書類を提出し25日にまた来てくださいと言う、国権で被災地の土地は現場確認だけで、「建物滅失」と認定する。混乱の中での国のお役所仕事はこんな物かと、被災者の苦悩が同じようにまだまだある。

今日も仙台からの来客があり情報を聞く、塩竈では仮設生活者に市から支援金が出ていると言う。勿論我が町は行政からの報告で、「義援金の配布は終わっていて、今後もない。」との報告を、昨年10月まで議員と「耳にたこ」がでるまで幾度となく聞かされた。税収減での枯渇する町財政は、震災でのハードの部分に交付金は使っても、心の寄りどころと言う生活資金の支援は無い、復興交付金からの捻出はできない部分だ。
東松島市では昨日162世帯に、造成した土地の引き渡しがあった。7つの団地の内5カ所がこの戸数と言う。これで震災による土地整備の20%で、我が町は何%と行政に問いたい。災害公営が9月引き渡し予定で、100戸余りで何カ所かの「防集」の土地の造成は港地区など終わっているようだが、電気や水道など外構部分はまだできていない。藤浜の防集は昨年らい行ってみてはいないが、ここも終わり引き渡ししていると聞く。
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小野寺防衛大臣のポスターを気仙沼で見つけた。「この地に生きる」とポスターにあり、やっぱり五典氏は我が町のトップとは違う。
何で他の被災地と我が町の災害支援や、復旧が大きく違うのは、行政の取り組みなのか、政府の被災地再建が遅いのか、「何でも言って下さい」と他の大臣は言うが、言って何が解決できると言うのか。

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2014
06/10

志津川本浜地区が自分の思い出から消される


震災からこれまでの復旧復興の在り方は、「新しい町づくり」をと言うが、志津川の地区民の何割がそう考えているか知りたい。私は「昔のままの街並」を、8.7m防潮堤と同等の嵩上げでも、10年に一度の津波に耐えられる町が造られると思っている。
「職住分離」は町が決定した、一部の人たちが描く町づくりのような気がしてならない。住民不在があるのは、分離された高台の造成は時間が掛り、その環境も以前のような利便性にも欠ける。町の経営は確かに商店街の充実と、人を呼び込む環境は必要だろうが、町民がいなくなった街に、志津川の将来はあるのだろうか? と私はいつも思う。
昨日の来客者も、意外な人たちが街からの脱出していた事を聞く。そして、若者がいないと言う。企業誘致による労働の場の確保と、安定した所得雇用の場は確保できる算段は行政は持ち得てない。「町開き」による新しい市街地形成で、企業誘致が進むとも思えなく、働く人たちの雇用の場が増大するとも思えない。
震災から3年半、住民の生活は待った無しであり、子供の成長も待ってはくれない。町は交流人口と人を集める為のイベントを多く計画しているが、これを住民が元気になるようにとか、亡くなられた方々へ報いる為とか言う。先祖代々の土地や墓地を守って欲しいが、この町で生き抜いた人たちの、一番の思いと私は思う、私はそれを実践し「共に志津川で生きましょう」と言い続けているが、そのメッセージ性も薄く届かないようだ。
上の山から十日町と本浜町を望んだ。ここは50店余りの商店換地があり、土地区画整理とコンサルタントの熊氏のグランドデザインで、新しい商店市街地そして人集めの広場ができる。いったい誰の為の市街地づくりなのだろうか。

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2014
06/08

生き方死に方を考える


今日は老人ホーム「いこいの海・あらと」に、担当の先生が変わると言う事で、父を施設まで送って行った。父は耳が聞こえなく目が見えないと、自分の老いを嘆いていた。「しょうがないよ」、92歳になった身体なので当たり前、状況なりに生き対応するしかない。
「お昼、蕎麦でもでも食べたいと」言う。病院帰りにでも寄るから、今度できた沼田の「リッチー」さんに二人で行って、ラーメンを食べた。2年前になるだろうか、さんさん商店街の「京極」さんに、二人で出かけたきり、しばらくぶりの一緒のお昼だった。

町づくり協議会で示される、志津川地区の再建の地図は、私が見ても判りにくく、志津川市街地で住んでいた人でさえ、その市街地の復興計画を把握できる人はいなく、関わっている人たちは、行政や考案する方々からの説明で、理解すると言った感じだ。しかし、多くの人はその再建の姿に興味はないようだ。
「高台」「産業再生」「公園」の3部会が一つになり、部員数も30名と半分になり、部会が各部門で詳しく内部まで求めていた説明も、広く議論すると表面だけの薄っぺらい物になるのではと懸念する。高台移転部会で「災害公営住宅」の集合住宅一階に、商店や集会所そして子供達と交流できる場所と、会員から提案されたが、それはできないと説明された。屋上のソーラーパネル設置は、議会で一人の議員の提案ながら、制度上できないと行政は言う。多くの良案が出ても、それを国に働きかける事も無く、しばられた制度の中で判断している。100年に一度の災害に既存の制度を当てはめる、ここは既に被災住民の意向に応えられない、国の被災地再生への取り組みの浅さが判る。
多くの被災地の難しい問題や被災者の要望に対処できない、国の制度自体を変えないと、日本国の人口減少になんて対処できない。また、減少を抑える術を講じる事無く諦めている、政府が現存する。

父が言う、一昨日の新聞に「延命」についての記事があった。病院・老人施設での高齢者の存命に、病状に応じた高齢者の治療がランク付けされると話す。社会保障の国庫の財源の今後の破たんや、社会・国民健康保険の負担の増大があり、老人施設の一人当たりの国の負担金の増大に、今から対処する考えが、この新聞に載っていた。問題解決の方法として取り組みが根底にある。
昭和31年生まれの私は、この厳しい現実の中間に位置し、若い世代に迷惑を掛けない死に方を、今から模索している。残った財産は、町にも国にも渡したくない。信頼できる人に贈与し、町づくりに正々堂々取り組む若者に、少しながら使っていただきたい、なんて考える。

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2014
06/07

入谷地区開発進む


入谷での土地造成と建設小ラッシュが続いている。仲間も色々考えた末にこの地を選び、旧行政区や隣の行政区の人々も、知っている方が農地や山を造成して建設し、もう腰を据えてこの地で暮らそうと決めた。
昨日は商工会の「被災地域商業復興計画説明会」が入谷公民館であった。「ショッピングモール」と私が常々議会で聴いた名称は出ていなく、五日町地区の八幡川沿いの新しい商店街の形成に伴う、形や入居など諸々の説明があった。6億5千万円の施設の建設補助金を活用するや、商店は賃貸で50㎡と駐車場2区画で、1㎡当たり1500円を試算し提示していた。説明会の「失敗はできない事業です」の言葉が耳に残り、被災地での商工復興は厳しいが、堅実な運営と資金の確保で、長く市街地の営業が安定して行える、と言う。
観光の拠点としてや住民のコミニティーの場所として、被災地域の商店の位置づけとしていた。住民と来町者の交流は町には欠かせなく、町民がこの地で生きていく希望となる場所にして欲しい。
写真は国道398号の複雑な急な道路で、鏡石の交番から農協の共販所に向かう途中の、大学生の宿泊などで利用されている「いりやど」と、その向こうに建設中の建物が見える。川向かいには被災前に造成販売された住宅地があり、それに続く川沿いの土地の造成が進められていた。「土地が欲しい」があり、志津川3地区の土地の価格は6万円前後ながら、入谷地区の農地は2万5千円と、今の相場もあると聞く。自然いっぱいの良好な南三陸町の入谷地区、3年は待てないと、近隣の市には脱出せず、我が愛する志津川で生きて欲しいと願うばかりです。
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土曜日は時間を有効に使いたい。仕事の残務の片付けや、心体を休める事に使いたい。
岩手県山田出身の「川柳のジャンヌダルク様」が昨年亡くなり、虹の七色の表紙での7冊の自己完結の川柳本を夢見ていたが、道半ばで途絶える事となった。埼玉で出会った旦那さんがその意向を継ぎ、最終章の「紫色」の鮮やかな表紙で、現在「その仕事をさせて下さい」との、私の要望をご主人が酌んでくれた。昨年の逝去時も私自身まだ混乱の中にあった。最後の仕事に携われた事に感謝申し上げたい。こうした人々の何の特別の利害なく、仕事を依頼してくる方々を、父親から私へと引き継ぎ繋がせてくれる。本当にありがたく嬉しい。

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2014
06/06

一室に被災後の支援・歩みを展示して


震災5か月後に仕事でお世話になった皆さんからののメッセージを、談話室に展示し初めた。震災後の歩みの冊子があり、復興計画も議員で貰ったものなど、これから展示していく。千葉家の歩みでは昨年亡くなり、遺品となった伯父絵があり、地区の画家でもあった佐々木久義さんの作品を再現し、皆さんに見てもらおうと思っている。

写真は神奈川県平塚市の趣味の会での、応援の「絵詩」で、被災地の悲劇に何もできないけど、「どうぞ光を失うことなく御身体大切に過ごされますように」とあった。4年を過ぎ改めて見る応援メッセージに、感謝「かんしゃ」です。剣道に励む全国のスポ少・道場からの、物資と共に届いた手紙に、当時の混乱で支援者に何もできなかった、指導者としての自分に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。震災で団員は全て助かったものの、団員家族が多く亡くなった。スポーツに打ち込み少しでも悲しみが癒された。全国から支援に感謝します。全国剣道連盟の被災地の剣道の子供たち・指導者への、5万円の商品券で、活動を始められた。
「スポーツの力」は、これから被災地復興を担う子度たちにより、発揮される事を願いたい。

町の諸々の問題に対し、私の意見に耳を傾けてくれる人たちが、議員職を離れても多い事に感謝し嬉しく思う。
そんな問いかけ答えられるように、多く会議に情報収集に出かけている。夜からの会議が主で、熊氏のグランドデザイン報告会、町づくり協議会があり、観光・商工会総会の資料に目を通している。新聞は当然ながら纏め読みが日々の多忙であり、町にとっての重大な情報が突然に紙面を踊る。町民の皆さんも仮設生活が大変だろうが、町の復興計画に意識を傾注し、一日も早く安心できる住宅再建へとなるよう、自己での努力も必要で、町任せでは何も行政はしてくれそうもない。

昨夜7時からスポ少の総会があった。私が一番の年だかのようだ。再度の任期2年に会長他役員も若返りが必要と思う。しかし、大体が留任で監事の私も、再度の任期が終わる時は「還暦」となる。剣道の引退もそこまできている。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:36 】

2014
06/05

建設企業の確保を確実に


気仙沼地方の「山が燃える」風景が終わりを告げている。先々週の南三陸町歌津田束山つつじ祭りが終わり、先週の本吉町と気仙沼市の中間にある「徳仙丈山」のつつじまつりが開催された。今年は田束山の南三陸のパノラマを見れず、遠くからでも見える徳仙の山頂のつつじの、赤い山並みも見れなかった。4月の中旬の慌ただしい工場・自宅の移転があり、まだ仮事務所に物が山積し、大家さんの優しさに甘えている。今年のアンテナ使用料も、昨日やっと支払いを済ませた。
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戸倉中仮設に用事や知人を訪ねて行くと、大型バスと入口の狭い坂で遭遇する。こないだは修学旅行の学生が、戸倉町学校の廃校の石碑に向かい、語り部の方の説明に耳を傾ける生徒たちがいた。ここで起こった悲劇と地域の人たちの助け合いの、避難の姿をありのままに伝えて欲しいと思う。先生の命を投げ出しての救出劇、学校からの雨水の排出坑での、不明者捜索での5名?発見など、「さぞ苦しかっただろう」、「命の大切さ儚さ」をこれから学び、これから生き抜く子供たちに「生きる力」として、被災地で培って欲しいと願うばかりだ。
サッカーワールドカップ開催を8日後に控え、ブラジルのカッカー場建設が今も終わっていない。教育環境整備・貧困者対策が、国の発展に追いつかず、更なる格差を生んでいる。そんな中で日本でも、東京のオリンピック開催の準備が進んでいる。今日テレビで「虎の門ヒルズ」の建設に、2700億が費やされ商業拠点・ホテル施設・道路の、新しい姿のビル空間ができる。一か月100万以上の家賃でも入居者希望が多くある。「オリンピック道路」の建設もビルが関わり、被災時には3600人の避難所として地域の防災を担っている。
政府の被災地対策の意識の希薄を心配する。大型工事へのスーパーゼネコンの、首都への事業の主力の移動など、被災地の置き去りによる地方の切り捨てとならないような、地元出身議員の中央政治への活動をお願いしたい。中期・長期の被災地対策を描き、10年間を目標計画から、それ以後の状況に応じた対策を講じて頂きたい。地元自治体では震災からの復興には、知識・資金などの部分と、住民の故郷定着のソフク面の活動が、ふるさと再生の最大の課題と私は受け止める。私の考えは一人の意見だが、住民の「郷土愛」が一つになる事で、小さいながらも「キラリと光る町」が再生できる。

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2014
06/04

警察の地道な捜査と志に感謝


栃木県の小学1年生女子の殺人事件は32歳男性容疑者逮捕となった。8年半の期間での警察・県警・警視庁の連携で結果を生んだ。当初から容疑者の名前はあり、地元での不審行動者などに浮上していたと言う。容疑者特定は証拠が無いと、同行し取り調べはできないと聞く。
志津川町内での工務店夫婦強盗殺人事件は、今年も情報提供のチラシが各戸に回った。当初は犯人らしき名前も上がったが、ここまで実証がなく今に至っている。

東北のある自治体で異常に事が起こっている。市議会議員の20名の内、9人が贈収賄で逮捕され、各委員会が開かれず議会運営ができないと言う。当初市長が関与を否定したが、20万円を議員に手渡したとして逮捕された。地元で長く続いていた、慣習があり警察がメスを入れたと言う。
地方に「中央機関移譲」が現在叫ばれ、地方の疲弊を防ぐ為とているが、ある政治アナリストは言う、地方の議員・行政のモラル・知識の低下があり、もっと政治犯罪が増加するのではと言っていた。

町には多くの支援団体が来町する。私が知らない事も多く、広報で告知した「大物歌手」もアリーナでコンサート開催され、整理券の早期の終了と、「満員御礼」の大盛況だったと言う。行動力のない被災者があり、全ての被災者に同等の行政サービスは難しいのが現実で、動ける人たちは被災地支援の来町者を楽しんでいる。
皆の笑顔が溢れる町は何時来るのだろうか。そこまで待てなく、命の尽きる人たちも沢山いる事を、行政職員、政治に関わる皆さんに、強く心に置き新しい町づくりに取り組んで欲しい。

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2014
06/03

自然への人類の介入は・・・


晴れ渡る志津川湾の風景を見て、自然の気の力を得た。この天気の中でナスの苗を二株植えた、小さな花も一つ植え、事務所に飾ろうと思う。小さな自宅と工場を建て、それにより心のゆとりできた。

最近はテレビにはまっている。3日前の巨人の試合での日本ハムとの延長12回、金子のノーヒットノーランの9回を抑え、巨人が最後の12回表に中堅の「亀井」のホームランで勝ち越し、11回からの久保の救援があり、巨人の選手層の厚さで勝った。正に「天国と地獄」であり、打線が湿り点が取れない試合が続く中で、我慢して勝利を掴む、この緊張が持続すれば、昨年のような優勝も近づく。試合の3回から金子のピッチング、菅野のランナーを背負っての無失点の投球、面白さ満載の試合だった。点の取り合いの面白さもあるが、一点の攻防も又面白い。この試合1対0の勝利を期に巨人は復活しそうだ。
90年代の時代劇・刑事物語、居酒屋の食べ歩きなど、ここ2・3日テレビを楽しんでいる。「バラエティー」の多い番組に飽き飽きしていた。

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昨夜は9時過ぎに「マイケルジャクソン」の、ビデオの撮影風景に懐かしさの余り、2時間眠気も吹き飛ぶ時を過ごした。80年代の音楽の隆盛と、薬物投与の疑惑の死があった。しかし、マイケルの偉大さと優しさ、地球の今を考えての活動と、人を愛する事の大切さを貫き教えてくれた、こんな生き様を再確認した。1980年代の音楽シーンに生き楽しんだ頃に、「ビートイット」「スリラー」・・・など等、懐かしい音楽に若き当時に戻れた気がする。
「環境破壊をやめて自然を守ろう」「これが最後のチャンスだ」とのメッセージが、一曲の歌に込められていた。そんなビデオクリップに引き込まれた。
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アマゾンの自然の木々の中を歩く少女、開発や焼き畑などで自然が破壊され、火の中を逃げ惑う少女の倒れた足元から、若い木々の芽が生まれていた。2009年のビデオ撮影であり、自然破壊の防止の継承と、自然の怒り地球の病む症状が、世界の異常な自然現象の今があり、作成された2009年から活発に、世界異常が発生している気がする。

そんな事を思うと大規模な地形の、人による開発の最小限にし自然を守る事は、人類の義務と私は思う。自然の怒りに再度触れない事を祈って。



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2014
06/02

東浜地区の探索


好天に恵まれた本吉地区中総体は、順調に開催され何事も無く予定通り終了したと思われる。「熱中症は大丈夫だっただろうか」。中学生の力が発揮され、県大会へのキップを掴み次のステップに進んだ部と、中学生の部活が最後となった生徒もある。親と子供が一体となった活動で、良い結果が生まれる。勝ち負けでなく仲間との思い出もまた良し。

今日の朝の通勤の従業員、二つの事故に遭遇し、出勤時間ギリギリに駆け込んできた。高野鉄骨と小泉小学校下で、通勤時の事故で渋滞となったと言う。「急がば回れ」であり、急いでも何分とも違わない。

こないだ気仙沼でも一日「4千台」もの、大型トラックの稼働台数と聞いた。東浜造成地もトラックの入口が、病院・役場と同じ位置で、「譲り合い運転」「時間の余裕」など、安全運転の励行をお願いしたい。

余りにも広大な東地区の3カ所の造成、一日の変化は気づける訳もなく、「進まない」との感を否めない。東区東の巨大な「法面」に驚く、それぐらいの大型工事で、町が一つここに移るんだから凄い。

また突然に問題が発生した。できる事はできるが、自分にできない事は無理である。「自分流」を貫く事で、大変な事でもそんなに苦労とも思わない。考え過ぎると余計に疲れる。58歳を迎えた今、還暦手前でそんなにパワーも薄れてきた。自分は牛歩でも良いから一歩ずつ前に進もう。震災から突っ走り続け疲れた!

昨日の義理の叔母の言葉があった。「自然の風景が好きだ」と、北海道旅行の話でも、従妹の近所を通っても、寄ると迷惑となるからと、華やかな観光地よりも自然の北海道に浸る事が好きと言う。あと何年かしたらそんな「旅」もしてみたい。



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2014
06/01

今日と同じ青空の碑だった

2011-05-16 09.56.50
津波からも我が社の中工場は、4台の機械と共に踏ん張り残った。「負けるもんか」との千葉印刷の精神と魂が、100年に一度の大津波でも、多くの家々が倒壊・消失した中で、この場所で生きて来た証を残した。大型重機での解体も、被災後の多忙の中で偶然にも解体を見届ける事ができた。何時に解体も立ち会う事の行政の連絡もない当時、「以心伝心」で生まれ馴染んだ会社の魂が、心に体に伝わった。今も多くの映像には知人・仲間の記憶が残り、場所に行った時にその顔を思い出す。

昨日歌津皿貝で交通事故があった。昨日は好天に恵まれ「防災庁舎」には、大型バスと乗用車で駐車場が、いっぱいとなっている光景に、今だに違和感を感じる。知人が朝にメールをくれた。事故は「死亡者」がでた、それが「ボランティア」の方だった。事故理由は解らないが、見通しの良い道路、何らかの理由の複合による自己発生があり、交流支援の人口はこうした事案の発生も、町は視野に入れ安全対策を講じる義務を思う。被災地の交通安全に、県事業で被災者雇用での安全啓蒙の人たちが、路上で安全を訴えている。緊急雇用・被災者雇用がいつまで続くかは、国の被災地救済事業が完了するまでになる。被災者の高台移転がまだまだ先で、この町民再建が落ち着くまで、多くの被災地支援事業が続くが必ず終わりはくるし、そこまで来ている。自律をもう考える時期にきている。

特別公務災害が「行政職員殉職」に適応される。43名の職員の殉職と言われ、その内33名が対象で、31名が認められ2名も今後認定されると聞く。漁業者の今後の厳しい現状を聞く。「頑張る漁業」のワカメも3年を終え終了し、牡蠣養殖もあと一年と言う。漁業の再生は済んでも、その経営は厳しいと話す。
私の8坪の土地は町の買い上げが終わったのに、法務局にはその土地に建物が存在すると言う登記の連欄に驚いた。町に行くと「法務局が調査に来たときに建物が残っていたのでは」と言う、72坪の自宅・工場と一緒の「8坪」だったのに、「法務局に行って申告して下さい」と言われた。町が買い上げた土地、訳が分からない。何故かと言うと住宅建設で登記での、被災者登記の減免処置に建物が存在していると、減免の対象にならないと言う。「まったく!」被災者への対応の政府機関の不備と、行政の所用業務多大による、町民の再建への諸々の問題に、自己で当たらないといけない現実に、「被災地再建はもうイイ!」と気持ちも募る。

今日は母の弟さんが来る。お昼を持っていくから一緒に食べましょう。との来客に感謝である。両親の兄弟も70歳を超え個々に大変な中で、仙台からの来客に老人ホームの母もきっと喜んでくれる。

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