FC2ブログ

ARCHIVE - 2014年04月

2014
04/28

ポプラ並木は町の人の生き様を見続けてきた

何度も旧志津川中学校から志津川を見る、何も変わらない市街地が、この角度からは広がっている。命からがらこの坂を駆け上がり、助かった人たちは、他の場所に移り住み、町の再建を見る事なく亡くなった人も多い。避難場所だった「福祉の里」は現在、JA南三陸志津川支店・西工区の現場事務所が出来ていた。老人ホームの脇の広場には静かな公園だけがのこり、ここを通るのは高校生で、誰も訪れる事なく静まりかえっていた。
100以上も前から「ポプラ並木」だけが、日々の市街地の移り変わりを見てきた。町の人の生き様をポプラはどう感じているのだろう。
CIMG6907.jpg
旧志津川中学校の桜の光景は一部だが、今も変わる事なく昔のままで、満開の時期を逃してしまった。良き志津川の光景と自然に包まれ、静かに生きる事もまた楽しいかもしれない
CIMG6933.jpg
スポンサーサイト



【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:06 】

2014
04/28

志津川市街地復興への思い色々

昨日は本吉剣道連盟の総会が歌津地区であった。津波で更地となった「管の浜」に飛上と言う中華店が会場となり、10人が集まった。ゴールデンウィークの前半ながら、お客さんが11時前から、途切れる事無く来店していた。地元の人に聞くと毎日こんな感じだと言う。地元の方が仙台から帰り中華店を開店したと言う。震災で新たな生き方がここにもあった。
CIMG6916.jpg
袖浜の「荒沢神社」のお祭りが晴天の中で、地域の氏子さんに見守られ開催された。隣の平磯地区まで移動して「神楽」を奉納していて、神主さんは出かけていた。地域全体で神社を守っていた。CIMG6928.jpg
志津川市街地の高台移転の拠点が東浜の工区の東で、造成はここまで出来ていた。大きな法面はあるものの、林野は切り開かれ一部の平地が完成していた。アリーナ前では「復興市」の後片づけをしていた。志中の武道館の剣道練習のカギ明けが事務局の仕事を全うした。

CIMG6874.jpg
旧志津川中学校の桜の光景は一部だが、今も変わる事なく昔のままで、満開の時期を逃してしまった。良き志津川の光景と自然に包まれ、静かに生きる事もまた楽しいかもしれない。

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 06:37 】


TOP