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ARCHIVE - 2014年03月

2014
03/05

袖浜から細浦の海岸線の再生は


石巻のかいせい団地は、県内最大の1000棟の仮設のアンケートに、350軒余りが回答に応えた。石巻専修大学の調査での、仮設暮し動向で1.4倍で家族が仮設かせ離れていた。仮設が狭い・子供達の進路・離婚などがあると言う。3年目を迎える仮設の長引きで、家族離れが加速している。荒砥地区ながら震災から何も変わっていない状態が広がっていた。
震災遺構が女川では3つあった横倒しビルが、2つり解体へと町が決定し、今週から解体が始まった。我が町は防災庁舎・高野会館が2つあるが、志津川市街地の都市計画の再生事業は、県の管轄となったせいか、その動向は「町は解体」から、保存についても町づくり協議会でも議論さえ行われていない。
釜石の「防災センター」に200人の市民が避難し死亡した事に、調査委員会は市側の責任と位置付けた。石巻の大川小小学校は学校の避難行動に対し、市の責任と遺族は位置づけ、法定へと進んでいる。幼稚園児の送迎バスの避難行動はすでに、法廷で幼稚園側に責任があると裁判が続いている。女川の77銀行の職員の屋上避難指示は、銀行責任者の指示として「想定外の津波」と判決があり、控訴で今進んでいる。
我が町の防災庁舎での43名の、職員・町民の死亡で、警察の現場検証があったが何の責任問題の進展もないようだ。防災庁舎の在り方・避難行動の結果責任は、何も法定での判断に委ねられない現実に、疑問だけが私には強い。震災の検証と今後の防災体制の構築など、津波の被害を後世に繋いでいく事も、ここから始まると私は思う。志津川はこんな町だは無かったのに、行政に意見する有識者のいなくなった事に、「町長の物言う」人々の移転・流出したためと、町の今後を心配する。
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