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ARCHIVE - 2013年12月

2013
12/19

こんなにも凄い


袖浜地区の変化を50年も見てきた。「袖浜海水浴場」のイカダまで泳ぐことが大変だった事を覚えている。また、海水浴場は普通にアワビの姿を見る事ができ、ウニも溢れるくらいに生息していた。50年前に栃木の叔父がバスで袖浜に、ウニを袋に入れ帰りのバスでも誰も咎める事がない時代だった。今なら後ろに手が回る事となる。
その後に袖浜漁港の整備工事となり、船着き場・物上げ場・牡蠣剥き場など、漁民の環境整備となり、志津川袖浜民宿として、多くの海産物の確保と「おもてなし」の、志津川の観光の玄関口として全国に知られる事となった。
そして今回の津波で袖浜の民宿街は壊滅的な被害となり、民宿の再建はあるものの、進まず廃業する所も多いと聞く。そして現在海岸道路沿いの資材置き場に、写真のような高い盛り土がされていた。これが「8.7m」位あり、旧道にある荒沢神社も見えなく、37mの太郎坊の頭が少し見えるくらいの状況下になっていた。
岩手の城壁のような防潮堤を思い出す。大津波は城壁を乗り越え町を飲み込んだ。防潮堤が津波の行き場所を奪い、湖のようになった事が報道された。
こんな震災復興が現在町のあちこちに建設を予定する。国任せ、県まかせの災害復旧工事は、震災から5年での建設を予定する。あと2年3か月で大きく町の様相が変わる。
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