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ARCHIVE - 2013年10月

2013
10/13


こんな所も山が造成されていた。「待てない!」との町民の、この心の改善に政策を、一向に加速する事なく、復興計画どおりと行政は今も言い続け、今後もこの進め方に変化はない行政の体制がある。
今日も入谷へという方が来た。入谷地区を被災直後に、仮設建設場所と事業への展開を言い続けたが、今もってその方向をとっていないし、公営住宅として桜沢に一か所設けただけで、再建の場所と選択しなかった行政、現実として多くの人達が事業所・自宅と土地を求め、現在も彷徨っている。人がいなくなった後に「町づくり」は何の意味もなく、今後復興がした時に帰って来るはずもない。
私の仲間たちも知人も「終の棲家」として家を建て、財産を傾注し故郷へ帰って来るのは、姿を見る為であり、再度の生活の場ではない。
CIMG4057.jpg
袖浜地区の海岸線まで下がったのはしばらくぶりだった。漁港前では潜水の息音が聞こえ、その脇では「漁礁」の製造が進められていた。
人口海水浴場の大橋の下の瓦礫は無くなっていた。漁具や畳など山積みとなっていた物が、全て片付いていた。知らぬ間に瓦礫撤去は町中同様に処理されていた。戸倉の瓦礫処理場は今後は漁具の処理に入るが、網などは小さく切って処理をすると言う。今後、瓦礫の分別は終わったが、年度いっぱいで昼夜作業が続けられていると聞く。
この事業は県の事業で、計画が諸々の事情で伸び伸びとなっている町事業とは、何が違うのか自前の対策・政策・対応に差があると私は思う。
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