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ARCHIVE - 2013年06月

2013
06/28

自律しての再建に脱帽です


昨日も歌津に出かけた。伊里前の市街地に架かっていた「歌津大橋」は解体へと進んでいる。総てが解体され遺構として残るは「防災庁舎」があり、そして「高野会館」だけとなった。町長は何を考えて、どうしようとしているのか良く判らない。
震災直後直ぐに「小泉進次郎」氏が歌津に来たと言う。それは、歌津出身で神奈川県三浦半島で現在生活している方が、大震災で連絡を取れない歌津に大根などの野菜を持ってきた、その時に選挙地盤である小泉氏が同行したと言う。その貼っていた写真の日付が「23.3.11」となっていたから驚いた。現在は農家をしているのだろうか、持ってこられた野菜を被災した住民で分けて食べたと聞く。政治家としての行動力に頭が下がる。自民党青年部長の役職にあったと思うが、若さと勢いを感じた。こんな若き政治家の多くの出現を期待したい。我が町にも。
歌津大橋の海に向かっての左の道路が、左右別々に残った高架橋が昨日外されていた。歌津市街地の象徴が無くなって行く姿を、町民はどのように感じ見たのだろう。歌津地区の団結力なのだろうか、住民の仮設からの減少が少ない事からも感じた。南方仮設の空き室は減少していると聞くが、登米市の生活条件と造成地の拡大に、その理由があるように感じている。同じ場所に留まる事で住民は我慢し、人口流失は防げた気がする。
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志津川から清水そして細浦に向かう中間の高い丘に、住宅の造成が進んでいた。個人での再建とは思うが、こんなにも高い場所に自宅の移転を進めている。それは土地の確保が大変な被災者の現状がある。
今、長野県飯島町の「マジッククラブ」の8名の方々の、南三陸町での支援公演の準備段取りをしている。一泊二日の予定で2カ所の仮設での「被災地の皆さんに少しでも笑顔を」とハード日程で来てくれる。地元の宿泊場所を準備し、公演会場は歌津と南方の二つの仮設に決めた。多くの皆さんにとの要望で、避難者の多い仮設に決めた。
以前に飯島町の農家の方からの「ネギ支援」も、配った仮設では平等にと「1本づつ」の住民に配布をしたと言う。仮設への物資の持ち込みは簡単ながら、仮設の自治会長・多くの皆さんの方のご苦労に感謝申し上げたい。
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