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ARCHIVE - 2013年06月

2013
06/12

歌津を西から東へ


昨日は歌津地区の石泉まで出かけたが、こんな奥の道まで舗装整備されている事に驚く。財政的にも水産業の発展している歌津地域であり、合併前に町の保有の財産を、公民館の整備・地区の施設整備などに予算を活用し合併を進めた。
震災後に合併が正しかったのかで、時々仲間と議論になる。それは合併時の取り決めがされた、「合併新町庁舎建設」が実施されないままで、大震災を迎え多くの職員が殉職した事に起因する。この事は紛れもない事実として、合併協議会での決定に疑問を呈し、旧町歌津町議会の決定議決に対し、議会を軽んじている行政の考え方がある。新町になり当選した首長が「合併協議会」に、庁舎建設を議題とした事に問題がある。こうした過去の行政の行動に反省し学ぶ事で、震災からの再建は、議会制民主主義の決定をゆがめる事のない、町政が実施されるよう祈りたい。
写真は西光寺の津波で被災した墓地で、田束山の方向からの帰り道、工事している光景と今を撮影した。7月8月とお盆の時期を迎える。3月11日に二周年を迎え、三回忌となったがお盆も2年目は一つの節目でもある。私は多くの知人の事を語り継ぎ、人前でも大泣きして生きたい。その為にも亡くなられた方たちが眠る場所は、町の責任として整備は必要と思うが、「宗教分離」と町での復旧支援は出来ないと言う。
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歌津地区を巡ると至るところで住宅建設が進められている。平成の森の仮設へ行くと、登り坂の途中にいつの間にか写真のような家が、ここまで建築されていた。まだまだ志津川地区よりは住宅建設があり、これも水産業の漁民・加工業者の頑張りの結晶なのだろう。管の浜にも「小太郎」の名前が新しい建物の前掲げられていた。
志津川市街地は何時になったら嵩上げと、市街地の再建となるのだろうか。私は一つの新しい事業の展開を市街地で描いている。印刷業での町復興への事業では、復興支援・被災地発信としては薄い気がする。90歳となる父も巻き込み、高齢者にも生きる活力となる事業所展開を模索する。


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