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ARCHIVE - 2013年06月

2013
06/03

早期復帰と観光立町


歌津商店街での初めての「復興市」は多くの来場客でごった返していた。26日にお昼頃に出かけると、多くの出店ブースでは威勢の良い声が飛び交っていた。その中央でイベントステージがあり、ロックバンドの若者達が元気なパフォーマンスを繰り広げていた。その前では中高の若者がリズムに合わせ声援を送っていた。その後ろで50歳前後の町民の方達が、写真を撮ったり見つめていた。きっとその元気が南三陸歌津の地にも届き、地区民も元気をもらった事と思う。
せっかくの土日は平日の多忙からの解放で、週末のイベントへの参加は避けたいが、いざ出かけると「行ってよかった」「元気をもらった」と感じる。私の父もそうだが年のせいで「出ぶしょう」になっている。老いも若きも一緒に「集う」事で、連帯感と結束で復興へ向かう力の増す気がする。
仮設入居者・みなし仮設などの生活者が減っている。これは被災から新築による地元再建者がいる中で、故郷の再建を諦め、現在住む場所での再建を進める人がいて、その数は地元再建よりを多くいる。現実住宅再建は28年度からが本格再建ができる環境となり、まだまだ遠い先を見据え被災前の7割位の住民が、仮設で頑張っている。
驚きの話を聞く、「地元再建」を強く言う行政職員の、隣町での住宅建設の状況だ。それが管理職だと言う。同じ被災者とは言え、住民とは大きく立場も環境も違う。
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いま、「復興たこ鎮くん」は全国で頑張っている。震災津波で壊滅的な被害を受けた「南三陸町」を全国に伝えている。「金たこ」の鉢巻が取れ掛かっているのは、町民の心が折れ掛かっているとの警鐘を、私に伝えようとしているのか。比喩の考え過ぎながら、多くの町民の声が私には届いている。
隣り町の登米市から「ハットくん」が被災地歌津の応援に駆け付けてくれた。登米市の観光協会・登米の「ゆるキャラ」です。登米市の庁舎の広場では毎年「はっと祭り」があるが、地元で古くから愛された食文化である「はっと汁」があり、町おこしにこれを取り入れた。我が家とて何もない時代に、小麦粉を練って醤油やアンコ、そして汁ものに入れて食べていた。お米の変わりでおやつに良く祖母が作ってくれたのを思い出す。我が町にもブームの「ゆるキャラ」を是非作ってほしいと思っている。気仙沼には「ほやっキーくん」がいる。
観光立町の必要性は大いに判るが、住民の帰還・帰郷がないと、遠くない時期に町は無くなりかねない。
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