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ARCHIVE - 2013年05月

2013
05/13

いよいよ町の8.7河川堤防が


津波防災の方向に大きく町はシフトする。8.7mはその大きな数字として町民に伝えられ、以前の志津川の綺麗な街並みの復元は無く、人の住む事の無い市街地づくりに町は突き進んでいる。
この間運転中に気づいたのだが、八幡町から廻舘前に向かう小高い道路(写真)に看板が立っていた。今後建設される河川堤防(バック堤)の、高さの表示が出され掲げられた。被災した低地から見るとそれ程の高さでもない。当時の津波は最初の一波で、道路の頂点まで達していた。町の嵩上げは、6mに4mに、そして2mから6m?と、その方向性に大きなブレがあり、町民の不安を増大させている。
昨日は女川町に安倍総理が来町した。女川町長が市街地の約200haを嵩上げする計画を、模型を示し総理に話す光景が報道されていた。6mから10数mとその嵩上げの計画を示している。南三陸町が掲げる「職住分離」ではなく、又、生まれ育った市街地、「町に戻ろう」と言う町の考えが、嵩上げ10m以上を実現したのだと思う。現状復旧が復興交付金の基本対象となると言う考えの元、女川町長は「又ここで」との考えを、平地の土地の少な町の特性の為、この選択をしたと思う。
南三陸町の再生の現計画の為の遅延があり、新構想の魅力が「時の人」、安倍総理を町に引き込んだ。南三陸町は忘れられようとしていないだろうか。
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先週末に町外に暮らす町民の方から電話がきた。「コアラ館」「シルク総合開発」は何処にあるんですか。「市街地の川に変わる土地は買い上げられるの」など、仙台・南方で暮らす方からの問い合わせだった。
広報やニュース等は来ているが、「よく判らない」「忙しくて見れない」など、南三陸町から離れ暮らす現状と、集まって皆さんと話す限られた機会も、諸々の事情で町の政策が見えてこないと言う。遠くで「土地の整備を早く」と言う町民は、長引く整備遅延と資金の確保がままならない現状に、町での帰っての再建に「?」と言っていた。
5月13日と言うのに今日も寒い朝となった。
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