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ARCHIVE - 2013年04月

2013
04/04

南三陸町の再建問題


昨日は「紹介状」と予約の必要な石巻日赤の眼科に、朝の仕事をして8時30分にでかけた。眼底の造影剤の投与ながら、生々写真で申し訳ない。現実から目を背けても何の問題解決にもならない事を判って貰いたい。
12時30分に帰り「ローンの利子補給」の書類を銀行にもらいに行き、その足で役場の復興事業推進課へ、書類の提出をした。2~3週間で利子の補てんが決定で、建築許可申請を提出し受理され、やっと建築が開始される。
建築の確認されていなかった倉庫の登記を済ませ、銀行の書類がまとまり、最後の書類の支払計画を添え役場の書類の全てが整った。この期間1か月間があり、総ての書類提出にかかる各機関の時間は、お役所・企業の仕事にあり、総てが同様の被災者や事情により、時間を要している。「緩和」「ワンストップ」がなされてもこの現実がある。
帰ってからは来客のあり「贈与問題」の相談に来た。兄弟の贈与ながら今まで音信不通だった贈与対象者を、どうしたら解決できるかだった。とりあえず「行政書士」を紹介した。町の建設事情の情報を聞くと、商工団地付近で土地造成・住宅建設が一揆に進んでいる。高台移転を進めていた方がいて、志津川地区の3地区の27年度末の造成完了まで待てないが、こうした土地の確保と造成建築へと繋がっている。私の知る方もこの名前にあった。
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27年4月から新病院で診察が始まる。そんな状況下で母の認知症と介護をどうするか、我が家の最大の問題がある。母の介護で全てに影響が発生している。退院・父の疲労・自分の時間の束縛・・・がある。我が家の共倒れを懸念する。やはり「福祉介護施設入居」しかない。自分の目も順調な治療とはないっていない事で、更なる通院が医師より指摘された。
それでこの写真はないだろう。と皆さんは言うかもしれない。この夜は初めて方たちと同席の会話があった。被災し仮設で子供を育てているお母さん、「大変です」とは言うものの子供たちの姿とお母さんには笑顔が溢れていた。子供達から元気と頑張る力を貰っていると直感した。私も家に帰れば両親の世話があり、現実に戻った時に脱力感に襲われ、「よし頑張るぞ」と言う心を削がれる事となっている。しかし、子供の未知の力を理解している。
その時間のさなか「母親がベットから落ちた」と、父からの連絡が入る。やっと病院から退院し、病院での「家へ帰る」との看護師さんへの迷惑を回避したと思ったら、家に帰れば帰ったで又問題発生です。今朝6時には家を出たのでヘルパーさんに、「身体が痛い」などの更なる問題発生を心配している。
今日は志津川保育所の入所式に出席する。こども達の笑顔にまた救われる。私にいったい何ができるだろうと、自問自答する一瞬がある。結婚式が土曜にあり、来週は志小・志中そして志高の入学式が月・火曜日に、水・木は目に注射、金曜は会議、誰かの為にはなっているだろう。
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