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ARCHIVE - 2013年03月

2013
03/15

花を咲かせよう

2011-04-29 13.00.08
宮城県立志津川高校の平成23年4月19日がこの光景だ。市街地の被災状況が見えない中で、登り切った校門の脇の大きな枝ぶりの桜を当時撮影した。写真の中から見つけ元気とパワーをもらった。被災から一か月余りの時、ここで避難された皆さんには、桜の木は少しの心の支えとなっただろう。
志津川高校の受験発表があった。被災地の高台にそびえる「我が母校」、生徒の減少は紛れもない事実で、町の人口動向と復興の進捗により、存続を私は懸念する。県立高校の統合は近隣市でも始まり、登米市は4つの高校が一つとなる。
この町で生きてきて多くの仲間と、志小・志中・志高とこれが義務教育と私は当たり前の進路と捉え、最終となる義務とはなっていない志津川高校から、社会へと巣立った。町内の入中統合があり、清水・荒砥そして藤浜の小学校が、地区での大きな学校と統合された。志津川地区に至っては町の教育委員会が描く、「3小1中」と、震災を機に加速する。
現在、被災により住民の気力・パワー・反発が無い時期を、機会と捉え行政が学校集約に向かっているように私は思う。平成26年度から戸中は志中と統合となる。志津川中学校に併設して授業をしている戸中生は、今年の入学生が最後となる。母校の無くなる事への悲しみは、経験のない私には計り知れない。
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町内には葬祭場がJAの入谷地区の施設しかない。昨日も知人の母親が亡くなり焼香に出かけた。入谷鏡石へ国道398号から入った所に葬祭場があり、その地域には以前は入谷公民館しかなかったが、現在は葬祭場の他に入谷デイサービスセンターが建設され、写真は大学生の研修センターで、震災直後に入った大正大学が支援していると聞いた。多くの学生らしき人たちが「竹」で手作りの柵を造っていた。
現在多くの若者たちが南三陸町の復興支援に来ている。しかし、関係機関には多くの目論みもある気がする。
南三陸町の「復興計画」は残り八年で終結する。被災者の再建は終わりまで20年30年と掛かり町と町民には考えには高い温度差を感じる。
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