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ARCHIVE - 2013年03月

2013
03/13

被災の現実は癒えず

2011-04-24 13.56.35
2011年4月中旬の私の自宅と工場です。先週末に志津川仮設商店で街兄弟3人で酒を酌み交わしました。兄の定年退職と私たち弟の今後について、昔から今までを話し会いました。そこには写真のこの一階部分となった倉庫の二階での生活がありました。チリ地震津波により残った二階部分を一階にしての親子の生活から、子供たちの部屋にと両親が、工場倉庫として建設し、二階が兄弟の生活の場となっていました。
昨日に自宅と倉庫の基礎瓦礫申請を再提出し、「今月に解体をします」と言われ、二年間少し杉での解体・基礎撤去が滑り込みでなされる。
11日の東日本大震災二周年の追悼式の政府の主催で、宮城県代表として同級生の息子さんが追悼の言葉を読み上げていました。震災後の4か月前後が経った頃、同級生が「嫁と孫が・・・」と電話をくれました。慰める言葉も見当たらず、ただ話を聞いて上げるしかなかった事を思い出す。今日になり知人のメールと、彼の兄が電話をくれた、「天皇陛下の前で、宮城代表として」と、しかりと被災者の思いを語っていたと言う。
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「アルファーダイヤモンド」さんの前を通った。旭ヶ丘の弟の家にしばらく世話になり、被災後の飲料水の確保は、ダイヤさんの地下水? 井戸水? を飲料水として使わせてもらった。飲料水の再開は半年近くも掛かった気がする、近隣自治体からの給水車支援があり、ペットボトルの支給もあり、行列を作っての水汲みは1か月に及んだと、当時を思い出す。
今日は町の施政方針と予算の内容の、「総括質問」に初めて臨んだ。なんでもやらないと議員としての意味がない。
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