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ARCHIVE - 2013年03月

2013
03/04

トンネル


三陸道の「志津川トンネル」の貫通式が昨日あった。東の志津川側からは前田建設が、西の登米市米谷側からは東洋建設が、トンネルを両方から掘り進め、中間地点での最後の爆破で「志津川トンネル」が貫通した。4年から5年はかかる工事を、一年4か月で貫通させた。復興の加速を図った成果が出ている。
村井宮城県知事・小野寺防衛大臣、そして夏の選挙を迎える参議院議員が多数参加しての貫通式、多くの儀式にのっとり工事現場監督による「貫通確認」「万歳三唱」「清め塩」「祝い神輿」など、大工事の達成を祝いの盛大な式典が、トンネル内にて開催された。最後には「入谷打ち囃子」が貫通に華を添えた。
終了後は398号の「水境トンネル」を通り登米市へ、メガネ店で紛失したメガネの代わりを取に行き、寺浦地区にみなし仮設生活をする家庭に御邪魔した。同級生の兄で元気そうで安心した。足が少し不自由な状況であの大津波から避難した、と言う。避難指定場所だった「上の山緑地」から、熊野神社を通り志津川小学校に津波に追われ避難した。三日目には登米市へ兄弟を頼り今に至ると言う。震災の次の日に小学校で無事な姿を見ていたが、今は少し落ち着きを見せていた。みなし仮設を廻る町からの「福祉士」への感謝を何度も言っていた。登米市で開催されたみなし仮設生活者の集まりには、40名もの町民が集まり楽しかったと言う。しかし、もう南三陸町には帰らないと言い、登米市の住民となっていた。
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昨日の会議での人の接し方に「頭にきた!」、途中退席は自分の最大の抵抗でした。飯の時も考えれば考える程、「今度会ったら」と、考えながら一晩眠り二時半には目覚めた。人は眠ると頭も落ち着く、自分自身も決した「立場を翳し」、大きくならないようにと常々気遣う。役場の職員にもいろいろな人間がいる。議会でも「職員教育」が時々でるが、各課長などトップへの態度は従順となる。何故なら「左遷」「格下げ」など、管理職の特権には従わないと大変で、これで大きく環境も生き方も変わった職員もいる。こんな職員を何人か知っている。私もこの立場が無くなったら「ただの町民」となる。
今日は大切な一日としたい。
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