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ARCHIVE - 2013年01月

2013
01/05

大寒


5日は大寒の入りと寒さが増すと言う。今日、偶然にも曇りの中で日の出を望む事ができた。寒い毎日ながら「今日こそ日の出を撮る」と言う目標を定めると、早起きも意外と苦ではない。
未来を描き計画どおり進める事で、今を頑張れる気がするが、方向性や一貫性のブレは多くの不安を与える。「住民がここで住む」と言う気にさせるのは、10年後への被災後からの軌跡にあり、いろんな問題に対する行政とトップの「対処」にあり、これを有耶無耶にする事で信頼感が無くなり、諦めの自律へと向かう。今は精神的な弱さと、財政的な不安で、住民が事を起こす事は無理である。
誰かが言っていたが、余裕のある人たちは、もう南三陸町から他の地区へ移転している。そんな公務員や組合員はいらないし、税金での給料を払う意味は何もなく、地元に税金を払わない地元公務員は必要ない、とバッサリ! 私も当然と思う。結婚の為などで仕方なく移転するならまだしも、復興へ向かう今、被災町民が仮設で生活する、こんな町の苦境の中で、税金で給料を貰う公務員が町を捨てて、楽な生活環境を確保かるなどあり得ない。こんな人たちが意外と多い、南三陸町の現状があります。
家の祖母は「素晴らしい女性だった」、悪いところも確かにあったがである。着物でいる事が多く、「ハイカラ」な女性で、意外と何でもできた。神・仏を敬い、欠かさず朝はその前に姿があった。他に「上品なおばあさん」は同級生の祖母で、いつも凛としていた。夫を支え子供達を誰にも引けを取らない人材に育て上げた。いつも見る姿は着物だった。私の父の同級生の奥様、この時期になると「寒中見舞い」のはがき印刷を頼まれ、自宅にお邪魔すると、珍しいお菓子と美味しいお茶をご馳走になり、1時間2時間と今や昔の話を聞いた。我が家とは桁外れの家柄、同等に扱ってくれるその優しさに見守られていた。やはり会う時は着物姿の上品なおばあさんだった。
皆さんは今はもういなく、決して気高く気位を示さなくても、自然に気品があった事を思い出す。今はそんな「おばあさん」は少なくなった。昔の志津川町の人たちは優しかった。「人を思い、人を助け、人の為に尽くした」。こんな人々が今は本当いなくなった。
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